目覚めて紅
(どうしよう! どうしよう!)
フジはコンビニに戻ってパニックになっているゴブリンのバイクにまたがった。
「ちょっと借りるね!」
何人かその場に残っているゴブリンがフジに向かって何か言っていたが言葉になっていない。一人腰を抜かして座り込んでいたゴブリンはフジを見ると怯えて震えながら助けてくださいと呪文のように何度も唱えている。
フジは無視してエンジンのかかっていないバイクに念じる。
バイクは静かに宙に浮き前に進み出した。ほうきで空を飛ぶのと同じ要領だ。学園に入って最初に教わった魔法。
ほうきより重いので操縦が難しく、バイクの後輪が持ち上がってしまう。ロデオのようにグラグラと傾いてバランスが取れない。
「あぁ、もう! 飛びにくいなぁ!」
フジはそのまま上へ飛び上空からバケモノを探した。
「いた!」
バケモノは海岸沿いの道路を我が物顔で走っていた。そこに一台の車とすれ違う。バケモノは方向転換をしてその車を追いかける。運転手は驚いたのか車のスピードを加速し始め、逃げようとするもバケモノは獲物を捕らえるかのように前足で攻撃を仕掛ける。
フジはバイクをバケモノの顔めがけて飛んで行った。
「わっ! わあ! 止まれない!!」
フジは杖を取り操縦不可能になったバイクに呪文をかけた。
「Frosti!(動くな)」
それでも止まらず、バイクに乗ったままバケモノの顔に衝突すると、バケモノは後ろにひっくり返り、その上にフジが落ちる。バケモノの体をリバウンドして地面に転がり落ちるその瞬間、バイクが爆発した。近くにいたバケモノの体から黒煙があがる。どうやら爆発に巻き込まれたらしい。
フジは目をまわしながら立ち上がる。視界が揺れて上手く歩けない。おまけに体も擦り傷だらけだった。
バケモノは叫び声を上げ倒れるとバケモノは人の形となって倒れた。
道路の周りは火に囲まれ、裸の男が地面に倒れているのをぼんやり眺めていると、遠くからサイレンが聞こえ始めた。
少しずつ近づいてくる音にフジはようやく冷静になると今度は震え出した。
「ど、ど、ど、どうしよう」
辺りを見回すと少し離れた場所にママチャリが置いてあった。
フジは裸の男を担ぎママチャリのところへ行き、カゴに男を詰め込んだ。
チャリに跨がり空を飛ぶと、消防車や救急車やパトカーが集まって来た。
道路の炎を消防車が消していった。
フジは何事もなかったようにおばあちゃん家に帰って来た。
茶の間にあるデーブルに出前の寿司がお皿に並べられて置いてある。
「あんた遅いから先食べちゃったわよ」
と、お母さんに言われフジに残されていた寿司を頬張った。せっかくの寿司なのにフジには食べてもなんの味もしなかった。
外にある物置きに見知らぬ裸の男を隠して平気なはずがない。
速く男の目が覚めてどこかへ行ってくれればいいのにとその時は思っていた。
家族に悟られないよう、テレビを囲んで家族団欒の時間を過ごす。
布団に入ると気付いたら朝になっていた。
布団から起き上がり、朝食を食べ終えるとフジは昨日無断で借りてしまった自転車に魔法をかけた。
「|revenu al sia lando(彼の地へ戻れ)」
自転車は消えた。瞬間移動したのだ。これで自転車は元の場所へ戻ったはずだ。
(あの自転車、本当に元の場所へ戻ったのかしら?)
少し不安だったが、大丈夫なことを願った。
(問題はこっちだ……)
おばあちゃん家の裏庭にある物置きの扉を開ける。
「あー」
フジはがっかりした。男はまだそこにいた。夏だから凍死はしないだろうと思いバスタオルだけ体にかけていたが動いた形跡もなかった。
フジは男の体を揺らして目覚めさせようと試みる。
全く反応がない。
不思議に思いフジは男の顔に手をかざした。
(呼吸がない……?)
フジは男を外に引っ張り出し、物置きの扉に立てかけた。手首を取り脈を確認する。脈拍もない。
閉じている瞼を開けて瞳を確認すると、瞳孔が開いている。
男の体はバランスを崩し地面に倒れた。
「これ……死んでるんだ……本当に……もう……」
フジはつぶやくように言った。もう動かない男を眺めて、全身の力が抜けるようにその場にしゃがみ込んだ。
「これ、どうしよう……」
フジはおばあちゃんに散歩に行くと伝え家を出た。手にはバスタオルを巻いた裸の男が入ったキャリーバッグを引いて駅へと向かう。
切符を改札に通し、電車に乗り込むと魔法界の扉が開いた。
フジは一旦魔法界へ戻ることにしたのだ。人間界ではなんともならないし、何より誰かに相談したかった。そして、相談出来る相手は彼しかいない。
〜かしら。ってもとは男言葉だったらしい。




