表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏詩の旅人

自殺専用特急 ~ DEATH EXPRESS

作者: Tanaka-KOZO

2000年12月初旬

東京品川 東成電鉄株式会社 本社ビル会議室


「社長、マズいですよ…」

常務のフジサキが、社長のオノサワに言う。


「はぁ~…、また株が下がったか…、こうも人身事故が続いちゃ、我社の被害も甚大だ…」

オノサワ社長がため息交じりに言う。


「従業員も退職者が絶えません…」(フジサキ)


「そりゃそうだろう…。3ヶ月内に、職員一人当たりが4体も遺体の処理をさせられたら、嫌になるさ…」(オノサワ)


「なんでウチばっかり、飛び込み自殺が多いんですかね?、我社は今や全国トップ3に入る、人身事故率が多い路線として、不名誉な実績をものにしております」(フジサキ)


「やはり他社が高架工事を進めて行く中、我社だけはしなかったからなぁ…」(オノサワ)


「我社も早急に、高架工事に取り掛かりましょう!」(フジサキ)


「フジサキくん…、何を言ってるんだよ、この状況で…!、我社の株が暴落してるってのに、どこにそんなカネがあると言うんだね!」

社長のオノサワがそう言うと、突然、専務のナガイが会議室に入って来た。


「失礼します!」(ナガイ)


「ん?、なんだナガイ?」

ナガイに振り返るオノサワが言った。


「お困りの様ですね…」

その時、ナガイの後ろに立っていた長身でメガネを掛けたシャクレ顔の男が、ニヤッと微笑んで言った。


「誰だね君は…?」

怪訝そうな表情で聞くオノサワ。


「社長…!」

その時、専務のナガイがオノサワに素早く耳打ちをする。


「えッ!?、あの男が…、いや、あのお方が、ナカデ・ホールディングス社長の御子息だとぉッ!?」


社長のオノサワが驚いて言うのも無理はない。

ナカデ・ホールディングス社は、東成電鉄の持株をおよそ30%も保有している会社だからだ。

※ちなみに持株2位は、6.5%の日本マスタートラスト信託銀行であるから、いかにナカデ・ホールディングス社の力が絶大であるか、お分かり頂けるだろう。


「初めまして…、ワタクシ…、ナカデ・ホールディングス代表、中出ヨシマサの次男、中出ヨシノブと申します…」

中出氏はそう言うと、オノサワ社長にペコリと頭を下げた。


「ああ…ッ!、そんな、どうかお顔を上げて下さい!…、こちらにいらっしゃるのでしたら、前もって言ってくだされば、お迎えに行かせて頂いたのに…ッ」

オノサワは、中出氏にたじろきながら言う。


「社長…、人身事故が多発してお困りの様ですね…?」

うろたえるオノサワに、中出氏は突然言う。


「ああ…!、その件でしたらどうぞご心配なく…。我社の路線では、大幅な高架工事を早々に開始する予定でございます」

取って付けた様に、オノサワが慌てて言った。


「そんな事する必要はありませんよ…」

澄まし笑顔で中出氏が言う。


「え?」(キョトンとするオノサワ社長)


「自殺したい方は、どうぞ勝手に電車へ飛び込んでもらえば良いんですよ」(中出氏)


「で…、でも…、それじゃあ…!」

突拍子もない事を言い出す中出氏に、オロオロするオノサワ。


「ダイヤが乱れますよね?、遺体の処理も面倒だし…、その処理をさせられる職員も、たまったモンじゃないですよね?」(中出氏)


「は…、はぁ…?」(オノサワ)


「これをご覧ください…」

困惑するオノサワに中出氏は、手にしたA4サイズの封筒から、1枚の紙を取り出すと、それをテーブルに広げて見せた。


「こ…、これは…?」

それを見たオノサワが言う。


中出氏が見せたその資料は、東成電鉄のものではない車両の写真であった。

その車両の姿は、初代新幹線の0系にとても似ていた。


「これは、ナカデ・ホールディングス傘下の、六菱重工に作らせた新型車両です」(中出氏)


「昔の新幹線にそっくりですね…?」(オノサワが聞く)


「青梅鉄道公園に展示してある新幹線0系を拝借して、そのまま居抜きで改造したからでしょう…(笑)」(中出氏)


「拝借って…ッ!、それで、これをどうするおつもりで…?」(オノサワ)


「自殺したい方は、この列車にどんどん飛び込んでもらいましょう。これは、世界初の自殺専用特急 …、名付けて、“ DEATH EXPRESS”です!」

そう言って中出氏はニヤッと笑う。


「デス・エクスプレスぅ~ッ!?」(驚くオノサワ)


「はい…、その為には東成電鉄さんには、それ用のダイヤを新たに組んで頂かねばなりません…。それと既存の路線と並行して、この、“ DEATH EXPRESS”専用のレールを設置する必要がありますね…。もちろんお金は全て、ナカデ・ホールディングスの方で用意させて貰いますのでご心配なく…」


中出氏はそう言うと、クスクスと含み笑いをする。


「そんな事できませんよぉッ!」(オノサワ)


「何故です?、お金の心配はしなくて良いのですよ?」(中出氏)


「お金の問題じゃありません!、人道的な見地から無理だと言ってるんです!」(オノサワ)


「いいじゃないですか?、自殺したい人にも自殺する権利がある…。この列車がある事で、列車の遅れや、後処理もしなくて良いのですから、全ての人たちがWIN WINになるのですよ?」(中出氏)


「そんな事許したら…、我社は世界中から何て云われるか…ッ!?」

低いトーンでオノサワが震えながら中出氏に言う。


「あなたは、人権保護団体やら、マスコミ等の非難を恐れているのですね?」(中出氏)


「まぁ正直…、そういうのもあります…」(オノサワ)


「それはご心配なく…、全てのマスコミ、人権団体、弁護士協会、それと政治家や警察組織…、彼ら全ては既に、この件に関して黙認する様に抑えてありますから…」(中出氏)


「どういう事ですか!?」(オノサワ)


「お金です…。彼ら全てに莫大なお金を渡してあります」(中出氏)


「そんなお金なんかで、彼らが黙って見過ごすもんですかぁ!?」(オノサワ)


「ふふふ…、社長…、あなたは勘違いしてますね?、世の中は全て利権が絡んでいます。政治も経済も、戦争も…」

「人権団体やマスコミなんかだってそうです。彼らは別に人権なんて大して気にしちゃいませんよ」


「彼らが騒ぎ立てるのは、問題を解決する事ではなく、問題を拗らせるのが目的です。それは金儲けの為です」

「だったら最初から、こちら側から大金を握らせれば良いのです。そうすれば彼らは何も言いません。世の中とは、そういうものなんですよ…」


含み笑いの中出氏は、そう言うとメガネのフレームを、中指でクイッと押し上げるのであった。


「社長…、私に全てお任せください…。きっと全ての人々が幸せになれる結果が待っていますから…」

そう言った中出氏を、オノサワは蒼ざめた表情で、黙って見つめるのであった。



 12月中旬になった。

ナカデ・ホールディングスが総力を挙げて、“ DEATH EXPRESS”専用のレール工事が、驚異的な速さで完成した。


完成と同時に東成電鉄は、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”の運行開始をマスコミを通じて大々的に発表した。


そしてついに、“ DEATH EXPRESS”が東京品川駅から発車する日となった。

中出氏の言う通り、不思議とこの件に関してマスコミや人権団体からの批判は起こらなかったのであった。


当日は、興味本位の野次馬や、マスコミ各社が品川駅ホームに大挙した。

盛大な式典とテープカットも終わり、いよいよ“ DEATH EXPRESS”が運行する事になった。


「みなさん!、ついにこの日がやって来ました!、あの、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が、いよいよ、ここ品川駅から発車いたしますッ!」

どこかのTV局レポーターが、マイクを手に興奮気味に叫んでいる。


「時速300Kmで走る“ DEATH EXPRESS”は、ここ品川駅を発車後、専用のレールを走り、川崎駅、横浜駅、金沢八景駅、横須賀中央駅、久里浜駅、三崎口駅のホームを通過していきます!」


「本来の終点である三崎口駅を通過した後は、新たに新設された「三戸浜上空駅」まで、ノンストップで走る特急列車ですッ!」


「なので自殺を希望される方は、先程申し上げました、その通過駅ホームで待機して、準備が整いましたら飛び込んでいただく事になりますが、果たして本当に自殺希望者は現れるのでしょうかッ!?」


TVレポーターがそう言い終えると、出発を知らせるメロディーがホームから流れ出した。


プシュゥゥ~~…。(ドアが閉まる)


ガタン…。

そして自殺専用特急が、ゆっくりと動き出した。


「今、“ DEATH EXPRESS”が動き出しましたぁッ!、徐々に速度を上げ…、加速…、スピードが上がって行きます!…、今、品川駅から“ DEATH EXPRESS”が出て行きましたぁ!、それでは、川崎駅で中継のキクマさんにバトンタッチしますッ!」


「キクマさぁ~んん…、聞こえますかぁ~?」(品川駅レポーター)


「はぁい!、こちら川崎駅のキクマです!もうすぐ“ DEATH EXPRESS”がやってきますのでここからは私が中継をいたします!」


女性レポーターが緊張した面持ちでTVカメラに向かってしゃべり出す。

川崎駅のホームにも、大量の野次馬とメディアが、その瞬間を捉えようと大挙していた。


その時、川崎駅ホームからアナウンスが流れ出した。


ピンポンパンポーンン……。↑


「まもなく4番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過いたします」

「自殺希望の方は黄色の線の前に進み、ご準備ください…。自殺をされない方は、危険ですので、黄色の線の後ろへお下がり下さい…」


ピンポンパンポーンン……。↓


「さぁッ!、果たして自殺希望者は現れるのでしょうかぁッ!?」

女性レポーターが、叫ぶ!


プァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!


「来ましたぁッ!、“ DEATH EXPRESS”が来ましたぁッ!」(女性レポーター)


ガーーーーーーーーーーーーッ……!


“ DEATH EXPRESS”が、川崎駅ホームを通過する。


カタンカタン…、カタンカタン…。


「えー、今、“ DEATH EXPRESS”が川崎駅を通過して行きました。こちらでは自殺希望者は現れなかった様です…」

女性レポーターが安堵の表情で、TVカメラに向かってしゃべり出すのであった。



 その後、“ DEATH EXPRESS”は、横浜駅、金沢八景駅、も飛び込み自殺者を出す事なく通過して行く。


横須賀中央駅ホーム


「はいッ!、こちらは横須賀中央駅ホームです!、今のところ自殺者を出す事なく、“ DEATH EXPRESS”は、走り続けている様です。ここ、横須賀中央駅も、自殺者を出す事なく、無事に“ DEATH EXPRESS”が通過してくれる事を祈るばかりでありますッ!」


横須賀中央駅で中継する男性レポーターがそう言うと、場内アナウンスが流れ出す。


ピンポンパンポーンン……。↑


「まもなく1番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過いたします」

「自殺希望の方は黄色の線の前に進み、ご準備ください…。自殺をされない方は、危険ですので、黄色の線の後ろへお下がり下さい…」


ピンポンパンポーンン……。↓


アナウンスを聞いた野次馬たちが、黄色い線の後ろにゾロゾロと下がり出した。

しかし、一人だけ後ろに下がらずに、黄色の線の前に進む男がいた。


男性の年齢は20代半ばくらいであった。

細身で身長が170cm程のサラリーマン風の男であった。


「ああッ!、ご覧くださいッ!、まもなく“ DEATH EXPRESS”がやって来るというのに、ホームに残った男性がおりますッ!」

マイクを握りしめ、興奮気味に叫ぶ男性レポーター。


駅のホームは、黄色の線より前に進むとセンサーが感知して、追加のアナウンスが流れ出す仕組みになっていた。


「まもなく1番線に、自殺専用特急“ DEATH EXPRESS”が通過します…。自殺を希望されるお客様は、カウントが0になった瞬間にお飛び込み下さい…」

無機質なトーンでアナウンスが流れる。


そしてカウントが始まった!


「10…、9…、」


「あの男性は、本当に自殺する気なのでしょうかぁッ!?」(興奮気味の男性レポーター)


「8…、7…、」


プァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!


「来ましたぁッ!、“ DEATH EXPRESS”が来ましたぁッ!」(男性レポーター)


「6…、5…、」


ホーム上の野次馬たちは、固唾を呑んで見守るッ!


「4…、3…、」


緊張の面持ちで、マイクを握る男性レポーター。


「2…、1…、0…、」


カウントが0となった瞬間、男性がホームから倒れ込む様に飛び込んだッ!


「行ったぁーーーーーーッ!」(叫ぶレポーター)


「うわぁッ!」

それと同時に悲痛な叫び声の野次馬たち


ドサッ!


線路に転がり落ちた男性!

目の前に迫る、“ DEATH EXPRESS”!

ぐっと目を閉じた男性が人生の最期を覚悟した!


パカッ!


次の瞬間、“ DEATH EXPRESS”正面の円形部分がイキナリ開く!

円形部分は大きな穴となり、物凄い吸引力で男を吸い込んだ!


ゴゥッ!


「うわぁッ!」

男性はそう叫び、“ DEATH EXPRESS”に取り込まれる!


ガーーーーーーーーーーーーッ……!


“ DEATH EXPRESS”が、横須賀中央駅ホームを通過して行く。

その光景をポカ~ンと見つめる野次馬とマスコミ各社。


自殺専用特急は、飛び込み自殺をした男性を中に吸い込むと、そのまま走り去って行った。



「うわぁぁぁ…ッ!」

吸い込まれた男性が、真っ暗闇のトンネルを転がりながら叫ぶ。


その先に光が見えたと思った瞬間、男性はもんどり打って先頭車両の中へ倒れ込んだ。


ドサッ!


「うぅ…、痛ってぇぇ…」

しゃがみ込む男性が、頭を押さえながら言う。


そして男性が目を開けると、黒い皮靴が見えた。誰かが立っている。


男性は恐る恐る目の前に立つ人物を見上げる。

そこには駅員の格好をした男がいた。


男性は駅員の帽子をかぶり、メガネを掛けていた。

長身で、少しシャクレた顔つきで、男性の事をニヤッと微笑みながら見つめている。


「ここは、どこだ?、冥界か…?」

電車に飛び込んだ男性が、目の前の駅員に聞く。


「いえ…、ここは、“ DEATH EXPRESS”の先頭車両の中になります。ようこそ、“ DEATH EXPRESS”へ!…」

メガネの駅員は、ニヤッとして答える。


「あんたは、誰だ?」

しゃがみ込んだまま、男性は目の前に立つ駅員に聞く。


「私は、“ DEATH EXPRESS”の車掌をしております、中出ヨシノブと申します…。中出氏とお呼びください…」

車掌の中出氏は、そう言うとメガネのフレームを中指でクィッと持ちあがた。


「ナカデ氏~~!?」

何者だ?と聞く男性。


「はい…、中出氏です…。ところで、つかぬ事をお伺いしますが、あなたは今、飛び込み自殺をしたんですよね?」(中出氏)


「あ…、ああ…」

中出氏の質問に答える男性。


「ちゃんと自殺させてあげますよ…、ご安心ください…。誰にも迷惑の掛からない場所まで、今向かっております」(中出氏)


「俺をどこに連れて行く気だ?」

中出氏に聞く男性。


「終点です…。そこへ着くにはまだ時間があります…。せっかくだから、それまでの間、話してくれませんか?、あなたの自殺の原因を…」(中出氏)


「なぜ、そんな事を聞く?」と男性。


「単なる興味本位ですよ…。私も自己紹介したんですから、あなたも自己紹介して下さいよ」(中出氏)


「俺は…、俺は、増岡ヒデユキという者だ…」(男性が答える)


「齢は…?」(中出氏)


「25…」(マスオカ)


「職業は…?」(中出氏)


「会社員だ…」(マスオカ)


「自殺の原因は…?」(中出氏)


「上司からのパワハラかな…?、人間関係に、もお疲れちゃったんだよ…!」

ふて腐れて言う、マスオカ。


「自殺する事での、あなたの目的は…?」(中出氏)


「はぁ!?」(マスオカ)


「自殺を達成した事で、あなたには、何か目的があったんでしょう?」(中出氏)


「ああ…!?、あるぞ!、俺が自殺をした事で、やつらに後悔させてやるんだ!」(マスオカ)


「奴ら…?」(中出氏)


「上司や、俺をバカにしてる会社の同僚たちの事だよッ!」(マスオカ)


「なぜ彼らが後悔するのです…?」(中出氏)


「ふふ…、あいつらが俺にして来たパワハラの内容を、しこたま遺書に書き残して来たからな…(笑)」(マスオカ)


「その遺書に書かれた内容を知った上司や同僚が、あなたの恨みを知って後悔すると…?」(中出氏)


「そうだ!、ザマアミロッ!」(マスオカ)


「ふふふ…、あなた彼らが後悔するなんて、本気で思っているんですか?」(クスクス笑う中出氏)


「何がおかしいッ!?」(マスオカ)


「彼らは、面倒臭くて鬱陶しいあなたが居なくなって、むしろ喜ぶんじゃないんですか?」(中出氏)


「はぁッ!?」(マスオカ)


「あなたの自殺を知ったら、彼らは友達にメールでもして、噂話に花を咲かせて盛り上がってますよ」(中出氏)


「だからなぁ…、そうさせない為に、週刊新調とかにも、遺書の内容を送っておいたのさ!、それで会社は大騒ぎになって、世間から叩かれてあいつらは、涙を流しながら心から反省するだろうよ!」(マスオカ)


「涙を流して反省…?」(中出氏)


「そうだ!、よくマスコミ相手に記者会見してるだろ?、泣いて反省して…、あれだよ!」(マスオカ)


「あなた、ああいう場面で犯罪者が流す涙を、被害者に対して詫びている涙だと、本気で思ってるんですか!?」(中出氏)


「どういう意味だ?」(マスオカ)


「犯罪者は、犯罪がバレて捕まって、初めて泣くんですよ…。それは、被害者への涙じゃないです。自分への涙です」(中出氏)


「自分への涙…?」(マスオカ)


「そうです。犯罪を犯して捕まってしまった可哀そうな自分が、この先の将来をどうしようかと憂いて流す涙であって、被害者の為に流してる涙ではありません」(中出氏)


「そんなはずあるかぁッ!」(マスオカ)


「じゃあどうして、犯罪者は捕まるまで逃げるのです?、どうして飲酒運転でひき逃げした犯人は、体内のアルコールが無くなるまで出頭して来ないのです?、どうして弁護士から入れ知恵されて、自分の罪を軽くしようと嘘をつくのです?」


「彼らは捕まらなかったら、被害者に対して何の思い入れもありません。捕まらなければ、涙も流しません。彼らが後悔するのは、自分が捕まってしまった事の後悔で、被害者に行った罪に対しての後悔なんかではないのです…」


中出氏は澄まし笑顔で、淡々とマスオカに語る。


「じゃあ、やつらは、一切反省しないって事かッ!?」(マスオカ)


