アルク 心配もしますけど
「僕の番か。ほとんど部屋にいるから面白い話もないと思うけど」
「いっぱいありますよ。兄様との思い出は」
「兄様、お加減はいかがですか?」
ひょこっと扉から顔だけをだして、オレはアルク兄様に尋ねる。
今日は朝食時にアルク兄様はいなかったので、様子を確認がてら訪ねたわけだ。
「うーん、そうだね。少しは落ち着いたかな」
「それなら、お昼をご一緒しても?」
「もちろん」
オレはお礼を言ってから、そのままアルク兄様の部屋の中に入る。
左手にはトレーに載せて持ってきていた自分の昼食がある。すでに準備は万端だ。
オレが席に座れば、使用人がアルク兄様用の昼食の用意を始める。アルク兄様の食事は消化がいいように作られていて、オレが食べるメニューとは少し違っている。
例えば、揚げ物は少なめとか。身体が弱いせいもあってかがっつり系にしてしまうと、それはそれでアルク兄様の身体には負担がかかってしまうので必要なことだ。
「そういえば、また城から抜け出したんだって?」
「どこ情報ですか?」
なぜそのことを?
オレは確かに城を抜け出して町にお忍びで行くことは多い。自分の目で確認して納得するものを探すためにってのが大きな理由の1つではあるが。
いやまぁ、情報が漏れるとしたらフェリクスしかないんだけど。
「フェリクスですか。全く」
「こないだ、トーレに聞きたいことがあってね。そのときに教えてもらったんだよ」
だから、怒らないであげてとアルク兄様。
アルク兄様に話す分には他に漏れることはないからいいけど、どのみちフェリクスに何かを言ったところで丸め込まれるか、後で改善されたりするけどスルーされるかのどっちかだ。
なので、そこまで注意する気にもならない。ま、フェリクス自体しっかり見極めてやってるから問題にする必要もない。
「そうだったんですか」
「うん。トーレのことだから危ないことはしないとは思うけど、十分気をつけてね」
城から出るなとはアルク兄様は言わないんだよな。
ちょこちょこと抜け出してるのをアルク兄様は知ってるけど、怒られたことはないがこうやって毎回気をつけてとは言われるけど。
「トーレが僕のことを心配してくれるように、兄様だってトーレのことは心配なんだからね」
怒られたことはないが、いつも言われるのはこれだ。
アルク兄様の本心であり、オレにはこれが一番効く。まるで鏡に反射されたようなもので、自分の心配をそのまま相手から返されてるわけであって、流すことは出来ない。出来るわけもない。
「肝に銘じます」
「よろしい。ふふ、それでいつもトーレは町に出て何をしてるの?」
母様の真似してよろしいなんて言ってもアルク兄様のは優しすぎて、似ていない。さすがにリウに次ぐ我が家の癒しだ。
似てなさすぎて2人して笑った。
「大抵は手芸店を見て回ってますよ。作品も飾られますし、糸の色にこだわると理想の色ってなかなか見つからないので」
男が行くと変な目で見られたりするけどな、手芸店。
何年も通ってるとこなんかは手芸仲間として仲良くなってるから、そこで一日中雑談して帰るみたいな日もある。趣味にのめり込んでる人たちは、性別よりも先に話が合うかの方が大事らしい。オレも教わることが多い。
「毎年トーレがプレゼントしてくれるけど、そんなこだわりがあったんだ」
「そりゃあそうですよ。あれは今年も一年アルク兄様が健康に過ごせますようにって願いを込めるんですから、妥協は出来るだけしないのがルールです」
あくまでオレの中ではだが。
まあ時にこだわりすぎて染物屋やまで行くこともあるけど、それをするとせっかく稼いだ金が一瞬で消える上、量も多くなるからもう使う気になれないけどな。
「そう。危ないことしてるんじゃないかって思ってハラハラしてたんだけど大丈夫そうだね」
