君のいない世界は酷く色褪せている。
自分の部屋に着いて、部屋の中を見渡した。
俺以外誰もいない空間。
ドアに寄りかかって、ずるずるとしゃがみこむ。
「──ッウアアアアア」
目的を完遂した。そう思ったら、もうダメだった。
周りの人達はあんなにも、喜んでいて
あんなにも、俺に泣いて感謝しているのに
俺は何一つ心を動かされなかった。
それどころか俺は、俺は。
お前らが居なくなったって、
どうでも良かったのにとまで考えてしまった。
だって、俺の隣で笑ってくれる人はもう居ない。
隣にいてほしい人は彼女だけなのに。
もう、二度と君の声、仕草を見るどころか、
君に触れて温もりを感じることさえ、
二度と会えることさえ出来ない。
俺の世界は、君が全てで君以外はいらない。
君の代わりにあいつらが居なくなれば良かったのに。
そう思ってしまう俺を君は軽蔑する?
それでも、どうして君が。って何度も何度も考えてしまうんだ。
「20X0年 謎の病が流行る。」
そう予言したのは、俺のベットを自分のもののように占拠して寝そべってたアキ。
小さい頃から近くにいて、当たり前のように俺のそばにいた。
アキの予言は絶対で、外れることは無い。
「その病は徐々に体を蝕んで一年程で死に至る。病を治す薬は、無かった。」
それを聞いたときは完全に他人事だった。
「へー、怖いな。」
20X0年、謎の病は人々に流行り、徐々に俺らの街にも広がりつつあった。
でもやっぱり俺は他人事だった。
テレビや新聞でもよく報道されてたけど
実際に近くで起こらないと人は危機を感じない。
報道してたニュースキャスターも
「怖いですねえ。」だなんてまるで他人事だ。
明日その怖い病が自分の身に起こる可能性を微塵も考えていない。
謎の病“凍結病”。
体が徐々に凍ってしまう病。
硬化症とも、凍傷とも違う。
文字通り、凍っていくのだ。
徐々に指先から、足元から、
体が固まり冷たく凍る。
発症から1年で全身が凍り死に至る。
感染症ではないものの、老若男女関係なく発症。
治療法は、ない。
「ねぇ、私がもし凍結病になったらどうする?」
隣で一緒にテレビを見てた彼女が言った。
「そうだなぁ…」
思案してる俺に君が笑う。
「一緒に死んでくれる?」
モコモコのパジャマに全身覆われた君は
クッションを抱きながら俺を見て首をかしげた。
「サラッと怖いこと言うなよ。
…でもお前がいなかったら生きてる意味ないよなあ。」
なんて返すと君は驚いた顔をして、顔を真っ赤にする。
「あ、何?照れてんの?」
「うるさいばか。」
そう言われてクッションを投げつけられる。
ゆるく投げ返すと、
彼女は受け止めたクッションに顔を埋めて
「私もだよ?」
くぐもったこえで返される。
「私も、瑞輝が死んだら生きてる意味ないと思う。
…でも、もし私が死んでも瑞輝には、生きててほしいな。」
「なんで?」
「だって、瑞輝は生きれるんだよ。
だったら、私の分まで生きててほしい。
そして、お爺ちゃんになって死んだら、
天国の私に、私が死んだ後の世界を、
瑞輝が生きてきた世界の話をたくさん聞かせて?」
「…天国に逝く前提なんだ。」
“もしも”の話なのに涙が出そうになったのを
さとられないよう、君を茶化した。
「何よー、私が地獄に落ちるとでも思ってんの?」
「そういう可能性もあるんじゃねぇの?」
「私以上に優しい人なんていないわよ。」
「普通に優しい人はそんな事言わねぇよ。」
むう、と頬を膨らませた君は俺を見て微笑む。
「でも、そんな私が好きなんでしょ?」
「はいはい、好きですよ。」
素直に認めると、
君はやっぱりクッションに顔を埋める。
髪の間から覗く真っ赤に染まった耳。
そんな君が愛おしくて思わず抱き締めた。
こんな日常が永遠に続くと疑わなかった俺らは
この瞬間が一番幸せだったと思い知ることになるんだろう。
彼女と出会ったのは大学の中庭。
春にしては、少し肌寒い風が俺らを引き合わせた。
ドラマのワンシーンのように
ゆっくりと俺の前に落ちてきた1枚の紙。
それを受け止め、俺は上を見上げた。
窓から見下ろしていた彼女は、
じっと俺を見つめてて
いや、違う。
じっと俺の手元の紙を凝視して
その後、俺の顔を見た。
「君の??」
彼女に届くような声で聞くと、頷いた君。
「俺、渡しに行こっか?それとも取り来る?」
そう聞くと
「捨てといて。」
透き通った綺麗な声で、
そんなことを言われ、思わず君を見つめた。
風に揺られた髪がフワッと浮いて彼女の顔が見える。
あ、好みの顔。
「いらないの?」
俺の手元にある紙には、
雨の中で月を見上げる猫のイラスト。
「これ、よく中庭にいる王様でしょ?」
「王様?」
小さな声で呟いて首をかしげた彼女は
俺の少し後ろを見つめて指差した。
「あの猫、王様って言うの??」
俺の後ろには太った三毛猫。
まるで王様のような威厳があって
いつでも塀の上から俺らを眺めてるんだ。
「あー、そう、こいつ。
俺はそう呼んでる。
なんか太ってて偉そうじゃね?」
「その子、メスだよ?」
「…まじ?」
「まじ。」
「…王、女?」
ふっ、と思わず吹き出したような彼女の笑顔に
ドキッとする。
慌てて下を向いて紙を見つめた。
今にも溶けていきそうな夜空に
存在感を放つ月。
毛並みまで繊細に描かれた猫。
真っ直ぐに澄んだ目が月を映していて
雨は優しく、ときに儚く、
全体を包み込んでいた。
美術に詳しくなくても、
素敵な絵だって一目で分かる。
「捨てるなら、これ俺貰ってもいい?
この絵好きなんだけど。」
「…勝手にすれば?」
耳が赤くなってるのを隠すように
髪に手を触れた彼女。
「やっぱり、そっち行く。」
なんか、誰にも見せたくなかった。
誰にも聞かせたくなかった。
君の姿、君の声、君の仕草や何もかも。
なんか、知らない誰かに見せるのが嫌で。
驚いた顔の君を見ないふりして
君のいる廊下まで走った。
「名前教えて。」