「そういう事になりますね…。それから、さっき週刊新調に遺書を送ったと言ってましたけど、あれも無駄です。マスコミは全てシャットアウトしてありてます」(中出氏)


「何だとぉッ!?」(驚くマスオカ)


「マスコミ各社は、今後、“ DEATH EXPRESS”でいかなる飛び込み自殺が起きようとも、一切口をつぐんで報道しない協定が結ばれているのです」

「つまり、あなたが彼らに行う、あてつけの自殺は、何の意味も持たないというワケです…。ふふふ…」(中出氏)


「つまり、お前ら東成電鉄は、俺に自殺をさせないつもりなんだな!?」(マスオカ)


「いえいえ…、全然…。どうぞ自殺して下さい。さっき言ったでしょ?、終点に着いたら自殺させてあげますよって…」(中出氏)


「お前らが何を考えてるのか、さっぱり分からん…」(マスオカ)


「ねぇマスオカさん…、あなた、そんなにヤなやつしかいない会社に、なぜ固執して働き続けてるんですか?、自殺する前に辞めちゃえば良いじゃないですか?」(中出氏)


「転職したって、どうせ一緒だッ!」(マスオカ)


「なぜです?」(中出氏)


「今の会社は転職して入った!、その前に、大学出て新卒で入った会社があったが、そこでも同じ様なパワハラがあって辞めたんだ!」

「世の中はパワハラだらけだ!、周りのやつらはレベルが低すぎて、俺のレベルまでついて来れないんだ!、だから俺に恐怖を感じ、俺を排除しようとするッ!」(マスオカ)


「恐怖…?」(中出氏)


「ほらッ…、人間ってのは、自分の頭で理解できないものに恐怖を感じるだろッ!?、UFOとか幽霊とか…」

「だからやつらは俺の能力を恐れて、やがて自分たちを超えるであろう俺を恐れて、早めに芽を摘むんだよぉッ!」(マスオカ)


「あなた、それ、本気でそう思ってるんですか?」(中出氏)


「ああ…ッ!?」(どういう意味だ?と、マスオカ)


「あなたみたいなタイプは、そこをくすぐってあげれば、簡単にカルト宗教団体や、怪しい政治結社にスカウトされちゃいますね…(笑)」

「今の世の中は、君の素晴らしさを理解できていない…、だから君は、ここで、その才能を活かすべきだ!、一緒に戦おう!ってな感じで、あなたはコロッと騙されるタイプですね…?」(中出氏)


「何だとぉ~!?、くそ~、いちいちイラつくやつだなぁ~…ッ!」(マスオカ)


「あなた前の会社でも同じだったんでしょ?、だったら自分にも少しは原因がなかったのか?って、考えないのですか?」(中出氏)


「俺は絶対、悪くないッ!、悪いのはパワハラをする方だ!」(マスオカ)


「良い悪いの、話をしてるのではありません。パワハラを回避する方法を考えるには、原因を調べなければならないと言っているのです」(中出氏)


「なんでパワハラするやつらの顔色をうかがって、俺が何かしなきゃならない!?、おかしいだろッ!、悪いのは向こうなのにッ!」(マスオカ)


「マスオカさん…、例えば、あおり運転をいつも受ける人は、実は原因があるんですよ。そこを改めないで、ドラレコつけたり、カメラ搭載と書いたステッカーを車に貼っても、根本的な解決にはなりません」


「あとこんな例えで説明すれば分かりますか?、交通ルールでは、信号機の無い横断歩道では人が優先なので、車が止まるが当然だと、あなたがスタスタ渡ったら、轢かれて死ぬのはあなたです」


「正しいとか、法律だとかは関係ないのです。私たちの社会では、法を超えた暗黙のルールがあります。迫害される者は、それを破ったからです」


「デリカシーの無い方、協調性の無い方、場の空気が読めない方…、そういう人は、わざわざ自分から攻撃を受ける様に、実は振舞っているのですよ」(中出氏)


「あ~!、お前みたいなやつに話して損したッ!、やっぱ、こういう相談は、イジメ体験のあるカウンセラーとかじゃないと分かんないんだよな!」(ふて腐れるマスオカ)


「ふふ…、よくいますよね?そういう方…。自分がイジメを体験したから、それを救う為に心理学科を出てカウンセラーになった…。ミュージシャンでも、そういうコト言って、曲を書いている人とかいますよね…?」(中出氏)


「そうだよ!、そういうやつなら、俺の気持ちも分かってくれる!」(マスオカ)


「気持ちは分かってくれるけど、問題は解決しませんね…。あなたは、それで良いのですか…?」(中出氏)


「問題が解決しない!?」(マスオカ)


「だって、そうじゃないですか…。彼らはあなたに、きっとこう言いますよ、『君は悪くない…。悪いのはイジメる側だ』って…」(中出氏)


「現に、そうじゃないかッ!」(マスオカ)


「だからさっき言ったでしょ?、正しいとか悪いとか、そういう問題じゃないって、あなたが正しくたって、あなたがパワハラ受けたんじゃしょうがないでしょ?」(中出氏)


「どうして、イジメ体験者のカウンセラーじゃダメなんだよ!?」(マスオカ)


「ほとんどの人が、あなたと同じ、自らの行動を省みないで、悪いのは全て相手側だと思い続けているからです」


「だから『君は悪くない…。悪いのは100%イジメる側だ』と言うのです。彼らは疎外されて来た自分の過去を肯定しいがた為、あなたに悪くないと言いつつ…、実は自分にそう言い聞かせている…」


「いや…、もしかして本当は分かっているのだけど、カウンセリングに来た人に、ホントの事を言って、自分が訴えられたり、相手が自殺などしたら面倒臭いから、ビジネスの為に、敢えて触れないようにしているのかも知れませんね…」(中出氏)


「お前…、それを虐待を受けてる小さな子供や、イジメで苦しんでる中学生とかに対しても言えるのかよッ!?」(マスオカ)


「それは言えません…。だって幼児や中学生じゃ、どう対処して良いか、まだ分からないでしょ?、だから子供のイジメは大人が守るのです」


「私が言ってるのは、あなたに対してです。あなたは成人して社会人をやってる大人です。子供を守るべき大人が、何、子供と同じ様な事を言って悩んでいるのです?」


「自分でいくらでも解決方法を探せるのに、子供のイジメを例に持って来て、自分を弱者気取りするはヤメていただきたいものです」(中出氏)


「うるさいッ!…、うるさい!、うるさいッ!」(マスオカ)


「マスオカさん…、あなたは仕事が出来なくて悩んでいたとしましょう…。そしたらあなたは、社内で1番仕事のできない先輩に相談しますか?、『君は悪くない…。悪いのは、君の魅力が分からない客の方だ!』って、言われても、何も解決しませんよ…」(中出氏)


「俺は仕事が出来ないワケじゃないッ!」(マスオカ)


「例えですよ…。分かりました…。あなたは女に全然、モテませんよね?」(中出氏)


「失礼なやつだな!?」(マスオカ)


「カノジョいますか?」(中出氏)


「いねぇよッ!」(マスオカ)


「じゃあ、その話で例を出しましょう…。あなたは、カノジョが欲しいからって、全然モテない人にアドバイスを聞きに行きますか?」


「その人から『モテないのは、オンナが君の魅力に気が付かないだけだ。だから何も気にするな!』って、言われても困りませんか?」


「やっぱり、あなたの悩みを克服した人のアドバイスを聞いた方が良いと思いますでしょ?、おたがいにモテない男が傷の舐め合いをしたところで、何になるんだ?と思いませんか?」(中出氏)


「お前は、イジメられた経験が無いから、分からねぇんだよ…」(マスオカ)


「あなた、世の中にイジメられた事の無い人が存在するなんて、本気で思ってるのですか?」(中出氏)


「どういう意味だ?」(マスオカ)


「マスオカさん、1つ聞いて良いですか?、あなたが思う、イジメの定義とはどういうものなのですか?」(中出氏)


「どういうものって…?」(マスオカ)


「あなたに冗談を言ってからかったり…、周りのみんなを笑わす為に、あなたを利用してイジったりする行為とかは…?」(中出氏)


「相手が冗談のつもりでも、本人が傷つけば、それは立派なイジメだと思ってる!」(マスオカ)


「相手に悪気がなくて、むしろあなたに対して愛着を感じていて、それを行っても…?」(中出氏)


「ダメだ…。俺がそう感じた時点で、それはイジメとして成立する!」(マスオカ)


「ずいぶんツマラナイ人ですね…。そんなの笑い飛ばしちゃえば良いじゃないですか?」(中出氏)


「そうはいかない!、イジメには、イジメとしてハッキリ不快な意思を伝えるべきだ!」(マスオカ)


「そしたら世の中から、お笑い番組は全て消えちゃいますね?」(中出氏)


「そうだ!、あんなくだらない番組があるから、世の中にイジメが蔓延するんだ!」(マスオカ)


「あなたが、相手の冗談をいちいち不快に反応する事で、場の空気がシラケるのにはお気づきですか?」(中出氏)


「そんなこと知るかッ!」(マスオカ)


「それですよ…。あなたの、その性格が、周りから扱いづらいと思われて、段々と疎外されて行くんです」


「良いですか?、仕事でお客さんに嫌な事いわれた時、それを受け流せないで、いちいち不快に反応していたら、お客なんて一件も取れませんよ」


「あなたに欠けているのは、相手を許すという行為です。いつまでも恨み辛みを抱え込んでいれば、結局、あなたの人生の時間はそこから進まないのです」


中出氏がマスオカに言うが、マスオカは、「なんで嫌な事された俺が、相手の顔色を伺わなきゃならねんだよッ!」と、怒鳴るのであった。


「では、マスオカさん、あなたの職場の同僚でカワイイコが入社して来ましたとしましょう…。そこであなたは、そのコがタイプなのでお尻を触ってみる事にしました」(中出氏)


「尻なんか触るかぁッ!」(マスオカ)


「どうして?、お付き合いしたらみんな触りますよ尻くらい…(笑)」(中出氏)


「セクハラで訴えられるだろがッ!」(マスオカ)


「訴えられなきゃ触りますか?、あなたの同僚が会社の飲み会で、そのコのお尻を触ってて、セクハラで訴えられませんでした…。さて、あなたはどうします?」(中出氏)


「だからって、俺は触るなんて事はしない…。たとえば2人っきりで飲んでて、良い雰囲気になったら身体に触れるかも知れないが…」(マスオカ)


「そこで、あなたが彼女の身体に触れた途端、あなたにセクハラされたと彼女は会社に訴えました!、さて、困った…?、どうしましょう?」


「おかしい!?、同僚がお尻を触っても訴えなかったのに、あなたが手を握った瞬間、彼女はあなたに対してセクハラだと言い出しました。何故でしょう?」


「答えは簡単!、同僚の方は彼女のタイプで好意を寄せていましたが、あなたには全然好意を抱いていなかった。だから彼女は、あなたに不快感を抱き、セクハラで訴えました」


中出氏がそう言うとマスオカは、「ケッ!、くだらねぇ…」と、悪態をついた。


「でも、しょうがないでしょ?、彼女はあなたがタイプじゃ無いんだから…(笑)」(中出氏)


「そんなのは、オンナ側の一方的な、ワガママじゃねぇかッ!」(マスオカ)


「つまり、あなたと一緒ですよね?」(中出氏)


「はぁッ!?」(マスオカ)


「あなたの説いた、イジメの定義と一緒だって言ったのですよ…。ふふ…、くだらないでしょ?(笑)」(中出氏)


「お前の言ってる事は、どうも納得が出来ん!、それが正しいとは到底思えない!」(マスオカ)


「だから、さっきから言ってるじゃないですか。正しいとか間違ってるとか、そういう話をしてるのでは、ありません。私は実用的な話をしているのです」


「マスオカさん…、あなた「サミュエル・スマイルズ」って人、知ってますか?」(中出氏)


「誰だそれ?」(マスオカ)


「『天は自ら助くる者を助く』という言葉は…?」(中出氏)


「知らん…」(マスオカ)


「サミュエル・スマイルズの、自助論という本の序文に出て来る言葉です」

「スマイルズは、18世紀のイギリスの作家です。彼の書いた自助論は、明治の初めに翻訳され、明治後期には、日本だけでも100万部売れた、世界的に大ベストセラーとなった本です」(中出氏)


「それが何だってんだよ!?」(マスオカ)


「私が先程からあなたに説いているのは、スマイルズの自助論に出て来る考え方を引用しているのですよ。要するに、他人に期待し過ぎるなという事です」


「嫌な相手の考え方を変えるのは、所詮無理なのです。ならば、自分の方が、その相手に対する接し方を変えてみれば、人生は上手く進むという事です」

(中出氏)


「だから俺が何で、イジメる側に気を遣わなきゃならねぇんだって言ってんだよ!、お前には、俺の気持ちなんて所詮分かんねぇんだよ!」(マスオカ)


「私がイジメられた経験が無いから分からないと…?」(中出氏)


「そうだ!」(マスオカ)


「あなたの思う、イジメの定義で考えれば、世の中にイジメを受けない人なんて存在しないと私は思いますが…」(中出氏)


「そんな事は無い!、腕力のある奴、権力のある奴は、イジメられないじゃないか!」(マスオカ)


「ほう…?、それは例えば誰ですか?」(中出氏)


「格闘家とか、ヤクザとか、会社の社長とか、総理大臣とか…」(マスオカ)


「ふふふ…、昔、プロレスラーのアントニオ猪木は、ヤクザに監禁されましたよ?」(中出氏)


「それは猪木よりも、ヤクザの方が組織として力があるからだろ!」(マスオカ)


「そのヤクザは、警察にイジメられてますよ(笑)」(中出氏)


「それは、イジメじゃないッ!、悪い事をしたやつを、警察が取り締まってるんだ!」(マスオカ)


「でも、ヤクザ側からしたら、その取り調べは理不尽で、イジメを受けていると考えていたら…?」(中出氏)


「え!?」(マスオカ)


「本人が、イジメられていると思った瞬間、イジメは成立するのでしょう?、あなたの定義で考えれば…?、ふふふ…(笑)」(中出氏)


「分かった!、じゃあ、天皇はどうだ!?、アメリカの大統領ならどうだ!?」(マスオカ)


「みんな同じですよ…。天皇は共産主義者から攻撃を受けています。アメリカの大統領も、左翼マスコミから叩かれてます。日本の総理大臣と同様にね…」


「イギリスの王室もパパラッチに叩かれて、ダイアナ妃が亡くなりました。チベットのダライ・ラマ国王は、中国に攻め込まれて国外へ亡命しました」


「そして会社の社長さんは、株主に突き上げられて頭が上がりませんし、あなたの嫌いな上司だって、その上の上司、その上司は更に上の上司に追い立てられています」


「つまり、誰もが人生を生き抜いて行く上で、必ず、あなたの言う、“イジメ”という悩みにぶち当たるという事です!、マスオカさん、自分だけが不幸だなんて言うのは、とんだ思い上がりですよ!」

(中出氏)


「お前なんかに、俺の気持ちが分かるもんか…!」(マスオカ)


「嫌な者たちと、あなたが接し方を変えて、向き合ってみれば良いじゃないですか…?、簡単な事です」(中出氏)


「そんな事やったって、どうせ無駄だ!、俺は無意味な事はしたくない!」(マスオカ)


「死ぬ覚悟があったのならば、何だって出来そうな気がしますが…?、私には理解できませんね?」(中出氏)


「お前なんかには分からねぇよ…。生き地獄だぞ…、毎日、毎日、上司から嫌味を言われて…、周りから無視されて…、孤独で…、ノルマに追われ、遅くまで残業して…!」(マスオカ)


「それが生き地獄なんですか…?」(中出氏)


「そうだッ!、生き地獄だッ!」(マスオカ)


「ふふふ…、あなたはホントに何も分かっていませんね…。分かりました…。じゃあアナタにホントの生き地獄とは、どういうものなのか!?、今からお見せしますよ…」


中出氏はそう言うとニヤッと微笑んで、中指でメガネのフレーム中央をクィッと押し上げるのであった。


「では、こちらの映像をご覧下さい」

中出氏はそう言うと、車両の端に寄せてあった大型TVをマスオカの目の前に設置した。


「なんだそりゃ?、TVか?、ズイブン薄いんだな…?」

時は2000年、マスオカにはフラット画面の液晶TVは、初めて見るシロモノであった。


「TVはやがて、このタイプに全て変わります…。さて、いまから2022年の映像をマスオカさんに見て頂きます」(中出氏)


「2022年~ッ!?」(驚くマスオカ)


「はい…」(澄まし笑顔の中出氏)


「未来が見れるのかッ!?、そのTVは…ッ!?」(マスオカ)


「う~ん…、何と言ったら良いのでしょうか?、あなたの様に、“ニュートン力学”を前提とした考えしかお持ちで無い方には、未来と言った方が分かりやすいですかね…?」(中出氏)


「ニュ…ッ、ニュートンが何だってぇッ!?」(マスオカ)


「“絶対時間”と、“絶対空間”を前提にした、古い考え方です」(中出氏)


「ますます分からねぇ…!?」(マスオカ)


「“絶対時間”の考え方とは、あなたの1秒と私の1秒は等しいとされます。そして、“絶対空間”の考え方とは、あなたの距離…、たとえば1mとしましょうか?、あなたの1mと私の1mは同じ距離だという考え方です」(中出氏)


「そんなのあたり前だろッ!、俺の嫌いな上司が言ってたぞ!、全ての時間は平等にある、時間が足りないのはお前の作業効率が悪いからだってな!」(マスオカ)


「いますね~、そういう意識高い系のサラリーマン(笑)、そういう人は、必ず自分が優位な立場の時しにしか発言しない…、あなたと同じ状況に、自ら入ってそれを証明する事は絶対にしない、勝てると分かっている勝負にしか乗らない、立場弱き者にしか語る事の出来ない意識高い系…(笑)」


「ところが違うんですよ…マスオカさん…。例えば、車が時速50Kmで停まってる車を追い越したらそのスピードは時速50Kmになり、またお互いが50Kmで走るスピードの車がすれ違うと、互いのドライバーは相手の車が倍の100Kmですれ違う様に感じますよね?」(中出氏)


「そんなのは常識だろ?」(マスオカ)


「では、車の速度が光速だったらどうなりますか?」(中出氏)


「ああ?」(マスオカ)


「光速は、どの角度から見ても速度は変わりません…。“光速度不変の原理”というものが、18世紀に実験の結果、検証されています」


「つまり光速で動くもの同士は、互いのスピードが光速(※秒速約30万Km)の倍にはならないのです」


「普通、スピードとは、“距離=速度×時間”という数式で表します。さて、この式に光速を当てはめて、光の速さを数式で表してみましょう」


「するとこんな式になります。“光速=距離÷時間”、ですが、ここで矛盾が生まれます」


「光速は、先程申し上げた通り、不変の原理で速さは変わりません。つまり、距離(空間)と時間は、もしかして伸び縮みするのでは?と、いう考え方が出て来ます。ここでニュートン力学の“絶対時間”と、“絶対空間”という考え方は崩壊するのです」(中出氏)


