その世界に私の居場所は
私の目の前に馬鹿がいる。
「中世ファンタジーといえばドラゴンだろ!」
それは分からないでもないが、私にはそもそも何故中世でファンタジーなのかが分からない。
「別に原始時代でも近世でも構わないのではないでしょうか?」
「お前は何もわかってない!」
私は分かってないらしい。あと、お前言うな。
たしかに見た目はド真ん中のストライク。審判の資格制導入なんて論じるまでもない。
2mを優に越える体躯、日焼けした褐色の肌、鍛え上げられた筋肉、厚い胸板、角ばった精悍な顔だち、短く刈り込んだ金の髪に青い瞳。もちろんあごは割れている。
やっぱりマッチョは良い。
思わず涎が出そう。
さらに重低音の声には腰が砕けそうになるし、耳元で愛を囁かれたなら床を汚して失神する自信がある。
…だが。
「魔法だよ!魔法があるんだよ、この世界には!だったら中世でファンタジーでドラゴンだろ?他に選択肢なんてないだろ?」
中身は馬鹿だ。
中世とか無理だ。まかり間違って死んで転生した時に、どれだけ不自由すると思ってるんだ。
私は汲み取り式のトイレなんて嫌だし、朝はシャワーを浴びたいし、夜はゆっくりお風呂に浸かりたい。服だって綺麗な方がいいし、下着もかわいいものがいい。靴だって中世じゃおしゃれなものはないだろう…いやあるか?
とにかく中世はダメ、やるならあくまで中世風。
中世風ファンタジーのドラゴンとモフモフ添え。これならいい。モフモフは愛でるモノだからマッチョとは別腹だ。モフモフマッチョは…うーん。
…いやまて。私まで馬鹿に影響されてどうする。中世じゃなくていいんだ。科学があったほうがいい。科学と魔法とマッチョと犬っ子とドラゴン。そう、それがいい。でもそうするとファンタジーじゃないかな?それなら…。
「他にもあると思いますよ。科学と魔法で学園ものをするとか」
「そんなん放っといてもアイツらがやる!アイツらの後追いとか嫌だ!!」
確かに私も仇敵の真似なんて死んでも御免だけど、中世ファンタジーな魔法の世界とかそれこそ何番煎じだ、味しないだろう、ただのお湯だろう。
この馬鹿には泥水でももったいないが。
「だいたい科学と魔法とか何番煎じだよ?馬鹿じゃねぇの」
「申し訳ありません、考えが足りませんでした」
馬鹿に馬鹿と言われて、吹き飛びそうになった理性をなんとか繋ぎ止める。青筋が浮かんだのは許してほしい。
しかし私が必死で怒りを堪えてるのが分からないこの馬鹿は、ニヤニヤ笑ってアホなことを言い出す。
「いやいや、わかってるって。学園モノでイケメン達に囲まれて逆ハーしたいんだろ!大人しそうな顔して、この淫乱が」
「そんな…滅相もありませんわ、酷い事をおっしゃられないでください」
こいつ挽肉にしてやろうか?
ただのイケメンに何の価値があるんだ。囲ませるならイケメンマッチョにだろ。ただのマッチョも可、例え不細工でもマッチョならいい。細マッチョは却下だ、イケメン細マッチョも不可。
たしかにお姫様抱っこさせるなら細マッチョのほうがいい。絵になる。
でも私は片腕で抱き上げて欲しいんだ。力士さんが子供にしてあげているようなアレ。アレをやって欲しい。そうなると細マッチョじゃだめ、マッチョじゃないと。私は若干、あくまで若干、小柄な方だけど、それでも細マッチョとじゃバランスが悪い。
「わかってる、わかってる。ちゃんと学園もつくっから、一緒に転生チートでハーレム目指そうぜ!」
「世界は作っても運営はしないという方針では?」
不慮の事故死から転生するときのために、ある程度の出生率は必要だけど、その世界で魔王が世界を闇で閉ざそうが、魔法使いが地下10階のダンジョンを作ろうが関知しないって昨日の三人で決めたはず。
というか、この馬鹿は転生する気なのか?私と違って後方要員のこの馬鹿が死ぬことはあるのか?わざわざ自殺する気か?
