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スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「飛散」
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「飛散」(3)

「アエネ!」


 倒れた竜動士ドラグナーへ、ハオンはすぐさま駆け寄った。


 華麗に宙返りを決めて着地したまではいいが、エリーも膝から足もとへ頽れている。さまざまな疲労が限界に達したのだ。


 難儀して拾い上げた自分の片手を、エリーは斬られた肘の先にくっつけた。接着面をじわじわ蠢かせ、腕は結合と治癒を開始する。


 苦しげに、エリーはハオンへささやいた。


「殺してはおらん。アエネに寄生したサファイアのみを倒した」


「え……」


 エリーの発言どおり、アエネにはかすかだが脈拍が残っていた。


 胸をなで下ろしたのはハオンだ。


「そんな離れ技を、あの一瞬で。ありがとう、エリー」


「とてつもない強敵じゃった。今度こそ死ぬかと思うたわい」


「同感だ……あ、これ」


 回収したサファイアの宝石を、ハオンはエリーに手渡した。エリーのかざしたタイプ(オー)に、宝石はぴたりとはまり込んでいる。


 しばらくすると、タイプ(オー)は明瞭な声を発した。


〈意識がしっかりしてきたよ。目も見える。ぼくはエド。きみたちは?〉


 人語を介する拳銃へ、エリーは答えた。


「わらわはエリザベート・クタート。エリーでよい。吸血鬼の血を吸う吸血鬼じゃ。こっちは死霊術師ネクロマンサーのハオンという。うぬの魂を降霊させた呪士ぞな」


 タイプ(オー)には、しばし考える間があった。


〈吸血鬼に死霊術師……たいへん恐縮だけど、とてもホラーな組み合わせだね?〉


「わらわからすれば、しゃべる武器ほど不気味なものはない。エドとやら、こたびの活躍の数々を褒めてつかわす。ところでうぬ、いっぺん落としたはずの生を、ふたたび世に授かった目的はなんじゃ?」


〈う~ん〉


 タイプ(オー)ことエドは悩んだ。


〈ぼくの能力は〝封印を〟〝解く〟ことらしいよ。まだはっきりとは自分の役目はわからない。あとひとつ、あとひとつ吸血鬼の宝石がそろえばわかる気がする〉


 首肯したのはハオンだった。


「残る騎士は緑柱石エメラルドか。また恐ろしい力を秘めてるんだろうな」


 足をもつれさせたエリーに、ハオンは肩を貸して支えた。


「だいじょうぶ? さっきからかなり辛そうだけど……」


「し、子細ない。ちと鉄分が不足しておるだけじゃ。そんなことより早く、早く吸血城へ向かわねば」


 めずらしく息遣いを乱すエリーへ、ハオンは首を振ってみせた。


「これは無理だね。戦いのダメージが大きすぎる。いったん村へ帰って休むんだ。ちなみに、血の代わりになる食事ってのはあるのかい?」


「吸血鬼の血がないのなら、レアのステーキあたりが適切じゃな。くそ、情けないが仕切り直しか。致し方ない」


「ごめんよ、アエネ。エリーをレストランへ送り届けたら、すぐ迎えに戻るから」


 ハオンに補助され、エリーはなんとか歩いた。吸血城の方向からUターンする。


 闇夜にわずかな軌跡をちらつかせたのは、水晶めいた翼のきらめきだ。


 タイプ(オー)が警告したのはそのときだった。


「強い呪力の反応! 気をつけて!」


 知らないうちに、そいつはエリーたちの背後にたたずんでいた。


 独眼を見開き、うめいたのはエリーだ。


「か、カレイド……!」


「や。いろんな世界で会うね。運命の赤い糸ってやつかい?」


 うろたえる二人へ、カレイドは親しげに手をひらひらさせた。


「とどこおりなくタイプ(オー)は仕上がってるようじゃないか。そろそろ私にゆずってもらおうかな?」


「だれが!」


 力なくハオンを突き飛ばすや、エリーはタイプ(オー)を中段に構えた。大剣へと変形した骨組みに、眼帯をずらした瞳から鮮血が寄り集まる。高速回転し始めた刃には、しかし明らかに呪力も密度も足りていない。


 感心して、カレイドは小さく口笛を鳴らした。


「へえ、驚いた。すんごい呪力を感じるよ。タイプ(オー)には、()()にそんなオプション機能まで?」


 もとから青白い顔色をなお悪くし、エリーは少ない気迫を全開にした。


「よくぞみずから現れた! その素っ首、神妙に差し出せい!」


 まっすぐ打ち込まれた赤い切っ先は、ぴたりと止まった。


 エリーの手首を、カレイドが掴んで捻りあげたのだ。万力じみた吸血鬼の握りを振りほどく力は、今の彼女には残されていない。エリーの眼前に広げられたカレイドの掌に、虹色の呪力が舞い散る。


 星のはじけるようなウィンクを飛ばし、カレイドは告げた。


「わざわざご苦労さま、タイプ(オー)のお届け。じゃあまたね、エリー……〝血呼返オトゥーム〟」


「~~~ッッ!!」


 なにかしらの悪罵とともに、エリーの姿は光の粒と化して消滅した。


 カレイドの〝吸血鬼を送り迎えする召喚術〟により、エリーはもといた地球へと転送されてしまったのだ。


 手放されたタイプ(オー)は、拳銃の形に戻って地面を跳ねた。それに腕を伸ばしつつ、カレイドはほくそ笑んでいる。


「おかえり、タイプ(オー)。これからきみの持ち主は、この私だ」


 カレイドが指を触れた瞬間、それは起こった。


 失われていくエリーの血を針鼠さながらに生やし、タイプ(オー)はカレイドの手を弾き飛ばしている。本当の主人を奪われたタイプ(オー)にとって、正真正銘これが最後の反撃だ。


 ちょっぴり痛そうに手を振るカレイドへ、タイプ(オー)は言い返した。


〈おまえなんかに使われてたまるか! 待ってろよ、エリー!〉


 タイプ(オー)は残りわずかの血を噴射して器用に跳躍し、なんと……


 エリーを強制送還した召喚の門のかすかな隙間へ、その身を滑り込ませた。

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