デーリシューズブレッド
最初入ってきた入り口とはまた別の入り口から建物の外に出る。
目の前には結構な数の人と4車線道路を走る結構な数の車の姿があった。
さっきまで晴れていた空は雲が見られるようになっていた。
そして今、俺の腹は昼食の中華とその後すぐ食べた冷たいアイスクリームで満たされていて、何も食べる気がしない。
「お腹いっぱいになっちゃったよ」
「私はまだまだ大丈夫、かな」
「まじかよ。まだ食うの」
本当はそんなに食ったら太らないか、と聞いて見たかったがやっぱり無理だった。
女子に対して体形のことを言うのはダメだ、と学校である女子が言っていた。
「うん。まだ1時位でしょ。1時間したらまた何か食べたくなるよ」
「俺もそんくらい歩いたらなんか食えるかも」
いったい結音が何を食べるかは知らないけど何かを食うことは分かる。
時計を見るとは12時52分を指していた。
アスファルトで覆われた地盤をしばらく進むと東風谷駅のバスターミナルに着く。
ここは降りる用を含めると25番乗り場まであるバスターミナルで路線バスはもちろん高速バスも発着するため結構、と言うかかなり大きな方に入ると思う。
だからそれなりに乗客はいる。
目立つのはさっきまで俺と結音がいたいるスタ東風谷で屋内散歩とかをしていたであろう親子連れや外国人観光客だった。
「外国の人たくさんいるね」
結音がそれを見て俺に行ってくる。
「平乃の滝に行く人だよ、きっと。さっきるるぶ見てたらバスでも行けるんだって。電車で行くよりちょっと高いけど本数が多いからそれで行く人多いみたいだよ」
俺はさっき見たるるぶの内容を話した。
詳しく書くと俺と結音が使った列車ルートは130円しか掛からないのに対してバスルートは220円とで、俺たち2人は列車ルートを選択したことで往復360円節約できた。
いくらお年玉を毎年貯金しているとは言え1人180円の節約は大切だ。
塵も積もれば山となる、はずだから。
「そうなんだ。早く行って良かったね」
「うん。今行ってたらうるさくて風景に集中できないだろうね」
結音がさっきと同じようなことを言うので同じようなことを返してみた。
でも反応はさっきと違った。
「うん」
あれ、と思いながらさらに歩く。
バスターミナルを抜け右側にある道路に出る。
この辺は市役所や警察署、さらには裁判所まである公共施設が密集している地区だから自営業の店はほとんど無い。
あったとしてもそれはファミマかローソンといったコンビニで東風谷らしいと呼べる店は無かった。
通りに沿ってしばらく歩くと左右に延びる4車線の幹線道路、国道35号菊東線が見えて来る。
「どっち行く」
結音が俺に尋ねる。
「どっちでもいいよ」
俺は適当にそう答えた。
「でも今日は隼人が計画立てたんだから最後までしっかり決めてよ」
「え~。仕方ないな~」
「仕方ないってなんだそれ」
結音は俺の味気ない返事に少しだけ、少しだけ、不満を持ってしまったようだった。
しまった、と思ったがいまさら急に分かった、何て言えるもんじゃない。
「ごめん」
それが俺が結音に対して言える事の最大限だった。
そうした俺の次の結音の発言に対する不安をよそに結音がツボにはまったらしく
「自分で言って自分で謝るの。何か変だね」
と言いながら笑う。
一体さっきまでの俺の余計な不安はどこへやればいいのか、自分に聞きたくなってしまう。
「じゃあ、右行こうか」
じゃあ、と言う俺の声にも自らの笑い声が混ざってしまった。
「そうしよっか。で右に何があるの」
「そんなの知らないよ。行ってみてのお楽しみ的な」
「ふ~ん」
とにかく右に曲がって進むことが決まったので俺は横断歩道の押しボタンを押す。
しばらくたって信号が青になった。
渡るのは俺と結音の2人だけ。
信号待ちで停まっているトラックの運転士から変な目で見られるのは困るので、手は繋がずに駆け足で渡った。
渡り終わり右に曲がる。
