表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「流露」
12/29

「流露」(2)

 月光にきらめく草原を、エリーとハオンは並んで歩いた。


 目的地は、召喚士たちが拠点とするフィスクの村だ。その最寄りに、カレイドの城が建つムナール山はある。


 眠る少女を背負ったまま、説明したのはハオンだった。


「あらためて代理で紹介するよ。こっちの女の子は竜動士ドラグナーのアエネ。俺と同じセレファイスの召喚士さ。今回は、本領の竜を呼び出す前にルビーに一蹴されちまったが……」


 眼帯がないほうの目を丸め、エリーは素直に感心してみせた。


「メネスからすこしだけ話は聞いておるが、竜? 竜とな? あの灼熱の火を吹き、どでかい翼で空を飛ぶという伝説の大怪物のことかや?」


「そう。彼女はいまも修練の途中だけど、そりゃもうとんでもない威力なんだよ。でもいざ本番をむかえたときの詠唱の呂律は悪いし、まだ発動までに時間がかかりすぎるのも弱点かな」


「とはいえ幻夢境げんむきょうの呪士とは、そんな神話の代物まで召喚できるのか。なんと凄まじい神秘術の世界……」


「最大限に呪力を発揮できてさえいれば、すくなくともルビーぐらいとは渡り合うことができただろう。俺にきっちりアエネをサポートするだけの腕があればな」


 悔恨の念に、ハオンは唇を噛んだ。


「やっぱりメネス先生の采配は正しかった。吸血鬼と出くわしても決して戦わず、なにがあってもすぐさま逃げろって忠告されてたんだ。幸運にもエリーが俺の召喚に気づいてくれなければ、偵察隊が全滅していたのは明らかさ」


 苦しげなアエネのうめきを背中に聞きながら、ハオンは表情を硬くした。


「ああ、はやくアエネに輸血してやらなきゃ……」


「輸血? 承知した」


 エリーがうなずくや、アエネの体に走ったのはかすかな振動だ。


 なんとエリーが唐突に、その尖った手刀をアエネの首筋に突き刺したではないか。


「え……?」


 一瞬なにが起こったかわからず、ハオンは絶句した。じきに烈火のごとく怒る。


「なにすんだ、エリー!?」


「落ち着け。輸血じゃ」


「はい?」


「さっき平らげたルビーとやらから、念のためその小娘の血も奪い返しておいた」


「そ、そんなことまでできるのか……」


 等間隔で、エリーの手は脈打った。刺さった指先からじぶんの血を戻されたアエネの顔色は、じょじょに良くなっていく。


「よし、完了じゃ」


 輸血を終え、エリーはそっと手を引き抜いた。アエネの首に、傷跡らしい傷跡は残っていない。薄く血のついた爪を、エリーはぺろりと舌で舐めた。


「おえ、不味い」


「そんな、吸血鬼なのに?」


「わらわは偏食家での。逆吸血鬼ザトレータは、吸血鬼の血を専門に食らう。人間の血など、鉄臭くてとても飲む気にならんわい」


 悲しげに鳴った腹をさすり、エリーは嘆いた。


「ああ、腹が減った。おなかと背中がくっつきそうじゃ。めまいがする。どこぞに適当な吸血鬼はおらんかえ?」


 ハオンは青い顔になった。


「ルビーだけじゃ、まだ食べ足りないの? とつぜん吸血鬼が現れたら困るよ。その、なにからなにまでありがとう、エリー。きみは命の恩人だ」


「まだじゃ」


 エリーは厳しく首を振った。


「四騎士とやらの一匹は屠ったが、アエネの吸血の呪いはいまだ解けておらん。吸血鬼に襲われたものは吸血鬼となる。これでは小娘がいつなんどき血に渇き、他人の喉笛に牙を突き立てるかわかったものではない。地球に残してきた仲間の被害者たちも同様じゃ。ルビーどもの背後におる黒幕、まず間違いなくカレイドじゃろうが、呪いの根源であるあやつを倒すことは最優先の急務よ」


 不安げな面持ちで、ハオンはたずねた。


「助かるんだよね、アエネは?」


「目覚めるまでには当分かかるじゃろう。しばらくは寝かせておくのが賢明じゃ。頑丈な格子つきの病室にて、な」


「わかった……」


 とぼとぼ歩きながら、ハオンは解説を再開した。


幻夢境げんむきょうでも珍しい吸血鬼が、水面下で動き始めたのはつい最近のことさ。セレファイスがもっとも警戒してるのは、知ってのとおり宝石の名を冠した吸血騎士団と、それをたばねる万華鏡カレイドだよ」


 耳にした固有名詞に、敏感に瞳を光らせたのはエリーだった。


「このさきの城に、たしかにあやつはおるのじゃな?」


「俺たちの監視の目をすり抜けてさえいなければ、おそらく。不安なのは、カレイドが吸血鬼の転送に特化した召喚士であることだ。城から直接どこかへテレポートされちゃ、さすがの俺たちも追いきれない。現にカレイドは、異世界の地球にまで飛んで凶行におよんでるじゃないか」


「許さん」


 鋭い八重歯どうしがこすれ、エリーの口もとで軋みをたてた。


「あやつの背後には、さらに恐るべき存在がひかえておる。すみやかにカレイドの首根っこを引っ捕まえて、ホーリーにたどり着かねばならん」


「俺たち斥候は、極秘でカレイドたちの偵察にあたってた。きょうまで長いこと吸血城を見張ってたけど、ずっとなんの目立った動きもなかったんだ。なかったばっかりに、俺もアエネも油断してた」


 もしあの場にエリーがいなければ……ぞっとする結末に、ハオンは身震いした。


「襲いかかってきたルビーは、死霊術師ネクロマンサー竜動士ドラグナーの排除、そして別にまた大きな計画があるとも漏らしてたよ。詳しいことまでは不明だけど。きっと、俺たちの冥土の土産にでも聞かせるつもりだったんだ。まさかあんなにも呆気なくエリーにやられるなんて、ルビー自身も想像だにしなかったろうね」


「うむ。崩壊した肉体を再構築するのに、理想的な食料であったぞ」


「信じられない再生能力だな。ところで……」


 思いきって、ハオンは質問した。


「俺の死霊術は基本的に、現世に強い未練や怨恨を残した精神を召喚する。エリーにもあるんだね、吸血鬼にぶつけたい殺意めいた感情が?」


 沸騰する怒りにきつく拳を握りしめ、エリーは答えた。


「わらわはただ、貸しを取り返しにきただけじゃ。カレイドから」


 夜闇のかなたに、村の明かりは見えつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