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彼女からの誘い

 病棟実習の翌日、学校で実習の振り返りとしてグループワークが行われた。

 たった四日間とはいえ、病棟での実習は辛かった。慣れないことの連続で余裕がなくなっていた。

 とはいえ、それも昨日で終わった。晴れて元の学校生活に舞い戻る。

 振り返りのグループワークで、昨日ぶりに二人と顔を合わせた。

 実習中は髪をまとめていた姿しか見ていなかったので、久しぶりに自由になった髪型の二人はなんだか印象が違って見えた。

 グループワークはワークシートに沿って実習で自分たちが学んだことを話し合うようなものだった。

 初めての実習は患者さんとコミュニケーションを取るのが目標で、それを通して看護師にはどのような姿勢、スキルが求められるかを各々事前に書いてきた物をもとに発表し合う。

 机をくっつけ合わせて話し合いを進める。自分が上手いこと進行できないことに度々茶々を入れられていたが、二人が楽しそうで何よりだった。

 からかわれながら話し合っていると、佐藤さんが唐突に「たかぴろに求婚しようかな」と言い出した。

 すかさず山田さんが「えぐっ!」と顔を顰める。

 そんなに反射神経の良くない僕だったが、「えぐいって言われてるよ。評判悪いからやめときな」と冗談に冗談で返す的確な応答を見せた。

「せっかく勇気出したのに」と佐藤さんが呟く。

 えっ、何それ? 本気で言ってんの? 二人をちらちらとしか見れない僕は、聞きなれない冗談による照れからか伏し目がちになっていた。そのため彼女がどんな表情でそんなことを言っているのか知り得なかった。

 ワークシートに書き込むのは自分が任され、一通りの話し合いを終えると、「ディズニー行こう?」と佐藤さんが提案し出した。

 山田さんも乗り気なようで、場の雰囲気から自分も誘われていそうな空気を感じ取った。が、自分としては、「ディズニー、楽しみ方わかんない」と否定的な言葉を放つ。

「雰囲気を楽しむの」と山田さんが言う。

「男はディズニーとか基本行かないし、あんまり興味ない。お化け屋敷とかは好きだけど」

「誰と行くの?」

「高校の友達とか。東京ドームシティのお化け屋敷いいよ、あとお台場のも」

「行きたくないの?」

「誘ってもらって嬉しいけど、二人で行ってきなよ。俺いると気まずいでしょ。ってか授業中だから、授業に集中して」

 誘ってもらってはいるものの、何かの冗談としか思えなかった。

 ディズニーに異性から誘われるなんてことがこれまでの人生に一度たりとも無かったし、求婚しようかななんて言ってるのも、からかって楽しんでるだけなんだろうと当たり前にそう感じた。

 グループごとの話し合いの結果を発表し、先生から実習の労いの言葉をもらい、授業を終えた。

 解散となり荷物をまとめて机を元の位置に戻す。

 一足先に帰り支度を終えた佐藤さんが教室を出ていく。

 去り際に「ディズニー行こうね」と山田さんに言っていた。

 ディズニーは小中学生の時に行ったきりで、その時も楽しみ方が分からなかったし、今もそうだし、きっとこの先も行くことはないだろうと思う。

「じゃーねー、たかぴろ」山田さんが別れの挨拶をしてくれる。会釈で返して一段落。

 十個も違うとエネルギーが違う。

 来年三十の僕は、もう枯れた人間だ。二人や周りの子達の陽気さが眩しい。

 ただ二人にからかってもらって、二人がそれで楽しんでくれているなら、すごくありがたい。


 一人家路に就きながら、僕はどきどきしていた。

 彼女の「せっかく勇気出したのに」が引っ掛かっていた。

 勇気出して言った言葉が「求婚しようかな」? 俺に? 何かの間違いか?

