リウ 家族戦争勃発
「リウ、上手にできるかなぁ」
「もちろん。リウなら出来る」
子供らしい甲高い声が廊下に響いて、オレはその場で立ち止まると振り返る。城内に子供なんてほとんどいないからな。
距離があったから何を言ってるのは聞き取れなかったが、おそらくオレを呼んだのだろうと推測する。
なのでオレはリウに聞こえるように口元に手を当てて大きな声を出す。母様やマナーの先生に知られたら怒られそうだけどまぁいいや。
「リウ、どうした?」
そうオレが声をかけるとリウがテコテコと駆け寄ってきて、オレの足にしがみつくとニコリと笑みを浮かべた。
リウは今年3歳になる我が家の末っ子で、1番の癒しであるとともにオレたち家族にとってのアイドルだ。ちなみにリウの母様はステラ母様だ。
「これあげる」
そう言ってリアが一枚の紙をオレに渡してくる。オレはリウと目線を合わせるために屈んでから渡された絵を見る。
「お、ありがとな。リウが描いたのか?」
「うん」
ニコニコして自慢げにリウが頷いた。
描かれているのは大きな円で、その上部ははみ出すように茶色で塗りつぶされていて、その下には左右対象になるように円がある。円の下辺りには横長の丸が描かれていて、大きな円の真下には四角があり、左右上部に1本ずつと下に2本の棒がある。
推測するに人なのだろう。
問題はリウが誰を描いたのかだ。
ここで間違えればリウの悲しい顔を見ることになる。誰を描いたのか聞けばいいと思うだろうが、リウの正解を答えてくれるはずと期待に満ちたその目をされて聞けるわけもない。
まぁ、多分――。
「兄様のこと描いてくれたのか」
「うん、トーレにいさまかいたの」
「上手だな、リウは」
「えへへ」
褒められたことに嬉しそうにしたリウはまた絵を描いてくるとリウの世話係と一緒に自分の部屋に戻っていく。
オレも自分の部屋に戻るか。
部屋に戻ろうとしてアインス兄様とアルク兄様と出会う。
アインス兄様は10冊ほどの本を軽々と持っていて、アルク兄様の歩調に合わせてゆっくりと歩いている。
「図書館帰りですか」
「ああ、調べ物があってな。アルクも行くつもりだというので一緒に」
「それでアインス兄様が僕の本も持ってくれて」
それで2人一緒にいるのか。
そういや、最近図書館行ってないな。今度、久しぶりに行ってみるか。アルク兄様が本を読み終わる頃に誘って。
「トーレ、その紙はなんだ?大事なものならしっかりと――」
「リウから貰ったんです。オレを描いてくれたみたいですよ」
オレがリウから貰った紙を2人を見せると、アインス兄様は口をパクパクとさせて、アルク兄様は驚いた目を開いた。
「な、リウから貰っただと」
「えー、いいなぁ。羨ましい」
翌日にはオレがリウから絵を貰ったというのを家族全員知ることとなり、自分が1番リウに懐かれているはずと言いだした家族たちにより家族内戦争が始まった。
ちなみにフィーラだけは私もリウと一緒にお絵かきする〜と自由振りを発揮して不参加である。オレは強制参加らしい。
すぐさま決められたルールはというと……。
期間は5日間、審査員はリウの世話係2人とフェリクスの3人が観察して主観的に誰にリウが懐いているか答える方式。
それで、あからさまに気を引いたりすることは禁止。普段の生活から判断するのが理想とのことである。
フェリクスは自分は審査員ではなく参加するべきだと言っていたが父上によってその意見は却下された。
始まったのはいいが普段の生活から導き出すのが理想ってわけで特別やらなければならないことは何もない。別に勝つ必要もないと思うし、リウから好かれてるってだけ充分だし。
☆☆☆
「というわけで、オレはしばらく部屋にこもるからよろしくな、レスト」
「他の仕事もありますしずっとは難しいかと、そもそもぼくは専属じゃないですからね」
レストがど正論を言ってくる。
父上が人を見る目を養うためとか言って、オレたちが専属になれと指名しない限りはただの使用人だからな。
もっとも、オレたちと直接関われる使用人自体、人前に出しても恥ずかしくないだけの実力がある使用人になるから、誰を選んだところで仕事は優秀なんだよな。
