レスト 忠犬レスト
「わぁ、ぼくのこともやって下さるんですか?」
「ついでだし」
「トーレ様〜」
レストが問題を抱えて泣きついて来るのは割といつものことでさしたる問題はない。
ただ、しいて言うのなら面倒ごとが多いと言うことか。夜中に叩き起こされたりとかな。
「今日はなんだよ」
「カトレア様と陛下が喧嘩をしているのでその仲裁を頼みたく参りました」
「……………………」
オレは聞かなかったことにするために無視をしたのだが、レストはそれを話を聞く体制になった思い話を始める。
「理由はよくわからないんですけど、とにかく大騒ぎで……」
「そうか」
そう言ったレストはウルウルとした目でオレに助けを求める。今日もあるはずのない犬耳とシッポの幻覚が見える。
ほっときゃいいとも思ったが、レストが必死に頼み込むのでため息を吐いて向かうことにした。
真っ先に止めてくれるだろうアインス兄様は今日はいないし、アルク兄様は寝込んでる。フィーラ、フェム、リウじゃ一時的には止められることは出来ても根本的な解決はしない。
つーか大体――。
「フェリクスがいるんだから、オレが行く必要はないと思うが」
「あーと、フェリクスさんはですね」
廊下を歩きながら、レストは困った顔をするとオレからスッと目をそらして答える。
「夫婦喧嘩は犬も食わないとかおっしゃってそのままにしてます」
「仲裁する気がないのか」
「はい」
フェリクスが仲裁しないってことは大したことないのではと思ったのだが、現場はブリザードが襲ってきたのかと思うくらいに冷え切っていて、その場にいた使用人や大臣たちがハラハラとしながら口を出せず立ち尽くしていた。
「トーレ様をお連れ致しました」
控えめにレストが言ってオレの姿を認めた彼らが一斉に道を開けるから、オレは覚悟を決めて喧嘩中の両親の前に歩を進めた。1人で行くのもあれなのでレストを引き連れてだ。
「カトレア母様、父上。どうされたのですか?」
オレが声をかければ、つり上がった目も僅かに穏やかになる。
しかし、絶賛喧嘩中なわけでこの場の空気が変わったかと問われれば何1つ変わってないと言える。
親のマジ喧嘩って子供心にくるんだよなぁ。
喧嘩の中身はさておいても、自分が悪いんじゃなくても、不安に全身支配されそうになっちまうから困る。フィーラたちだったら泣きだしてるな、きっと。
「なんでもないわ、トーレ。ただ、ちょっと最近この人が仕事してくださらないから注意をしていただけよ」
「何が注意だ。私は仕事をしていただろう。リウの相手を探すのも立派な仕事であろう」
「まあ、そのためなら他の仕事を放置してもいいとおっしゃるのね。貴方を信頼している民が可哀想ね」
あー、また始まった。
ひとまず喧嘩の理由もわかったからいいけど、この人たちずっとこんな感じで言い争ってたのか。
オレにとっては親の喧嘩だから言いにくいのもあるけど、そうだよな上司の喧嘩も口を挟みにくいよな。その点では使用人たちとオレも立場は同じだ。
確かにカトレア母様は父上の代理としてやってのけるほど頭はいいけど、やるべきことほぼ放置してると思うと父上が悪いよなぁ。
大体、リウの相手を探すならまずはアインス兄様の相手を探した方がいいと思うが。
オレはどうしたらいいかも分からず、平然として喧嘩を眺めているフェリクスに声をかけた。
「フェリクス、オレには止めかたが分からない。お前なら出来るだろ」
「ええ。トーレ様はそこにいて下さるだけいいのです」
フェリクスは一歩進み出ると淡々とただ静かに2人に問いかけて、それだけ喧嘩は収まった。
我が子にあんな顔をさせてまだ続ける気ですかとそれだけで。
あとでフェリクスには何か請求するとして、オレは父上を少しだけ咎めてからカトレア母様を連れてオレの部屋に向かった。もちろん、レストも連れて。
「ごめんなさいね、トーレ。あなたには見せるべきではないものを見せたわね」
「いえ、平気です。まぁ、いつもよりも本気の喧嘩のようでびっくりはしましたけど」
落ち着いた様子のカトレアはあの人も困ったものねと息を吐いて、レストが淹れたお茶を一口飲んで、それからレストを見た後オレに視線を移す。
