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今日(こんにち)は涼しくて何よりです

作者: 中林宙昊

まだまだ十五歳だ。


先の事なんてはっきり言って考えていない。

なので昨日は平然と午後に起きたしその日はそれで終わった。

幾ばくかはこの無為地獄にささやかな抵抗をしようと外出など試みたこともあったが、全ては身の丈にすら合わず失敗に終わっている。

このまま怠惰を過ごすのが私の人生だと達観したつもりでも、いやもしかしたらと未来を想像している自分は、またはっきり言ってあほである。


夏休みに入るに当たって、当然のようにというか当然出されるのは課題である。流石に三年生ともなると適当にやり過ごそうという訳にもいかず、少しだけ頑張ってみることを浅はかながら決意した。

それに当たって、恥ずかしながら自分ではそこそこ自信のある作文に本腰を入れようと、そこそこの仲である国語の先生にその旨を話してみた。


この先生というのは、と語るほどに先生の事を知らないのだけれど、彼女はおそらく古くからこの学校に勤めている国語教諭の女性である。そのクラシカルな物言いや雰囲気はどうも魅力的に感じるが、ややご年配である故かなと失礼ながら思ってしまう。


先生は、作文にはテーマが重要だと言った。

重要とは言っても、何も今の日本社会は〜とか、昨今の経済風潮は〜とか、 身の丈の二乗でも届かぬような大きなことを言えということではないらしい。 何か身近なことがテーマでも、そこから出てくる感情や考えから何を書けるか、という意味でテーマが重要だと言う。


あまりに漠然としたアドバイスだ。


そんな事言われましても何を書けばいいんです、と私は先生に問うと、先生は思いつかないのなら最悪そのとき目の前にあるものでも書けばいいじゃないとややぶっきらぼうというか投げやり気味に答えた。

目の前にあるもの、そう言われても先生しかとその時、先生について書こうと私は決意した。


先生は稀に知らない言葉を使う。 それらのほとんどは古かったりあるいは死語と言われるような言葉がほとんどで、あんまりそれが多いもんだから私はそれらをメモして集めている。

それらを紹介するような文章はやや面白いのではないかと思った。

しかもそれを評価するのは先生な訳でこれはなかなか良い試みではと私は作成に移った。


国語のノートを開くと授業内容がそこはかとなく書いてあり、その端々には小さく落書きが書いてある。 そのほとんどは先生の古い言葉メモである。


例えばだが「今日は」だ。 先生は今日はをこんにちは、と読む。 最初聞いた時は何を言いだしたかとおもったが、どうやらそれは語源にまつわる話らしい。 我々がお昼時になると、決まって使う挨拶、「こんにちは」。 あれは元々今日(きょう)をこんにちと読み、こんにちは〇〇ですね、などの文がなまり一般化したものらしい。 よって先生は今日をこんにちと読むのだ。


他にはこのまえ聞いて驚いたというか、やや思う所があったものがある。 「本日は涼しくて何よりですね」、という文章。 先生曰くこれは三者面談などの親が学校に来るタイミングで、教室が暑いと面談自体中止になったりするので使われた言葉であるという。

しかしながら最近では教室にエアコンが取り付けられたり、教室が暑いということはほとんどなくなってしまった。 よって死語となったのだ。


うちの学校にエアコンが取り付けられたのはちょうど入学した時であり、確かに教室が灼熱地獄になるようなことは一度もなかったようなと思った。


そうすると、「涼しくて何より」は目の前で死んだ言葉ということになる。


そう思うと、なんだか死語というものがぐっと身近なものになったような気がした。

盛者必衰というのは昔から良く言われている。教科書にだって乗るのだしそれは絶対的である。

それは何も物や人に関しての話ではなく、言葉や概念ですらそうなのだろうとふと思った。

そうすると近い将来、私たちがおじいさんおばあさんになる頃、私たちが慣れ親しんだものや考えは死んでいったものにされてしまうのかと思うと、少しだけ寂しい気がした。

先生も、もしかしたらそうなのかもしれない。


そう思うと悪いことをしている気がして、私はこの作文を書くのをやめてしまった。


まだまだ十五歳だ。


しかしこの先、私たちが死んだものたちとして扱われるのであれば、その時はその時、仲良く老人ホームで指スマでもしようじゃないか。


ちなみに作文は提出期限を過ぎ、めちゃくちゃ怒られた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く良い。文章の雰囲気がかなり好きです。 お気に入りにさせていただきました。
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