「ちょっと何言ってんだか、よく分かんない…?」(マスオカ)


「ふふ…サンドイッチマンじゃないですか…(笑)、さて、マスオカさん…、こんな例えはどうでしょう?」


「天文台の観測装置で100光年離れた天体を観測していたところ、その天体が他の彗星と衝突し消滅してしまったところを偶然見る事が出来ました」


「さて、あなたが今見ているその光景は、一体いつの話ですか?」(中出氏)


「いつって…、今でしょッ!」(マスオカ)


「ふふふ…、今度はハヤシ先生ですか…?(笑)、良いですかマスオカさん、光の速さは秒速が約30万kmという速度でしか動けません。天文学で用いられる「光年」という単位は、光が1年間に移動する距離をもとに定められています」


「だから100光年離れた天体から届いた光は、今から100年前に、その天体が放った光という事です。つまりあなたが今見た、天体が消滅する場面は、今から100年前の過去の姿を観測しているのですよ」(中出氏)


「ワケ分からなくなって来た…」(マスオカ)


「つまり時空(時間と空間)には、過去も未来もありません…。存在するのは、今現在だけです。あなたの考えてる、未来や過去も、今、この時間と同時に存在して流れているのです」


「例えるならば、時間とは、映写機のフィルムの様に、未来も過去も現在も同時に、無数の映写機からフィルムが回っている状態です。そのフィルムは、同時期、同時代だけでも無限大に、幾層にもなってフィルムは回っています…」(中出氏)


「そんな事…、信じられん…」(マスオカ)


「信じるも信じないも…、とにかく我々が開発したこのTVでは、あなたの言う、過去でも未来でも、現実に起こっている事を観る事が出来ます」


「ダイヤルを合わせるだけで、その時代で現在起こっている場面へ、アクセスする事に成功したのです」(中出氏)


「それで、そのTVでは、未来を観る事が出来ると…?」(マスオカ)


「ええ…、あなたが言うところの、“未来”が観れます」(中出氏)


「俺に何を観させる気だ…?」(マスオカ)


「では、さっそく観てみましょう…」

中出氏はニヤッと笑いながらそう言うと、TVのリモコンをONにした。


「ん!、何だこりゃぁ?、戦争か…?」

画面が映り出すと、そこには戦争の場面が突然現れた。


「そうです…。戦争です」(中出氏)


「どこと、どこが戦争してるんだ?」(マスオカ)


「ルシアと、ウクレイラです」(中出氏)


「ルシアって…、崩壊したソ連のルシアか?」(マスオカ)


「そうです」(中出氏)


「5月にポーチンが大統領になった…?」


「そうです。あのポーチンです…。早口で5回言ってみて下さい…」(中出氏)


「ポーチン?、ポーチンポー、チンポー…、なッ!、何を言わせるんだッ!?」

マスオカがそう言うと、クスクスと笑う中出氏。


「それでポーチンは、あれから22年間も大統領をやってるってのか…!?」(マスオカ)


「途中で1回休んで、2008年に復活してからは、そのまま続いています。だからルシアは独裁国家になってしまいました」(中出氏)


「戦争相手の、ウク…、なんとかって国の方は?、聞いた事もねぇ…」(マスオカ)


「ウクレイラは、あの有名なチェルノブイル原発事故が起こった場所のある国です」

「元々、ソ連に取り込まれていた国ですが、91年のソ連崩壊後の12月に独立を果たします」


「独立に当たってウクレイラは、アメリカとルシアから核兵器を破棄しなければ、経済制裁を加えると、脅迫に近い圧力を受けます。当時、ウクレイラは、世界第3位の核保有国だったのです」


「ウクレイラは、広大な土地を利用した穀物を輸出して成り立っていましたが、世界的には貧困な国でした」


「そこで経済制裁を受けたくないウクレイラは、保有した核を全てルシアに明け渡します。ルシアに渡したのは、ルシアが国連常任理事国で信用したからです」


「そして、核兵器を明け渡すときにルシアと国境の不可侵を保証する議定書を交わし、万が一、ウクレイラが他国に攻め込まれる事があった場合は、アメリカが守るという約束を取り交わしたのです」


「ところが、国際条約などを平気で破るルシアにとって、ウクレイラと交わした議定書など、ほとんど意味など持ちません」


「ルシアは状況を見極め、ウクレイラのクリミア半島を2014年に軍事侵攻し制圧します」


「そしてそれから、8年後、ルシアは北京でのパラリンピック開催中に、ついにウクレイラ本土に軍事侵攻を始めたのです」


「ウクレイラは同盟国がありません。アメリカとの約束も口約束みたいなもんです。核を失ったウクレイラは軍事大国のルシアに攻め込まれる事になったのです」(中出氏)


「国連軍は、なぜ出動して止めないんだ!?」(マスオカ)


「本来ならそうなんですが、国連常任理事国のルシア自体が起こしてる戦争なので手が出せません。国連は常任理事国の全会一致で承認されるので、一国でも反対国があったらダメなのです」(中出氏)


「NATO軍にでも加盟していれば良かったのですが、間に合いませんでした。でも、ウクレイラよりも、実は日本の方が危険な場所にある国なんですよ」


「一見平和に見える日本ですが、実は世界一危険な地域にある国だと云われています。周りには共産主義のルシア、中国、北朝鮮が、それぞれ核ミサイルを日本に向けて対立していますからね…」(中出氏)


「話し合いで戦争を止めるとかは、できないのか!?」(マスオカ)


「ふふふ…、無理ですね。国家間の交渉は、軍事力が同等でなければ無理です」


「だってそうでしょ?、なんで強い方が、弱い方の交渉に応じる必要があるのです?、このまま力で押し切れば、望みが叶うのに…」(中出氏)


「それにしても、ウクレイラがもしあの時に、ルシアへ核を全部渡さずに、一発でも残していたら、ルシアは決して攻め込んでは来なかったんですけどね…」


「アメリカがこの戦争に参入すれば、核戦争になります。なのでアメリカのハイデン大統領は、武器・弾薬の援助はしますが、戦闘には参加しません」(中出氏)


「だから日本も日米安保条約があるからって、安心は出来ないのです。それは、今回のルシアとウクレイラとの戦争で証明されましたからね」


「アメリカは、日本が中国や北朝鮮から核ミサイルを撃たれても、その報復として中国や北朝鮮に自国の核ミサイルは使用しないという事です」(中出氏)


「だってそうでしょ?、同盟国と言ったって、アメリカがやられた時に、日本の法律で自衛隊はアメリカを助ける事が出来ないのに、何でアメリカが日本の為に核を使うのです?」


「日本の為に核を使用する事で、アメリカ本土に敵の核が飛んで来たらたまりませんからね…(笑)」(中出氏)


「だからって、ルシアのあんな横暴がゆるされるのか?、人として間違ってないのかッ!?」(マスオカ)


「マスオカさん…、人間なんて所詮、そんなものです。泥棒が入るから鍵を付ける。犯罪を犯したら警察に捕まるから、人は犯罪をしない、ウクレイラが核を持ってないなら、軍事侵攻をする。ただそれだけの事です」


「あなただってそうでしょ?、成人式を迎えた時に、こんな事、思いませんでしたか?、『ああ…、もうこれで悪さ出来ないなぁ…。ハタチになったから“少年A”で済まされないや、実名で前科が付くから、悪い事するのは、これからヤメておこう』、なんて事を…?」(中出氏)


「うう…、確かに、それは否定できない…」(マスオカ)


「ドイツのビスマルクが云ってましたよ。国際条約なんてものは、常に強国が都合の良い様に勝手に変えてしまう。だから自国が力を持って、強くならなければ国など守る事は出来ないと…」


「あなたみたいに、何も行動を起こさない人は、立場の強い人からいい様にやられるだけです」


中出氏の言葉に息を呑むマスオカが、蒼ざめた表情で話を聞き続ける。


「なんで彼ら(ウクレイラ)は、敵わない強敵に向かって行くんだ?、さっさと国外へ逃げれば良いじゃないか!?」

マスオカは、戦うウクレイラ兵士が映る画面を観ながら言った。


「ふふふ…、あなたは自国を簡単に捨てられる人なんですね?、太平洋戦争後、自国を奪われバラバラになった民族たちが、どうなったかご存じないのですか?」


「ユダヤ人は、まだイスラエルを建国できただけでもマシですが、クルド人はトルコ、イラン、イラク、シリアの4ヶ国に分かれて暮らし、迫害を受け続けているのですよ」


「国を奪われるという事は、今まで築き上げて来た、歴史も文化も言語も全て奪われるのですよ?」


「マスオカさん、あなたの知っているルシア料理で、何か知ってるものはありますか?」(中出氏)


「え?…、そうだなぁ…。以前、洋風居酒屋で食べた、ボルシチとか、ピロシキとか…?」(マスオカ)


「あれは、ウクレイラ料理です」(中出氏)


「え!?、そうなのか!?」(マスオカ)


「では、食べ物以外で知ってるものは?」(中出氏)


「ウオッカ…、コサックダンス…、マトリョーシカ人形とか…?」(マスオカ)


「ウオッカはポーランド、コサックダンスはウクレイラ、ちなみにマトリョーシカは、日本の箱根細工の七福神入れ子人形を真似て作った様です」


「ルシアの美術教育玩具博物館に、そういう文献と一緒に、マトリョーシカ作品の第一号と、箱根細工の七福神入れ子人形が展示されております」(中出氏)

※ウオッカは諸説あり


「そうなんだ?」(マスオカ)


「実はあなたが思っていたルシア産と云われているものは、マトリョーシカ人形以外は、侵略して奪った国のものを、自国のものとして世界に紹介されていたものです」


「では、これはご存じですか?、パンダ…?」(中出氏)


「それは、中国だろ?、それくらい知ってるよ!」(マスオカ)


「違います!、チベットです!、パンダは中国に軍事侵攻され乗っ取られた、チベットの動物です!、中国はそれを自国の動物だと云って、世界中へ莫大な金額でレンタルして儲けています」


「分かりますか?文化を奪われるって事が、どういうものか?、私たちにしたら寿司やサムライ、富士山、アニメが全て他国発祥のものだと云われる様なものです。だから彼らは戦うのです。自国の文化と誇りを守る為に…」(中出氏)


「マスオカさん…、ほら、あれを見て下さい」

無言で自分を見つめるマスオカに、中出氏がTV画面を指して言う。


ドカーーーンンン……ッ!


「あ!」

マスオカが画面を観ると、ウクレイラの幼稚園がミサイルの攻撃で崩壊した。


「こっちは、どうなってますかね…?」

リモコンをいじって、場面を変える中出氏。


ドドーーーンン…ッ!、ズズズズズ…。


「今、病院が戦車の砲撃で粉々に破壊されましたね…」(中出氏)


「なんて酷い事をッ!?、戦争は軍事施設だけを攻撃するんじゃないのかッ!?」(中出氏に聞くマスオカ)


「ええ…、国際法ではそうなってますけど、そんな事してたら戦争なんて勝敗が着きません」


「いざ戦争が始まると、そんな事を言ってる余裕も無くなって来るのです」(マスオカ)


「今の攻撃で、何の罪も無い子供が何人死んだッ!?、病院の患者が何人殺されたッ!?、なんで世界のマスコミは、これを報道しないんだッ!?」(マスオカ)


「してますけど、ルシアが、あの攻撃はウクレイラがルシアを悪者にする為のフェイク動画だって、言うからどうにもなりません…」(中出氏)


「何でだよッ!?、そんなワケあるかよッ!、ウクレイラは、何て言ってるんだよッ!?」(マスオカ)


「あれは、ルシアからの攻撃で、ウクレイラが攻撃したというのは、ルシアのフェイクだと云ってます」(中出氏)


「そうだろ!?、当然だ!」(マスオカ)


「でも互いがそう言い合ってるだけでは、証拠になりません。多分、ルシアがやってるんでしょうけど、彼らはとても狡かつに振舞うので困りますね」(中出氏)


「証拠なら、民間人の死体がその辺にゴロゴロ転がってれば分かるだろぉッ!」(マスオカ)


「マスオカさん…、あれをご覧ください…」

中出氏はそう言うと、ルシア軍の所有する1台の車を指した。


「何だあの車は?」

マスオカが見つめる車の後部へ、ルシア兵が人間の遺体を放り込んでいた。

そこには、円形状の筒があり、その中に遺体を次々と放り込んでいる。


「移動火葬車です」(中出氏)


「移動…、仮装…?」(マスオカ)


「火葬場の“火葬”です。彼らはあれで、道に転がってるルシア民間人の遺体を燃やして、証拠を隠滅しています」


「あれは第2次世界大戦のソ連時代から使われていました。当初の目的は同胞軍人の遺体を処理するものでしたが、今は別の使われ方をしてますね」(中出氏)


「何で、あんな酷い事が出来るんだよッ!?、同じ人間とは思えねぇッ!」(マスオカ)


「ふふふ…、彼らはあなたと同じ、その辺のどこにでもいる様な普通の人間です」(中出氏)


「そんな事あるかぁッ!、俺は違うぞッ!」(マスオカ)


「彼らはルシアの普通の人々です。ルシアは広大な土地こそ所有していますが、GDP(国内総生産)は、韓国ほどしかありません」


「貧困にあえぐ彼らは、食べて行く為に軍に入りました。非常に安い賃金でね…」


「そして、ただの演習だと騙されて、国境付近に連れて行かれ、いきなり戦争を命令されたのです」


「補給も届かない状態で送り込まれた彼らは、次第に正常さを失い出します」

「やがて彼らは一般人を殺戮し、水や食料、生活必需品などを略奪する様になりました」(中出氏)


「俺は違うぞッ!、俺はあんなやつらとは、違うッ!」(マスオカ)


「そうでしょうか…?、あなたは、たまたま経済が豊かな日本に生まれたお陰で仕事がありましたけど、ルシア人として生まれて来たらどうだったでしょう?」


「仕事が無くて、食べて行けなかったらどうします?、仕事が軍人になる事しか無かったら軍に入りませんか?」(中出氏)


「入ったとしても、俺ならやらないッ!、俺は罪の無い人なんか絶対に殺さないッ!」(マスオカ)


「いえ…、あなたもきっと、彼らと同じ事をします…。何が正しいのか?、何も考えずに、ただ上司の言う事を黙って聞いて、何の疑問も持たずに日々暮らしているあなた…」


「本当は、これが正しい事ではないと分かりつつ、会社では上からの命令だからと背けないで、ついつい、不正を起こしてしまうあなたの様な日本人が、一体何を持ってルシア人兵士たちの事を否定できるのですか!?」


「あなたも、あの兵士たちと同じです!、あなたの様な考えを持った方が、もし軍人だったら…、あのルシア兵と同じ状況であったのなら…、上官から命令が下されれば、言われるがまま、必ず罪の無い人々を殺戮しますッ!」


そう言った中出氏に、返す言葉もないマスオカなのでった。


「ほら、マスオカさん。あれを見て下さい」


中出氏がそう言うと、TV画面には、体格の良い1人の若い男性が、ルシア人兵士らに拘束され、連れて行かれようとしていた。


画面を覗き込む無言のマスオカに、中出氏が続けて話す。


「彼は、この後、どうなると思いますか…?」(中出氏)


「分からん…ッ」(マスオカ)


「あのウクレイラの男性は、この後、ルシア軍の軍服を着せられ、カラの銃を手に戦地を歩かされます」(中出氏)


「何の為に…?」(マスオカ)


「敵がどこに潜んでいるか知る為に、歩かせるのです。ルシア兵だと思われている彼は、仲間のウクレイラ兵に撃たれて死ぬのです。それでルシアは敵の位置を知り、爆弾を落とすという作戦です」


「彼が拒んで歩かなかったり、ウクレイラ側に自分の正体を伝えれば、彼は後ろに控えているルシア兵に撃ち殺されます」


「しかし前に進めば、同胞のウクレイラ兵に撃ち殺されるのです」(中出氏)


「酷い…ッ」(マスオカ)


「あっちの方を見てみましょう」

そう言って、画面の映している場所をリモコンで移動する中出氏。


「あ!」

マスオカが、映し出された場面を見て言う。


そこには、車椅子の老婆がルシア兵に押し倒され、別の兵士たちは、車椅子を押していた高校生くらいの少女と、小学生くらいの男の子の腕をつかんで引きずり回していた。

2人の子供たちは泣き叫んでいる。


「あの男の子は、この後、バラバラに切り刻まれて臓器密売人に売り飛ばされるのでしょう…」


「少女の方はレイプされた後、殺されます…」(中出氏)


「女の子をレイプしてから殺す意味が分からんッ!?」(マスオカ)


「私だって分かりません…。だけどルシア兵は、大勢のウクレイラ女性をレイプした後に殺しています」


「レイプされた遺体の背中に、銃弾が6発も撃ち込まれているものが何体も見つかっているのです」(中出氏)


「何で…ッ!?、何でそこまでやるんだッ!?、この世の事とは思えねぇ…ッ!」(マスオカ)


「マスオカさん…。通常は、人を殺めてはいけないと、誰もが分かっています」


「ですが、1つだけ、ある場所においては、人を殺せば殺すほど賞賛されるところがあります…。そこでは人間は正常さを失い、殺戮に走るのです…。それが戦場ですッ!」


「分かりましたか…?、本当の、“生き地獄”というものが、どういうものなのかッ!?」(中出氏)


「おいッ!、あの人たちを何とか助ける方法は無いのかよッ!?」

目に涙を溜めたマスオカが、中出氏に怒鳴る!


