表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「脈動」
3/29

「脈動」(3)

 場面は戻り、現在……


 日没。


 美樽びたる山は、赤務あかむ市から簡単に行くことができた。


 手つかずの自然に包まれたそこは、一見するとただの山だ。シーズンともなれば登山客や昆虫採取、写真家や天体観測、山菜採りや川釣り等でそれなりににぎわう。また山頂付近から一望できる夜の街のきらめきは、若い男女の恋語りの背景としても申し分ない。


 なので、人々には知るよしもないだろう。


 巧妙に樹木に擬態した多機能センサーが、山中にくまなく配置されていることを。そこかしこの樹々に埋め込まれた高精度の監視カメラの存在を。それらと連動する最新鋭の見えないトラップの数々が、森林のあらゆる場所で出番を待っていることを。


 そう。


 美樽びたる山は政府の闇・特殊情報捜査執行局とくしゅじょうほうそうさしっこうきょく組織ファイア〟のほこる超大型の秘密基地なのだ。その構造は、地上と地下をあわせて数千階層にまでおよぶ。


 研究所の奥部、とある場所に彼女のひそむ部屋はあった。


 室内には庶民的なOLらしい家具やパソコン類が用意され、いまは明かりは落とされて暗い。ただし一点だけ……一点だけ、通常の暮らしとは異なるものがあった。


 本来はベッドが置かれているであろう場所に、それは静かに安置されている。


 洋風の〝棺桶かんおけ〟が。


 部屋の扉がノックされたのは、そのときだった。


「エリー? エリザベート・クタート?」


 廊下からの呼び声は、若い男のものだった。


 室内から返事はない。


 数秒待って、部屋の扉はそっと開けられた。さしこむ照明とともに、来客は入ってくる。


「失礼するぜ」


 ぱちんと部屋の電気をつけたのは、組織の捜査官……褪奈英人あせなひでとだった。


 潜入捜査の擬装カモフラージュである学校の帰りのため、その格好は美須賀みすか大学付属高校の制服のままだ。見た目はまだ少年だが、その身がまとう独特の雰囲気にはかけらも油断はない。それは、驚くべき数の戦場を駆け抜けてきた兵士のオーラとも例えられる。


 不吉な棺桶をながめ、ヒデトは独りごちた。


「閉まってるな、フタ。中身は?」


 歩み寄った棺桶のフタを、ヒデトは軽くノックした。


「もしも~し。いるんだろ、エリー?」


 やはり棺桶は無言だった。


「まいったな。ふたりっきりで会議なんてイヤだぜ、あんなサイコ野郎と」


 眉根を寄せると、ヒデトは左手首の銀色の腕時計をもたげた。時計表面のパネルを手慣れた動きで操作する。選んだのは〝通信〟の機能だ。


 おお。かすかな着信音は、棺桶の中から響いたではないか。


 いまいましげに、ヒデトは舌打ちした。


「いるんじゃねえかよ、寝坊助が!」


 重い打撃音がこだました。頭にきて、ヒデトが棺桶を蹴ったのだ。


 ふつうなら怒ってなにかが飛び出してきてもおかしくないが、まだ応答はない。


「けッ」


 しかたなく、ヒデトは部屋のイスに座った。


 通学カバンから取り出したのは、ポテトチップスの袋だ。騒々しくそれを開封し、おもむろに食べ始める。風味は大蒜ガーリックだった。部屋の静寂に、ぱりぱりいう音だけがやたらと大きく響く。


 なんとついに、棺桶はしゃべった。


〈くさい……〉


 たえまなく口を動かしながら、ヒデトはしてやったりと笑った。


「だろうな。吸血鬼の弱点は十字架と陽の光、そしてこのニンニクだ」


 地獄から這いずりでるような声色で、棺桶はうなった。


〈なぜわらわの神聖なる憩いを邪魔するのじゃ、〝黒の手(ミイヴルス)褪奈英人あせなひでとよ?〉


 コードネームで呼ばれたヒデトは、ポテチの袋に手を突っ込んだままジト目になった。


「邪魔じゃねえ。手伝いにきたんだよ、あんたのお目覚めを。もう夕方だぜ?」


〈まだ夕方か。吸血鬼の活動時間は夜と決まっておる。完全に日が暮れるまで、一時間ばかり待つがよい〉


 ぶぜんとヒデトは肩をすくめた。


「ヤだね。だいたいあんた、太陽を浴びても平気だろ。三分で起きな」


〈早朝から夕刻にかけては憂鬱なのじゃ。自律神経が弱くての。もう三十分寝かせろ〉


 残ったポテチのかけらを、ヒデトは一気に袋から口へ流し込んだ。


「とっととタイムカードを切らないと、遅刻扱いになる。給料と血の量に響くぜ。五分だけ待つ」


〈かわりに切っといてくれ、タイムカード。あと十五分休ませい〉


 カラになったポテチの袋を丸めながら、いよいよヒデトは行動にでた。


 きれいに拭いた手で、机上のインターネット無線機ルーターの電源を切ったのだ。


 およそ三十秒後、棺桶のフタは乱暴に蹴り開けられた。予想どおりである。


 怒りの表情で身を起こしたのは、片目を眼帯でおおう少女だった。思わず息を飲むほどに、その相貌は青白くて美しい。透けるぐらい薄手の寝間着に包まれた肢体にもまた、よくメリハリがきいて異性、いや同性すらが蠱惑されることだろう。


 そんな吸血鬼のお手本そのものの彼女が、目覚めるなり放った第一声はこうだ。


「くそ! 動画の通信が切れた! どうなっておる!?」


 形の整ったその両耳から、勢いよく抜け飛んだのはイヤホンだ。いきなり室内の電波を断たれ、棺桶の中で観賞していたテレビが見れなくなったらしい。


 にこやかにヒデトは出迎えた。


「おはようさん、エリー。どんないい夢見てたんだい?」


 動画のフリーズしたタブレット端末をぶんぶん振りながら、エリーことエリザベート・クタートは怒鳴った。


「決まっておろう! 大相撲の生中継じゃ! 注目の大一番じゃったのに!」


 机に片肘をつき、ヒデトは落胆したため息をもらした。


「角界ときたか。西欧生まれのオシャレな吸血鬼さまが、汗臭い力士と力士の突っ張りあいだって? 崩れるぜ、イメージが……」


「あ! その電源!」


 かんかんになって、エリーはヒデトに詰め寄った。八重歯というにはあまりに尖りすぎた輝きを狂暴に剥き、ヒデトの胸を人差し指で小突く。


「うぬのしわざか〝黒の手(ミイヴルス)〟!」


「怒るな怒るな。あとで録画を見りゃいいじゃんよ」


 両手で温度を下げるお願いをするヒデトを前に、エリーは憤然と腕組みした。


「わかっとらんな。血と動画は生が一番なんじゃ。どけ、機械室からドリルを借りてくる」


「ど、ドリル? なにするつもりだ?」


「工事じゃ。棺桶に穴をあけ、寝床まで有線ケーブルを引き込む。これで電波切れに悩まされずにすむわい」


「穴、って……」


 軽くお手上げして、ヒデトは困ったように首を振った。


「穴があいてて良いものなのかよ、吸血鬼の棺桶って? さっき神聖とかなんとか言ってなかったか?」


「多少は我慢する。ネットのほうが優先じゃ」


 眼帯がない側の独眼で、エリーは通せんぼするヒデトをにらんだ。


「邪魔するなら、うぬのカボチャ頭に風穴をぶち開けるぞ?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