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スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「飛散」
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「飛散」(6)

 秘密基地の医務室……


 イスに腰かけたまま、いらいらと貧乏ゆすりするのはエリーだった。


 飲み干した疑似血液の紙パックで、テーブルの上はいっぱいになっている。経口摂取はもちろんのこと、彼女の体に刺さるのは何本もの輸血パックの針だ。点滴されるそれらの中身も無論、戦いで消耗した吸血鬼の血に他ならない。


 エリーがふたたび美須賀みすか大付属の新品の制服を着用したのは、衣服を選ぶ時間がもったいないためだ。異世界転送のどさくさで失った組織の腕時計も、その手首にきっちり復活している。


 銀色の多機能時計の時刻をなんども確認しつつ、エリーは嘆いた。


「ええい、まだか。まだ召喚の準備は整わんのかや。こっちに戻ってから何時間たつと思っておる」


 回答は、つつましい扉のノックとともにもたらされた。


「破壊された魔法陣の修復は、あとすこしのようだよ。失礼してもいいかい、エリー?」


「だれじゃな、こんなときに。入れ」


 かすかな稼働音をひいて自動扉が開くと、現れたのはスーツ姿の若者だった。その片手には、どこかで見覚えのある頑丈なアタッシュケースが提げられている。


 にこにこする若者の柔和な顔立ちは、まだ少年といっても差し支えなかった。秘密基地にいるからには組織の関係者と思われるが、彼のことはエリーの記憶にはない。


 不審げにエリーはたずねた。


「だれじゃ、うぬは。新人かえ?」


 くすりと頬をほころばせ、若者は返事した。


「そうだね、この姿で会うのは初めてだった。ぼくだよ、凛々橋恵渡(りりはしえど)だ」


「エド?」


 口もとに拳をあて、エリーはしばし記憶をたどった。眼帯のないほうの瞳を、きゅうに見開く。


「エド! マタドールシステム・タイプ(オー)か!」


「正解。ひどいなァ、いっしょに死線をくぐり抜けてきた相棒の存在を忘れるだなんて」


「たしかにその声、聞き覚えがある……」


 現在のタイプ(オー)は、幾段階にも変形するエリーの血晶呪ナイハーゴ強化装置の姿ではない。メンテナンスの名目で研究員に武器を預けたまでは覚えているが、まさかこの短時間でここまで大胆な変身をとげるとは。


 頭頂から爪先までなめ回すよう観察したエドを、エリーは端的に評した。


「また、ひ弱そうな優男じゃのう」


「あらら」


 さっそく自己を否定され、エドは軽くずっこけた。


「ま、人間だった時代からよく言われてることさ」


「どうやって人の姿に戻った?」


「戻ったんじゃなく、正確には新たな魂の容器を与えられたんだ。従来のタイプ(オー)を脊髄とする最新技術の機械の体をね。改めて自己紹介するよ。ぼくはマタドールシステム・タイプ(オー)凛々橋恵渡(りりはしえど)。アルファベットの(オー)は〝開封(OPEN)〟の頭文字さ。組織からは、引き続きエリーをサポートするようお願いされてる。今後ともよろしくね」


「うむ」


 軽く握手して、エリーとエドは挨拶した。エドの手首にもまた、組織お手製の銀時計が輝いている。


「で、生き返った感触はどうじゃ?」


 ネクタイの上に手をそえ、エドは答えた。


「組織の再現力はすごいよ。ぼく自身、人間だったころとほとんど感覚が変わらない。すこし変わったといえば、視界にいろいろな情報が自動で流れるのと、主食が電力になったぐらいかな」


「待てい。では、わらわの剣はどこへいった? 必死こいて集めた宝石は?」


「ここにある」


 細かな金属音を漏らして、エドの片手は展開した。


 エドの拳に埋まってきらめくのは、鳩血石ルビー蒼玉石サファイア金剛石ダイヤ緑柱石エメラルド……異世界の宝石たちだ。宝石を大事に拳の中へしまい、エドは説明した。


幻夢境げんむきょうの地水火風、よっつの呪力の燃料はそろった。おかげでぼくも復活することができたよ。吸血鬼特有の〝永遠の命〟をもつ秘宝のおかげでね。ただ呪力をこめただけの普通の宝石とかじゃ、ぼくはあっという間に停止しちゃうそうだ。そして……」


 ていねいにテーブルへ置いたアタッシュケースを、エドは開いた。


「ぼくの魂は抜けたが、エリーの武器はちゃんとある。改良型の血晶呪ナイハーゴ増幅機構、その名もマタドールシステム・タイプ02(オーツー)だ」


 ケース内の緩衝材に収まったエリーの武器は、初代のそれと瓜二つだが、やや肉厚になって形状も新しくなっている。


 うやうやしくホルスターごと持ち上げたタイプ02(オーツー)を手に、エリーは溜息をついた。


「ちと期待はずれじゃ」


「そうくると思ったよ。武器はそれだけじゃない。エリーの愛車バイク血晶呪ナイハーゴマークⅢ〟も完成して発進テイクオフの待機中だ。その他の銃火器や爆薬、防具や刀剣類も、こんどのぼくならきちんと異世界へ運べる。好きなだけ選んで持ってって」


