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スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「流露」
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「流露」(6)

 例のごとく血の大剣を禍々しく瞳に収め終え、エリーは眼帯を閉じた。


 骨組みだけになったタイプ(オー)をもとの拳銃型へ戻し、腰のホルスターに差す。感激の面持ちで駆け寄ってきたのはハオンだ。


「やったねエリー! ルビーに続いて、ダイヤまでやっつけた!」


「いまのは危なかった……腹は満杯になったが。四騎士、といったの。カレイドをふくめて、あと三匹もこんな化け物を相手にせねばならんのか。ぞっとするわい」


「エリーならきっと勝てるさ。セレファイスの都からの援軍ももうじき到着する。それより……」


 ぼろぼろになった女子高生の制服を見かねて、ハオンは気を利かせた。倒壊したシャリエールの店に振り向く。


 顔を引きつらせて驚いたのは、一部始終を物陰からあぜんと観戦していた女性店員のジョゼフィーヌだ。おびえるシャリエールのアパレル店員へ、ハオンは教育の行き届いた舌使いで説明した。


「怖がらなくても大丈夫ですよ。異次元の戦いでしたでしょうが、彼女は都公認の吸血鬼ハンターです。閉店間際に大変なことになっちゃいましたね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」


「べ、べつに謝る必要はないわ」


 動揺を落ち着け、ジョゼフィーヌは首を振った。


「店はちゃんと損害保険に入ってるから問題ない。建て直しまでの休業は残念だけど、悪いのはあなたたちじゃないしね」


「それは安心しました。それで彼女、エリーの制服なんですが、もう一着売っていただけませんか? あのとおり酷い有様になってしまいまして」


「お代は結構よ。一着目も二着目も保険で全額下りる。それにしても」


 憤懣やるかたない様子で、ジョゼフィーヌは腰に手をあてた。


「紳士さが売りなはずの吸血鬼も、近ごろは無作法になったものね。まさか女の子の試着の最中に襲いかかるだなんて。次からはきちんと事前予告アポイントメントをしてから攻撃するように、きつく言っといてちょうだい」


「承知しました。しっかり言い聞かせておきます。首を刎ねた悪の怪物の耳に、命の灯火が消えるまでの間。制服の提供をありがとうございます」


「こちらこそ、まいどあり。気をつけて吸血鬼退治してきてね。お若い紳士さんと、美貌の吸血鬼ハンターさん。じゃ、ちょっと代えの制服をもってくるわ」


 がれきに注意しながら、ジョゼフィーヌの姿は店内に消えていった。


 いっぽう、倒したダイヤの残骸にしゃがみ込むのはエリーだ。しげしげとなにを観察しているのだろう。


「どうしたの、エリー?」


「これを見よ」


 エリーが指差した地面、きらめくのは透きとおった宝石だった。最初のルビーと同じく白騎士もまた、呪力のこもったダイヤモンドに姿を変えたのだ。


 しかし、今回はやや状況がちがう。なぜか小振りな金剛石ダイヤはひとりでに、小刻みに震えているではないか。エリーがポケットから出した鳩血石ルビーも同様だ。そしてみっつめに……エリーの腰のホルスターまでもが、携帯電話のマナーモードみたいにひそかに振動している。


 なにかを知らせるタイプ(オー)をエリーが引き抜くや、驚くべきことは起こった。


 強力な磁石のように吸い寄せられた宝石ふたつは、あっという間にタイプ(オー)の表面にはまったのだ。まるで宝石が装着されることを予期していたかのように、タイプ(オー)には合計で四つのくぼみが用意されている。まだ空白なのは、残る二つだけだ。


 胡乱げに、エリーは独眼をしばたかせた。


「なんじゃこれは? タイプ(オー)とは、昨今の女子中高生のように装飾デコレーションでもできるのかや?」


 挙手したのはハオンだ。


「それ、ちょっと触ってもいい? 俺の呪力で探ってみるよ」


「あんがい有能じゃな。頼む」


 タイプ(オー)の本体に手をかざし、ハオンは集中のために瞑目した。


「これは……見聞きしたこともない強大な呪力の反応を感じる。あとこの〝鉄砲〟だっけ? この構成はどこか、ただの武装じゃなく人間の器に似てるね」


「人間? この銃が? いや、まてよ」


 エリーは記憶をたどる顔つきになった。


「マタドールシステムとは本来、人型の人造人間じゃ。タイプ(オー)もマタドールの名を称するからには、なにかしらの生命体なのやもしれん」


「でもこの銃、いまは魂はカラだよ?」


 顎をもんで思案すると、ハオンはひらめきに瞳を光らせた。


「試しにこれに降ろしてみようか、霊体?」


「こりゃたまげたわい。そんな魔法じみた芸当までできるのか、うぬは?」


 毅然と胸を張って、ハオンは親指でじぶんを示した。


「俺をだれだと思ってる。セレファイスきっての天才死霊術師(ネクロマンサー)さまだぜ?」


「威張るな。まあとにかく見せてみい、うぬのすこぶる腕前とやらを」


「よしきた」


 譲り受けたタイプ(オー)に対し、ハオンはさっそく呪力を行使した。いきのいい死霊術師ネクロマンサーを起点に、瘴気をはらんだ竜巻が妖々と吹き荒れる。


「|呪力の分身を冥界へ派遣。《ヤ・ナ・カディシュトゥ・》|器に該当する霊魂を検索。《ニルグウレ・ステルフスナ・》|死霊術の魔法陣を空間に展開。《クナア・ニョグタ・クヤルナク》現世へ開門(・フレゲトル)……きたれ、死霊よ」


 黒い呪力の軌跡をまといながら、ハオンは宣言した。


「降霊、成功……おや?」


 頬をかいて、ハオンは逡巡した。


「この魂、前にも会ったことがあるような?」


 唐突に人語を発したのは、エリーでもハオンでもない。


 第三の声は、人間でいうところの寝ぼけた声でつぶやいた。


〈ここは……どこ?〉


 飛び上がったのはエリーだった。


「け、拳銃がしゃべりおった!?」


 ハオンの掌で、タイプ(オー)はぼそぼそと続けた。


〈なんにも見えない。真っ暗だ。この声は、だれ? 染夜しみやさん? それとも久灯くとうさん?〉


「知っておるのか、拳銃使い(ガンダンサー)染夜名琴しみやなことと、魔人魚クトゥルフ久灯瑠璃絵くとうるりえを?」


〈ああ、眠い……もう起きていられないよ、呪力不足で〉


 おぼつかない口調でタイプ(オー)はささやいた。


〈あとふたつ〉


「ふたつ? なんのことじゃ?」


〈ぼくが生き返るにはあとふたつ、この世界の特別な宝石がいる〉


 腕組みして、エリーは悩んだ。


「残る宝石の騎士の〝核〟のことじゃな。そういえばタイプ(オー)の設計には、当初からメネス・アタールが深く関わっておった。こうなることも、あらかじめメネスの計算のうちじゃったというわけか。ゆえにあの策士は、タイプ(オー)を執拗に欲したのじゃ」


〈おやすみなさい……〉


「おい待て! 寝るのはまだ早い!」


 あわててエリーはたずねた。


「うぬが〝世界を救うカギ〟というのは本当かえ? 何者じゃ?」


〈ぼくはエド。凛々橋恵渡(りりはしえど)……とある精神交換の呪力使いに殺されてね〉


 悲愴な事実だけを言い残すと、タイプ(オー)〝エド〟はそれっきり静かになった。

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