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ファンタジー世界の介護士がこんな男だなんて……!

ファンタジー世界もあるよね?

介護!

 僕の名前はノーマン。

 今年、帝国アカデミー看護科を卒業した、新米看護師だ。

 何故看護師かって?

 そりゃ、男なら兵士として名を上げて、英雄として讃えられるのは誰もが夢見る事だと思う。

 でも、僕はそうじゃなかった。

 兵士になったら、即前線送りだ。

 僕ははっきり言って死にたくない。

 それに、戦争が終われば一兵士の行く末なんて目に見えてる。

 出来たら一生職に困らず、安定した給金を貰える仕事に就きたかった。


 という事もあり、僕は帝国アカデミーに進む祭、看護科を選択したんだ。


「おい、ノーマン! こっちを頼む!」


「は、はい!」


 ここは戦場の最前線。

 から少し離れた場所に建てられた、傷病者を収容するテントだ。

 中には怪我をして治療中の兵士が所狭しとベッドに横たわっている。

 派遣された医師が優秀だから皆一命を取り留めているが、そうは言っても怪我人だ。

 一人ではロクに食事も摂れないし、寝返りが難しい者もいる。

 僕の仕事は、そんな兵士達の身の回りの看護なのだ。


「大丈夫ですか? はい、重湯です」


「げ、げはっげは! す、すま、ねぇ……」


「いいんですよ、ゆっくり飲んで。そう」


 僕は満身創痍で横たわる兵士の肩を抱き上げ、口元にそっと重湯の入った器を寄せた。

 ズズズと音を立てて、ゆっくりと兵士は吸い上げていく。

 一頻り飲み干したところで、再びベッドに横にした。

 まだ息は荒いから安心は出来ないが、


「口に出来るなら死ぬことはない」


 と、ここの医師が言っていた。

 様子観察は必要だが、とりあえず良しとするか。

 僕は仰向けになった兵士の体を右に向けようと左肩と腰の左後ろに手を入れて強引に持ち上げた。

 その時……


「こんのアホンダラーーー!!」


 いきなり大声が背中から轟き、僕はすごい力で床に押し倒された!


「え? な、何? 何が起こって……」


 訳が分からないまま、今度はぐいと胸ぐらを掴まれた。

 そんな僕の視線の先には……


 黒い髪を短く刈り込んだ、強面の男の顔があったのだ……


「ひ、ひぃぃぃぃ!」


「このアホンダラ! 体位変換(トランスファー)する時には患者の負担にならんよう、腕組んで片足立てて自分の方へ向けるんじゃい!」


「え、あ、あの!? な、何なんですか!?」


「やかましい! その患者、よう見てみぃ! 右肩から三角巾吊るしとる! 恐らく右腕の骨折じゃい、右腕に麻痺、もしくは損傷がある患者を、何故に右に向かす!?」


「……あ」


「麻痺、損傷のある患側を体の下に向けるなんざ、基本がなっとらん! お前、どこぞのボランティアか!?」


 そう、がなり立てられ、僕は小さな声です呟くように返事をした。


「……ぼ、僕は看護師です……」


 そう言うと、その男の顔色が明らかに変わった……

 何かこう……、鬼の形相(デーモンズフェイス)とでも言おうか。

 僕にはそう見えたんだ。


「お、お、お前……、か、看護師だとぉぉぉぉ」


 うぇぇ、唾! 唾飛んでますから!

 そんなに顔を近づけないで!


「お前みたいなのが、看護師!? った〜〜もぅ! ふざけんな!」


 それはこっちのセリフだ!

 何なんだ、お前は!

 いきなり人の仕事に割って入って、ギャーギャーまくし立てて!