「ふふ…、ありますよ…。あそこに行って、あの人たちを助け出す方法が…」

中出氏はそう言うと、中指でメガネのフレームを、クィッと上に持ち上げた。


「向こうへ行けるのかぁッ!?」(驚くマスオカ)


「はい…、あなたを電波に乗せて、あちらの時代に関渉させる事が出来ます」(中出氏)


「電波に乗せる~!?」(マスオカ)


「はい、そうです…。では、これを着けて下さい」

中出氏はそう言うと、VRゴーグルと、ヘッドフォンを渡す。


「何だこれ…?」

マスオカがゴーグルを手にして言う。

時は2000年、VRゴーグルがまだ無かった時代である。


「どうですか?、その場にいるみたいでしょう?」

ゴーグルを装着したマスオカの横で、中出氏が言う。


「ああ…。なんか本当にその場に居るみたいだ…」


そう言ったマスオカの手を引いて、「さあ、こちらにお掛け下さい」と中出氏が彼をリクライニングシートに座らせる。


「マスオカさん、ヘッドフォンを着ければ、音もサラウンドで聴こえます。そして、そのヘッドフォンは、あなたが頭の中で考えている事が、私に送信されます。つまり、あなたとの連絡手段になります」


そういう中出氏の説明に、ゴーグルをしているマスオカが、無言で頷く。


「では、これからあなたを人工的に幽体離脱させて、あちらの世界へ送ります」(中出氏)


「ゆッ…、幽体離脱だとぉ~!?」(マスオカ)


「ええ…、そうです。あなたが今、座っているリクライニングシートから電磁波を起こし、幽体離脱をさせます。このシートから伸びているコードは、あのTVに接続されていますから、それを伝い、あなたの幽体は画面の世界へ入るという仕組みです」(中出氏)


「どういう事だぁ!?」(マスオカ)


「この世の中には、全て4つの力が働いています。それは、“強い核力”、“弱い核力”、“電磁気力”、“重力”であり、それを“基本相互作用”と云っています」


「この中の“電磁気力”とは、電気と磁気に基づく力です。原子核と電子を結び付けて原子を構成したり、原子同士を結び付け、化学結合を作る事が出来る力です」(中出氏)


「また何か、ワケ分かんねぇ事、言い出しやがった…」(マスオカ)


「マスオカさん…、人間の体内には電気が常に走っているのをご存じですか?」(中出氏)


「そうなのか…?」(マスオカ)


「人間の感覚は、全て電気信号を脳に送り込んで感じるのです。手に触ったものの感覚、痛み、嗅覚、視覚、聴覚…、あれらは全て、神経細胞から常に流れている電気が人間の脳へ伝えているのです」(中出氏)


「ほぉ…」(マスオカ)


「さて、人間をはじめとするあらゆる生命は、コーザル体、メンタル体、アストラル体、エーテル体、肉体という、5つの体を持って形成されています」


「“霊体”とは、魂でもあるコーザル体を除く、4つの体が合わさっている体の事を云い、“幽体”とは、コーザル体と肉体を除く、3つの体が合わさっているものを云います」


「ところでマスオカさん、心霊現象が起きる場所に、微弱な電波や、通電現象が同時に起こるなんてハナシ、聞いた事ありませんか?」(中出氏)


「聞いた事、ある様な…?、無い様な…?」(首を傾げるマスオカ)


「ふふふ…幽霊が出た場所には、奇妙な電磁場が発生すると、世界中の科学者たちの研究に記録されているのです。それはどうやら、人間の体内に発生している電気と関りがある様ですね…?」(中出氏)


「今から9年後の2009年です。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジの研究チームが、幽霊が存在すると仮定するなら、幽霊を技術的に呼び出す事は出来ないか?という、実験を行います」


「被験者を電磁場(EMF)や低周波音波にさらし、超常現象を人工的に引き起こしたところ、幽霊の様なものに被験者が遭遇出来たという報告があったのです」


「そこで、我々、ナカデ科学研究チームは、その理論を応用し、人体から人工的に幽体離脱させる事に、その後、成功します」


「更に我々は、その分離した幽体を電波に乗せて、過去や未来に送り、生霊として発生させた後、大量の量子エネルギーを幽体に送り込み、有機体として安定させ、その時代へ関渉させる事にも成功したのです!」(中出氏)


「お前の言ってる事はさっぱり分からん…?、とにかく向こうへ行けるのなら早くしてくれ!、それから、何か武器とかないのか!?」(マスオカ)


「これが、あります…」

中出氏は、そう言ってニヤッと笑うと一瓶の薬みたいなものを取り出して、マスオカに渡した。


「何だこれは?」

ゴーグルを額まで押し上げたマスオカが、その瓶を見ながら言う。


「“強力ハリモト”です(笑)」(中出氏)


「“強力ハリモト”~ッ!?」(マスオカ)


「はい…、サンデーモーニングで、『喝~ッ!』と言ってる、あのハリモトさんと同じ、ハリモトです」(中出氏)


「この錠剤が、何の役に立つんだ?」(マスオカ)


「これは、私の会社、ナカデ・ホールディングス傘下の、世田谷自然食館が開発した、スーパーストロング錠剤です!」


「これを飲めば、あのアメコミの超人ハルクの様な、強靭なパワーとタフネスをものに出来ます。ただし飲んでから30分間ですが…」(中出氏)


「へぇ~…」

そう言って、瓶を手に取り、訝し気に見つめるマスオカ。


「その薬には、翻訳こんにゃくも配合されていますので、ルシア人でも、ウクレイラ人とでも、普通に話せます」(中出氏)


「翻訳こんにゃくって…!?、それ、ホントかよッ?」(マスオカ)


「本当です!、それから翻訳機能は、排便するまで持続しますが、パワーの方は先程、申し上げた通り、30分間だけとなります」


「しかし、これさえ飲めば敵のどんな攻撃も跳ね返します!、そして例え瀕死の重傷を負ったとしても、心臓が止まる前にこれを飲めば、瞬く間に回復し、同時に以前から抱えていた持病も、全て治ってしまいます」(中出氏)


「すげぇ薬なんだなぁ…?」(マスオカ)


「これを、あなたに渡します。この瓶の中に、全部で200錠入ってます…。今はまだ、これしかありませんので、大事に使用して下さい」(中出氏)


「分かった…」(マスオカ)


「良いですか?、マスオカさん、これだけは覚えておいて下さい。薬の効き目が切れた状態で、ルシア兵に撃たれたら、あなたは死にます」


「たとえ幽体だとしても、有機体として固定されているアナタの体は、銃で撃たれれば、その痛みは電気信号を通って、神経細胞に伝わり、今、ここにいるあなたの脳へと届きます」


「するとアナタの脳は、それが自分の人体へ実際に起きている事だと認識してしまい、ここにいるアナタの体は、そのダメージを受けた状態と同じ様に反応します」


「良いですか?、もう1度言いますよ。薬が切れてから撃たれれば、あなたは死にます。それだけは心して下さいね」


「では、ゴーグルとヘッドホンを着けて下さい!、今から2022年のウクレイラへ、あなたを送り込みます!」


中出氏がそう言い終えると、マスオカは慌ててゴーグルと、ヘッドホンを装着する。


「では、行きますよぉ~ッ!」


中出氏はそう叫ぶと、マスオカが横たわるリクライニングシートの脇にあるレバーを、ガクッと手前に降ろした。


バリバリバリ…ッ!


「うわぁッ!」


マスオカが叫ぶ!

そして、シート全体を包み込む様に、放電現象が始まった!


「うう…ッ!」(マスオカ)


「では、お気をつけて…」

レバーを握っている中出氏が、意識が遠のいて行くマスオカにそう言うと、ニヤッと微笑むのであった。




 2022年 5月

東ヨーロッパに位置する国家「ウクレイラ」は、2月からルシアの軍事侵攻を受け続け、ついに第2の都市「ハリキウ」にもルシア軍が入って来た。


「キーフ」に続く第2の都市「ハリキウ」は北東部に位置し、人口140万人が住んでいた。


しかし、「ハリキウ」はルシア国境付近に位置する事もあって、街の被害は甚大なものとなっていた。


以前は、華やかで人通りの多い町であったが、今はその面影も残す事なく、市部全体は徹底的に破壊されていた。


市民たちの大半は、中部にあるポルタバへ避難して行ったが、一部の逃げ遅れた市民たちは、まだハリキウに数百名取り残されていたのであった。


逃げ遅れた市民たちは、町にある大型工場施設の中へ避難し、ウクレイラ軍からの救出を待っていた。


そんな中、ウクレイラ青年のイヴァンは、ルシアからの攻撃で破壊された病院での生き残りである3人を、避難場所の工場まで送り届けている最中であった。


イヴァンが送り届けているのは、老人のマルーシャばあさんに、その孫たちのレーシャとユーリイであった。


その子供たちの両親は、ルシアからの砲撃で亡くなってしまったが、病院に入院中であった祖母のマルーシャは、奇跡的に助かった。


しかし、ガレキの下敷きになったマルーシャは、足を骨折してしまい、車椅子を余儀なくされた。


孫娘のレーシャは、急いでマルーシャが座る車椅子を押して走った。

それは、すぐ近くまで銃を持ったルシア兵が追いかけて来ているからだ。


「はぁ、はぁ、はぁ…、姉ちゃん、早くッ!、早くッ!」

レーシャの弟のユーリイが、恐怖で顔を強張らせながら走って言う。


「分かってるッ!、はッ、はッ、はッ…!」

ユーリイに、力強く言うレーシャ。


彼女は、もうこれ以上、家族を亡くしたくない思いで、懸命にマルーシャの車椅子を押して走った!


「急げッ!、急げッ!」

ウクレイラ青年のイヴァンは、レーシャとユーリイにそう叫んだ。


彼のすぐ後ろには、銃を構えたルシア兵士数名が、獲物を追うハンターの様な目つきで迫って来ていた!


ガーーンンッ!


その時、ルシア兵が銃を発砲した!


「うぁッ!」

弾はイヴァンの右腿を貫通した!


「うう…ッ」

跪くイヴァン。そして彼が続けて叫ぶ!


「逃げろぉッ!、レーシャッ!、ユーリイッ!」(イヴァン)


ガンッ!


「うッ!」

逃げろと叫ぶイヴァンの頬を、銃把部分で殴りつけるルシア兵士。


「おらッ!、立てよッ!」

ルシア兵が銃を突きつけ、イヴァンを拘束する。


「あッ!」

そして、車椅子を押して走るレーシャは、そう言うと立ち止まった!

それは彼女の目の前に、先回りしていたルシア兵2名が、立ちふさがったからだ。


「この子達に手を出すんじゃないよッ!」

車椅子の老婆マルーシャが、目の前に立ちふさがるルシア兵に怒鳴った。


「へっへっへっ…」

ニタニタと笑いながらルシア兵が、3人に近づく。


「ほれ…、お前たちにこれをやるよ…」

マルーシャばあさんが、そう言って小さな袋をルシア兵に渡すと、ニヤッと笑みを浮かべた。


「何だ、これは…?」

小袋を手にしたルシア兵が言う。


「ヒマワリの種じゃよ…(笑)、お前にそれを渡すから、ずっと持っているが良い…」

「すると、この後、銃で撃たれて死んだお前さんの死体が、やがてその土地に、美しいヒマワリの花を咲かす事だろうよ…(笑)」


マルーシャはそう言うと、ヒヒヒ…と、笑い出した。


「このッ、クソババアがぁッ!」

マルーシャの言葉にキレた兵士が、車椅子をなぎ倒した!


ガシャーーンンッ!


「ぎゃぁッ!」


マルーシャが叫ぶ!

老婆は、地面に胸を強く叩き付けた!


「おばあちゃんッ!」

孫娘と孫息子のレーシャと、ユーリイが叫ぶ!


「お前は、こっち来いッ!」

ルシア兵の1人が、レーシャの腕を掴んで言う。


「嫌ぁッ!、離してぇッ!」

腕を掴まれた涙目のレーシャが叫ぶ。


「姉ちゃんを離せぇぇッ!」

弟のユーリイが、ルシア兵に掴み掛かった!


ガブッ!


レーシャを掴む、ルシア兵の手首に嚙みついたユーリイ。


「ぎゃあッ!」

その痛みで、手を離すルシア兵。


「このガキッ!」


バキッ!


「うぁッ!」(ユーリイ)


「ユーリイッ!」(驚く、レーシャ)


ルシア兵は10歳のユーリイにも、手加減無しの鉄拳を喰らわせた!


「わああああ…ッ!」

泣き叫ぶユーリイ。


「何て酷い事するのよぉッ!」

レーシャが殴ったルシア兵に掴み掛かる!


「うるせぇッ!」


バシッ!


ルシア兵から、強烈な平手打ちを喰らったレーシャ!


「ああ~~んん…!ッ、ああ~~んんッ!」

レーシャが泣き叫ぶ。


「ほら…、立てよ…(笑)」

そう言って、レーシャの腕を掴んで立たせるルシア兵士。


「ああ~~んん…!ッ、ああ~~んんッ!」(レーシャ)


「へへへ…、俺…、オンナとやんの久々だよ…(笑)」

そう仲間の兵士に言う男。


「へへへ…、お前の後で良いからさ…、俺にもヤラセロよ…(笑)」


「良いけど、後始末はお前がやっとけよな…」


「分かった、分かった…(笑)」


彼らの言う、“後始末”とは、レイプを終えた後、その女性を殺す行為の事である。


「わああああ…ッ!、わああああ…ッ!」

泣き叫ぶ、弟のユーリイ。


「おい、ガキの方はどうするよ…?」

レーシャの腕を引く仲間に言う、ルシア兵。


「ガキも一緒に連れてけよ…。ガキの臓器が不足してッから、売れば軍事費の足しに、多少はなるんじゃねぇの?」

レーシャの腕を掴むルシア兵は、そう言うとニヤッと微笑んだ。


「ああ~~んん…!ッ、ああ~~んんッ!」(レーシャ)


「わああああ…ッ!、わああああ…ッ!」(ユーリイ)


シュウ…、シュウ…、シュウ…。


「ん!?」


その時、彼らルシア兵の目の前に、突然、奇妙な音と共に光が出現した。


シュウ…、シュウ…、シュウ…。


蒼白いその光は輪になり、その中には人影が確認できた。


「何だありゃあ…?」

銃を抱えたルシア兵が、光の輪を見つめて言う。


シュウ…、シュウ…、シュウ…。


やがて音が小さくなると、蒼白い光も弱くなった。

そして、その光の中からは、人間が立膝を突いてしゃがんでいる後姿が見えた。


しゃがんでいた人間が、スクッと立ち上がり、ルシア兵の方へ振り返る。


「あん…?、東洋人かぁ…?」

あっけに取られるルシア兵。

やつが言った先に立つ者は、男性であった。


東洋人の男性はポケットから小瓶を取り出すと、おもむろに中の錠剤を1粒口に入れて、ガリガリと嚙み砕いた。


「おッ!?、おッ!?、おお~ッ!?」

東洋人は、何かを確認している様な感じで、驚いていた。


中出氏からもらった強力ハリモトを飲み込んだマスオカは、身体の血が逆流する様な感じに戸惑う。

そして同時に、全身から抑えきれない力が、ふつふつと沸き上がって来る感覚も受け止めていた。


(中出氏の言った事は本当だったんだ…ッ!)

マスオカはそう思うと、ルシア兵の方へ歩きながら近づく。


「オイッ!、何だよテメエはッ!?」

銃を構えるルシア兵が、近づくマスオカに言う。

隣のレーシャとユーリイも、その光景に驚いて泣き止んでいる。


「お前ら…、消えろ…ッ!」

冷めた表情のマスオカが、銃を構えるルシア兵へ静かに言う。


「消えろだとぉ~ッ!?、ハハハッ!、お前みたいなヒョロヒョロのチビに言われるとは驚いたぜ(笑)」

プロレスラーの様な体格のルシア兵が、銃を抱えて笑い出した。


ガッ!


その時、笑うルシア兵の胸倉をおもむろに掴むマスオカ。


「えッ!?、えッ…!?」

マスオカに、片手1本で軽く持ち上げられたルシア兵が驚く!


ブンンッ!


そしてルシア兵がマスオカにひょいと、投げ飛ばされた!


軽く投げた仕草のマスオカだったが、ルシア兵は一直線に50m程飛んで行った!


「うわぁぁぁぁぁ…ッ!」


バシッ!


投げられたルシア兵が、街路樹に激突!


ドサ…ッ


ルシア兵は街路樹の下に落ちると動かなくなった。


「うわッ、ああああ~~~~ッ!」

その光景を横で見ていたもう1人のルシア兵は、そう叫びながら急いでその場から走り去って行く。


「ど…、どうもありがとう…」

涙で目を晴らした17歳のレーシャが、無言のマスオカに礼を言う。


「あ…、あの…ッ、イヴァンを助けて下さい…ッ!」

レーシャは続けて、十数メートル先で、銃に撃たれて拘束されているイヴァンも助けて欲しいと言った。


無言のマスオカが、イヴァンの方へ向く。

すると、あちらの方でも今の光景を見ていた様で、慌ててマスオカに向けて銃を構えていた。


マスオカは、グッと踏ん張ると、そのままイヴァンが拘束された場所までジャンプした!


ザシッ!(着地するマスオカ)


「うわぁッ!」

突然数十メートル先から、飛んで来たマスオカに驚くルシア兵!


そしてマスオカは、驚くルシア兵の肘をいきなり掴むと、ブンッ放り投げた!


ビタンッ!


投げられたルシア兵が、ガレキとなったビルの壁に背中から激突!

一瞬、ビルに貼り付いたかの様に見えたルシア兵は、そのまま無言で、高さ10m位から下に落下して行った。


銃を突き付けられているイヴァンと、ルシア兵が驚愕の表情でマスオカを見つめる。


バラバラバラ…ッ!


その時であった!、ルシア軍の戦闘ヘリが上空にイキナリ現れた!


ガガガガガ…ッ!


ヘリから機銃が掃射された!

地面を弾丸が這う!


「うわぁッ!」

すぐ真横に弾丸が走ったのを見て、イヴァンが驚いて叫ぶ。


ガガガガガ…ッ!


マスオカの背中に、ヘリから掃射された弾丸が斜めに走る!

しかし、その弾はマスオカの背中から全て弾き返されてしまった。


背中を向いているマスオカは、そんな事を気にする事なく無言で何かを作業する。

彼は倒れた電柱を地面から引っこ抜いていたのであった。


マスオカはその電柱を肩に担ぐと、上空のヘリに向けて槍投げの要領で放った!


ブンッ!


ガンッ!


マスオカが投げた電柱が、ヘリの窓をぶち抜いて刺さる!


キュルキュルキュル…。


敵の軍用ヘリが、キリモミ回転しながら墜落して行く。


ズガ~~ンンッ!


地面に墜落したヘリは、大きな音と共に大爆発した。


「大丈夫か?、さ…、これを飲むんだ」

ヘリを撃墜したマスオカは、右腿を撃たれて座り込んでいるイヴァンの元に行き、中出氏からもらった薬を彼に渡した。


「これは…?」

目の前でしゃがむマスオカから貰った、1粒の錠剤を見つめて、イヴァンが言う。


「大丈夫だ…。それを飲めば傷はすぐに治る…」

静かな口調で、マスオカはイヴァンに言う。


薬を飲むイヴァン。

すると彼の撃たれた傷跡が見る見る内に治って行く。


「えッ!?、傷口の血が止まった!?…、というか、傷がどんどん小さくなって塞がって行く…ッ!」

イヴァンが傷の状態を見つめながら、驚いて言う。


そしてマスオカはスクッと立ち上がると、残ったルシア兵の方へ、くるりと振り返る。


「うわッ…!、ひッ…、ひいいいい…ッ!」

銃を脇に抱えて、怯えたルシア兵がマスオカを見ながら後退りする。


「殺せッ!、そいつを殺せッ!」

マスオカの後ろにへたり込む、イヴァンがマスオカに叫ぶ!


(ん…?、こいつまだガキじゃないか…?)


怯えるルシア兵を見つめながら、マスオカがそう思った。

兵士は、まだ学校を出て間もない、明らかに未成年者の様相であった。


「殺れッ!、早く殺れッ!」

後ろのイヴァンが、マスオカにけしかける!


