03.お父様はTHE魔物
ざわざわがざがざ。森の中で、風が吹いたような音がする。
「ちょっとお父様、私の部屋には来ないでっていってるでしょ」
「おやめ下さいお嬢、あまり無下にすると旦那様が枯れてしまいます」
扉の隙間から、植物の蔓が蠢いている。気持ち悪い動きをしながら這い寄ってきて、壁に根を張っていく。
みるみるうちに蕾がなって、ぐんぐん人の頭ぐらいに大きくなる。
花が開くと、そこから目玉がぎょろりと覗いた。
ひぇ…ばけもの…!
ざわざわざわ。目をぎょろぎょろ動かしながら、葉っぱを揺する。
背筋がぞわぞわする、嫌な音。
「何て?」
「イイにおいがする、と」
ぎょろり。やだ今目が合った。魔物って、人を食べるんだよね、いいにおいって私の事だったり…。
た、食べられ…いや、口がないわ。
「どうやらリルのことを狙っているようですね。おやつに召し上がられますか?」
「シェイド!だめよ、私のなんだから。それよりお父様…もしかして、私に何か隠してない?他の子は見向きもしなかったのにどうしてリルちゃんに会いに来たの?」
さわさわ。
「"子供の時に食べるなんて勿体ない"、と仰ってます」
「リルもまだ子供よ。それも、お父様と同じ植物の魔物で…うちの近くに捨てられてて…ねぇお父様、この子、私の妹だったり…しないわよね」
がさがさがさ、ざわ。
「言い訳は結構よ、お父様がわざわざ迎えに来たのが何よりの証拠!こっそり処分するつもりだったのね!浮気も最低だけど隠そうとするなんてもっと最低よ!この子に罪はないのに!」
「いえ、"どうしたアヴァ、お兄ちゃんが帰って来ないから寂しいのかい?お父さんが一緒に遊んであげよう"と」
「私が子供だからって、ごまかさないで。鼻もないのにいいにおいって…リルちゃんから母親の血を感じたんじゃないの?浮気相手のその女はいったいどんなにおいだったのかしら!?」
わさわさわさ。
「"誰かゴシップ紙でも読ませたのか"。いえ旦那様、屋敷にそのような低俗なものは…。"酷い勘違いをしているようだが、我が愛は生涯ネロアだけに捧ぐ"とのことです」
「どうでもいいけどリルちゃんは渡さないわよ、出て行って!お父様不潔!!」
ざわ!?はらはらはら…。
「あぁ、旦那様が枯れてしまわれた…。メフィー、掃除を。厨房へ運んでくれ、旦那様はよく燃えるからな」
何ていうか…みんな他者の扱いがやばいわ。流石血も涙もないといわれる魔物。
いつの間にか恐怖を忘れてぽかーんとしちゃったけど。
「はいシェイド様!お嬢様もお茶の時間ですわよ、さぁお召し上がりください。ちびちゃま方のお世話はわたくしが」
また新しく使用人っぽい人…じゃなくて魔物が増えた。猫のような耳と尻尾がある。手足も獣のようだが、器用にお茶のセットを並べていく。
立派なアフタヌーンティーセットだ!ケーキにクッキー、タルトにサンドウィッチ。
あぁお腹が鳴っちゃう…。
「駄目よ、メフィーはすぐ飛びついて押しつぶしてしまうんだもの。シェリーもモヤンも貴女が殺してしまったのよ、忘れたとは言わせないわ」
「目の前でちょろちょろされるとつい…しょうがない事なのですわ」
「リオだけでも避けきって生きてたからいいものを…。後チィちゃんを食べたのも分かってるんだからね。メフィーは私の部屋立ち入り禁止よ」
ヤバイとてつもなく物騒なメイドさんだわ。話を聞く限り猫っぽい習性があるようなので、そっと刺激しないようにお嬢様のスカートに隠れる。
「わんわん!」
「どうしたのリオ、デザートが欲しいのかしら?」
「あぉん」
私と同じようにお嬢様のスカートにしがみついてきたリオ少年。
あ、ずるい。クッキーもらってる。私も食料が欲しい!切実に!でも喋りたくないし…恥ずかしいけどここはリオ少年の真似をしてみよう。背に腹は代えられないのよ!
「わ…、わん!」
「あらリルちゃんまで。やだ~リオの真似っこ?かわいい!疑似特性?クッキーは固いわよね、ケーキ食べてみる?」
あーん。もぐもぐ。うっま!今流行の甘さ控えめとかいうケチなやつじゃなくて甘いクリームが最高!
やっぱりケーキはこうでなくっちゃね…。
「とっても美味しそうに食べるわね、気に入ったの?はいもう一口どうぞ、あーん」
このお嬢様の一口はでかくて、顔にクリームがはみでてしまうけど気にしない。それより空腹!
もぐもぐもぐ、ぱく。むぐむぐ。ぱく。
「かなりお腹を空かしているようですね」
「可哀想に、いったいいつから一人で放置されていたのかしら…こっちも食べるかしら」
差し出されたキュウリと卵のサンドウィッチにも齧り付く。少し食べたら、余計にお腹がへってくる謎。
放置されてたのは馬車が見えなくなるまでの3分ぐらいですけどね、馬車の中ではしょぼいパンと水を少量与えられただけでしたので。ええ逃げる元気も出ませんでしたとも。
結局ケーキをひとつ、サンドウィッチを3つ平らげたところで落ち着いた。
ふー。先に甘い物食べたら満腹中枢が刺激されるって本当かな、私いつも朝食にこれぐらい食べちゃうけど。
「わぅーっ!」
「いたっ」
ほっとしたところで、リオに押し倒された。
ちょ、ちょ、ちょ、やめっ。顔を舐めるのはやめてー。
「リオは警戒心が強いのに、リルちゃんとはもう打ち解けたみたいね。私なんて餌で釣っても二カ月はかかったのに」
このお嬢様、たいがいペット扱いなんだよね。いいんだけど。
「お嬢、リルがべとべとですよ」
「そうね、お風呂に入れてきて」
え、ちょっと待って、無理だけど?男性にお風呂に入れられる?絶対に嫌。
とは思うんだけど、反抗するのも抵抗するのも怖いっていうか…。
「かしこまりました」
とか葛藤してる間に摘み上げられてしまったというか…。
死ぬよりまし死ぬよりマシ。何かを失うけど命はある…リオもすっぱだか…。
うん、大丈夫。全然大丈夫じゃないけど…っ!