「文明の途中から始めてもいいんだろ?最初から学園があるなら問題ない」
「それはそうですが…いえ、そういうことではなく」
だから学園から離れろ。私はファンタジーとの対比に学園を出しただけだ。
だいたい私は選べるなら、10代の体のできていない性欲だけの男より、最低でも30代…できれば40代のマッチョに囲まれたい。いやシルバーグレイも捨てがたい。まあ人数次第では10代もお情けで入れてやるかな。
いや違う、馬鹿に流されるな、私は姉さんみたいに大和撫子を演じるんだ。逆ハーなんて興味ないから、うん。
「ああ、大丈夫!俺NTR属性もあるから。多夫多妻で楽しくやろうぜ」
そういって立ち上がると、私の席の方にやってくる馬鹿。ヤバイ、動悸が激しくなる。
とりあえず何か、何か言わないと。
「…え?多夫多妻?」
「つまり─」
顔を寄せられて思わず固まる。心臓が破裂しそう。
そして耳元に口を寄せ、馬鹿が告げた言葉に──私はキレた。
「この馬鹿が大概にしろ!キモデブのくせに盛ってんじゃない!!」
「ヒィ!」
顔が真っ赤なのは怒りのためだ。断じて、10代からシルバーグレイまで揃った逆ハーメンバーに見守られる中、馬鹿と濡れ場を演じる自分を想像したからじゃない。だいたい他に好みの男がいるのになんで相手がマッチョでもない馬鹿なんだ。
もうミンチだ、ミンチにする!でもマッチョのままミンチにしたくないから、まずは解除だ。
情けない声を上げて尻もちをつく馬鹿は滑稽だが、それで許してやる気はない。
馬鹿の変身魔法を解除する。この艦で私の魔法は1位か2位だ。どっちかは魔法による。そして1位を争っている相手はこの馬鹿じゃない、つまり馬鹿に私の魔法を防ぐ術はない。
光に包まれる馬鹿。それが収まった時、馬鹿は醜い本性をさらけだすことになるだろう。
「あはは、ざまぁみろ。調子に載るからそういうことにな─あれ?」
しかし光が収まった時現れたのは…細マッチョ(少し身長低め)。
「…えっ?不発?」
そんなはずは…。確かに魔法は発動した。二重に変身魔法をかけていた?いやそれでも解除はできるはず…。
「はあ、はあ。びっくりした、死ぬかと思った」
誰が一思いに殺すか。…しかし見た目は細マッチョだけど声は確かに馬鹿本来…いや、ねちっこさが抜けてるけど…肉のせいか?