「行け…」


マスオカは目の前の兵士にそう言うと、兵士は「ひぃぃぃ…ッ!」と叫びながら、その場から走り去って行った。


「おいッ!、あんたッ!、助けてくれたのは礼を言う!、だがな、なんでアイツを逃がしたんだッ!?」

それを見て怒ったイヴァンが、マスオカに詰め寄った。


「あいつは、まだガキだ…」

イヴァンへ、静かに言うマスオカ。


「ガキだろうが敵だッ!、アイツを逃がしたら、やつはもっと多くの仲間を連れて、俺たちを殺しに戻って来ンだぞッ!」


治まらないイヴァンが、更にマスオカに詰め寄る。

その時、敵の兵士が逃げて行った方角から銃声が聴こえた!


バババババ……ッ!


「あ!」


銃声の方向へ振り返るマスオカが言う。

そこには、先程逃がした若い兵士が、仲間のルシア兵に撃たれ、崩れる様に倒れ込む光景が見えた。


「な…ッ!、なんで、やつらは仲間を殺したんだぁッ!?」

マスオカが驚いて、イヴァンに振り返って言う。


「やつが敵前逃亡をしたからさ…」

イヴァンがボソッと言う。


「え?」

どういう事だ?、という感じのマスオカ。


「あれは、FSBだ…」(イヴァン)


「FSB…?」(マスオカ)


「通称、“FSB”…、ルシア連邦保安庁だ…」

「旧ソ連時代の、KGB( ソ連国家保安委員会)が、現在のルシアではFSBとなっている…」


「やつらはKGBの時代から戦場へ常に同行している。そこでクーデターを起こさせない様に、軍人を見張り、さっきみたいな、敵を前にして逃亡する兵士を殺すんだ…」(イヴァン)


「何て、恐ろしい国なんだ…」(蒼ざめて言うマスオカ)


「それが、ルシアだ…。だから俺たちは戦う…!、あんな国に取り込まれるのは、もう懲り懲りだからな…」


イヴァンが吐き捨てる様にそう言うと、先程救った少女たちの方から声がした。


「おばあちゃんッ!、しっかりしてッ!」

レーシャが、車椅子から倒された老婆に叫んでいる。


「どうしたッ!?」

イヴァンはそう言うと、マスオカと共にレーシャの元へと駆け寄った。


「おばあちゃんッ!、おばあちゃんッ!」(レーシャ)


「うう…、はぁ、はぁ、はぁ…ッ」(マルーシャばあさん)


「どうしたッ!?、大丈夫かぁ、ばーさんッ!」

イヴァンが、苦しそうにうずくまるマルーシャへ声を掛ける。


「へへへ…、わしゃあもうダメみたいだ…。さっきの連中に倒されて、あばらをやっちまった…。骨が肺に刺さってるみたいだよ…、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ…」


マルーシャばあさんは、そう言うと咳と共に血を吐いた。


「ばぁーさん、しっかりしろッ!」(イヴァン)


「おばあちゃんッ!」(レーシャ)


「死んじゃヤダよぉッ!」(ユーリイ)


「おばあさん、これを飲んで…」

マスオカは、マルーシャを見つめる3人から割って入り、先程イヴァンに飲ませた薬を取り出した。


「これは…?、はぁ…、はぁ…」(苦しそうなマルーシャばあさん)


「これを飲めば大丈夫…ッ!、絶対に死なない…ッ」

錠剤をマルーシャに握らせて、マスオカが言った。


「そんな気休めは、もういいんだよ…。はぁ、はぁ、はぁ…」(マルーシャ)


「いいから早く飲むんだッ!、心臓の鼓動が止まる前だったら、薬が効くッ!、早くッ!」

叫ぶマスオカに急かされて、マルーシャが錠剤を何とか飲み込んだ。


「どうだ?、気分は…?」(マスオカ)


「ど…、どおって…ッ!?、ん!?…、ありゃあッ!?」(マルーシャばあさん)


「どうしたの、おばあちゃんッ!?」(レーシャ)


「痛みがどんどん消えていく…?、こりゃあ一体…ッ!?」(マルーシャばあさん)


「ばあさん、立ってみなよ(笑)」(マスオカ)


「立つって…ッ、わしゃあ、足が骨折しとるんじゃぞ!」(マルーシャばあさん)


「ほら…」(笑顔のマスオカ)


「ありゃあ~ッ!?、立てるぞいッ!、足の骨折も治っちょるッ!、どぉ~なっとんじゃあッ!?」

マスオカに言われた通り、立ち上がったマルーシャが驚いて言う。


「その薬は、どんなダメージも瞬く間に治しちまうんだよ(笑)」(マスオカ)


「ばあさん!、信じられねぇだろうがホントなんだ!、俺もさっきルシアのヤロウに撃たれた脚が、あっという間に治っちまった!(笑)」(イヴァン)


「スゴイッ!、あなた一体、何者なのッ!?(笑)」(レーシャ)


「俺は日本人だ…。信じて貰えないだろうけど、22年前の過去から来た」(マスオカ)


「いいえッ、信じるわッ!、だって現に、凄い能力で私たちを助けてくれたじゃないッ!」(レーシャ)


「日本ってのは、すげぇ技術を持ってるんだなぁ…?」(イヴァン)


「いや…、日本と言うか…、1人の変人が開発したものなんだ…(苦笑)」

マスオカはそう言うと、中出氏の顔を思い出す。


「へ~え…」

少年のユーリイが感心する。


「じゃあ、そろそろ避難場所へ向かおう!、またルシア野郎どもが現れたら厄介だからな…」

イヴァンはみんなにそう言う。


「あなた泊まる場所は?」

笑顔のレーシャがマスオカに聞く。


「いや…、特に…」(マスオカ)


「だったら一緒に来てッ!」(笑顔のレーシャ)


「え!?」(マスオカ)


「そうだ!、それが良い!、晩飯くらいならご馳走するぜ!(笑)」(イヴァン)


「じゃあ決まりだね!?、にいちゃん!(笑)」

ユーリイ少年は、そう言うと、マスオカの袖を引いた。


こうして5人は、逃げ遅れたウクレイラ人たちが隠れる、工場の倉庫へと歩き出すのであった。



「ねぇ…、あなた名前は…?」

美しいブロンド髪をなびかせながら、歩くレーシャが言う。


「俺は…、増岡ヒデユキって言う…」(マスオカ)


「そう…、じゃあ、これからはヒデユキって呼ぶわね(笑)」(レーシャ)


「君は…?」(マスオカが聞く)


「私はレーシャ。この子は弟のユーリイ…、そして祖母のマルーシャよ」

レーシャが、それぞれを紹介すると、みんなが軽く会釈する。


「俺は、イヴァンだ。よろしく!」

そして、マスオカよりも大きくて体格の良いイヴァンが、自分を紹介するとマスオカとガッチリ握手をした。


「戦争はいつから始まったんだ?」

そしてマスオカは、隣を歩くレーシャに聞いた。


「もう3ヶ月は経つかしら…?」

「ある日、いきなり戦争が始まったの…。今までの日常がまるで嘘の様に…、信じられなかったわ…」(レーシャ)


「そうなんだ…?」(マスオカ)


「ここはね…。今はこんな風にガレキの山になってしまったけど、元々は広い大通りだったの…」

「学校や公園や、ショッピングモールとかもあって、とてもきれいな町だったわ…」


「でもね…。あの日以来…、ここはめちゃめちゃにされてしまった…」

「私たちの学校も攻撃されて、友達もその家族もたくさん死んだの…」


「自転車に乗っていた人…、ジョギングをしてた人…、犬の散歩をしてた人…」

「ルシア兵は、そんな何も関係ない人たちをいきなり銃で撃って殺したの…ッ!」


レーシャは、そこまで言うと、涙で言葉を詰まらせるのであった。


「ルシアのやつらは、ホント酷いやつらだよ!」

ユーリイ少年が憤慨して言う。


「でもね…、ユーリイ…、みんながみんな、悪い人ばかりじゃないのよ…」

涙目のレーシャはユーリイをなだめて言う。


「そんな事あるもんかッ!、あいつらは全部、悪いやつらだッ!」(ユーリイ)


「違うのよ…。本当に違うの…。ルシアの人々の中にも、この戦争を反対している人や、悲しんでる人がたくさんいるのよ…」(レーシャ)


「じゃあ何で、こんな酷い事すんのさッ!?」(ユーリイ)


「勇気を持って、戦争反対を訴えてる人はたくさんいるの…。だけどそういう人たちは、みんな拘束されて牢獄へ入れられてしまってるの」


「ルシアの一部の悪人が、ルシア国民を恐怖で押さえつけて、そういう意見を封殺してしまってるのよ」(レーシャ)


「結局、自分がかわいいんだよ!、ルシア人は!」(ユーリイ)


「ユーリイ…、あなたがもし戦争反対と言ったら家族を殺すって脅迫されたらどうする?、それでも…、家族を殺されると脅されても戦争反対だって言える?」(レーシャ)


「え…?、それは…」(ユーリイ)


「でしょう?、だけどルシアの人たちには、それでも勇気を持って戦争反対だと叫ぶ人たちが大勢いるのよ!」


「そういう人たちの事も一緒に悪く言うのは、お姉ちゃんはいけないと思うわ」(レーシャ)


「う~ん…」

ユーリイはレーシャの言った事に考え込む。


「レーシャは心優しいねぇ…(笑)」

「いいんだよ!、ユーリイの言う通りだ。あいつらはみんな悪人だ!」


聞いていたイヴァンが、2人に割って入って言う。


「イヴァンは、物の考え方が乱暴よ!」(レーシャ)


「はい、はい…」

イヴァンはレーシャの言葉に苦笑いする。


「ねぇ、ヒデユキ…。この戦争はいつ終わるのかしら…?」

レーシャが、今度はマスオカに話し掛ける。


「そうか…!、戦争の終結がいつか見届けてから、こっちに来るべきだった!」

マスオカが、ふと気が付いて呟いた。


「あなた、戦争が終わる時期が分かるの!?」

驚くレーシャ。


「ああ…、理論上では分かるはずだ…。俺は今日までの未来しか観てないで、ここへ慌ててやって来たから…」(マスオカ)


「未来が分かるの?」(レーシャ)


「だから、俺は過去から来たって言ったじゃないか…。TVみたいな機械で、未来の様子を観て、ここの戦争を知ったんだ」(マスオカ)


「また元に戻るかな…?、この町、この大通りも前みたいに…」(レーシャ)


「必ず戦争は終わるはずだ…」(笑顔のマスオカ)


「そうしたら、またお友達と一緒に笑いながら、町を歩く事が出来るのかな?」(レーシャ)


「もちろんだよ!」

マスオカは笑顔で、レーシャにそう言った。



「ほら、着いたぞ!」

それからしばらく歩き続けると、イヴァンがみんなに言った。


「ここは…?」

マスオカがイヴァンに聞く。


「ここは、工場の倉庫だ。広いだろ?(笑)」

「逃げ遅れたウクレイラ人が、今はここで隠れて救援を待っている」(イヴァン)


「何人くらい、ここに居るんだ?」(マスオカ)


「300人はいる。だが、いつまでもここで救援を待ってるワケにもいかない…、食料がそろそろ底をついて来たからな…」(イヴァン)


「ここを出て、どこへ向かう気なんだ?」(マスオカ)


「取り合えず、この先のポルタバへ行くつもりだ。あそこには、まだルシア軍が入って来てないからな」(イヴァン)


「ポルタバ…?」(マスオカ)


「中部にある小さな田舎町じゃよ…」

傍に居たマルーシャばあさんが、マスオカに教える。


「静かで良いところじゃよ…。あの町には、大きなヒマワリ畑があってな…」

「それはもう壮大な景色で、地平線まで続くかと思わせるほど、ヒマワリが咲き誇ってるんじゃ」(マルーシャばあさん)


「行った事あるのかい?」(マスオカ)


「もちろんじゃよ…。若い頃…、デートで行ったわい(笑)」

マルーシャは少し照れながらそう言うと、キヒヒヒヒ…と、笑い出した。


「ほれ…、お前さんにこれをやる」

そしてマルーシャはそう言って、小さな小袋をマスオカに渡す。


「これは…?」(マスオカ)


「中に、ヒマワリの種が入っちょる…。ヒマワリの花はな、ウクレイラの国花なんじゃよ」(マルーシャばあさん)


「そうなんだ…?」

布の小袋を手にして見つめながら、マスオカが言う。


「お前さんが、もし生きて日本に帰れたら、その種をお前さんの国にも蒔いて、花を咲かせておくれ…」


「そして大きなヒマワリが咲いたら、私たちの事や、この国の事を思い出しておくれ…」


「今、ここで何が起こってるのか、少しでも多くの人たちに伝えておくれ…、もう2度と、戦争なんていう愚かな行動を、人間たちが考えない様な世界に変えておくれ…」


マルーシャは寂し気な表情でそう言うと、マスオカの手を両手で包み込む様に、そっと握った。


「分かった…。約束するよ…」

手を握るマルーシャに、マスオカはそう言った。



 夜7時

ウクレイラ人が避難する工場倉庫内


避難民たちは、それぞれが小グループに分かれて固まっていた。

ランタンランプを焚いたり、小さな焚火で明かりを取って、食事をを作っている。

マスオカたちは、ウクレイラの郷土料理である、ボルシチのスープを作っていた。


パチパチ…、パキ…。(薪が燃える音)


マスオカや、イヴァン、レーシャたちは、焚火の火を囲みながら見つめている。

その火の上には大きな鍋から、ボルシチがもくもくと湯気を上げていた。


「くそッ!…」

その時、スマホを手にしたイヴァンが呟く。


「それ…、何だい?」

2000年から来たマスオカは、まだスマホの存在を知らなかったのだ。


「お前、スマホ知らないのか?」

イヴァンがちょっと驚いて言う。


「ああ…」

頷くマスオカ。


「これはスマートフォンといって、アメリカのアップル社が開発した携帯電話だ」

「これはノートパソコンを小型化した様なもので、TV動画とかもこれで見れるんだ」(イヴァン)


「へぇ…、すごいな…」

スマホを覗き込んで、マスオカが言う。


「ほら…、これを見てみろ…」

イヴァンはそう言って、スマホからニュース映像をマスオカに見せた。


「やつらルシア人は、俺たちが倉庫に隠れているのを知ってる様だ…」

「明日の朝8時までに、全員が投降しない場合は、攻撃を仕掛けると発表したそうだ」(イヴァン)


「どうするんだ?」(マスオカ)


「降伏はしない!、やつらは俺たちが投降したら、そのあと、どんな目に合わせる気か、たまったもんじゃない!」

「どうせ殺されるか、強制収容所で死ぬまで奴隷労働させられるかの、どっちかに決まってるッ!」(イヴァン)


「まさか、戦う気か!?」(マスオカ)


「それは無理だ。俺たちには武器は無い…。それに、ここには女、子供、老人がたくさんいる…」

「明日の日の出と共に、ここをみんなで脱出する!」


イヴァンは力強くそう言うが、果たしてそれで大丈夫なのか?と、マスオカは思うのだった。


 その時、マスオカの頭の中に話し掛けて来る声がした。



(中出氏です!、どうですか、そちらでの生活は?)

相変わらずの間の抜けた声で、車掌の中出氏がマスオカに話し掛ける。


(どうもこうもねぇよ…!、こっちは酷い状況だ)

マスオカが頭の中で、中出氏に返答する。


(ところでマスオカさん、明日の朝にはルシア軍が、その工場を攻めて来るみたいですよ)と、中出氏。


(知ってる…)と、マスオカ。


(危ないから、そろそろ元の世界に戻って来た方が良いんじゃないですか?)と、中出氏。


(ここの人たちを置いて、そんな事はできん!)と、マスオカ。


(そうですか…)と、中出氏。


(なぁ、中出氏…。この戦争はいつ終わるんだ?、結末はどうなるんだ?、お前なら分かるだろ?、教えてくれ…)と、マスオカ。


(ええ…、TV画像を早回しで観れば分かります)と、マスオカが映っているTVを観ながら中出氏が言う。


(だったら観てくれ!)と、マスオカ。


(良いですけど…、そうすれば、あなたは元の世界に戻れなくなっちゃいますよ)と、中出氏。


(え!?、どういう事だ?)と、マスオカ。


(早送りすると、あなたと繋がってる回線を切らないといけません。回線は一旦切ると、もうあなたのいる次元とコンタクトするのは不可能なのです)と、中出氏。


(なんでだよぉッ!?)と、中出氏に起こるマスオカ。


(以前、言ったでしょう…。次元は同じ時代や時期だけでも何層にも折り重なり、無限大に同時進行に流れているって…)

(だから、あなたがいるその次元に再びアクセスするのは、不可能なのです)と、中出氏。


(くそッ!)と、悪態をつくマスオカ。


(どうします?、戻りますか…?)と、中出氏が聞く。


(いや…、もう少しここに居て様子を見る…)と、マスオカが言う。


(分かりました…。では、お気をつけて…)

中出氏は他人事の様にそう言うと、マスオカとの回線を止めた。



「お前、何やってんだ?」


その時、マスオカの隣に座るイヴァンが彼に聞く。

マスオカが無言で、表情を変えながらソワソワしているのを不思議に思った様だ。


「いや…、何でもないよ」

マスオカはイヴァンに、それだけ言う。

頭の中で考えた事を、そのまま通信できるなどと、説明するのが面倒だったからだ。


「ああ…、頭が痛いぜ…、いっそこのまま自害しちまった方が、どんなにラクか…、ついつい、考えちゃうぜ…」


焚火の前に座るイヴァンは、頭を抱えながら、そう呟く。


「分かるよ…。俺も死にたいと考えてた時期があったからな…」

マスオカが、イヴァンをいたわる様に言う。


「お前も、自害を考えた事が…?」

イヴァンがちょっと驚いて聞く。


「ああ…、でも、俺のは君らのものとは比べ物にならないけどな…」(マスオカ)


「何があった…?」(イヴァン)


「いや…、大した事ない…。単なる職場でのパワハラってやつだ…。嫌な上司がねちねち責めて来て、それが嫌んなって自殺しようとしたんだ…」


マスオカがそうポツリと言うと、イヴァンの表情が見る見る怒りの顔に変化した。


「ふざけんなぁバカヤロウッ!、何が上司のパワハラだぁッ!、そんなものと俺の苦しみを一緒にすんじゃねぇッ!」

突然怒り出したイヴァンに、驚くマスオカ。


「お前の命は、そんなくだらねぇ悩みで捨てられんのかぁッ!?、嫌な上司が居たって、1日の中の数時間我慢すりゃ済む事だろうぉッ!」

「会社が終われば、お前にはその後、自分が安らぐ時間があるじゃねぇかぁッ!」


「だが俺たちは違うッ!、一時たりとも心が安らぐ時なんかねぇッ!」

「しかもお前は、その会社にいた時間だけ、金だって毎月貰えるじゃねぇかぁッ!」


「ふざけんじゃねぇッ!、テメエみてぇなのが、ここに居たら、みんなの決意が損なわれちまうぜぇッ!」

イヴァンは、マスオカの考えに我慢ならなくて怒り出すのであった。


「イヴァンやめてッ!、何て酷い事言うのッ!」

怒るイヴァンを止めるレーシャ。


「出てけぇッ!…、テメエみてぇな、コールカ野郎は、ここから出てけぇッ!」

※コールカ:チキンの事。弱虫野郎という意味。


イヴァンはそう言うと、立ち上がり、怒りが収まらないまま、ここから立ち去って行った。


「ごめんなさい…、ヒデユキ…」

申し訳なさそうに謝るレーシャ。


「いや…、確かにイヴァンの言う通りだ…。俺は腰抜けのコールカだ…」


マスオカは、低いトーンで呟く。

その時、ボルシチを作っていたマルーシャばあさんが、口を開いた。


「ヒデユキよ…、悩みなんてものは、誰々の方が大きい、小さいなどと測れるもんじゃない…」


「お前が死にたいと悩んでいた時期、その時に感じた苦しみは、お前にとっては、本当に死にたくなる様な悩みだったはずじゃ…」


「人は経験を積んで強くなる…。お前さんも今回、ここに来て以前よりも心が強くなったはずじゃ…、こんな経験をしてみて初めて、さらに大きな苦しみがあるという存在を知るんじゃ…」


