1話.510年
「……だ、そうだよ?」
明かりのない薄暗い廊下を、銀髪の男女が並んで歩いていた。
片眼鏡をかけた女が隣を歩く背の高い男に話していたのは、リーリウムという王国で起こった、魔族となった4人により引き起こされた事件の話だった。
「王国の連中はこれを信じて、聖女サマ聖女サマと崇め奉っているそうだ」
「…ほぉ」
男は女の発言に相槌を打つ。
「…ルカ」
「何だい?ギル」
「俺たちが眠った後のこと、お前は知っているか?」
”ギル”は”ルカ”の方を見て、そう尋ねた。
「どこから話せばいいかな?」
「そう、だな…」
”ギル”は、口に手を当て考える。
「…一度整理をしたい。メンシスに着いたところから頼む」
”ギル”が申し訳なさそうに眉を下げて言うと、”ルカ”は任せておけといった面持ちで「了解した」と告げた。
◇◇◇
まず、あの事件が起こったのが星暦1276年の7月8日。
今は1886年だから、…510年前か。
何だ、そんな驚いた顔をして。…ああ、510年も経ったのかと驚いているのかい?
安心しなよ。聖女サマというのは存外のんきな様でね。攻めてくる様子など全くない。おかげでこちらの守りは万全だよ。
…メンシスに着いたところから、だったね。
…舞踏会で殺人犯という不名誉な濡れ衣を着せられた我々4人は、従者と共に私の領地であるハイドランジア領のメンシスの町へ向かった、のは覚えているかな?
メンシスの町は、酷い有様だった。
私の民たち全員を魔族と決めつけ、王国騎士団の連中は無抵抗な女子供も関係無く、皆殺しにした。家は焼かれ、あの美しい街並みは見る影もなかった。
悪魔はどちらだと、私は叫んだ。
その時だったな。「力をやろうか」と、声が聞こえたのは。
我らが城から持ち出した4つの宝玉。あれには遥か昔に封じられた魔族〔鬼人〕〔人狼〕〔竜人〕〔吸血鬼〕の魂が宿っていた。
どうやら”聖女”という存在が気に入らないらしい彼らは、押し付けるようにその力を我らに渡してきた。〔鬼人〕の力はギルが、〔人狼〕の力はヴィンスが、〔竜人〕の力はレイが、〔吸血鬼〕の力は私が得た。
ここからだな?ギルが知らないのは。
私、レイ、ギル、ヴィンスは魔族の力を得てすぐに眠ったらしい。らしい、というのは、私もフォスから聞いたものでね。
最初に目覚めたのは私だ。魔族の力の馴染みやすさは人それぞれらしい。私は7日程度で目覚めた。ちなみに、レイとヴィンスは、まだ目覚めていないよ。
私が目覚めた時、まずフォスにこの話を聞き、フォスを私の眷属にした。
…ああ、フォスも吸血鬼になった。無理やりじゃない、了承は得た。
それから、ハリエットとキースにも了承を得て、二人を魔族にした。
…どうやってやったのか、って?
魔力を与えるのさ。血を与えれば眷属になる。
キースに会ったら眷属にしたらどうだ?
