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スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「脈動」
9/29

「脈動」(9)

「任務完了。ブツは回収した」


 報告したエリーへ、腕時計から返事したのはヒデトだった。


〈さすがだぜ、エリー。でも無茶な単独行動はよしてくれよ……ああ、こっちもあんたの姿が見えた〉


 エリーが眺めた先、小さく見えたのはヒデト本人だ。潜入用の細いワイヤーロープを伝って、山の斜面をプロまっさおの身のこなしで降りてくる。


「さて」


 気を取り直して、エリーは視線を戻した。文字どおり針のむしろになって血の歯列に拘束されるカレイドへ、無慈悲にたずねる。


「カレイド、まだ喋れるかの?」


 針山にはりつけにされたまま、なんと、カレイドは蚊の鳴くような声だが答えた。


「げ……元気いっぱいさ」


「よろしい。そんな簡単に死ねない存在が、われら吸血鬼じゃ。しかし永劫に近しい生命があるとはいえ、わらわは時間を無駄にするのが嫌いでの」


 氷のような声色で、エリーは聞いた。


「すでに尋問は始まっておる。ホーリーとどうゆう関係じゃ、うぬは?」


「私は好きだよ、彼女のこと。彼女のほうも、きっと心底では私のことが……痛たた!」


 あくまで軽妙な態度を改めないため、カレイドは悲鳴をあげることになった。鋭利な血の刃を、エリーがさらに強くカレイドへ押し込んだのだ。激痛にもだえ苦しむ相手へ、エリーはあいかわらず残忍な口調で問うた。


「ホーリーになにを吹き込まれた?」


「こ……」


 唇の端から赤いものといっしょに、カレイドは吐いた。


「この時代を滅ぼす戦争について、さ。放っておけば、吸血鬼も巻き込まれて根絶やしになる。きみにとっても他人事じゃないと思うがね、エリー?」


「吸血鬼とはしょせん、まともに命の鼓動を刻んでもおらん。墓の下と上では、立っているか寝ているかの差しかあるまい。ではうぬの目的は、吸血鬼の防衛じゃな?」


 カレイドの眼差しは、にわかに真実味を帯びた。


「そのとおりだ。一城の主としての責務と感じている。ホーリーの攻撃対象から吸血鬼を外すかわりに、私はいくつか仕事を請け負っていてね」


「仕事?」


 威嚇的に腕組みしたエリーへ、カレイドは続けた。


「仕事はまだ続行中だ。どうやらこのままいけば〝それ〟は自動的に幻夢境げんむきょうへやってきてくれるらしい」


「自動? なんのことじゃ?」


 カレイドは不穏なほほ笑みをこしらえた。


「〝それ〟は未来において、ホーリーの目的の大きな障害となる」


「じゃから、なにが言いたい?」


 思わせぶりに、カレイドはかたわらを盗み見た。その瞳に映ったのは、駆け足で近寄ってくる第三の人物だ。


 エリーが気づいたときには、もう遅い。


「まずい! くるな、ヒデト!」


「え!? ……うァっ!?」


 最後の力でカレイドから伸びた玉虫色の槍を、ヒデトは間一髪で受け止めた。


 そのまま反射的に、彼独自の呪力を発動する。すなわち〝異世界のものを〟〝本来あるべき場所へ〟〝一瞬のうちに消し飛ばす〟逆召喚の特技を。


 森林の闇を、ヒデトの呪文が切り裂いた。


「〝黒の手(ミイヴルス)〟!」


「待て!」


 制止したエリーの眼前で、ああ。


 光の粒子と化して、カレイドの姿は薄れていく。


 呪力の鱗粉になりながら、カレイドは勝ち誇った。


「自分自身を異なる世界に転送するのは、けっこう大変でね。小難しい魔法陣の描写に呪力の充填等々、それはそれは大がかりな準備がいる……でもこの便利な〝黒の手(ミイヴルス)〟の能力なら、故郷への帰還は一瞬で完了だ」


「ええい!」


 素早く形成した鮮血の長剣で、エリーはカレイドを薙ぎ払った。だがカレイドの残滓をかすめ過ぎただけで、斬撃は空振りに終わる。


 蝶々のように手のひらを開け閉めし、カレイドは別れを告げた。


「じゃあまたね、美麗なる逆吸血鬼ザトレータ。ああそうそう、さっき自分をこの世界に召喚する前後、ちらっと興味深いことを小耳に挟んだよ」


 ほとんど透明になりながら、カレイドは言い残した。


「メネス・アタールに使わされた死霊術師ネクロマンサー竜動士ドラグナーが、私の城を見張ってるそうじゃないか」


「!」


「私のターゲットは決まった。はたして彼らは、夜も眠らずに私の四騎士たちの襲撃をしのぎきれるかな? 楽しみにしてるよ、若々しい召喚士たちの血の味……」


 くやしげに血刀の柄を握りしめるエリーの横に、遅れてヒデトは到着した。


 そのときには、カレイドの姿はもう影も形も残っていない。


 息せき切りながら、ヒデトはエリーに詫びた。


「すまねえ。捕まえる前に、ついトドメを刺しちまった」


「この早とちりめ。ひとつ聞くが」


「ああ?」


 慄然たる光景は、静かに展開された。


 手にした赤剣の切っ先を、エリーがみずからの眼窩に勢いよく突き刺したのだ。あっという間に液状化したそれは、エリーの片目に生き物のごとく吸い込まれる。じぶんという鞘に武器を収納し終え、エリーは何事もなかったかのように眼帯でふたたびその瞳を封じた。


 ヒデトを横目にする残ったエリーの独眼は、どこか非難がましい。


「うぬの〝黒の手(ミイヴルス)〟の呪力、食らった対象は命に別状ないのかえ?」


「らしいな。前に思いっきり能力をぶちかましてやったメネスのヤローも、あのとおりピンピンしてやがるし……あ!」


 ようやく気づいた顔になったヒデトへ、エリーは嘆息した。


「才能が裏目にでたの。逆召喚術を逆手にとられ、カレイドは晴れて幻夢境げんむきょうへ逃げおおせたわけじゃ」


 失態に身震いするヒデトを残し、エリーは基地のほうへきびすを返した。


「組織の機密が漏れた。召喚士らが危ない。異世界へ舞い戻ったあ奴を、急いで追わねば」

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