「だから気にするな…。ほれ…、食え…」


マルーシャはそう言うと、マスオカにボルシチが入った皿を渡す。


「ばぁさん…」

マスオカはそう言うと、肩を震わせて皿を受け取るのであった。



  翌、早朝

工場の倉庫内では、くじ引きが行われていた。


それは、倉庫の裏口に停めてある2台の軽トラックの荷台へ、誰を優先的に乗せて逃げるかを決める為の、くじであった。


子供、怪我人、老人、女性の中から30人が選ばれる事になっているが、子供は年齢、怪我人は怪我の度合い、老人は年齢などを考慮しながら選ばれる。


「どうだった?」

マスオカが、くじ引きから戻って来たレーシャとユーリイに聞く。


「ダメ、ダメ…(苦笑)」

レーシャが、自分とユーリイはハズレだったと、マスオカに報告した。


「そうか…」

マスオカが、ポツリと言うとマルーシャばあさんも、くじ引きから戻って来た。


「おばあちゃん、どうだった!?」

ユーリイが、そう尋ねるとマルーシャは少し緊張した面持ちで言った。


「当たった…。当たったぞい…」

プルプルと震えながら、マルーシャが茫然として言った。


「え~!、凄~い、おばあちゃん♪」(レーシャ)


「おめでと~♪」(ユーリイ)


孫たちは大喜びで、マルーシャを迎える。


「お…、お前たちは…ッ!?」

今度はマルーシャが、慌てて孫たちの結果を確認する。


「ううん…、私たちはダメだった…。でも、いいの…。気にしないでおばあちゃん!」

首を左右に振って、レーシャが言う。


「そ…、そんな…ッ!」(マルーシャばあさん)


「良かったな、ばあさん!」

マスオカが笑顔で言うと、マルーシャは機嫌悪そうに言った。


「そんな孫たちを置いて、わしだけ行けなんて…ッ」(マルーシャばあさん)


「良いんだよ、気にすんなって!」

ユーリイが笑顔で言うが、マルーシャは、「良い事あるかぁッ!」と、怒鳴ると、プイっとそっぽを向いて、その場から立ち去ってしまった。



「よ~し、みんなぁ…、静かにしろぉ…。もうすぐ日の出だ…、ルシアが攻めて来る8時まで、まだ大分時間がある」


「今のうちに、そ~と裏口から脱出する!、さっきくじが当たった者は、裏口に停めてあるトラックの荷台に乗り込むんだぁ…!」


避難民たちのリーダーであるイヴァンが、声を殺してみんなに指示を出した。


その時であった。

遠くの方から、何か破裂した様な音が聴こえた。


ヒュゥゥゥゥ……。


何かが風を切る音。

それが近づく…。


ドカーーーンン…ッ!


その爆音と共に、倉庫の天井がいきなり崩れ落ちた!


きゃぁぁぁーーーッ!


うわぁぁぁーーーーッ!


避難民たちが驚き、パニック状態になる!


ヒュゥゥゥゥ……。


ドカーーーンン…ッ!


「やつらだッ!、やつらが撃って来たぁッ!、みんなぁッ!、逃げろぉッ!、早く走れぇぇーーッ!」

イヴァンが慌てて指示を出す!


ヒュゥゥゥゥ……。


ドカーーーンン…ッ!


鳴りやまない、爆音。

敵の砲撃が工場倉庫の天井を、どんどん破壊する!


「くそッ!、何でッ…!?、8時まで待つんじゃなかったのかよぉぉ…ッ!」(イヴァン)


ヒュゥゥゥゥ……。


ドカーーーンン…ッ!、ドカーーーンン…ッ!


その時、天井がガラガラと崩れる!

鉄筋やガレキが、イヴァンや、その周りにいる人たちの上に落ちて来た!


「うわぁぁぁーーッ!」(イヴァン)


「イヴァンッ!」

鉄筋やガレキの下敷きになったイヴァンたちを見て、レーシャが叫ぶ!


「くそッ!…」

マスオカが急いで小瓶から、“強力ハリモト”を1粒飲んだ!


「イヴァン!、大丈夫かぁッ!?、しっかりしろぉッ!」

薬を飲んだマスオカは、超人的なパワーを手にし、急いで鉄骨を持ち上げて、イヴァンを引きずり出す!


「うう…、うう…」

イヴァンがマスオカに支えられながら、苦しそうにうめく。


「ほらッ!、例の薬だ!、早く飲むんだぁッ!」

マスオカはそう言って、錠剤をイヴァンの口の中へ急いで放り込んだ!



 場面変わって、ルシア地上軍砲兵中隊の陣地


「撃てぇぇ~~ッ!、撃てぇぇ~~ッ!、やつらをいぶり出せぇぇ~~!」

ルシア軍中隊長が興奮気味に、戦車隊へ指示を飛ばす!


ドンッ!、ドンッ!


戦車が砲弾を次々と発射する!


ヒュゥゥゥゥ……。


ドカーーーンン…ッ!、ドカーーーンン…ッ!


 ルシア軍は、焦っていた。

それは、3日から1週間以内に終結すると思われた今回の戦闘が、思いのほか長引いてしまったからだ。


ウクレイラ軍の予想だにしなかった反撃に苦戦するルシア軍は、ここで何とか戦果を上げておきたかったのだ。


「あそこから出て来たやつらを、全員撃ち殺せぇぇ~ッ!」

「やつらは丸腰だぁぁ~ッ!、恐れるに足らんッ!、進めぇぇーーッ!、進めぇぇーーッ!」


中隊長の命を受けた兵士が、横一線に隊列組んで、機銃を発砲しながら前進した!



 場面変わって、再びウクレイラ民がいる工場倉庫内。


「ほりゃぁッ!、お前らぁ、こんなとこで何しとるッ!?」

工場の隅でへたり込んでいた幼い男の子と女の子に、マルーシャばあさんが声を掛けた。

子供たちは恐怖で立ち上がれず、ガタガタと震えて泣いていた。


「う…、うう…、こ、怖いよぉぉ…」

男の子が泣きながら言った。


「怖くても逃げにゃぁ、死んじまうぞッ!、立てッ!、立って走るんじゃぁッ!」(マルーシャばあさん)


「無理だよぉぉ…、立てないよぉぉ…」(涙目の少年)


「立ち上がらんと、わしがお前ら蹴っ飛ばすぞぉぉッ!」

マルーシャがそう怒鳴ると、子供たちは「わぁぁぁ!」と、驚いてその場から走り去った。


「ヒヒヒ…、上手く行ったぞい…」

「そうじゃ…、その調子じゃ、走れ…、走って、走って、生き延びるんじゃ…」

マルーシャは、泣きながら走って行く子供たちの後姿を見つめながら、そう言うのであった。


 一方、マスオカの方は…?


「どうだ気分は…?」

イヴァンを抱きかかえているマスオカが言う。


「うう…、もお大丈夫だ…。しっかし…、この薬はホントすげぇなぁ…」

回復したイヴァンがマスオカに言う。


「イヴァン、今の君なら俺と同じパワーがあるはずだ。まだガレキの下敷きになっている人たちがいる!、手伝ってくれ!」

マスオカがそう言うと、今度は別の場所の天井が崩れて来た!


ドカーンンッ!


ガラガラガラ……ッ


「うわぁぁぁーーッ!」

ガレキの下敷きになった人々が叫ぶ!


「俺は、あっちの人たちを救うッ!、マスオカは、こっちを頼むッ!」

イヴァンはそう言うと、今崩れ落ちて来た場所へ走り出した!


「レーシャッ!、ユーリイッ!」

マスオカが、2人を呼ぶ。


「俺がガレキを退かしたら、この薬を下敷きになってる人たちに急いで飲ませてくれッ!」

そう言ってポケットから、“強力ハリモト”の入った小瓶を出すマスオカ。


「ユーリイッ!、君はイヴァンの方を頼むッ!」

そう言ってマスオカは、小瓶から錠剤をザラザラとユーリイの手に半分ほど出す。


「レーシャ、これを持っててくれッ!」

レーシャに瓶ごと預けるマスオカ。


「大丈夫かぁッ!、しっかりしろぉッ!」

マスオカが鉄骨を急いて退かす!


「大丈夫ですかぁッ!?、これを飲んで下さいッ!」

マスオカが引き上げた怪我人たちへ、レーシャが次々と薬を飲ます!


「大丈夫かぁッ!?」

そしてイヴァンの方も、懸命に救出活動を続けた。



 一方、マルーシャは、またもや工場倉庫の端で座り込んでいる人を見つけた。

今度は小さな赤子を抱いた、若い母親であった。


「おいッ!、あんた!、こんなとこで何しとるんじゃあッ!、早よ逃げんかぁッ!」

マルーシャが怒鳴っても、その若い母親は、赤子をあやしながら平然としていた。


「もう良いのよ…。どこに逃げたってどうせ助からないんだし…」

「私はもうくたくたで、とてもこの子を抱いて、ポルタバまでなんか歩けないわ…」

「だからもう良いの…。私はここで、この子と一緒に死ぬの…」


若い母親が子供をあやしながらそう言った。


「この、バカたれッ!」

マルーシャはそう怒鳴ると、母親からいきなり赤子を奪い、走り出した!


「あ!」

子供を奪われた母親が驚いて、マルーシャを走って追う!


「待ってッ!、私の赤ちゃんを返してぇぇ…ッ!」

母親が赤子を脇に抱えて走るマルーシャを必死に追う!


マルーシャに奪われた赤ん坊が驚いてぎゃんぎゃんと泣き叫ぶ。

しかしマルーシャは、止まる事なく工場の裏側まで一直線に走り続ける!


「私の赤ちゃんを返してぇぇ…ッ!」

工場の裏口で、ついに止まったマルーシャへ、母親が駆け寄って叫ぶ。


立ち止まるマルーシャの目の前には、軽トラックが荷台に、たくさんの人たちを乗せて待機していた。


「おう!、ばあさん!、やっと来たか!?、もう置いて行くとこだったぜ!」

運転手らしき男性が、マルーシャへニヤッと笑みを浮かべて言った。


「この女を乗せてやってくれ…」

マルーシャが、運転手に言う。


「え!?、無理だよ…。これ以上、乗れないよ…」

運転手が困惑して言う。


「わしは乗らん…。それなら問題あるまい…」(マルーシャ)


「え?」(運転手)


「そういう事じゃ、さぁ!、早く乗れ…」

マルーシャが、「え?」と驚く母親に言う。


「気にするな…。わしは最初から乗るつもりはなかった…」

そう言って、赤子を母親に戻すマルーシャ。


「え?、え?…」

状況がつかめない、母親が涙目で動揺する。


「お前、母親じゃろ!、しっかりせいッ!」

「こんなかわいい子供を死なせたらいかんぞ!、生きるんじゃ!、石にしがみついても生きるんじゃ!、それが親の役目じゃ!」

マルーシャがそう言うと、運転手が「早くしろぉ!、出発するぞぉ~!」と、声を掛ける。


「行け…」

マルーシャがそう言うと、赤子を抱いた若い母親は、荷台に乗った人たちに引き上げられた。


「あ…、ありがとうございます…。ありがとうございます…、。う…、ううう…ッ」

母親はマルーシャに深々と頭を下げて泣きながら感謝をした。


そして軽トラックは出発した。


「生き延びるんじゃぞ…」

走り去るトラックを、険しい表情で見つめるマルーシャがポツリとつぶやいた。



 場面は再び、マスオカとイヴァンたちのいる場所


「みんなぁ~ッ!、全員無事かぁッ!?」

イヴァンがガレキの下敷きになっていた者たち全員に声を掛ける。


仲間たちは「おうッ!」と、力強く応える。

彼らは全員、マスオカの持っていた錠剤、“強力ハリモト”を飲んで助かったのであった。


「なぁマスオカ!、俺たちもあの薬を飲んでるんだから、お前と同じ、弾丸も跳ね返すパワーが出せるって事なんだよなッ!?」

イヴァンがマスオカに振り返って聞く。


「ああ…」

頷くマスオカ。


「だったら俺たちは戦うぜッ!、あのルシア野郎どもを全滅させてやるッ!、なあ、みんなぁッ!?」

イヴァンは、仲間たちにそう言って激を飛ばすと、仲間らも「おうッ!」と、掛け声を上げた。


「ダメだッ!、ここは、みんな逃げるんだッ!」

するとマスオカは、慌ててみんなを制止して叫ぶのだった。


「何でだよぉッ!、ここでやつらを殲滅させなきゃ、また襲って来るだろうがぁッ!?」

イヴァンがマスオカに憤慨して怒鳴る。


「聞いてくれイヴァン…。その薬でパワーが出せる時間は30分だけなんだ…」

「たとえ今のやつらを全滅させられる事が可能でも、その前にやつらには援軍が現れる」


「そうすれば、30分でケリをつけるのは無理だ。その後、ポルタバへ避難する事が出来なくなってしまう!」(マスオカ)


「だったら、ここで玉砕してやるッ!、俺たちの根性をアイツらに見せてやるぜッ!」(イヴァン)


「バカヤロウッ!、お前はみんなのリーダーだろ、イヴァンッ!」

「お前はみんなを無事にポルタバへ送り届ける義務があるだろぉッ!」


そう怒鳴るマスオカの剣幕に、イヴァンが驚いて仰け反る。


「いいか…?、今ならみんなで怪我人や女、子供、老人を守りながら逃げられる…!」

「たとえ途中で敵に出くわしても、そいつらを倒しながら逃げきれる…!」

「だから、30分間の中で、出来る限り遠くまで逃げるんだ!」(マスオカ)


「逃げるったって…、今の状態じゃ、ここで敵を倒さなきゃ逃げられねぇ…。同じ事じゃねぇか…?」(イヴァン)


「俺が、ここに残ってやつらを食い止める…ッ!」

マスオカがそう言うと、イヴァンやレーシャらは、「え!?」と、驚いた。


「俺が、ここでやつらを食い止める!…、その間に、君らは逃げるんだ…!」(マスオカ)


「そんな事、出来るワケねぇだろぉッ!、俺も残って戦うッ!」(イヴァン)


「イヴァンッ!、まだ分からないのかぁッ!、お前はみんなのリーダーなんだッ!」

「お前がみんなを守らなきゃ、ここで全員死ぬんだぞぉッ!」(マスオカ)


「だけど…、お前…」(イヴァン)


「俺の事は心配するな…。俺はいざとなったら、元の世界にすぐ戻れる状態になっている」

中出氏と交信すれば、自分はすぐに元の世界へ戻れるマスオカが説明する。


「怖くないのか…?」(イヴァン)


「怖いさ…、俺は、“コールカ”だからな…」※コールカ(弱虫野郎という意味)

マスオカが苦笑いで言う。


「マスオカ…」

イヴァンはマスオカを見つめながら、言葉を失う。


「さぁ、早く行ってくれ!、レーシャたちの事を頼んだぞ!」

マスオカがそう言うと、イヴァンは、うつむき身体を震わせながらしゃべり出した。


「すまん…、うッ…、昨日の晩、俺、お前に、“コールカ”だなんて言って…、許してくれ…」


「お前は、“コールカ”なんかじゃなかった…。お前は俺たちウクレイラ人たちの、“ヘローヤム”だよ…」※ヘローヤム(英雄という意味)

涙目のイヴァンが、うなだれてマスオカに言う。


「よせよ…、英雄は君たちじゃないか…。俺と違って生身の体で、武器も持たずにここまで乗り越えて来た君たちの方が英雄だよ…」(マスオカ)


「すまねぇ…、うッ…、許してくれ…、ううッ…!」(イヴァン)


「顔を上げてくれイヴァン。じゃあ、みんなを頼んだぞ…」

マスオカがそう言うと、イヴァンは涙を袖で拭きながら何度も無言で頷いた。


「ヒデユキ…」

不安な表情で、レーシャがマスオカに近づく。

そしてユーリイや、マルーシャばあさんも…。


「ばあさん、死ぬなよ…」

マスオカが、マルーシャに笑顔で言う。


「あったり前じゃッ!、誰がこんなとこでくたばってたまるかいッ!」

「わしやぁ、もう1回、ポルタバのヒマワリ畑を見るまでは、絶対死なんからなッ!」


マルーシャがそう言うと、マスオカはクスクスと笑いながら、「その元気があれば大丈夫だ」と、笑顔で言う。


「それじゃあイヴァン、あとは頼んだぞ…」

マスオカがイヴァンに振り返って言う。


「マスオカ…」(イヴァン)


「ん?」(マスオカ)


「死ぬなよ…」

イヴァンがそう言うと、マスオカは無言で頷いた。


そして彼は、向かって来るルシア軍に、立ちふさがるのであった。


(これ以上、先には進ません!、こんな馬鹿げた戦争、何としても止めてやる!)


中出氏からもらった、“強力ハリモト”を飲んでいたマスオカは、驚異的なパワーとタフネスさを身に着けている。

彼は、自分の力を見せつければ、ルシア軍が撤退して行くだろうと目論んでいたのであった。


「さぁ!、みんなぁッ!、ここから脱出するぞぉ!」

リーダー、イヴァンの号令と共に、避難民たちが工場倉庫から続々と離れて行く。


それを見届けるマスオカは、そこから動かないレーシャと、マルーシャばあさんと、ユーリイ少年と目が合う。


(大丈夫だ…。君らも早く逃げろ…)

マスオカは無言で、そうアイコンタクトで伝えると、向かって来るルシア軍の方へ振り返る。


前方、300mまで近づいて来たルシア軍。

マスオカは、グッと踏ん張ると地面を蹴って、思いっきりジャンプした!


バッ!


前方のルシア軍に向かって、マスオカは空中を飛んで進む!


シャーーーーーーッッ!!


風を切って前に進むマスオカ。

長い滞空時間を終えて、彼はルシア軍の戦線の中へ着地した!


ザシッ!


「うわぁッ!」

突然、目の前に着地するマスオカに、仰け反って驚くルシア軍兵士たち。


「おい!…、もう、こんな馬鹿な戦闘はやめろ…」


ルシア軍に話し合いを持ちかけるマスオカ。

彼の周りには戦車が走り、上空には戦闘ヘリが飛んでいる。


「このぉッ!」

マスオカに驚いたルシア兵が、機銃を発射!