 僕は半ば苛立ちながら男な背を向けて、もう一度、兵士の体位変換をし直そうとした。

 すると……


「ちょい待てぃ」


 肩に手を置かれた……


「へ?」


「よぅ見たれ」


 顔面強面男が僕を後ろに追いやると、兵士の左側についた。


「よぅ頑張ったな。痛かったじゃろ。少し、体の向き変えるが、ええか?」


 僕には負けてまくし立てたのとはまるっきり違った、優しい声。

 兵士もそう言われ、ゆっくりと頷いた。


「よっしゃ。ほなら左手を自分の胸元は置いてくれ。そうそう。ほいでな、左膝を立てれるか。ほうじゃ、そいで、左足の先を右膝の下に入れちょくれ」


 男がそう指示すると、兵士は言われるがまま、素直に従った。

 左手は胸元に。

 左膝は立てて、つま先は右膝の下に入れる。

 あれ? これって……


「よっしゃ、今から左側に体を向けるけんな。顔は向こうを見ちょれ」


 兵士は顔を左側に向けた。


「一、ニの三で行くぞぃ。せーの、いーち、にーの」


 男は兵士の体の上に覆いかぶさるような姿勢で、兵士の右肩に左手を差し込み、立ち上がった右膝にもう片方の手を添えた。


「さん!」


 そして、自分の方へ引き寄せるような動きで兵士の体を左側に引き上げた。

 兵士の体は僕より大柄でとても重かったのに、この男はいとも簡単にそれをやってのけた。

 まぁ、この男も僕より少し大柄である程度なのだが。


「よっし、後は腰を入れるだけや」


 と、下になっている左腰の下に手を差し入れ、天井を向いている方の後ろ側に手を添えると、クリッと下を押入れた。

 途端、寝転んでいた兵士の体が安定した。


「え?」


 僕は思わず声を上げた。


「どうして? 凄く重いのに」


「ボディメカニクスじゃ」


「ボディ……?」


「ええか、看護師君。わしらの体はな。元々、どう動くか決まっとる。体本来の動き言うんは、決まっとること以上の動きは出来ん。お前さんの介助はそれを無視しとった。だから、力技で無理矢理起こそうとしたんじゃ。そんなんしてみぃ、お互い痛いしキツいだけじゃ」


 男はそう言って兵士に掛物をすると、立ち上がって僕を見た。


「介助の基本はな、説明、同意、介助じゃ。説明も同意もなしにやったら、そりゃ一方的なもんになってしまいよる。そうじゃない。介助する側もされる側も、お互いが協力して五分五分の力で行うもんじゃ。忘れるな。基本中の基本じゃ」


「あ、はい……」


「まぁ、いい。見たところ、現場の経験は浅そうじゃの」


「はい、今年卒業して、配属されたのがここでした」


「何と。経験もないペーペーをこんな最前線にやるたぁ、上も腐っとるのぅ」


「ところで、あなたは誰なんですか? その、凄い技術を持ってるようですけど」


「あ、わしか? わしはただの介護士じゃ」


「は!? 介護士!?」


 僕は空いた口が塞がらなかった。

 介護士と言えば、僕たち看護師よりも下のレベルの資格だぞ……

 そんなレベルの奴にどやされたって言うのか?


「おい、たかが資格の位程度で思い上がるなよ?」


「へ?」


「お前ら医療従事者は何かと介護士をバカにするがな。わしら以上の介助は出来ん。看護師っちゃぁ、確かに知識も出来ることも介護士以上やがの。どいつもこいつも介助になるとクソ以下のレベルじゃ」


「な、何てことを!」


「おまえがいい例じゃろが。えぇか。患者の前じゃな、看護師も介護士も関係ない。苦しんどる者にしてみりゃ、スタッフの一人なんじゃ。じゃから、これ出来ません。介護士の仕事やけん、なんて言ぅてみろ? 患者の信頼無くすだけやぞ」


 う……そ、それは確かに……


「看護師ちゅうのはな。わしら介護士も含めた医療・福祉関係では、医者の谷の立場になる。そんなとこにおる人間が、あれ無理これ無理なんて言えんやろぉ? 大切なんは、知識と経験のマッチングなんじゃ。経験無しの知識なんて机上の空論。知識無しの経験なんて狼の遠吠え。知識と経験が合わさって、初めて行動に移せるんじゃ」


 何だろう、説教なのにスッと染み込むように入ってくる……


「知識と経験はともに勝る必要はない。混ざる必要あるんじゃ。それも、目の前で苦しんだら者を助けるために、な。じゃから、履き違えるな、思い上がるな、自惚れるな。患者の前じゃ、みんな同じじゃ」


 そう言うと、男は踵を返した。

 次の患者のところへと向かったようだった。


「あ、あの!」


 僕は咄嗟に話しかけていた。


「な、名前を!」


 そう言うと、男は黙って止まった。


「名前を教えて下さい!」


 そこで立ち止まり、しばらく待った。

 男はゆっくり振り返り、口元を綻ばせながら口を開いた。


「わしは介護士じゃ!」


 それだけ言うと、男は黙って次の患者へとその足を進めていったのだ。




 ーーー


 あれから何年たっただろうか。

 戦争は程なくして収束し、停戦協定が結ばれた。

 兵士達はようやく家に戻れると安堵していたが、怪我をした者や障がいを負ってしまった者は、国の救済措置を受けることも出来ず、ただ路頭に迷った。

 そんな状況を打破したいと考えて、僕は……、いや、私は社会復帰に向けてリハビリが行える施設を考案、設立し、そこの初代所長に就任した。


 あの男に会ってから、自分自身を磨いてきたつもりだった。

 自分なりに……だが。


 それでも、彼の言ったことは心に残っている。


「患者の前じゃ、看護師も介護士も関係ない!」


 それを胸に、今日も頑張ろう!








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