目の前にはまっすぐ延びる道路とその先にある大きな橋と中層マンションの影、右には中層から高層の公共施設群、そして左には奥の方まで広がる田んぼがある。
「すごい景色だね。こっちは田んぼばっかりでこっちは建物ばっかり」
結音はこっちは、と言うたびに指差す向きのを変えながら感動を身振りでこちらに伝えようとしている、がこちらはそんな事言われなくても分かってる、って言うのが本音だった。
「ね。街と農地がはっきりしてるよね」
「ね」
短く結音は答える。
3分ほど人通りは少ないが車どおりは多い国道を進んで行くと大きな橋があった。
「おっきい橋だね」
「ね」
「328mもあるんだって。あっ、平乃川だって。さっき電車で渡った川だよね」
「覚えてる。すごい」
「何そのくらいで驚いちゃって。私そんなバカじゃないよ」
「ごめんごめん」
言葉と一致しないにこやかな顔を俺に向けてくる結音が南から差す太陽の光を受けてよりかわいらしく見える。
328mと言う東京タワーを横に寝かせたよりわずかに短い橋を渡り終えると目の前は大きな交差点、そしてさっきから見えていた中層マンションや大規模な郊外型スーパーなど、ようやく生活できそうな風景が目の前に現れる。
「さっきは田んぼとかあって田舎って雰囲気だったけど一気に都会に戻ったね」
そう結音が言うのも無理はないと俺は思う。
実際さっきいた東風谷駅の周辺、つまり川を渡ってくる前の地区は市役所や警察署、裁判所を始めとする公共施設と商業施設で埋められており、マンションなどはあるにはあるが数棟しか無い。
だからこの東風谷の市街地の人はほとんどが川を渡ってきたところ、つまり今俺と結音がいるところに住んでいるのだ。
結果的に駅前の人通りは少なくなり、バスターミナルが混雑するのである。
「うん。橋渡っただけでこんなに違うんだね」
「人も駅前より断然多いしね」
「こっちに駅造れば良かったのにね」
結音が言うことは最もだがこれにはちゃんとした理由があった。
「最初はここに駅造るはずだったんだよ」
「じゃあ何であんな遠いところにしたの」
「線路を敷きやすかったからなんだって。もしこの辺に駅を造ろうとしたら急カーブをいっぱい造んなきゃいけないんだって。そうなると電車のスピードが遅くなっちゃうんだって」
「へえそうなんだ。だからわざわざあんなとこに駅造ったんだ」
「うん。そうみたいだよ」
「なるほど、納得」
結音は満足気な表情を浮かべる。
そして交差点を結音に何も聞かずに勘で右に曲がる。
聞くとさっきみたいなことをまた聞かれるのはこの前国語のテストで52点を取った俺でも分かる。
「こっち行くの」
「うん。だって左ずっとマンションだよ。なんかあそこに商店街的なやつがあるからそっち行こうかなって」
「本当だ。なんか人いっぱいいるから昼市でもやってんのかな」
「かもね。で何か食べるんでしょ」
さっき駅の辺を歩いているときまだお腹がすいてるとか結音言ってたな、なんか思い出したので言ってみる。
「もちろん。なんか甘いものとか食べたいな」
「例えば」
結音にとっての甘いものを聞いてみたかった。
ちなみに俺は甘い物と言えばマンゴーパフェ。
「クッキーとかどら焼きとかかな」
「女子が甘いものって言ったらケーキとか想像してたけど違うんだ」
「私だけだよこんなの。この前スイーツバイキング行ってみんなケーキなのに私だけ山盛りのどら焼きと芋羊羹だったから驚かれちゃったよ」
「だろーな。どら焼きとかなんかおばあちゃんの食べ物みたいな感じだしね。ま俺は好きだけど」
おばあちゃんの食べ物、で止めたら何か言われそうな気がしたから少し間をおいて俺も、と言っておく。
「そうなんだ。じゃあ後で売ってたら買おうね」
おいなんだよコイツ本気で買うつもりかよ、と心の中で思う。
信号を渡ってからその昼市が行われているっぽい所は近いためすぐ着いた。
やっぱりさっきの予想通りで昼市の旗が風に揺られている。
「着いたね。やっぱり昼市だよ」
「だね。で何か買わない」
「買おっか」
そうしてまっすぐ延びる商店街を5分ほど進むと結音が