ジャキッ!

ガガガガガ……ッッ!!


キンキンキンキンッッ!


だが弾丸は、マスオカの体に跳ね返される!


ガガガガガ……ッッ!!


キンキンキンキンッッ!


「やめろぉッ!」

マスオカはそう叫んで、連射して来るルシア兵たちを叩き伏せる!


バシッ!


バシッ!


バキッ!


マスオカの強力なパンチに、ルシア兵たちは顔面を潰され、次々と亡くなって行く。

相手を殺したくないマスオカは、葛藤しながらも攻撃を止めないルシア兵たちを殴り殺し続ける事となった。


その時、一両の戦車が砲撃をした!


ドンッッ!!


ヒュゥゥゥ……ッ


ドカァーーーーンンッッ!


戦車の砲弾が、避難民のいる工場倉庫に命中した。


「やめろぉぉーーーッ!」

そう叫んで戦車に向かって走るマスオカ。


ガンッッ!

ガンッッ!

ガンッッ!


マスオカが戦車を殴り続ける!

戦車はへこみ、ガタガタになる。


マスオカが戦車を持ち上げて、上空の戦闘ヘリ目がけて放った!


ブンッッ!


ガシャッ!


空高く飛んで行った戦車が、ヘリと激突!

ヘリはきりもみしながら地上へ落下!


地上に墜落するヘリが大爆発した!


ガンッッ!

ガンッッ!

ガンッッ!


ドカーーンンッッ!


更にマスオカは、他の戦車も殴って破壊した!


「このバケモンめぇ~~ッ!」

撃たれても死なないマスオカに、ルシア兵たちが機銃を掃射する!


ジャキッ!

ガガガガガ……ッッ!!


キンキンキンキンッッ!


弾丸がマスオカから跳ね返る!


「やめろって、言ってンだろぉッ!」

そう叫んだマスオカが、ルシア兵たちを次々と殴り殺す!


バシッ!


バシッ!


バキッ!


(くそッ!…、結局俺も人を殺してるじゃないか…ッ!) 

(俺もやつらと、同じじゃないかッ!)


敵を殴り殺しながら、マスオカは思う。


(何で…ッ!、何で同じ人間同士が殺し合わなくっちゃならないんだ…ッ!?)

(狂ってる…ッ、狂ってるよ、ここは…ッ!)


(中出氏…、お前の言う通りだ…。ここは地獄だ…ッ!、確かにここは、生き地獄だよ…ッ!)


(うう…ッ、もおイヤだ!…、殺し合いなんかしたくねぇよ…ッ!)


涙を流しながら、マスオカは敵兵を殺し続ける。


その時であった。

マスオカが戦っている側の戦車が砲撃した!


ドンッッ!


ヒュゥゥゥ……ッ(弾は、工場倉庫目がけて飛んで行く)


ドカーーーーンンッ!(命中!、そして倉庫が破壊された!)


「キャアアアア……ッ!」

建物が崩れ落ちる音と共に、レーシャの叫び声が聴こえるマスオカ。


「レーシャッ!?」

倉庫を一瞬見たマスオカはそう言うと、すぐさま、今砲撃した戦車に向かって走るッ!

※マスオカは、薬を飲んだ事で聴覚もパワーアップしているのだ。


「よくもぉ~~ッ!」

マスオカはそう叫んで、戦車を殴り続ける!


ガンッッ!

ガンッッ!


「おばぁちゃんッ!、ユーリイッ!、しっかりしてッ!」

戦車を殴るマスオカの耳に、レーシャの声が聴こえて来る。


(ばあさんと、ユーリイがッ!?)


ガンッッ!


ドカーーーンンッ!(マスオカの拳で粉々にされた戦車が爆発した)


「レーシャァァーーッ!、今、行くぞぉーーッ!」


戦車を破壊したマスオカは、そう叫ぶと地面を思いっきり蹴ったッ!


バシュッ!


マスオカが、倉庫に向かってジャンプッ!


シャーーーーーーッッ!!


再び風を切って飛んで行くマスオカ。

長い滞空時間を終えて、彼はレーシャたちのいる倉庫前に着地した!


「レーシャァァーーッ!」

マスオカは叫びながら、炎と煙を出す倉庫の中へ駆けこんで行った!


「大丈夫かぁッ!?」

倉庫に入ったマスオカは、泣き崩れているレーシャに走り寄って言う。

彼女の側にはガレキの下敷きになって苦しんでいる、マルーシャとユーリイがいた。


「どいてろ…」

マスオカはレーシャにそう言うと、ガレキを持ち上げてマルーシャとユーリイを引きずり出した。


「どうして逃げなかったんだ?」

苦しむマルーシャを抱き起すマスオカが、レーシャに言う。


「う…ッ、あの後も…、砲撃がずっと続いてて、それで怪我人に薬を飲ませていたの…、そうしたら突然、私たちの上から天井が崩れ落ちて来て…、うう…ッ」

レーシャが泣きながら説明する。


「そうだったのか…?、分かったよ…。さぁ、ばあさん…、もう安心だ…」

「はぁはぁ…」と苦しむマルーシャに、マスオカは笑顔で言う。


「ユーリイ?、具合はどうだ?…、さぁ、レーシャ…、早く2人にあの薬を…」

ユーリイを見つめながら、そう言うマスオカ。


「そ…、それが…」

涙目のレーシャが、錠剤の入った小瓶を手にして言う。


「どうした?」

聞いても答えないレーシャから、マスオカが小瓶を奪う。


「え!?」

瓶を逆さにして、手のひらに錠剤を出すマスオカ。

しかし彼の手のひらに落ちて来た薬は1錠だけであった。


「ごめんなさい…。うう…ッ、うう…ッ!」

マスオカの後ろで泣くレーシャ。

遠くからはルシア軍が放つ、銃声や砲撃の音が聞こえている。


恐らく彼女は怪我人たちを懸命に救い出しているうちに、薬を使い切ってしまったのだと、マスオカは確信した。


「へ…、へへ…、もう薬は無いんじゃろ?」

マルーシャがマスオカに弱々しい笑顔で言う。


「1錠はある…!」

マルーシャに言うマスオカ。


「だったら…、あの子に飲ませてやってくれ…」

「はぁはぁ…と、苦しむマルーシャが、孫のユーリイに飲ませて欲しいと伝えた。


「そうしたら、ばあさんが死んじまう…ッ、薬は1錠だけだ…」

涙目のマスオカは、マルーシャを抱えながら震えて言う。


「良いんじゃよ…」(マルーシャ)


「良くなんかないッ!」(マスオカ)


「はぁはぁ…、わしは、あんたと初めて会った時、本当はあン時に死んでた…。だが、あんたがその薬で、わしを生かしてくれた…」

「順番が遅くなっただけじゃ…、はぁはぁ…、も…、問題ない…」(マルーシャ)


「ダメだッ!…、だって…、だって、ばあさんは、ポルタバのヒマワリ畑を、もう一度見たいって言ってたじゃないかぁッ!?」

マスオカがそう言っている後ろでは、レーシャがシクシクと泣いている。


「そ…ッ!、そうだッ!?」

何かを思い出す様に、マスオカが突然叫ぶ!


「おいッ!、中出氏ィッ!、観てんだろぉッ!?、早く追加の、“強力ハリモト”をこっちに送ってくれぇッ!」

レーシャたちは、マスオカが誰と喋ってるのか分からないので、困惑する。


(はいはい…、聞こえてますよ…)

中出氏が、いつも通りの飄々とした雰囲気で、彼の頭の中に返信をして来た。


「観てンだったらぁ、さっさと、あの薬をこっちに送れぇーッ!」(マスオカ)


「無理ですよ…。最初に言ってたでしょ…?、『これで全部ですよ』って、アナタに渡したじゃありませんか…」(中出氏)


「何で、もっとたくさん作っておかねぇんだよぉ~ッ!?」(マスオカ)


「200錠も渡したじゃないですか…!?、アナタが全部使っちゃうのが悪いんでしょ…?」(中出氏)


「そ…そんなぁ…、うッ…、くッ…!」

悔しがるマスオカは言葉を失う。


「ほら…!、早くどっちか選んで飲ませないと…!、2人とも死んじゃいますよ…!」(中出氏)


「どっちか選べなんて…そんな事、出来るワケないだろぉぉぉ…ッ!」

悔し涙を浮かべるマスオカが、震えながら言う。


「ヒデユキ…」

その時、マルーシャが、マスオカの事を呼んだ。


「何だい?」

目に涙を浮かべるマスオカが、マルーシャに応える。


「聞いとくれヒデユキ…、わしはヒマワリ畑が観れなくても、あのヒマワリ畑の、美しい思い出が記憶の中に残っている…」


「じゃがあの(ユーリイ)は、まだ10歳じゃ…、あの子は、これから愛というものを知り、大人になり、将来は結婚し、子供を育てたりする未来があるんじゃ…」


「だから、今、あの子を死なせてしまうわけにはいかないんじゃ…、あの子は、まだそういう幸せな思い出が無いんじゃ…」


「こんな、大人の都合で始めた戦争で、悲しい思い出しか持たないで、あの子が死んでいくなんて…、そんな事、あってはならんのじゃ…」


「お願いじゃ…、わしの事はいい…、あの子に早く薬を飲ませてやっとくれ…」


「そして元気になったあの子が…、いつかまた平和になったウクレイラで、笑って暮らせる様に我々大人たちがやるんじゃ…、分かったなヒデユキ…」


マルーシャは、そこまで言うと、苦しそうに息をする。


「分かった…」

マスオカはそう言うと、弱々しく立ち上がりユーリイの元へ歩き出す。


「ほら…、ユーリイ…、薬だ。これを飲めば大丈夫だ…」

マスオカが優しくユーリイに微笑んで、少年に薬を飲ます。


すると今まで苦しそうに喘いでいたユーリイが、見る見る回復し出すのであった。


「おお…、おお…」

それを見たマルーシャは、目じりを皺くちゃにさせながら大粒の涙を流し喜んだ。


「はぁはぁ…、レーシャよ…」

レーシャに抱きかかえられるマルーシャが、彼女に弱々しく言う。


「何?、おばあちゃん…?」

涙目のレーシャがマルーシャに応える。


「あの男なら…、この戦争を止めてくれるかも知れんのぉ…、ふふふ…」(マルーシャ)


「ええ…ッ!」

目にいっぱい涙を溜めたレーシャが、マルーシャに大きく頷く。


「あの男は希望じゃ…、わしらウクレイラ民の希望…」

そこまで言うと、マルーシャは静かに息を引き取るのであった。


「うう…ッ、ああああああ…ッ!、おばぁちゃんッ!、おばあちゃんッ!」

祖母を抱きかかえながら、マルーシャが号泣する。


マスオカは、背中越しから突然聞いたレーシャの泣き声に、、マルーシャが亡くなったのだと理解した。

そして、回復したユーリイは、驚いて祖母の方へと駆け寄るのであった。


「ばあちゃんッ!、ばあちゃんッ!…、うう…ッ、ちくしょう…ッ!」


亡くなったマルーシャに泣きながら、そう呼びかけるユーリイ。

傍ではレーシャが、肩を震わせて泣いていた。


「にいちゃん…」

ユーリイはマスオカに振り返ると言った。


「俺、ばあちゃんのカタキを取るッ!、俺も今は、にいちゃんと同じ力を持ったんだろ?」(ユーリイ)


「ユーリイ…、聞くんだ。君はレーシャを連れてここを離れろ」(マスオカ)


「嫌だよッ!、ばあちゃんのカタキを討つんだぁッ!」(ユーリイ)


「俺と君がやつらと戦ったらレーシャを無事に逃がす事は出来ない…。君は、おばあちゃんの亡骸を抱いて、レーシャと今すぐここを離れろ…」(マスオカ)


「嫌だよ…、嫌だよ…、うう…ッ」

ユーリイが、身体を震わせて泣く。


「レーシャまで死んでも良いのか?…、おばあちゃんの亡骸を、このままにしておいて良いのか…?」

マスオカの言葉に、顔をくしゃくしゃにして涙を流すユーリイ。


「君しか出来ない…!、分かったな…?、レーシャを守ってくれ…、それと、おばあちゃんを手厚く葬ってやるんだぞ…!」

マスオカがそう言うと、ユーリイは泣きながら無言で頷いた。


「いたぞッ!、あそこだぁッ!」

その時、倉庫の入口を遠くから覗き込むルシア兵の声が聞えた。


「さ…ッ!、早く行けッ!」

マスオカはそう言うと、ルシア兵の方へと走り出した!



「おい!、お前らの相手は俺だ…!」

敵の側まで近づいたマスオカが、兵士たちに言う。


「こいつめぇぇ~ッ!」

兵士たちは怒りの表情でそう言うと、機銃を発砲した!


ジャキッ…!


ガガガガガ……ッ!


キンキンキンキンキン…ッ!


弾丸を受けても跳ね返すマスオカが、ルシア兵たちを殴り倒す!


バキッ!


バキッ!


バキッ!


「うう…ッ」

そう言って失神するルシア兵たち。


(ん!…、死なないな…?)


さっきまでは、殴っただけで次々と敵兵が死んでいったのに、今度は相手をKOしただけの状況に、マスオカは不思議に思う。


「このヤロウ~~ッ!」

今度は、仲間がやられたのを見た別の兵士たちが、怒りの掃射をする!


ガガガガガ……ッ!


キンキンキンキンキン…ッ!


「う…!、痛て…ッ」

弾丸を浴びるマスオカは、この日、初めて痛みを感じた。


(おかしい…ッ!?、今まで痛みなど1度も感じた事がなかったのに…ッ!?)

マスオカは相手を殴り続けながら、そう思う。


バキッ!


バキッ!


バキッ!


(それに何か身体がどんどん重くなっていく感じだ…。いや…、そうじゃない!、力が抜けて行く様な感じだ…)

相手を倒し続けるマスオカ。

その様子をレーシャが遠くから振り返って見ていた。


「何か、ヒデユキの様子が変…ッ!」

そう言って駆け出すレーシャ!


「あッ!?、おねぇちゃんッ!」

ユーリイがそう言うと、「あなたは先に行っててッ!」と彼女が一瞬、立ち止まって言う。


「でも…」(ユーリイ)


「私は大丈夫!、すぐ追いつくからッ!」(レーシャ)


「分かった先に行く…。でも、すぐ来てね…」(ユーリイ)


「分かったわッ!」

そう言って、マスオカが攻撃を受けている方へと走り出すレーシャ!


更に発砲するルシア兵たち。


ガガガガガ……ッ!


キンキンキンキンキン…ッ!


「ううッ…!、痛てててて…ッ!」

そう言って、顔を防御しながら及び腰になるマスオカ。

だが痛みを感じながらも、マスオカは懸命に敵を殴り倒し続けた。


バキッ!


バキッ!


バキッ!


「おッ!?、何か効いてきたみたいだぞッ!」

「今がチャンスだぁッ!、撃てッ!、撃って撃って撃ちまくれぇぇッ!」

敵の中隊長が、笑顔で部下に指示を出す!


ガガガガガ……ッ!


ガガガガガ……ッ!


「うう…ッ!、痛てッ…」

両手で敵の攻撃をかばいながら、マスオカは気が付くのだった!


(そうか…ッ!?、マズい…、薬の効き目が切れて来たんだぁ…!)


ガガガガガ……ッ!


ガガガガガ……ッ!


尚も連射し続けるルシア兵たち。

その時、一発の弾丸がついにマスオカの右腿を貫通した!


バーーンンッッ……!


バシュッ!


撃たれた右腿から血しぶきが舞う!


「うあッ!」

マスオカが膝をついた!


「とどめだぁ~ッ!」

引き金を引くルシア兵。


カチッ…、カチッカチッ…、カチッ


「くそぉ~!、弾切れかぁ~!、おいッ!、誰か、早く他の銃を持って来いッ!」

中隊長が部下に指示を出す。


「うう…、くそッ…、これまでかぁ…」

跪くマスオカが呟く。

そして相手に背を向けた状態で、沈み込んだマスオカは思うのだった。


(ごめんな…、ばあさん…。俺、もうダメみたいだ…。ばあさんから貰ったヒマワリの種を蒔けそうもねぇ…)


「持って来ましたぁッ!」

機銃を抱えて中隊長に駆け寄る兵士。


「よしッ!、撃てッ!」(指示する中隊長)


「はッ!」

そう言って銃を構える兵士。


「ん!」

銃を構える兵士が止まる。


「やれッ!」(中隊長)


「し…、しかし…」

何故か躊躇する兵士。


(ばあさん…、戦争止められなくてゴメンな…)

マスオカは死を覚悟した。


「キサマッ!、上官に逆らうのかぁッ!」

「撃てッ!、もろとも撃てぇッ!」


中隊長の迫力に負けた兵士が、銃を構え標的を掃射した!


ジャキッ!


ガガガガガ…ッ!


「うあッ!」

マスオカが、ぐっと目を閉じる。


そして、一瞬の沈黙…。


(あれっ!?…、痛くない…?)


敵の弾丸を受けたはずのマスオカは、不思議に思い、そーと目を開いた。

敵に背を向けた状態で沈み込んでいたマスオカは、恐る恐る後ろを振り返る。


振り返ったマスオカが見たものは、何かが太陽からの逆行を遮って立っている人影であった。

そのシルエットは、両手を左右に大きく開いて立っている女性だと分かった。


「レーシャッッ!?」

マスオカは、それがレーシャだと知って声を上げた!

次の瞬間、レーシャはゆっくりとマスオカの方へと倒れる。


それをガシッと受け止めるマスオカ。

レーシャは、全身に銃弾を浴びて苦しそうに喘ぐ。


「レーシャッッ!…、なんて事をッッ!?」

血だらけの少女を支えながら、マスオカは大粒の涙を流すのであった。


 実は、マスオカが敵に背を向けて沈み込んでいた時、レーシャは両手を大きく広げて、ルシア兵の前に立ちふさがったのだった。


敵を睨みつけるレーシャ。

その姿を見たルシア兵が、撃つのを一瞬ためらう。

それは、その兵士にも同じ年頃の娘がいたからである。


しかし彼は、上官の命令に背く事は出来なかった。

悲しい事に、それが軍の規律であり、たとえ親、兄弟、子供であっても、命令があれば相手を仕留めなければならないのだ。


「レーシャァァッ…!、うう…ッ、うう…、どうして…ッ?、どうして…ッ!?」

瀕死の少女を抱きしめながら、マスオカが泣く。


「はぁはぁ…、ヒデ…ユキ…、あなたはまだ死んではダメ…」

「あ…、あなたは…、私たちの希望…」

「う…ッ、はぁはぁ…、だ…から…、私の分も…、生きて…」


涙目のレーシャは、そこまで言うと、息を引き取るのであった。


「うう…ッ!、うう…、レーシャァァ…!、うう…ッ!」

少女の亡骸を抱きしめて泣くマスオカ。


「立て…」

その時、背後から敵の声が…。


「キサマーッ!」

マスオカが兵士に殴りかかるが、パワーの切れた彼のパンチなど、当たりもせずに返り討ちを喰らう。


ドスッ!