「ちがう」


 首を振って、エリーは苦笑した。


「頼りになる話し相手の剣が、もういないというのが寂しくての」


「驚いた。でも武器に宿った精神なら、そっくりそのままこっちへ引き継がれたよ?」


 じぶんを指差すエドへ、エリーは問うた。


人型自律兵器アンドロイドの体ということは、うぬも寿命は半永久的かや?」


「いちおうそうらしいね。とんでもない破損やバッテリー切れ、深刻なエラーとかがない限りは」


「心強い。こりずにわらわの相談役になってくれるな、エド?」


「もちろんだ。こんなぼくでよければ……ぅわっと?」


 びっくりして、エドは目を白黒させた。


 点滴につながったままのエリーが、じぶんに抱きついてきたのだ。ここまでの感謝とこれからの期待に熱くなるエリーの吐息が、じかにエドの耳たぶにかかる。


「ど、どうしちゃったのさ、エリー?」


「嬉しくっての。ともに長き時間を歩める伴侶を得たことが」


「伴侶……ぼくなんかがエリーにふさわしいとは、とても思えないよ?」


「うぬとわらわ、種族は違えど、ともに時を刻めばわかってくることもある」


 密着したエドの肩越しに、エリーは遠い眼差しになった。


「今回の一連の騒動で、よく思い知った。死の恐怖を。おのれの無力さを」


 死闘のフラッシュバックに強張るエリーを、そっと解きほぐす手はあった。抱き合ったエリーの細い背中を、エドが優しくさすったのだ。


 人間味あふれるエドの掌のぬくもりは、とても機械とは思えなかった。反対に、闇夜の凶獣であるはずのエリーの体とは、ここまで華奢だったのか。いざ一皮剥いた彼女は、じつのところただのか弱い女子高生にしかすぎない。気丈さが売りの吸血鬼とて、困難に行き詰まって心身を病むこともある。


 ちいさく震えながら、エリーは嗚咽を漏らした。


「わらわは恐ろしい。これまで生き残ってこられたじぶんの強運と、これからの戦いへの不安が。痛みが怖い。生きていたい。戦わずに逃げてしまいたい……」


「なんでもっと早くに打ち明けてくれなかったんだ。頑なに本音を隠すそのスタイル、ふだんとのギャップ。ぼくもかなり、キュンときた」


 子どもそのもののエリーの頭をなでながら、エドはささやいた。


「心配ない。エリーは強いよ、じゅうぶんに」


「いや、弱い。なにが逆吸血鬼ザトレータじゃ。ちょっと昼間に出歩けて、普通人よりすこしばかり運動神経がよいだけではないか。わらわがこれまで勝ち残れたのは、組織の手厚いバックアップがあってこそじゃ」


 きつく瞑られたエリーの独眼の端に、年相応の涙が浮いた。


「それが丸裸で未知の世界に放り出されれば、それ見たことか。うぬという支えがなければ、わらわはとうの昔に幻夢境げんむきょうの強敵に仕留められておった。これまでの厚顔無恥な行いの数々、おおいに反省しておる」


 エドに手渡された清潔なハンカチで目尻をおさえながら、エリーは告げた。


「わらわには、うぬがいるだけでいい。その他の武器はもう、必要最低限しか持たぬ」


 鼻をすすって項垂れるエリーの肩へ、エドは柔らかく手をおいた。


「絶対に救おうね。ハオンくんたちを、異世界と現実を。ぼくらの力をあわせれば、必ずできる」


「ああ」


 互いに見つめ合って意味深な時間を過ごすエリーとエドは、やがて自然に接近してその唇どうしを……


 ふたりの腕時計が、そろって合図の着信を鳴らしたのはそのときだった。


 はっと我に返り、エリーはエドから顔をそらしている。全身の輸血の針を手早く外すその視線には、もうためらいはない。タイプ02(オーツー)のホルスターを腰にとめつつ、常と変わらぬ冷静さでエリーはつぶやいた。


「召喚の準備は整った。続きはまた、戦いのあとじゃ」


 数分後……


 研究室に描かれた真新しい魔法陣の中央に、ふたりは立っていた。


 エリーとしっかり手をつないだまま、念押ししたのはエドだ。


「いいかい。安全が確認できるまでは、なにがあってもこの手は放さないようにね」


「放さぬ、放さぬとも。しかし」


 どこかすっきりした面持ちで、エリーは質問した。


「真っ赤な泥濘と化して、わらわは幻夢境げんむきょうに転送されるのでは?」


「いや、今回は大丈夫さ。仮想テストも問題なくクリアしてる」


 エドの拳は変形し、ひかえめに宝石の光をこぼした。


「エリーがあんな姿で異世界に召喚されたのは、魔法陣の精度が低かったからだ。でもこれからはそうじゃない。マタドールシステム・タイプ(オープン)の〝開封〟の呪力で、魔法陣の性能は限界まで引き出す。つまりエリーは、完全なままで幻夢境げんむきょうに転送されるのさ」


「まことかや? なんと恐るべき能力……」


「いまのところはまだ〝開封〟による召喚はエリー専用で、一度につきひとりを運ぶのが精一杯だけどね。ほんとに他の持ち物はいいの? かんたんには取りに戻れないよ?」


「いらん」


 腰のタイプ02(オーツー)を自信ありげに注視し、エリーは言い放った。


「なまじ武装が充実しておると、それにばかり頼りすぎて油断が生まれる。百パーセントの力を発揮するためにも、わらわは02(オーツー)のみの装備で十分じゃ」


「わかった……では皆さん、お願いします」


 エドの言葉を皮切りに、てきぱきと持ち場についたのはあたりの研究員たちだ。


 定刻をむかえ、魔法陣はまばゆい召喚の輝きに満たされていく。


 上昇する光のすじを縫って、エリーはエドにほほ笑んだ。


「またあちらで会おう、恋人よ」

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