魔王と陽キャ
「召喚されし者よ近うよれ」
出来る限り威厳たっぷりに言ってやった。
余は魔王でありながら初対面の人間達からなめられやすい、確かに余は幼い美少女に見えるかもしれん。
しかしそれは困る、余がなめられるようだと魔物の国と人間の国との外交に大きく響いてくるからだ。
「うーん……吐くかと思った。おっ!誰かいる」
余に気づいたか。召喚酔いも冷めつつあり、フラフラとこっちに近づいてくるな。フフフ……それでよい、跪く(ひざまずく)ものなら頭をなでてやろう。
「すごいじゃんこの角!マジリアリティあんな〜!ハロウィンなん?って時期違うか!ハハハ!美味いアメやるよホラ」
召喚されし者『タイヨウ』は魔王アスピルの前でピタリと立ち止まり頭を軽く2回ポンポンした。
なんだここは?俺はなぜ宮殿のようなところにいるんだ?さっきまで心理学研究サークルの仲間と一緒に飲んでたはずだが、飲み過ぎてよくわからない。
またトイレと間違えて他の店に入っちゃったのかもしれない。目の前のちびっこに聞いてみよう。
「あのさー、幸せそうにアメ頬張ってるとこ悪いんだけど、ここがどこかわかる」
初めて口にする『アメ』という甘露に至福の表情だったアスピルはハッと正気に帰った。
「もごらまごぶのじろじゃッッ!!」
アスピルは決まったとばかりにドヤ顔をした。
「………えー!?方言女子なの?ってあげたあめ玉3つ一気に口に入れたのか、喉に詰まるぜ一回出そう」
このちびっこ、髪はロン毛でピンクに染めてるし、あたまには角、口にはキバが生えているし、なんのコスプレなんだろう。
そもそもこんな夜中に居酒屋に子供を連れてくるなんて保護者はなにをしているのか。
いや、幼く見えるがコスプレ店員なのかもしれない。
アスピルはペペっと器用に2つだけアメを手の上に吐き出し、仕切り直しとばかりに同じ台詞を叫んだ。
「ここは魔王の城じゃッッ!!」
俺が酔っているからか、この店のコンセプトがイマイチよくわからない。
まぁいいや、とりあえず話を合わせておこう。
こういうふざけた店は大好物だ、いい話のネタになりそうだからな。
「君はなに店員なの?じゃあここの店長が魔王っていう感じ?」
「余が魔王アスピルじゃ!」
この子が店長なのか。
なんか無駄に眉間にしわを寄せてキリっとした顔しているが、どういう演出の居酒屋なのか全然掴めない。
「そうなん?俺はタイヨウですよろぴく。ところでどういう展開なのコレ、俺は魔王倒せばいいの?ねぇねぇ俺なんか魔法が使えたりするの?君の弱点あるなら教えてよ」
ゴォォォオオッッ!!!
アスピルは上を向き口から火を吹いた。天井がほんのり焦げ付いた。
「タワケが!なんで自分の弱点を教えねばならんのだ!お前がなんの魔法使えるかなぞ知るか!」
大声と炎を吐き出した後、息切れをするアスピルをみてタイヨウはなんとなく自分が置かれた状況がわかってきた。
うーん、これは居酒屋ではないな。
なんだか酔いも冷めて冷静になってきたがここはなんかおかしい。
向こうの方で突っ立っているトカゲみたいな頭した奴はなにものだろうか。
まいったなぁ、夢なのか現実なのか知らないが早く二次会に戻らないと。
「めんごめんご!ところでなんで俺ここにいんの?今日二次会行くから早く帰りたいんだけど」
「余がお前を召喚したのじゃ。お前には『魔王』として魔物の紛争解決などをしてもらいたい」
「えーめんどくせぇからやだよ」
アスピルは目を丸くした。
「え?やなの?余が召喚したのに?」
人付き合いは嫌いじゃない、むしろ大好きだと言ってもいい。
俺の同類みたいな仲のいい友達と夜通しくだらない会話をするのはとても楽しい。
自分と違う環境にいるやつ、違う考え方で生きてるやつと話すのも楽しい。
でも争いごとは嫌いだ。
争ってる間に好き好んで入りたいわけはないだろう。
「うん、めんどくせぇもん!なんか魔王も大変っすね!ハハハッ」
「……あめ2つあげるから、手伝ってください」
震える手でアメをタイヨウに差し出した。
手のひらはアメが溶けつつあるのか、よだれのせいかドロドロとしていた。
「これ俺があげた奴じゃん…キミが口に入れた奴だし」
よくわからないがこの子はすごく困っているらしい。
うーん、状況が全くつかめないが俺が必要なら答えは一つだ。
「いいよ、なんでも手伝うよ!二次会に間に合いそうにないし、一仕事しまっか!」
タイヨウはアスピルの手からアメを受け取ると、ひとつは自分の口に入れ、
もうひとつは元の包みに入れてアスピルの胸ポケットに入れ、頭をポンポン叩いてニカッと笑った。
この頃タイヨウは知らなかった。
アスピルは召喚はできても、元の世界に戻すことはできないことを。
そしてアスピルはその辺あんまり考えてなかった。
ネタバレ:アスピルがもらったアメは『純露』