「あのパン屋さん行こうよ」
「どら焼き売ってないでしょ」
「いいからいいから」
結音は俺を置いていきこっちこっちと手を振る。
俺は仕方なく着いて行く。
どら焼きが目的じゃなかったのかよと心の中でそうつぶやきながら。
「デーリシューズブレッドだって」
「見りゃ分かるよ」
店内はお客でいっぱいで女子が好きそうな甘いにおいに満たされていた。
右にはテッカテカに輝くクロワッサンが、そして前には見るだけでおいしいと断言できるくらいおいしそうなメロンパンが、そして左には天に向かって一直線に延びるフランスパンがあった。
「おいしそ~」
「ね。あれもおいしそうだねあのアップルパイ。りんごいっぱい乗ってるよ」
「え~私はあそこのメロンパンがいいな」
そう言いながらトレーとトングを手に取りメロンパンの元へと向かう。
俺はまだ決まっていないので、というかお腹がいっぱいで特に買うつもりは無いのでぐるぐる通路を回っていた。
「隼人は何か食べないの。食べなきゃ損するよ」
始めて来たくせによくそんな事いえるなと思いつつ
「あ、っそう。じゃあどれにしようかな~」
と結局食べることにした。
「ゆっくり探して良いよ~。私も探してるから」
「了解」
そう言い俺はまた通路をぐるぐる回る。
1つの蜂蜜フレンチトーストに目が留まる。
やがて結音がメロンパンとアップルパイ、そしてカレーパンその他合わせて5つほどのパンをトレーに載せて来た。
「決まった」
「うん。これにしよっかな、と思ってる」
「分かった」
そういうとすぐに持っていたトングを器用に片手で開き目の前の蜂蜜フレンチトーストを掴む。
「レジ行く」
「うん。行こう」
そう言い5人ほどのレジ待ちの列に並ぶ。
「お会計730円になります」
「俺払うよ」
「いやいいよ」
そう言い結音は730円丁度を財布から取り出しトレーに置く。
その間に店員さんは一つ一つのパンを袋に入れていく。
「730円丁度お預かりいたします。あっポイントカードはお持ちでしょうか」
「無いです」
「おつくりしましょうか」
「お願いします」
結音が財布を開いていたのでこっそり拝見するとポイントカードが10枚はあるように見えた。
「では今回ポイントが73ポイント付きました。丁度お預かりしましたのでレシートとポイントカード、商品のお渡しです。ありがとうございました」
結音が渡されたものを全て受け取る。
店を出て商店街を入ってきた方向へと戻っていく。
「食べよっか。どっか座る場所ないのかな」
「そこにベンチあるけどそこにする」
「あっそうだ。さっきの川の下にベンチあったよ。そこだと景色とかきれいだと思うよ」
「じゃあそうするか」
「うん」
内心そんな所で食べたら周囲からの目線が気になって仕方ないと思うがそこは結音に従うことにした。
商店街を抜けもときた方へと戻る。
さっき渡った橋の前にある左に分かれる道を進むとそこは平乃川の堤防だった。
一度上ってまた少し降りるとベンチが並んで設置してあった。
「座ろっか」
「うん」
結音に促され結音の右側に座る。
「向こうの山きれいだね」
結音が川上側の向こうにそびえる箱根連山のシルエットを見て言う。
「ね。夕方来たらもっときれいなんだろうね」
今は昼、といっても1時46分だ。
「じゃあ、食べよっか。パン」
「うん。で何買ったの」
「えっとね~メロンパンとアップルパイ、カレーパンとおにオニオンリングサンドとこのマヨピザの5つかな」
袋から次々と取り出しては俺と結音の間の隙間に置きながら紹介した。
「おいしそうじゃん。特にこれとか」
「おにオニオンリングサンドね。私もこれおいしそ~って思って買っちゃった」
「ふ~ん」
「じゃあ半分こする」
「そうしよっか。だったら俺のも分けてあげるよ」
「いいよいいよ。私は他にもいっぱいあるから」
「あ、そう。じゃあ食べよう」
「いたっだきま~す」
2人は声を合わせて言った。
対岸では多くのビルに太陽の光が当たり、まぶしいくらいに輝いていた。
<おわり>