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錆びた爪の契約

「で、オレんとこに来たってわけ?」


「そう……」


 フジはシュナのいる魔法学校まで戻って来てしまった。彼なら何かいい知恵を持っているかも知れないし、一人ではとても心細かった。


「その死体ってさ……」


「そう……これ」


 シュナなの視線がキャリーバッグに向けられる。フジは中を開いた。

 体を折り畳んで収納された男を見るとシュナが片手で自分の目を覆った。


「かぁー! やっちゃったなぁ!」


「うん……。杖を取られちゃって……」


「人間界で生き物は蘇生出来ないもんなぁ」


「どうしよう」


「フジはどうしたいんだよ。人間界の子供だろ。これ? ここら辺に捨ててもフジが犯人だとは誰も思わないよ」


「そんな……いじわる言わないで助けてよ! それに、僕は友達に……なりたかったんだ……人間界のゴブリンと……」


「なぁ、フジ……」


 シュナは何か言いかけたが、フジがポロポロと涙を零すと黙り込んだ。


「あぁ、もう! わかったよ。どうするか一緒に決めよう! どうせ暇だしな」


「ありがとうシュナ! でも、どうすれば……」


「オレ達の知識だけじゃどうにもなんないし、図書室行って調べようぜ」


「さすがシュナ! 頼りになるよ」


 

 図書室へ行き、生き物を蘇らせる呪文や魔術を探しだした。図書室はとんでもなく広かった。出入り口付近にはハイキングコースのようにどこになんの本があるのか道のりと本のジャンルが書かれている。フジはその地図を見て愕然とする。入学してから図書室なんて、一度も来たことがないのだ。まさかこんなに広大とは思いもしなかった。


「広すぎる。本棚が沢山並んでて迷路みたい、迷子になりそう」


「そんときゃ、オレが上から誘導してやるよ。別れて探そうぜ」


 シュナがそう言って、二手にわかれて片っ端から本を読み漁っていった。

 回復効果のある薬草や傷を治す呪文、癒しの力がある精霊や魔獣どの本を見ても死者を蘇らせる方法は載っていない。


(このまま……あのゴブリンが生き返らなかったら……僕が殺してしまったんだ……僕が……)


 フジの目に涙が滲む。焦りと罪悪感が徐々にフジの心に溜まっていく。それでも手がかりを探すために、目を擦って再び本に目を向けた。


 もう何時間経ったのか、窓の外は沈みかけていた。


「どうしよう。シュナ、僕いったん帰らなきゃ……」


 フジはシュナを探した。


「シュナ〜どこ〜?」


「フジー!!」


 シュナが叫んだ。


「あったぞ! これ見ろよ!!」


 シュナが重そうに一冊の本を持ってきて机の上に置いた。フジが本に手を伸ばすとシュナが両手を広げて通せんぼした。


「おっと、触るなよ」


 その言葉に、フジは手を引っ込めた。


「シュナ……この本どこから持って来たの? まさか……」


 シュナがにんまりと笑った。何か悪ことを考えている顔だ。


「んふふ! 禁断の書庫からかっぱらってきた」


「あ、あ、あそこは立ち入り禁止じゃないか! 生徒が入れば足跡が残るように魔法がかけられてるのに!」


「オレ、生徒じゃないもーん。足跡なんか残んないよーん。それよりほら!」


 シュナが本を開いた。そのページにはこう書かれていた。


「……願いを叶える魔神?」


「これなら死んだ奴も蘇らせること出来るでしょ!」


 フジは涙目になりながら明るい笑顔を見せた。


「すごいよシュナ! 大発見だよ!!」


 フジはポケットから生徒手帳を取り出して魔神の呼び出し方をメモした。

 必要な物は学校内で揃えた。

 魔法陣を描くためのチョークや学校の敷地にある森(庭)に生えている薬草と鹿の角。カエルの内臓(これは学校の備品のホルマリン漬け)それと何も書いていない羊皮紙。


「揃ったかな?」


 日が沈み星が輝き出している。ランタンに火を灯して、フジがこの前びしょ濡れになった時にいた平たい岩の上に魔法陣を書き出した。

 魔法陣の真ん中にカエルの内臓とすり潰した薬草を混ぜた物を置いた。

 鹿の角を手に持ち呪文を唱える。


「ゴエティアに導かれし者よ。わたしの呼び声に答え、姿を現せ。Venu(ベヌン)|karno kaj sango por vi《カーンノ カジ サンゴ プォル ビ》」


 カエルの内臓がボコボコと動き出した。そこから煙が立ち上がり魔法陣が見えなくなると、手に持っていた鹿の角が煙の中へ飛んで行った。

 煙の中から真っ赤な翼のような物が羽ばたくように出現した。よく見ると羽根ではなく魚の尾鰭(おひれ)のような物で、ベタのオスが持つ鰭のように優雅になびいている。

 頭に鹿の角が生え、小さい人間の子供のような見た目をした魔神が現れた。


「汝の願いを叶えよう。指を出しなさい」


「指?」


 フジは魔神の前に両手を差し出した。

 魔神は赤く血塗られた鋭く長い爪でフジの人差し指を針を刺すように傷付けた。


「痛っ!」


 指から血が溢れ出てくる。


「この契約書に名前を血で。鏡文字で書くのだ」

 

「鏡文字ってなんですか?」


 質問するとフジは一瞬睨まれた気がした。


「鏡は反対の世界。左右反対に書くのだ」


 魔神は羊皮紙を差し出し、フジは受け取ってサインした。


「あれ? 何か色々書いてありますけど……」


 魔神は羊皮紙を取り上げて言った。


「願いを言うがいい」


 フジは魔法陣の隣に横たわっている男を指差した。


「死んじゃって困ってるんだ。あの人を生き返らせて」


「いいだろう。これを」


「何これ?」


「この石を死者の胸に乗せればいい」


「それだけ?」


「そう……それだけだ。さぁ」


 フジは赤い、宝石の原石のような物を受け取ると、男の胸にそれを置いた。


「契約完了」


 そう言うと魔神は姿を消した。

 煙も消えて周りがよく見えるようになった。


「フジ! 大丈夫か? 一体どうなったんだ?」


「あれ? シュナは見てなかったの?」

 

「煙に包まれて何も見えなかったんだよ。魔神は?」


「石くれた」


「イシィ?」


「う……うぅ……」


「シュナ! 見て!」


 男が起き上がった。寝ぼけたように頭をボリボリと掻いている。


「なんだ……真っ暗じゃねぇか!」


「生き返った!」


「生き返ったな!」


 フジとシュナは顔を見合わせた。


「「やったー!!」」


 二人は喜んでその場で踊り出した。


「な、なんだこいつら……まだ夢か?」


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