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13 襲撃



 前方からは剣を持った男がふたりと、弓矢を構えた男がひとり。そして別の方向から、これまた剣を構えた三人の男が、わたしたちに向かってゆっくりと歩いてきていた。


「へへっ、痛い思いしたくなけりゃ、大人しく捕まったほうが身のためだぞ」


 一見したところ盗賊のような風貌にも見えるが、正体は分からない。この草原はめったに人がくるような場所ではないらしいので、盗賊がいるのも不自然だ。わたしたちの後を付けてきた可能性も考えられるが、それにしては登場が遅すぎる。


 そもそもこんなところに散歩にきている人間が、高価なものを身に着けている可能性は低い。だとしたら、狙いは誘拐からの身代金か。


「兄ちゃんよお、剣を抜くのはいいが、女を守りながら俺たちと戦えるのか?」


 下卑た笑い声を響かせながら、少しずつ距離が縮められていく。

 わたしたちは自然と、湖のある方向へと追い詰められていった。このまま進んだら、完全に逃げ道はない。


「飛び道具は、ひとりか」


 わたしを背中に隠し、じりじりと後退しながらユリウス様が小さく呟く。


 恐怖に震えだした身体とは対照的に、意外なほど思考は冷静に働いていた。

 合計6人の男たちに囲まれているが、彼ひとりであれば逃げ切れるかもしれない。だから、わたしを置いて逃げてほしい。

 ふたり揃って掴まるよりはましだろう、そう考えたのだが、彼は別の方法を提案する。


「いいか、俺が合図したら全力で桟橋まで走って船に乗れ。絶対に振り返るな」

「船? 旦那さまはどうされるのですか?」

「俺もあとから行く」


 彼は船に乗って逃げる道を選択したようだ。弓矢を持っているのはひとりだけなので、あの男をどうにかすれば剣士たちは手も足も出せない。

 しかし広い湖だが、それでは一時凌ぎにしかならないだろう。


「でもそれでは――」

「いまは言うことを聞いてくれ」


 懸念はあるが、彼の言うとおりにするしかなさそうだ。

 わたしが頷くと、ユリウス様は剣とは別に腰に装備していたナイフに手をかける。そして、ひと声叫んだ。


「走れ!」


 合図とともに、全力で走った。直後に男のうめき声のようなものが聞こえたが、気にしてはいられない。

 走るなんて、わたしの二度目の記憶が始まってからは初めてのことで、そのせいか足がもつれそうになる。それでもなんとか転ばずに桟橋まで到着し、言われた通り船に乗り込んだ。


 やっとのことで振り返ると、彼もこちらに向かって走ってくる最中だった。


「ユリウス様、早く!」


 後ろから男たちが追ってくる。しかしその数は5人に減っていた。ひとりは草原に倒れており、その額にはナイフが突き刺さっている。

 恐らく弓矢を持っていた男めがけて、ユリウス様がナイフを投げたのだろう。惨い光景だが、いまはそんなことを言っていられる場合ではない。


「オルテア、なるべく態勢を低くしてじっとしてろ。下手に動くと船が揺れるから」


 桟橋に到着したユリウス様は、言葉を投げながら船と橋を繋ぐ縄に手をかける。


「分かりました! ユリウス様も早く乗って――」


 ――追いつかれる前に、その言葉は、ザシュッという縄を切り裂く音によって遮られた。彼はそのまま切り裂いた縄を投げ捨て、力いっぱい船尾を蹴る。


「……え?」


 茫然と見上げた視線の先で、ユリウス様がどんどん遠ざかっていく。わたしひとりを乗せた小舟は慣性のままに、湖の中央へと流されていった。


「――ユリウス様!? なんでっ……!」


 途中で我に返り名前を叫ぶも、すでにわたしに背を向けた彼には聞こえていないようだった。剣を構え直し、その黒い瞳は前方に迫る5人の男を見据えている。


「まさか、ひとりで戦う気なの……?」


 ――最初から、逃げる気なんてなかったんだ!


 わたしを湖へと逃がして、自分はひとりで戦うつもりでいたのだろう。あとから行くという言葉にまんまと騙された。もしこうなることを最初から聞いていたら、きっと了承しなかったから。


 わたしがいたら足手まといになるのは分かる。でもだからって、5人をひとりで相手にするなんて――


 恐怖よりも、不安からくる震えが全身を駆け抜けたとき、ついに剣戟の音が鳴り響いた。



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