1—1 平穏な望み
よろしくお願いします。
最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
真夜中に使用人に叩き起こされれば、なにか一大事であるとだろうことは容易に想像がついた。
しかし眠さ優先のオレはまた寝るために掛け布団に包まるとベッドに倒れこんだ。
「眠いから寝る。起こすな、レスト」
「いや、寝ないでくださいよ〜。ぼくだって寝たいですよ、こんな夜中に起こされて!」
レストは大声で喚きながらオレを揺らしている。うるさい。
「大体、奇襲とかだったらどうするんですか。寝てる場合じゃないです」
「その場合もっと(全体が)騒がしいはずだし、大体レストが起こしにくるはずがないだろ。寝かせろ」
「う、もっともです」
からかいすぎたか。
シュンと項垂れ、ありもしない耳と尻尾の幻影が見えるレストを見て反省して起き上がる。
上体を起こしたオレにレストは上着をかけると、オレをこんな真夜中に叩き起こした理由とやらを口にしだした。
「明日のシャリー国御一行との面会を急遽トーレ様にしていただくことになりまして、そのご報告と頭に入れて頂きたいことの資料をお持ちいたしました」
そう言ってレストが指で示す先にあるのは、目を逸らしたくなる紙の束。
書かれているのは招待客の名前と特徴、その他もろもろ。
相手の情報を頭に入れておくのは当たり前。
国同士の関係と言っても結局は人ありきなのだ。誰だっていやな奴とは懇意になりたくないものだ。
「……寝る」
「いやいやいや、ダメですって。他にもやることは多いんですから」
面倒事はごめんだというのに、レストはオレを掴んで揺さぶってくる。
まずはどうしてオレがやる必要があるのかだな。オレの前に二人の兄がいるのに。
虚弱体質ですぐに寝込むアルク兄様はまあ仕方がない、いつものことだ。しかし、もう一人は……。
「はぁ。で、アルク兄様は分かるがアインス兄様も出られないって?」
「はい。アインス様は体調不良のご様子です」
「体調不良ねぇ……」
「はい。またお腹を下されたとの話で……」
緊張からくるものだという医者の診立てだとレストは付け加えるが、あいつ、アインス兄様はそんなメンタルはしてないはずとオレは常日頃思っている。
例え、周囲がそれを認めてもオレは絶対に認めはしない。認める訳にはいかない。
「そんなタマか?」
「普段から想像はつきませんが、毎回のことですのでそう、なのではないでしょうか」
「明日にゃ治ってんだろ。アインス兄様がやってくれるよ」
うん、きっとそうだ。
あの兄様のことだ。どうせまたすぐに元気になる。つまり、オレが何かをする必要もないのだ。
それに王太子の座を掴むのはアインス兄様だってオレは信じてるし、そのためなら精一杯手を貸すのが弟としての務めだと思っている。
「大事をとって明日は休ませるべきと陛下はお考えです」
「マジかよ‼︎毎度オレにしわ寄せさせてそんなに楽しいか、あんのクソ親父」
アインス兄様の尻拭いをさせられるこっちの身にもなれってんだ。
「と、とにかくトーレ様。私たち使用人一同も急ぎ準備を致しますので」
「その前にこれを淹れてくれ。お前の分も、やってもらいたいことがある」
「かしこまりました」
滅多に使わない眠気覚ましのお茶をレストを道連れに飲み干して気合いをいれると、それぞれの準備に取り掛かった。
ちなみにレストは涙を流して飲んでいたと追記しておく。
☆☆☆
付け焼き刃、一夜漬けで無理やり頭に叩き込んだ知識をもとに、この外交にヒビが入らないように必死にやり抜く。
もちろんのことだが、アインス兄様についてはシャリー国王にお会い出来る日を心待ちにしていて緊張しすぎて体調を崩したと説明してしっかりとアインス兄様を立てておいた。
君たちには立派な父上がいるのにかと問われたので、規格外過ぎで手本にはならないのですと答え、それもそうだと和やかに笑ってくださった。
崩壊間近の国をたった一代で建て直したと言えば、どれほどの傑物か分かってもらえるかと思うがそれを王に即位して数年でやり遂げてみせたのがこの国の王、つまりはオレの父親だ。
規格外なのは分かってもらえると思う。
それから無事に役目を果たしたオレは気がかりなことを確かめるまえに一度自分の部屋に戻ることにする。
「アインス兄様、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、迷惑をかけたな」
部屋の前にはアインス兄様が腕組んで立っていて、オレが代理を務めたことへの礼を言いに来たらしい。
礼を言うとさっさとどこかへ行ってしまった。
部屋にはアルク兄様から労いのメッセージカードとともに好物のガトーショコラが用意されていた。
今日は体調が優れないのかも知れないな、アルク兄様は。
やるべきことをやったら、ちょっとだけ顔を出しに行こう。きっと心配してるだろうし。
まずはカトレア母様のところだな。
「あら、トーレ。母上に素敵な姿を見せに来てくれたのかしら」
「じょーだん」
「つれないのね」
オレには母親が4人いる。正妻が1人と側妃が3人。
そんでもって、今オレの目の前にいる真っ赤な爪と鋭い目つきが印象的な美人がオレの生みの親カトレア母様だ。
あの父親が政治的なことを相談する相手といえば、カトレア母様の頭の良さもわかってもらえると思う。
さっさと本題を切り出そう。
「アインス兄様が体調を崩されたのは偶然ではないですよね」
「トーレ、2人きりのときくらいそう畏まらなくていいのよ。あなたは実の子供なんだから」
無視か、まぁいい。
オレは空の小瓶を近くの卓の上に置いて、カトレア母様を問いただすことにする。
「これ、中身は下剤のようで。不思議なことにアインス兄様が体調を崩された理由と同じですね、カトレア母様」
「何が言いたいのかしら?」
「レストに調べてもらったことから推理すると、どう考えてもカトレア母様に行き着くんです」
これが例えオレの間違いだったとしても仕方ないはずと理解はしてもらいたい。今は日頃の行いとだけ言っておく。
机上の小瓶を掴んでゴミ箱に放り込んだカトレア母様は、クスクスと口元を歪めて笑い始めた。
「あら、レストが嘘をついているとは思わないの?」
「あいつはオレに嘘はつけませんし、数いる使用人の中でも取り分け優秀だと考えていまっ――」
目の前が暗く……。
「さすが、あの人と私の子供だわ。少ない材料でたどり着いてみせるなんて」
歓喜の声が真上から降ってくる。
あー、そういうことか。これカトレア母様に抱きしめられてんのな。
とりあえず話が進まないので離してもらう。あと単純に恥ずかしい。
「そう、犯人は母様」
「なんでアインス兄様にひどいことを」
答えは分かりきっているがお約束として聞いておく。
「あなたが後を継ぐのだから、今から顔を覚えて頂くのは当然でしょう」
「いえ、父上の後を継ぐのはアインス兄様です」
そこだけは譲れない。
正妻の息子で本来継承権第1位であるアルク兄様は身体が弱く、なので何も起こらない限りは継承権第2位のアインス兄様が実質の1位だ。
ちなみオレは3番目で、継ぐつもりはないためアインス兄様の王位継承を全力で応援している。
目指す場所が同じならオレはアインス兄様が継ぐべきだと思うし、それを支えるのが弟としての役目だって感じてるから。
だいたい父上と同じだけの能力を求められる仕事場なんて遠慮したい。
「なら、母様と勝負ね。母様はトーレに王位についてもらうために今後もアインスに妨害するわ」
それから母様は妖艶な声で囁く。
アインスが相応しいと思うのなら、あなたが兄様を守ってあげなさいと――。