 聞き間違いかもしれない。「きゅうこん」。いやしかし、他のきゅうこんが、文脈的に合う会話の中でのきゅうこんは、求婚しか見当たらなかった。

 もし冗談じゃなく本気で言っていたんだとしたら、それを冗談として一蹴した僕はなんてことをしてしまったんだろう、という話である。

 ちなみに僕はASD傾向ありの発達障害グレーゾーンな人間だ。あまり冗談が分からなかったり、ずれた思考・発言をしてしまったりする。コミュニケーションが苦手だ。社会も。

 電車の中で彼女へ送る文面を考える。

 一通り推敲し、変に思われないような、笑って流してもらえるようなものをしたためる。

「今日のグループワーク中の発言、冗談だったらそれでいいんだけど、冗談じゃなかったらってこともあるのかなって一応ラインしてる感じで、頭の中お花畑の勘違い野郎で連絡してすみません。ASDいわゆるアスペルガーはマジで冗談わからんから。冗談だったら既読スルーなどしといてください~。変な連絡してホントにすみません」

 佐藤さんと山田さんには既にASDのことは言ってある。より変な奴と思われたことだろう。

 気色悪いラインを自宅の最寄り駅について送る。

 彼女が自分を好いてくれているかもしれない、なんて考えてる中身の文章だ。気持ち悪がられて当然の恥ずべきものだった。

 そのため僕は逃げた。スマホの電源を切り、駅から5分ほどの銭湯に入る。夕方に差し掛かる時間帯で、しばらく風呂とサウナで頭を冷やそうと思った。

 熱に浮かされたようなことをしてしまった。変な文章を送り付けてしまった。

 しかし、いくら後悔しても送ってしまった事実は変わらない。そのため、ぶっ倒れるとはいかないまでも風呂とサウナで強い衝撃を与えよう。ショック療法だ。


 二時間ほど入ってへとへとになる。着替えて銭湯を後にする。

 商店街の灯りがちらほらと照らすだけの駅前に続く通りを歩く。湯上りの身には風が涼しく感じられた。そしてスマホの電源を入れる。

 起動する少しの間があって、胸が高鳴る。彼女からの返事がまだあるかどうかも分からない。

 ただ確認しなければならない。彼女の真意を。

 ホーム画面の上部にラインの通知があった。それを指先で開くと彼女からのものと表示され、同時に短い文章が現れた。

「ディズニーのこと?」

 どうやらその一文のみのようだった。

 こちらとしては求婚のほうが気がかりだったのだが、彼女にとってはディズニーのほうに意識が行っているらしい。

 セーフなのか? 変に思われていないか?

 自分が向こうに好意があると悟られるのは、学校生活を送る上で支障を来す可能性がある。

 というか冗談でからかわれていただけだとしても、もう自分は彼女を意識してしまっている。

 とりあえず、すぐさま返事をしようと文章を打ち込む。

「冗談で求婚とか言ってたのを、好意あるのかと真に受けちゃってました。頭の中お花畑でホントにすみません。以後、勘違いに気を付けます」

 駆け引きは苦手だし、嘘をつくほど器用でもない。正直に伝えるのが一番だ。

 また心臓が鼓動を早める。街灯や商店が照らすだけの夜道を歩きながら彼女へラインを送る。

 ちょっとしてスマホが震えた。顔も体も強張っていく。恐怖が頭を埋め尽くす。しかし、確かめずには進めない。

 恐る恐るスマホを開く。彼女からの通知と共に短い文面が表示される。

「ディズニー行こう」

 心と体が弛緩した。安堵し、泣きそうになる。

 こんな自分をディズニーに誘ってくれるなんて。一体何者なんだろう。十も違う人間を、これといった取り柄のないだらしない僕を、気持ち悪い文を送ってきた相手を、罵りもせずに遊びに誘ってくれる。

 こんな経験は初めてだった。

 彼女のたった十文字程度が、僕の心を躍らせる。鷲掴んで握り潰されそうで、心地いい。

 とはいえディズニーに行く勇気もタフさも持ち合わせていないので、素直に自分の意見を送った。

「お化け屋敷問題ないならお化け屋敷行きたいです」

 すぐに返事が届く。

「行くなら三人でディズニー」

 なんでもよかった。僕は尻尾を振って喜ぶように返事する。

「誘っていただけるならどこでも嬉しいです!」

 異性に遊びに誘ってもらえて飛び跳ねるくらいに嬉しかった。それもディズニーに。

 ディズニーにそれほど興味も無かった僕だが、今はディズニーに感謝してもしきれない。

 ただの社交辞令でないことだけを心の底から切に願う。


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