15 決意(ユリウス視点)
「アドルフ様、しばしお時間を頂けないでしょうか?」
まっすぐに前を向いて、己の主である人物に声をかけた。
「ユリウスか。おまえがそうやって聞いてくるのは珍しいな。大事な話でもあるのか?」
「……はい」
肩の下辺りまで伸びた、癖のある金色の髪を掻き上げながら、ブルトニアの軍神は言う。
「分かった。場所を移そう」
今から約3年前、王都学園を卒業した俺は、1年間にわたる騎士団での訓練期間を終えたのち、この辺境の地リーエンベーグへとやってきた。
ガーシュウィンとの国境に面したこの地も、近年は随分と平和になったと聞く。
しかし、たしかに内陸側は聞いていた通りではあるのだが、国境付近は決して安全とは言えない。ガーシュウィン側の兵士が、嫌がらせとばかりに小賢しい攻撃を仕掛けてくるからだ。
特に以前の領土戦争で勝ち取った金脈のある鉱山付近は顕著で、あの辺りは山賊や盗賊に混じって、ガーシュウィンの兵士が労働者を襲うこともある。
何度か警備についたが、危険と隣り合わせのあの労働所で、命を落とす者も珍しくはなかった。鉱山で働く者は罪人ばかりだが、だからといって自国民が殺されるのはあまり気分の良いものではない。
そんな死後の世界に一番近いと言われるリーエンベーグだが、アドルフ様が生活の拠点にしているこの城は、国境付近の諍いが嘘のように平和だ。
アドルフ様の指導のもと完全なる警備が敷かれており、城内及び敷地内の安全は保証されている。もちろん戦時下ともなればそうは行かないだろうが、今は平時のためその心配はない。
「…………なるほど、おまえにそんな過去があったとはな」
難しい顔をして椅子に腰かけたアドルフ様は、顎に手を当てて考え込むようなしぐさをする。
落ち着いて話をするためアドルフ様の自室にやってきたのだが、俺は主人の前で片膝を突いて深く頭を下げた。
「……隠していて、申し訳ありません。俺に失望したのであれば、いつでも切り捨てて頂いて構いません」
地面を見つめたまま言葉を述べる。しばらく沈黙が続いたあと、アドルフ様が口を開いた。
「顔を上げなさい、ユリウス」
言われた通りにすると、己の予想とは違い、意地の悪そうな笑みを浮かべた主と目が合う。
「おまえを正式に俺の養子にする」
「……何故、ですか?」
「おまえが俺に認められるためにここまで伸し上がった理由が、女ひとりを守るためだと知ったら、余計に興味が湧いてきた」
この方は本当に、面白いことに首を突っ込みたがる。だがその好奇心と行動力が、きっと軍神と崇められるほどの功績を残すに至ったのだろう。
「ですが、俺のしたことは――」
「それ以上言うな。分かっている、このまま放置してはいけないことは。だからこそ、俺に話したんだろう?」
昨日、エルマから届いた手紙には、信じられない事実が記されていた。俺と、オルテアの婚姻。してやられたと思った。
俺が王都にいないことを利用して、おかしな噂を流されたのは把握していた。1年という短期間で騎士団を辞めた、根性なしのアストール家の次男がリーベにいることを、ほとんどの者は知らない。
だからこそ、簡単に噂が広まったのだろう。……いや、あの男のことだ。きっとそれ以外にも理由があったのだろうが、あれが裏で何をしているのかなど考えたくもない。
そう、オルテアを手に入れるために利用するなんて、考えてもなかった。自分はすでに相手がいるからと、俺の名前を使うなど。
だが、いち早く情報を手に入れられたのは僥倖だった。こればかりは、エルマに感謝するしかない。
「最大で一年の休暇をやる。その間に全て片付けてこい。できなければ、おまえには俺の選んだ相手と結婚してもらう」
「一年もですか?」
「ああ、だから全て清算して、その女性を連れてリーベに戻ってこい。堅物なおまえが想い続ける女なんて、俺も気になるからな」
わはは、と声に出して笑う。
はっきり言って、こんな返答が帰ってくるとは思っていなかった。俺のしたことと結果を考えれば、勘当されても仕方がないと思っていたのに。
「寛大なお心、感謝いたします」
「戻ってきたら、ふたりで親子の酒を交わそう。いや、今度は3人に増えているか」
再び豪快に笑いながら、アドルフ様は笑顔で送り出してくれた。ついでに国王陛下宛ての親書も預かり、陛下に認めて頂ければ、俺は正式にアドルフ様の後継になる。
準備は全て整った。
この地位を手に入れるために、6年もかかってしまった。アドルフ様の目に留まるには、学園を首席で卒業するのはもちろんのこと、実務の面でも功績を残さなくてはならない。だからこそこの2年間、死に物狂いで剣を振った。
ただのアストール家の次男ではなく、リーベの守護神と言われるアドルフ様の後継としてなら、あのヴィトランツ公爵ともまともに話ができるだろう。
だから待っていてくれ。
たとえ君が俺を忘れていようとも、今度こそ、絶対に守ると誓うから。