「わかったわかった。で、レストは誰が優勝すると思う?オレは母様たちの誰かだと思ってるけど」
普通に考えれば勝つのは母様の誰かだよな。
大抵リウと一緒にいるのは母様たちで、オレたちはたまに遊びこそするがそれくらいだし、父上に至っては親睦会の日以外だと朝晩顔を合わせるだけが日常だ。
「そうですね、母親が強いのは確かかと。ですが、トーレ様の可能性もあるのでは?」
「オレが?」
「はい。他のご兄弟と比べると接点も多いかと」
確かにステラ母様には刺繍を教わりに行くからリウと会う機会は多い。母様たちがいないときフィーラとフェムだけじゃ不安ってことでオレも駆り出されることもあるが。
「よし、レスト。オレの1位を断固阻止するぞ」
「何を言い出すかと思えば」
「1番懐かれてるとは思わないが、万が一、そうなった場合しばらく家族から冷遇されんのは目に見えてる」
それならオレは戦線離脱させてもらうぜ。
ちょうどいいアドバイザーがここにいることだし、やろうと思えば出来るよな。
オレの期待に満ちた目に、レストは頰をかきながら仕方なさそうに口を開いた。
「まだ幼いですからね。1番なんてコロコロと変わると思いますよ。ご家族が多く、全員から愛されているのならなおさら」
「ほう。つまり、オレが何かする必要もないということか」
「好感度が上がるような出来事が起こらないのであれば、ですね」
なら、いつも通りに過ごしていればいいってわけだ。
ま、母様たちが優勢だろうし気にする必要もなさそうだな。
勝手に戦線離脱したオレはいつもと変わらず過ごして、リウの1番になろうとする父上たちを観察していたのでその様子を少しだけ。
そんなに聞きたい奴もいないだろうからな。
父上はなかなか時間が取れないためにリウの好きなものを集めて気を引こうとしてるが、ルールを作った人間がそれを破ろうとしてどうする。一応まだギリギリセーフということになっている。
ミア母様は全くと言っていいほど変わらず、イクル母様は好かれようとしているのだが予想の斜め上のことをやってはリウを驚かせている。
カトレア母様はなんとなく浮ついてる感はあるのだが自分を崩さないし、ステラ母様は自分が産んだ子として選ばれたいけど選ばれなかったらとドギマギしているようだった。
アインス兄様は勉強やら予定を早く済ませてリウと散歩したりしていて、時折アルク兄様のところに連れて行っていた。
フィーラは前に話したように元より参加しておらず、お姉さんぶってはいるが同レベルで遊んでることが多い。
フェムに関しては性格的に似ている部分があるせいが相性はよく、2人でいるとのんびりとしている。
――結果発表の日がやってくる。
夕食の時間に全員が集まったところで審査員が1人ずつ発表をする。忖度は必要ないときつく言われているのでこれは正直な意見となる。
「やはりステラ様かと」
「私はトーレ様だと思いました」
「ここはお父上と言いたいところですが、フェム王子だと思いますね」
わーお、みんな意見がバラバラだな。満場一致で母様たちになると踏んでたんだけど。
その結果にリウも家族と仲良くやれていると安堵しつつ納得のいかない父上は、リウの意見も聞きたいと言い出し、リウに一本の花が渡される。
渡された花を好きな人に渡せということらしい。
ギラギラとした視線がリウに注がれる。
リウが移動した先にいたのは――。
「ありがとうございます、リウ様。ご家族が喧嘩されないようぼくにプレゼントしてくださったのですね」
レストだ。
家族だけって父上も指定しなかったから仕方がない。ショック受けてるけど。
「ああ、レストは小さい子の相手は得意でしたね。このフェリクス盲点でした」
「実家が田舎すぎるだけです」
レストはリウが家族に気を使ってと言い、その気遣いが出来るのはオレやステラ母様に似ているとリウに言えば、リウははしゃいでいた。
こうしてひとまずの収束を終えた家族内戦争だが、ショックを受けた父上の仕事効率が落ちたためにカトレア母様が1日だけ仕事を請け負ったのだった。




