4—1 親の心子知らず
他の母様たちもカトレア母様に協力してる?
そんな可能性に行き着いて、オレは自分の頭を疑った。
物事を合理的に考えられる、それを行動に移せるカトレア母様なら例えばオレに毒を盛るくらい平気でやるだろう。
それが例え命を奪うものだったとしても、カトレア母様は心中はわからないけど必要ならば出来る人だ。
でも、アインス兄様の実の親であるイクル母様も、オレたち全員を実の子供たちだと平等に接してくれる正室のミア母様も、安全だと分かってても下剤を子供に仕込めるのか。
もちろん、ステラ母様であっても同じことが言えると思う。
ただ、長い歴史の中ではそんなこともあったのも知ってる。
継承できる人間が多ければ多いほどそういった事件は多くて、過ぎ去った後で事実として分かるものだ。
仮に生き延びたとしても、相手が安全を確保しようとすればずっと追われる人生になるし。
そんなことは無縁な家族だと常々思っていたけど、どうにも違ったらしい。
「ま、あくまで想像だけどな」
「トーレ」
「――のわっ、アルク兄様⁉︎」
気晴らしに部屋から出て歩いているとアルク兄様を声をかけられた。
オレがここ最近悩んでるのに気がついていて、心配になっていたらしい。
穏やかなアルク兄様を前に、オレの気が緩む。
この安心出来る感じが今は恋しい。アルク兄様ってそばにいてくれると落ち着くんだよな。リウに次ぐ癒しだ。
「頼りない兄様だけど、頼ってくれると嬉しいかな」
「アルク兄様は頼りなくなんてないです」
オレは即座に否定すれば、アルク兄様が柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふ。ありがとう、トーレ」
「ズルいです、アルク兄様」
こんなやり取りをしたあとじゃ、何も言わないなんて出来ない。
1人で解決するって言ってしまえば、アルク兄様に対して頼りにならないって言ってるようなものになる。
そんなこと出来るわけもないわけで、オレは逃げ道を塞がれた形になり負けを認めた。
場所をアルク兄様の部屋に移して、オレはポツリポツリとアインス兄様の置かれている状況を話し始める。
推測も前置きを置いてから伝えた。
「なるほどね。アインス兄様が緊張で調子を崩すことはずっと不思議に思っていたけど」
アルク兄様もアインス兄様が緊張で調子を崩すとはあまり思えなかったらしい。
それもタイミングが良すぎると。
「信じてくれるんですか?」
「嘘なの?」
オレは首を横に振る。
冗談でこんなことは言わない。
「トーレはそんな嘘つかないって分かってるからね。それにトーレと同じように兄様がそんな弱いとは思っていなかったから」
疑うならトーレよりも母様たちだと言ったアルク兄様は、ずっと1人で抱えてきたオレに辛かったよねと声をかけてくれる。
思わず泣きそうになったがぐっと堪えたオレは、首を横に振ってレストがいたから1人じゃなかったと笑ってみせる。
「あいつは困った顔しながら、いつもオレに付き合ってくれてたから。今回も推測は別としてレストに甘えてしまいましたし」
「そうだったんだ。良かった、味方がいてくれたんだ」
レストは特に優秀だから安心したとアルク兄様は小さく微笑んだ。
それから、オレたちはレストも呼んで原因を探ってみることにする。
解決策はすぐに見つかるとは思ってないし、まだ母様には勝てると考えてない。あの切れ者に勝つには、頭が足りなすぎる。
「トーレ様のご推測、否定出来ないですね」
オレの推測をレストに伝えると、レストはシュンとしてそう言った。
協力者として色々やってきてもらっていたレストもオレと同じような答えに行き着いていたらしい。
淹れたばかりのお茶をオレたちの前に置いて、ソファに座ったレストは寂しそうな顔をする。
「こちらでも調べて見たのですが……」
レストはレストで自分なりに使用人を調べていたらしいが、アインス兄様に近い使用人について怪しいところはなかったと言う。
何人かで共謀してない限りは目を盗むのも難しいだろうとレスト。その辺はレストも本職だから詳しい。
「そうか」
「ありがとう、レスト」
レストの報告はオレの推測を裏付けるようなものだった。
やはり母様たちが仕込んでるって考えた方がいいようだけど、そこだけは信じたくないって思ってしまう。嘘であって欲しいと。
「信じたくないけど仮にそうだとして、父様が静観する意味を知りたいよね」
「そうですね、兄様」
「もっとも考えられるのは……」
口に出していいものかとレストは躊躇い、オレは続きを口にした。
「アインス兄様を相応しくないと考えている、だよな」
「うん。ただ、どうしてこんな回りくどいやり方をしてるのか、だよね」
父上がたった一言言えば、継承権の順番なんて関係なくそいつに跡を継がせることは出来る。必ずしも継承権順ってわけでもないんだから。
まして、あの傑物が認めた跡継ぎなら誰からも文句は出るはずもなく、派閥争いなんて起きることもないだろう。
「あの、それなんですが」
「どうした、レスト」
レストが躊躇うように小さく手を上げて発言の許可を待つので、オレは許可する。
「アインス様のためであり、トーレ様のためなのではないでしょうか」
オレのためって言うのは前にカトレア母様が言っていた近隣諸国に今から顔を覚えてもらうためじゃないかとレストは言う。
アインス兄様のためについては、これまた推測になるがプライドを傷つけないように継承権から降りてもらうための策ではということらしい。
「あー、やだやだ。そんなんオレは認めねぇ」
「……トーレ」
「トーレ様」
長子として、実質継承権1位として、必死に努力してきたアインス兄様を蔑ろにするようなことも、オレにそれを押し付けようとすることも、絶対に認めてたまるか。
オレはアインス兄様を影で支えながらゆっくりと日々を過ごしたいんだ。スローライフがオレの夢だ。
オレたちはこのことについてもう少し調べてみることを決めて、また後日集まることにした。