「飛散」(3)
「アエネ!」
倒れた竜動士へ、ハオンはすぐさま駆け寄った。
華麗に宙返りを決めて着地したまではいいが、エリーも膝から足もとへ頽れている。さまざまな疲労が限界に達したのだ。
難儀して拾い上げた自分の片手を、エリーは斬られた肘の先にくっつけた。接着面をじわじわ蠢かせ、腕は結合と治癒を開始する。
苦しげに、エリーはハオンへささやいた。
「殺してはおらん。アエネに寄生したサファイアのみを倒した」
「え……」
エリーの発言どおり、アエネにはかすかだが脈拍が残っていた。
胸をなで下ろしたのはハオンだ。
「そんな離れ技を、あの一瞬で。ありがとう、エリー」
「とてつもない強敵じゃった。今度こそ死ぬかと思うたわい」
「同感だ……あ、これ」
回収したサファイアの宝石を、ハオンはエリーに手渡した。エリーのかざしたタイプOに、宝石はぴたりとはまり込んでいる。
しばらくすると、タイプOは明瞭な声を発した。
〈意識がしっかりしてきたよ。目も見える。ぼくはエド。きみたちは?〉
人語を介する拳銃へ、エリーは答えた。
「わらわはエリザベート・クタート。エリーでよい。吸血鬼の血を吸う吸血鬼じゃ。こっちは死霊術師のハオンという。うぬの魂を降霊させた呪士ぞな」
タイプOには、しばし考える間があった。
〈吸血鬼に死霊術師……たいへん恐縮だけど、とてもホラーな組み合わせだね?〉
「わらわからすれば、しゃべる武器ほど不気味なものはない。エドとやら、こたびの活躍の数々を褒めてつかわす。ところでうぬ、いっぺん落としたはずの生を、ふたたび世に授かった目的はなんじゃ?」
〈う~ん〉
タイプOことエドは悩んだ。
〈ぼくの能力は〝封印を〟〝解く〟ことらしいよ。まだはっきりとは自分の役目はわからない。あとひとつ、あとひとつ吸血鬼の宝石がそろえばわかる気がする〉
首肯したのはハオンだった。
「残る騎士は緑柱石か。また恐ろしい力を秘めてるんだろうな」
足をもつれさせたエリーに、ハオンは肩を貸して支えた。
「だいじょうぶ? さっきからかなり辛そうだけど……」
「し、子細ない。ちと鉄分が不足しておるだけじゃ。そんなことより早く、早く吸血城へ向かわねば」
めずらしく息遣いを乱すエリーへ、ハオンは首を振ってみせた。
「これは無理だね。戦いのダメージが大きすぎる。いったん村へ帰って休むんだ。ちなみに、血の代わりになる食事ってのはあるのかい?」
「吸血鬼の血がないのなら、レアのステーキあたりが適切じゃな。くそ、情けないが仕切り直しか。致し方ない」
「ごめんよ、アエネ。エリーをレストランへ送り届けたら、すぐ迎えに戻るから」
ハオンに補助され、エリーはなんとか歩いた。吸血城の方向からUターンする。
闇夜にわずかな軌跡をちらつかせたのは、水晶めいた翼のきらめきだ。
タイプOが警告したのはそのときだった。
「強い呪力の反応! 気をつけて!」
知らないうちに、そいつはエリーたちの背後にたたずんでいた。
独眼を見開き、うめいたのはエリーだ。
「か、カレイド……!」
「や。いろんな世界で会うね。運命の赤い糸ってやつかい?」
うろたえる二人へ、カレイドは親しげに手をひらひらさせた。
「とどこおりなくタイプOは仕上がってるようじゃないか。そろそろ私にゆずってもらおうかな?」
「だれが!」
力なくハオンを突き飛ばすや、エリーはタイプOを中段に構えた。大剣へと変形した骨組みに、眼帯をずらした瞳から鮮血が寄り集まる。高速回転し始めた刃には、しかし明らかに呪力も密度も足りていない。
感心して、カレイドは小さく口笛を鳴らした。
「へえ、驚いた。すんごい呪力を感じるよ。タイプOには、ほかにそんなオプション機能まで?」
もとから青白い顔色をなお悪くし、エリーは少ない気迫を全開にした。
「よくぞみずから現れた! その素っ首、神妙に差し出せい!」
まっすぐ打ち込まれた赤い切っ先は、ぴたりと止まった。
エリーの手首を、カレイドが掴んで捻りあげたのだ。万力じみた吸血鬼の握りを振りほどく力は、今の彼女には残されていない。エリーの眼前に広げられたカレイドの掌に、虹色の呪力が舞い散る。
星のはじけるようなウィンクを飛ばし、カレイドは告げた。
「わざわざご苦労さま、タイプOのお届け。じゃあまたね、エリー……〝血呼返〟」
「~~~ッッ!!」
なにかしらの悪罵とともに、エリーの姿は光の粒と化して消滅した。
カレイドの〝吸血鬼を送り迎えする召喚術〟により、エリーはもといた地球へと転送されてしまったのだ。
手放されたタイプOは、拳銃の形に戻って地面を跳ねた。それに腕を伸ばしつつ、カレイドはほくそ笑んでいる。
「おかえり、タイプO。これからきみの持ち主は、この私だ」
カレイドが指を触れた瞬間、それは起こった。
失われていくエリーの血を針鼠さながらに生やし、タイプOはカレイドの手を弾き飛ばしている。本当の主人を奪われたタイプOにとって、正真正銘これが最後の反撃だ。
ちょっぴり痛そうに手を振るカレイドへ、タイプOは言い返した。
〈おまえなんかに使われてたまるか! 待ってろよ、エリー!〉
タイプOは残りわずかの血を噴射して器用に跳躍し、なんと……
エリーを強制送還した召喚の門のかすかな隙間へ、その身を滑り込ませた。