「危ないことはするわけないじゃないですか。父上たちにバレるような行動は絶対にしないと決めてますから」
危ない橋を渡るのは一応、自分の立場からもやるつもりはない。危険な目に遭わなくてもつぎ町に出てるってバレたらそれこそほぼ軟禁状態にされるのは目に見えてるのに。
前は抜け道塞がれただけで済んだけど、あの子煩悩は過保護も見え隠れしてるからやりかねない。いやむしろ、自分もついて行くとか言い出すんじゃ……。
「ならいいんだけど、トーレがたまに予算を超えた買い物してるみたいだったから心配してたんだ」
ぎくっ。
城に来る行商人からの買い物はお小遣い内に収めてるはずなんだけど、一体全体どこからそんな心配が出てくるのか……。
あー、そうか。
アルク兄様はオレがしょっちゅう町に出て買い物してるのも分かってるし、家族の誕生日プレゼントとかも見てるから気付けるか。
町で菓子とかよく買って帰るし、兄様たちに話をすることもあるからな。
「あ、あー、それはほら、フェリクスを説得してから一緒にお小遣いの前借りを頼み込んでもらってるんです」
我ながら苦しい言い訳だとも思うが、その事情については話すわけにもいかないのでどうにか誤魔化すしかない。
「そういうことならいいんだけど。だからトーレはフェリクスと仲がいいんだね」
「仲良くは……いやまぁ、頼りにはさせてもらってますけど」
フェリクスと仲がいいとは言わない。
ビジネスライクの付き合いであるとオレは宣言しておくが、親兄弟に言えない相談ごとなんかはフェリクスを頼るのでいてもらわないと困る人だ。
タダでは願いを聞いてもらえないけどな。
これ以上この話題を続けると危なそうなので、話を変えることにしておこう。
アルク兄様が温和だと言ってもバレたら確実にお説教させるだろうし、万が一父上に知られでもしたらフェリクスの首が飛びかねないわけで、納得してもらえてるうちに話を変えるべきだな。
「そうだ、アルク兄様。体調がいいようなら久々にボードゲームやりませんか。実はフェムが兄様たちとも遊びたいみたいで相談を受けていたんです」
こないだフェムとも約束したし、アルク兄様が大丈夫そうなら呼んで一緒に遊べばいいか。アインス兄様よりもアルク兄様の方がとっつきやすいし、時間も取りやすいからな。
「もちろんいいよ。けど、フェムにとってはトーレが頼りの兄様か」
「兄様より関わる時間が多くて話しやすいだけですって。オレは他力本願で解決するのが多いですし、頼りとは程遠い」
「そうでもないと思うけどな」
アルク兄様はそう言って笑って、1時間ほど休憩してから集まることになった。
オレはフェムとついでにレストも巻き込んでアルク兄様のとこに行く。フィーラは母様たちと買い物に出ていなかった。
今回は公平に頭の回転より運が重要なスゴロクで遊ぶことにする。実力差がでないからな。
でもって、ルールは2VS2のチーム戦でオレは事前仕込みありのくじ引きでレストと、フェムはアルク兄様とだ。
「よ、よろしくお願いします。アルク兄様」
「うん。一緒に頑張ろうね」
「足引っ張るなよ、レスト」
「はい。全力でやれとの指示ですから」
サイコロを回す度に一喜一憂しながら夕飯まで遊べば、フェムもアルク兄様に対して妙な緊張感をなくしていた。
「また遊び来てもいいですか、アルク兄様」
「もちろんだよ。フェムが元気な顔を見せてくれるだけでも兄様は嬉しいよ。元気がもらえるから」
そういってアルク兄様がフェムに言って、1人で来るのが難しいならオレを誘えと付け足して、レストまでが援護する。
ほぼ毎日アルク兄様のとこに顔を出してるのとか知られると恥ずかしいことをフェムにばらしやがって。
まぁ、いいけどさ。どうしたってアルク兄様が心配なのは変わらないし。