「カトレア母様、なにか?」
「あなたが専属でもないレストをよく連れ回しているようだから嫌がってないかと心配していたのだけど杞憂だったみたいね」
専属に指名たって向こうにも拒否権はあるし、オレは自分の立場を笠に着て無理やり従わせるつもりはあまりないんだが、カトレア母様はそこを心配していたらしい。つまり、オレじゃなくてレストの心配。
「カトレア様、ありがとうございます。ですが、ぼくはトーレ様のためなら身を粉にして働く決めていますので。助けて頂いたご恩がありますので」
「それならいいけれど」
オレが何かを言う前にレストがフンスと気合いが入った様子でカトレア母様に喋りだすが、恩があるという言葉にカトレア母様は疑問を持ったらしい。
父上には報告いってると思うけど、何せあれは大人たちが口を噤んだからあの場にはいた人間しか知らないか。対応してくれたのはフェリクスだし。
「リーゼットの王子がやらかしまして」
「ああ、それで最近大人しいのね。あのブタは。他にも納得がいったわ」
カトレア母様は何があったことは知っていたようだけど、詳しい話は知らなかったらしい。
リーゼットの王子は王位継承権剥奪されて、噂だが性根を叩き直されてるって話だ。
あの一件でリーゼットは外交的立場が悪くなったし、この国との貿易に関しては優遇してくれたりしているってフェリクスから聞いた。
国家間のトラブルは個人的な喧嘩で済まないこともあるから恐ろしい。
「それで何をしてくれたのか聞いてもいいかしら。あの人の代わりも多いから知っておいて損はないわ」
「それもそうか」
それなら詳細に話した方がいいよな。
「3年前のガーデンパーティーで起きたんです」
リーゼットの王子は何かとうちに突っかかってくる奴で、小国なのに大国のうちに張り合って、それどころか威張り散らしてきたりと周囲からも元々一線引かれてた。本人は気づいてもなかったけど。
あの日は妙に大人しいと思えば、わざと配給している使用人にぶつかってジュースだったか、ワインだったかを被って難癖つけてきたんだよな。
「その被害にあったのがレストというわけね」
「はい。わざとなのはあからさまだったし、放置してもよかったんですが、そのちょっと前にぐずってたフィーラたちをあやしてたのは見てたので」
レストは子供をあやすのが意外とうまい。
本人は全員が顔見知りな田舎で暮らしていたから、小さな子の扱いも慣れているだけだと言ってるが。
どうしてぐずってたかは忘れたが、あの時は周りにいる使用人たちも手を焼いていたみたいだから、その時のことは記憶に残ってたんだよな。
「その使用人が誰であれ故意にやられた以上は助けたとは思いますが、上から同じ飲み物をかけてびしょ濡れしてやったんです」
フェリクスと一声かければ、アイスペールをバケツ代わりにそれを用意していてオレは思いっきり顔めがけて飛ばした。
そうすれば、レストがリーゼットの王子を濡らした跡はみえなくなるわけで、わざとかけられたって証拠はなくなる。
相手によってはそれで収まったかもしれないが、あの王子は腹を立てて殴りかかってきた。フェリクスが受け止めたけどな。
同じ王子だとしても持った立場は違うわけで、リーゼットの王子とオレは一般庶民と上級階級の人間くらいの差があった。
だからこそ、こっちに非がないから余計にリーゼットの立場は悪くなる。
ま、リーゼットの現王の功績と王子に対する処罰とかで今まで通りの関係は続けることになったようだけど、国としてはかなりの被害を被ったらしい。
「そんな感じですね。政治面では母様の方がよく分かってると思いますけど」
「そうね。けどまぁ、それにしては随分と打ち解けるようね」
カトレア母様のその言葉に、レストがオレより先に口を開く。
「はい。トーレ様から堅苦しくするなと指示を受けまして」
「あんなことでってのもあるし、互いに息が詰まるんじゃ仕方ないですから。ま、初めはフィーラたちの相手が出来るから声をかけたんですが、意外と図太いし優秀だしで色々と……」
「ぼくのどこが図太いっていうんですかっ」
カトレア母様はオレたちをみてフフと笑いを零すと、悪友みたいねと呟いた。