「うッ!」

ボディにパンチを貰ったマスオカが沈む。


「あっちに連れて行け…、こいつを銃殺する…」

敵の中隊長が部下たちに指示をする。


「離せぇッ!、離せこのやろうーッ!」

敵に拘束されてるマスオカが、身体を左右に振って抵抗する。


「うるさいやつだ…。おい、これでも被せとけ…」

そう言って上官は、麻袋を取り出す。

マスオカが、頭から麻袋を被せられた。


「おいッ!、中出氏ィッ!、観てんだろぉぉッ!」

「早くなんとかしやがれッ!、俺は、こんなとこで死ぬわけにゃいかねンだぁぁッ!」(マスオカ)


「その柱にくくりつけろ…」

そう上官が言うと、マスオカは一本の杭にくくりつけられる。


「おおいッ!、中出氏ィーーーッ!」(マスオカ)


「撃て…」

上官が命令する。

部下たちがマスオカに銃を構える。


ジャキッ!


ガガガガガ…ッ!


「うわああああ…ッ!!」

VRゴーグルを掛けたマスオカが、驚いてリクライニングシートから飛び起きる!


「危ないとこでしたね…?」

機械を操作しながら、車掌の中出氏がニヤッと微笑む。


「はぁはぁはぁ…、お…、俺は夢を見てたのか…?」


ゴーグルを外したマスオカが、中出氏に聞く。

彼の目からは、大粒の涙が流れていた。


「いいえ…。あなたが見て来たものは、紛れもない現実です。2022年に実際に起こっている戦争です」


中出氏がマスオカに言う。

マスオカは22年後のウクレイラから、DEATH EXPRESSの車内へと戻って来たのであった。


「な…ッ、中出氏ッ!、頼みがあるッ!」

「“強力ハリモト”の追加が出来上がったら、俺をまた22年後のウクレイラへ戻してくれッ!」


マスオカは、2000年に戻って来た事を理解すると、中出氏へ早々のお願いをする。


「あなたが今いた、あの時代にですか…?」(中出氏)


「そうだッ!」(何回も頷くマスオカ)


「何回もお話していますが、それは無理です」

「時空は同時期、同年代だけでも無限大に、何層にも折り重なって流れています」


「その中から、あなたのいたウクレイラの時空を探し出すのは不可能です」

「今、この瞬間にも、2022年のウクレイラという時空は、我々のいる2000年と同時進行で進んでいるのです」


「アインシュタインの相対性理論のおかげで、光速を超えると時間の進み方が遅くなるという事が解明されました」

「恐らく将来的には、タイムマシンは実現可能となる事でしょう」


「では、なぜタイムマシンを開発した未来人が来たという形跡が見つからないのでしょう?」

「それは、時空は同時期、同年代だけでも無限大に、何層にも折り重なって流れているからです」


「タイムパラドックスが起こらない理由は、それなのですよ…」


中出氏が、マスオカにそう説明するが、彼は多分理解できないであろうと思うのであった。


「くそッ!…、そんな…ッ、じゃあ俺はレーシャを、もう助ける事が出来ないってのかッ!?」(マスオカ)


「そういう事です…」(中出氏)


「そうだッ!?、今から知らせれば良いんだッ!、戦争が起きる前の今なら、レーシャに忠告できるッ!」(マスオカ)


「あの子は、現代には、まだ生まれてませんよ…」(中出氏)


「そうだった…ッ!、くそッ…、何か良い方法はないのか…ッ!?」


マスオカがそう言うと、中出氏が冷たい表情でポツリと言い出した。


「そんな事よりも…、着きましたよマスオカさん…」(中出氏)


「え?」

何が?という感じのマスオカが言った。


「終点の『三戸浜上空駅』ですよ…」(中出氏)


「それがどうした…?」(マスオカ)


「あなた、もうお忘れですか?、あなたは自殺をする為に、この列車に乗ったんじゃありませんか?」

「この列車は自殺専用特急です。あなたが自殺をする場所に連れて行くのが目的の列車です」


中出氏が淡々と話す言葉に、マスオカの表情が蒼ざめて行く。


「ここは、地上から1000m上空に建てられた駅です。ここから海へ飛び降りれば、水面であろうとあなたの身体はバラバラになります…」

「あとは、海の魚たちがあなたの死体を綺麗に食べて片付けてくれる事でしょう…」


「さあ、そこに垂れ下がっているロープを早く引いて下さい。それを引けば、あなたが今立っている床が抜けて、あなたは三戸浜へ、真っ逆さまに転落しますから…」


中出氏はそう言って、マスオカをニヤッと見つめると、中指でメガネのフレームをくいっと押し上げるのであった。


「ちょ…ッ、ちょっと待ってくれッ!」

マスオカは、中出氏に慌てて言う。


「どうしたのですか?…。あなたには丁度良い死に場所だと思いませんか?、人生の最後の最後まで、他人の迷惑も省みないで、自己中な飛び込み自殺をやる方にはピッタリでしょう?(笑)」(中出氏)


「他人の迷惑…!?」(マスオカ)


「ほら、やっぱりアナタは何にも分かっていない…。自分が飛び込みを自殺しても、迷惑かける事は、せいぜい会社に遅刻するとか…、デートに遅れるとか…、コウンを我慢しきれずに漏らしちゃったとか…、その程度の想像力しかないんですよアナタは…」


「だから、自分の自殺の方が事態が重いから、それくらいガマンしろという事ですか…?、とんでもないッ!」


「いいですか?…、アナタが飛び込み自殺をして電車を止める事で、大事なビジネスの商談がご破算になって、倒産する会社があったかも知れませんよ!」

「予約していた飛行機に乗れなくて、親の死に目に間に合わなかった人が、いたかもしれませんよ!」


「そして、事件でもないのに、わざわざ警察の方々が忙しい中に来られて、現場検証をしなくてはなりません」


「消防職員の方々も火事でもないのに、線路にこびり付いて取れない、アナタの肉片を放水で洗い落とす為に、わざわざやって来なければならない…」

「その人件費はどこから出てると思いますか?、我々の税金ですよ!?、分かってますか!?」


「それから、鉄道会社にも多大な迷惑を掛けてますよね?」

「アナタが飛び込み自殺した死体は、誰が片付けるのか知ってますか?」


「鉄道職員ですよ!、鉄道が好きで入社した鉄道会社で、まさか、そんな仕事が待っているとは夢にも思いませんよね?」

「私がよく行く、国分寺駅北口にあるホルモンでの飲み友達のチバチャンは、元々は軽王線の車掌でした」


「ですが、彼は半年の間で飛び込み自殺の死体を3体も片付けされられて、鬱になって会社を辞めましたよ」

「以来、看護師の奥さんの収入の方が多くなって、チバチャンは奥さんに頭が上がらず、飲んで遅くなって家に帰ると鍵をかけられて、入れて貰えないそうですよ!」(※実話)


「それから、見たくもない飛び込み自殺を見てしまった目撃者の事も考えた事ありますか?」


「私の会社で経理のトモコさんは、東部東条線のときわ台駅前の踏切で、偶然飛び込み自殺を目撃してしまいましてね…」

「そしたら、列車に轢かれた死体の肉片を、電線にとまってたカラスの群れが、一斉に飛び立ち、その肉片をむさぼり始めたそうです」(※実話)


「そんな光景を見てしまった人が、その後、どんなトラウマを抱えるのか考えた事ありますか!?」

「アナタみたいな人たちが、安易に飛び込み自殺をした事で、どれだけの人たちの人生を狂わせたのか、そんな事、考えた事もないでしょうッ!?」


中出氏は畳みかける様に、マスオカへ話すのであった。


「なあ、中出氏!、聞いてくれ!」

「確かに俺は、飛び込み自殺をする事で、そんな事になっているなんて想像もしていなかったよ!」

「だけど今は考え方が変わった…!、俺は自殺なんてする気は、失せちまったんだ!」


マスオカは、自殺を催促する中出氏に対し、懸命に話し掛ける。


「自殺する気が失せたんですか…?」

落ち着いたトーンで、中出氏が彼に聞いた。


「そうだッ!、もう自殺はヤメだッ!」(マスオカ)


「どうしてヤメるのですか?」(中出氏)


「俺は、あのウクレイラとルシアの戦争を止めなくてはならないッ!、あの時代のみんなが、俺にそう期待してるんだッ!」(マスオカ)


「戦争を止める…?、どうやって…?、あなたジャーナリストにでも、なるおつもりですか?、それとも政治家にでもなるのですか?」(中出氏)


「分からん…ッ、その方法を今、考えてるんだッ!」(マスオカ)


「マスオカさん…、あなたがジャーナリストや、政治家になったところで、あの戦争が止められると思っているのですか?」


「あの戦争は誰も止められませんよ…。戦争は始まってしまったら、もうアウトです…」

「戦争とは、起きないようにするしかないのです…」(中出氏)


「起きないように…?」

どういう意味だ?、という感じで、マスオカが聞く。


「ウクレイラも核を持てば良いんです。戦争を起こさない様にするには、互いの軍事力の均衡を保つか、それが無理なら核を持つ事です」


「自分たちの国へ攻めて来たら、核をお見舞いするぞ!、お前らも無事じゃ済まないぞ!、と脅しをかけるのです…。それが国際社会の常識です」


「つまりウクレイラを救うには、アナタが核を作って、ウクレイラに進呈するしか方法はないのです…。アナタにそれが出来ますか?、出来ませんよね?」(中出氏)


「でも、それじゃ…、力で脅さなきゃ大人しくならないなんて、獣と一緒じゃないか!?」(マスオカ)


「そうですよ…。人間も獣と一緒です…。まあ、ある意味、獣以下ですけどね…」(中出氏)


「獣以下…?」(マスオカ)


「だってそうでしょ?、人間だけですよ、自分の利益を優先する為に、同胞を騙したり、殺したりして、喜んでる生き物は…」


「いくら優れたテクノロジーを開発できたとしても、人間の精神性までもが、一緒に成長するとは限らないのです…」

「つまり、人間の本質は変わらないという事です。それが本能というものなのです」(中出氏)


「私が、アナタと最初に会った時に話した事を覚えていますか?」

「人間が法に従ってルールを守るのは何故か?という話です」(中出氏)


「人間は、痛い目に遭いたくないからルールを守るのです」

「クビになりたくないから、会社のルールを守る。福祉を受けたいから税金を払う」


「罰金を払いたくないから法を守る。逮捕されたくないから法を守る」

「死刑に成りたくないから法を守る…。ただそれだけです」


「だれも自分の心の中に正義なんてものは、持っていないのです」

「そんなものなんですよ。所詮、人間なんて生き物は…」(中出氏)


「でも、俺は人間を信じたいッ!、そういった武力とかで抑えるのではなくて、何か他の方法で、あの戦争を起こらないように喰い止めたいッ!」(マスオカ)


「どうやって…?」(中出氏)


「そうだッ!、あの時代では、今とは比べ物にならないくらい、インターネットが普及していたッ!」

「YouTubeとかいったサイトがあって、そこから個人が各々の番組を立ち上げて、世界中にメッセージを発信してたッ!」(マスオカ)


「ほう…、それが…?」(中出氏)


「だから…ッ、俺もネット配信を使って、反戦のメッセージや、警告を発信するッ!」

「あと数年で、YouTubeというサイトが、生まれて来るはずなんだッ!」(マスオカ)


「誰がアナタのそのネット配信を見るっていうんですか?、それで戦争が止められるとも…?」

「無理無理…、おやめなさい。アナタ、私に言ってましたよ?、『俺は無意味な事はやりたくない』ってね…」(中出氏)


「それでもやるしかねぇんだよぉッ!…」


するとマスオカが、突然怒鳴り出した。

中出氏は、マスオカを黙って見つめる。


「うッ…、うう…ッ、ムダで終わろうが、なかろうが…、それでもやるしかねぇんだよぉぉ…」

「でないと、俺に希望を託して死んでいった、マルーシャばあさんに、申し訳が立たねぇ…、うう…ッ」


「俺が自殺なんかしたら…、俺の身代わりで死んでいったレーシャに、申し訳が立たねぇんだよぉぉ…ッ、うう…ッ、うう…ッ」


マスオカは目から大粒の涙をこぼしながら、肩を震わせて泣いた。


「アナタが今、手に握ってる袋…、それ、あのおばあさんがアナタに渡した、ヒマワリの種ですか?」

両膝を着いてうつむくマスオカに、中出氏が聞く。


「ああ…、そうだ…」

涙を袖で拭いながら、うつむくマスオカが言う。


「ちょっと見せて下さい…」

そう言って、中出氏はマスオカから袋を受け取る。


「へぇ…」

袋から出したヒマワリの種を、手の平に分けて見つめる中出氏。


「これ…、私も少し貰って良いですか…?」(中出氏)


「ああ…、構わないよ…」

力の無い声でマスオカが言う。


「ふふふ…、つまりこいう事ですか…?」


「アナタは自分の人生において、やらなければならないものを見つけた?」

「そしてそれは、自分の為というよりも、人の為に行うものであると…?」


「今までは、自分の事だけしか考えないで生きて来たアナタが、初めて人の為に、何か力になりたいと思った…。だから生きていたい!、という事ですか…?」


中出氏がヒマワリの種を見つめながらそう言うと…。


「そんな格好よいもんじゃねぇけど…、まぁ、そんなとこだ…」と、マスオカがポツリと言った。


「あの、どうしようもない性格だったアナタも、生き地獄を見て来て、少しは骨のある男に成長した様ですね…?」(ニヤッと笑う中出氏)


「え!?」と、顔を上げて中出氏を見るマスオカ。


「はぁ…。まったく!…、この、DEATH EXPRESSの開発と路線工事に、一体いくら掛かってると思ってるんです!」


「分かりました…。良いですよ…、自殺は取り止めにしましょう…」(中出氏)


「い…ッ、いいのかッ!?」

ため息をついて話す中出氏に、マスオカが驚きながら確認する。


「良いですよ…。その代わり、アナタには、今すぐ、この列車から降りていただきます!」

「この列車は、“自殺専用特急”ですッ!、なので自殺をされない方には、この列車に乗る資格がありませんので…。宜しいですね!?」(中出氏)


「降りろって言われても…ッ!?、一体どうやって…?」(マスオカ)


「次の駅で緊急停車します。あなたには、そこで降りてもらいます」(中出氏)


「次の駅…?」

マスオカがそう聞き返すと、「ほら、もう着きますよ!」と、中出氏が窓を指した。


「え!?」

振り返るマスオカ。

列車は減速しながら、駅のホームへと入って行く。


駅ホームには、たくさんの人たちが列車の到着を待って並んでいた。

中年サラリーマン、若い子連れの主婦、女学生…、様々な人たちが並んでいる光景が、車窓から確認できた。


「あ!」

その時、駅名標に記された駅名を見たマスオカが言った。

その駅は、マスオカが最初に飛び込み自殺をした、横須賀中央駅であった。


「中出氏ッ!、こりゃあ一体…!?、あれッ…?」

そう言って後ろを振り返ったマスオカ。

だが彼の前には、もう中出氏の姿がなかった。


キキィィーーーーーー……ッ


停車する、DEATH EXPRESS。

そしてドアが開く。


プシュゥゥ…。

ガーーーーー…。


ドアが開くと、ホームで待っていた乗客たちが続々と列車に乗り込んで来た。

マスオカは、それを見て慌てて叫び出す!


「ああ…ッ!、みなさんッ!、ちょっと待ってッ!」

「この電車は、自殺専用特急ですッ!、この列車には乗ってはいけませんッ!」


マスオカがそう叫ぶと、電車に乗り込む乗客たちは、冷ややかな目つきで、マスオカを怪訝そうに見る。


「??…」

変だと思ったマスオカは、列車を降りて振り返る!


「あッ!」

そう言ったマスオカが見た車両は、あの旧式タイプの新幹線によく似たDEATH EXPRESSではなく、いつもよく見かける、通常の東成電鉄車両の姿であった。


「ど…、どうなってんだぁ!?、こりゃあ…??」

列車を見つめながら、マスオカは茫然とするのだった。



 2日後の月曜日

溜まっていた有給休暇を消化した中出氏は、久しぶりに勤め先に出社した。


サーフ系雑誌“F”編集部


「おはようございます…」

編集部に入る中出氏が言う。


「あ!、中出さぁ~~んんッ!、ちょっと聞いて下さいよぉぉ…ッ!」

その中出氏を見つけた後輩社員の小野が、中出氏に駆け寄った。


「ん?、どうしたのですか…?」

澄まし顔で中出氏が小野に聞く。


「この人たち、ヒドイんですよぉぉーッ!」

涙目の小野が、先輩社員2人を指して言う。


「ヒドイ…?」(中出氏)


「はい…、この前、居酒屋で一緒に飲んでた時、恋愛のコツを2人に聞いたんですよぉ…(泣)」(小野)


「小野くん…、恋愛にコツなんてありませんよ…。答えが無いのが恋愛です…(微笑)」(中出氏)


「何、あの人たちと同じコト言ってんですかぁぁ~~ッ!」

小野がそう叫ぶ後ろでは、2人の先輩社員が嬉しそうに、「だろッ!?、だろッ!?」と指を差して笑っている。


 その後、中出氏は、小野を適当にあしらうと、自分の席へと歩いて行く。


「おはようございます…」

ニヤッと中出氏が先輩の1人に挨拶をする。


「おう、久しぶりだな…。お前、有給使って旅行に行ってたんだってな…?」(先輩)


「はい…」(澄まし笑顔の中出氏)


「この暮れの忙しい時に、いい気なもんだな…?」(先輩)


「私、B型ですから…(微笑)」(中出氏)


「知ってるよ!」(先輩)


「中出さん!、旅行は海外ですか?」

今度は、中出氏にとっては後輩にあたる、グリオが聞く。


「ええ…、なかなかエキサイティングな旅でしたよ…」

中出氏は微笑みながらそう言うと、中指でメガネのフレーム中央を、くぃっと持ち上げるのであった。


「そうそう…!、2人にお土産があります…」

そう言って、小袋を2人に渡す中出氏。


「何だこりゃあ?」

小袋を受け取った先輩が言う。


「ヒマワリの種です…(笑)」

そう言って、ニヤッと微笑む中出氏。


「ヒマワリの種~~ッ!?」(先輩)


「ええ…」(頷く中出氏)


「家庭菜園でもしろって、コトですかぁ~?」(グリオ)


「アホッ!、そりゃあ、サカタのタネだろッ!」(グリオにツッコむ先輩)


「どこに行ってたんですかぁ~?」と、グリオが中出氏に聞く。


「おいッ!、俺たちゃハムスターじゃねぇんだよぉッ!」


先輩がそう言って中出氏に怒鳴るが、中出氏は含み笑顔でクスクスと笑うだけなのであった。



 2022年8月31日現在

ウクレイラとルシアの戦争は、まだ終わりを迎えていない。


END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