陛下 子煩悩もいきすぎて
「私が一番初めということは、トーレに一番好かれているということだな」
「あ、えーと、父上のことは好きですけど違います。序列順です」
(誰が人気なんだ?)
その日、父上はひどく沈んでいた。
理由はフィーラの嫁ぎ先が本格的に決まりそうだからだ。
仕事モードの時は、これは王女として生まれてきた者の責務だの何だととキリッとした顔で言ってたわりには、仕事から離れるとこうである。
幸いにも仕事に支障は出なかったものの、今は使い物にならない。仕事に関してはフェリクスたち側近が上手いことやっていたのが大きいようだ。
そういやカトレア母様が最近忙しく動いてるみたいだったな
でもって現在、半ば放置されている父上はジメジメした雰囲気を纏ってウジウジとしている。このままにしておいたら、そのうちキノコでも生えてきそうだ。食べたくはないけど。
オレもこのまま放置はしておきたいのは山々だが、フェリクスに頼み事した対価に少しでも父上が使い物になるようにしなければならない。面倒だけどやるしかない、母様たちもこの件については何も言わないつもりらしいし。
「父上、そう落ち込まないで下さい。途中で破談になる可能性だっ――」
「フィーラに魅力がないとでもいうのか、トーレ」
いや、そうは言ってねぇ!!
魅力云々に関してはまあ、容姿についてなら平均以上だとは思う。将来、美姫として名を連ねるのは確実だって言われてるくらいには。
そうとしても、性格が問題なわけで。
「身分など……」
あー、うるせぇ。
破談になっても身分なんか捨ててフィーラを追ってくるはずとか、子煩悩モードのときの父上はマジで面倒すぎる。とにかく話を聞いてもらえるようにしないと。
「父上!」
「あらー、奇特な方もいるものですねぇ」
誰も相手にしない父上を正気に戻そうとしているとイクル母様が声をかけてきた。
どうやら対処法を教えてくれるらしい。
「こういう時は〜叩けばいいんですぅ」
「へ?」
――すぱぁん。
イクル母様は右手を振りかぶると父上の頬を打った。それは小気味いい音を響かせる。
「――イクルか。何かあったのか」
「あなたが混乱していたようなので〜」
「そうか。すまない」
引っ叩かれて平然と対応する父上に若干引きつつも、オレはイクル母様に礼を伝えてから本題に入る。
「まず父上はフィーラが嫁ぐまでに教育が行き届くとお思いですか?」
天然、マイペース、無邪気、純粋無垢、そう言ってしまえば聞こえはいいが、良くも悪くも一言で言い表すならお花畑という言葉がフィーラを示すのにちょうどいい。
なんでも自己流に解釈をしてわりかし自由に動くフィーラより、ほぼ産まれたのが変わらないフェムの方が優秀だと言える。
正直フィーラは王家や貴族に生まれていなければしっかり生活出来ているか怪しいものがある。
「それに関しては、間に合わせるとしか……」
「間に合うんですか?」
曖昧な言葉。
滅多に父上の口から出るものじゃないが、それだけフィーラの教育については父上にとっても不安があるのだろう。
かと言って大国だという手前、適当な教育で嫁がせるわけにもいかない。最低でも近隣国から嫁いできた母様たちと同等にはしなくてはこの国の教育水準が疑われる。
政治が絡むとどうやっても複雑になってくる。個人だけで決して終わらない問題は多い。
「仮に間に合ったとして、フィーラの性格を受け入れられる家があるでしょうか」
あのお花畑と称されるフィーラに関して言えば、冷遇されることや送り返される可能性も否定出来ないのだ。オレとしてはそこが心配ではある。
もっともそんなことがあってもフィーラが理解するかは別であるが。
「……何を言う、あれがあの子の魅力であろう。可愛いところだ」
「確かにおっとりとしたところは長所であるかもしれませんが、それと同時に短所でもありますから」
父上の妙な間はさておき。
人の話をまともに理解してなかったりするし、フィーラが生まれたときから知ってる家族でさえもがフィーラの言動については理解が出来なかったりするのだ。
もちろん全て知っているなんて傲慢なことを言うつもりもないが、3歳児のリウよりも考えが読めないのがフィーラである。
「ならやはり、即刻中止にすべきか。大事な娘を任せられる人間などどこにも存在するはずもないのだから」
これを本気で言ってるあたりがなぁ。
今この国は母様たちが嫁いできたことで情勢は安定していて、他国もこの国よりも近隣国同士で手を結ぶのことの方が重要視されているから、現状そこまでフィーラが他国に嫁ぐ必要性もない。
ただ、そんな政治的な理由をなしにして父上はいってるんだろうけど。
「そんなことを言って……。フィーラがこの人がいなきゃ生きていけないなんて言い出したらどうするんです?」
「む、それは……」
やべ、やりすぎたか?
父上がガタガタと震えだす。
どうする?
また下手なことをいって父上の不安を煽るようなことは避けたいが、かといっていい言葉が見つからない。
父上と同じほどに頼れる人間はそういないだろうし、そうなると父上が任せられる相手がいるかどうか――。
そう、か。
初めから頼れるなんて考えてちゃダメだ。そんなの役職名だけで頼りになる人間だと思うのと同じだ。
「父上。オレ思うんですけど、任せられないのなら任せられるようにしたらいいのでは?父上が安心出来るくらいに」
どうだ?
これでダメなら一度引いて解決策を考えよう。というかフェリクスに丸投げすることにして、ダメ出しくらいながら次の条件をもらうことにしよう。
「……そうか。ならばすぐに決めねばなるまい」
すくっと勢い良く立ち上がった父上は、近くにいた使用人にフェリクスを執務室に呼び出すように伝えるとさっさと部屋を出て行った。
ごめん、フェリクス。
でも、使いものにはなったはずだからこれでいいよな。こっから先は知らん、オレはやるべきことはやったからな。
そういや昔、将来はパパのお嫁さんが1番の難問になるだろうとか言ってな。結局フィーラは母様のお嫁さんになる〜とか言って3日間くらい仕事が滞ったっけ。 あの時はカトレア母様がほとんどの仕事を請け負ってた記憶がある。
あ、そうそう。
今回の婚約騒動は別にフィーラだからってものじゃなくて、オレたち息子でもやってる。
オレたちが家から出ないからそれほど被害はないものの、未だに婚約者が決まっていないのはそのせいだ。
これには母様たちを始め、側近や大臣たちもほとほと困っているのだが仕事の滞りなどを理由を最近じゃ誰も言わなくなった。
ま、母様たちが水面下で動いてそうだけどな。