次に、領民たちに魔力を与えた。
ハイドランジアの領地には町が4つと村が2つある。
総勢約3万と5000。全員に魔力を与えるのには骨が折れたよ。
領民たちに魔力を与えたことで、彼らは魔人、幽霊もしくは骸骨になった。…メンシスの民たちは、焼かれた影響でちゃんとした肉体を持って復活した者はほとんどいなかった。それから、魔力を分けた影響なのか、舞踏会で何があったのか全員知ってしまったようでねェ。皆、聖女サマに対する怒りが凄まじいんだよ。皆、私たちに従ってくれるそうだ。
その後、領民たちの力を借りて、追手をどうにかすることを考えた。
ただ砦を作るだけだと心許ないからね。土や重力の魔法を使える者をかき集めて、コンウォルウルス大平原に山を作った。そう、山。
高い山と深い谷を交互に作ってかなり凹凸の激しい山脈にしてみたよ。急な斜面とか崖も多いから、よほどの馬鹿でもない限りはこちら側には来ないと思うよ。王国の連中も”魔の山”とか言って立ち入り禁止にしているらしいし。
今は大平原が無くなって、コンウォルウルス山脈って呼ばれている。山の向こう側の麓に、防魔の砦とかいう対魔族前線基地とやらがあるよ。
歴史書にも書いてあった通り、フィリス様とリオノーラ様、それからヴィオラ様は我らによって殺されたことになっているらしい。十中八九、王国の奴が殺したんだろうよ。幼いリオノーラ様まで…、なんて奴らだ。
それから、…300年程前か。カサブランカ家とダリア家が、リーリウムから離脱した。2つの家が合併して、今はカサブランカ公国だそうだ。カサブランカ家の離脱から、ファレノプシス、クレマチス、ゲンティアーナの一部、ロサ、カットレヤもリーリウムから離脱してねぇ。有力貴族が全部リーリウムから抜けたわけだ。
ファレノプシスとクレマチスが、今はファレノプシス中立国を名乗り、ゲンティアーナ、ロサ、カットレヤの3つが今はゲンティアーナ王国を名乗っている。残った王都が、今はリーリウム王国を名乗っているよ。
ああ、そうだ。ギルが眠っている間に君を魔王ってことにしておいたから、頑張って。
◇◇◇
「わかった。……はぁぁああぁあああ!!?魔王!?俺が!!?」
ギル、——ギルバートの叫び声に、ルカは耳を塞いだ。
「うるさい、ギル」
「あ、ああ、すまない。…ではなく!なぜ!俺が!魔王なんだ!!」
理解不能だという表情のギルバートに、ルカは「ギルが第一王子だったから」と答える。
「ここはお前の領地だろう。お前が務めるべきじゃあないのか!?」
「民は、皆お前が魔王で良いと言っていたよ」
「なっ」
「ルカ様が決められたのなら、我らはあなたに従います、と言っていた」
「お前に従っているじゃあないか!!」
「500年前からの決定事項だ。諦めろ」
「寝ている間に勝手に決めるな!!」
「さっきから素が出ているぞ?」
「いつものお堅い口調はどうした?」と笑うルカに、「今はそんなことどうでもいいだろう!!」と叫ぶギルバート。
「お前はいつもそうやって勝手に決めて……」と腕組みをして文句を言うギルバートをルカは「ああ、はいはい」と受け流す。
「……仮に、仮にだぞ?俺が魔王ならお前は何なのだ?」
ギルバートは腕組みをしたまま、ルカに問う。
「……。いつまでも王国の決めた位を名乗るのも癪だしなァ」
口元に手を当て、ルカは思案する。
「ああ。…せめてもう一人起きたら、役職を決めた方がいいだろう」
「わかった。今メンシスは私が統治しているが、他は眷属にした貴族たちに任せている。誰か起きたら、すぐに呼び寄せよう」
「そうしてくれ。他にも何か決めることはあるか?」
「ギルたちが起きてから決める、としていたものはいくつかある。優先度の高そうなものからリストにしてある。後で渡そう」
「助かる」
ギルバートとルカは”はとこ”だ。ギルバートの母とルカの父がいとこ。
二人は似たような考え方をしている為、相手の考え、必要としていることが何となくわかるのだった。
「キースはそこを左に曲がって3つ目の部屋にいる。会って来たらどうだ?」
「ああ、そうする。ルカは?」
「レイに会ってくる。……起きてはいないだろうけど。ああ、ヴィンスはキースの隣の部屋だ」
「そうか、わかった」
互いに「また」と言うと、二人は別の方向へと歩いていった。
ギルバートの口調を少し変えました(2019.09.27)
加筆修正しました(2019.11.20)