口調も変わってる。気が大きくなってたのか。
「そのお姿はどうされたのです?」
「えっ、と。いやそれは…その」
「答えなさい」
この馬鹿、見た目は良くなっても─それでも顔は中の下…いや下の上だけど─太っていた時と挙動が変わらないから違和感がありすぎる。そういう意味では前のほうが良かった。あくまで挙動と外見の一致という意味で。
「…君に会ってから、ガチムチになりたくて必死に頑張ったんだけど、骨格的にこれが限界で…」
だったら魔法で負荷かけて、骨を伸ばせばいいのに。凄く痛いから私は身長伸ばすの諦めたけど。
…しかしガチムチになりたいとは知らなかった。
「知りませんでした。貴方は─」
「ああ、実は俺」
「ゲイだったんですね」
「は?」
思いっきり勘違いしてた…。そうか馬鹿は男が好きなのか。…なんで姉さんを待ち受けにしてたんだ、この馬鹿。
ガチムチ=ゲイ。これは世界の真理だ。姉さんの持っていた本にもそう書いてあった。
ゲイであるからにはガチムチを目指さずには居られない。故にガチムチに達したもの、その道を進むものはゲイとなる。
そう、ガチムチとマッチョは全然違う。
「確かにこの艦には女性は少ないですから、男同士の方が伴侶を見つけやすいですよね。特定のお相手の居ないゲイの方も多いですし」
この演技も無駄だったわけだけど。
直すのもシャクだ。そんなことしたら陰で笑われそうだし、続けるよう。そう私は元々大和撫子だから、うん
それでも多少トゲが混じってしまうのは、この際仕方ないだろう。
「そ、そうなの?」
「ええ。何人かご紹介しましょう。きっと貴方を頂へと教え導いてくれます」
「いや、それはいい」
「遠慮なさらずに」
「遠慮してない!」
まあ遠慮は日本人の美徳だから仕方ない。
必死な馬鹿を見たら少しは溜飲が下がったし、この話はおいておいてやろう。馬鹿も伴侶は自分で見つけたいだろうし。
…そうだ日本人といえば、新世界の公用語は日本語にしよう。馬鹿は日本語しか話せないし、馬鹿にはその都度魔法で翻訳は面倒だろう。私も翻訳魔法は苦にならないけど、外国語は苦手だし。上の人が英語がどうこう言うかもしれないけど無視無視。
「それより、仕事の話をしよう!早く作り上げようよ、俺達の世界!」
「…そうですね」
打ち上げ可能な施設は殿として上がってくる時に全て破壊したけど、魔法で代用することもできる。ここからなら、上がってくるモノなどただの的でしかないけど、裏をかかれる可能性もあるし。
何かのときのために、転生できる拠点は早く近場に作ってしまった方がいい。産まれたばかりの赤ん坊からでも無理矢理復元して戦線に復帰することはできる。妊婦の死を厭わないならお腹の中からでも。
世界自体も最初は小さく作って後々アップグレードしていく手もあるし。
「基幹だけでも早く決めてしまったほうがいいでしょう」
「そうだよね!それじゃ中世ファンタジーにドラゴンで…学園かな?」
「中世風、でおねがいします。魔法があるとはいえ、便利なものは持ち込みましょう」
「うん、そうだね。…ご都合ファンタジーの方がいいか、分かりやすくて」
「そうですね…あと学園なのですが。年齢に関係なく通える下地が欲しいですね」
「というと?」
「現実にそう謳っているところでも実際は若い人ばかりですから。学問に年齢は関係ないというのを体現した学園にしたいのです」
断じて私の逆ハーのためではない。
「なるほど、さすが。そうすると─」
馬鹿が言いかけたところで、終業の鐘が鳴った。正確にはシフトの交代だけど、私達の仕事は終わりだ。あとは明日かな。
休むのも仕事。緊急時に戦えないではお話にならない。
「あの。この後時間あるかな?今日中にもう少し詰めておきたいんだけど」
「貴方が時間外労働ですか?熱でもあるんですか?」
馬鹿の額に手を当ててみる…ちょっと熱いかな?
「い、いや、大丈夫。それより時間あるならもうちょっと進めよう」
「…時間は大丈夫ですけど、この部屋は使えませんよ?」
もうすぐこの部屋は施錠される。機密データもあるから。私達の立場でも時間外にここを使うのは手続きが少々面倒。
「俺の部屋はどうかな、各種端末も揃ってるし」
「貴方の部屋ってゴミ溜めでしょう?」
前に招待されて行ったら、足の踏み場も無くて別の場所に移動することになった。その様子に私が顔を顰めたのを見て、慌てふためく馬鹿は滑稽だったけど、表情を隠しきれなかったのは少し申し訳なかった。
今となっては、どうでもいいことだけど。
「大丈夫、片付けたから!」
疑わしい…まあ、いいか。あまりゴネて私の部屋でとか言われても困る。馬鹿なら入れるのは構わないけど、新型魔術式の作成メモで溢れかえっているから。
そういえば…。
「貴方はどうします?」
私は部屋にいたもう一人に声をかける。最初から居たけれど全く発言していない。用のないときに発言しないのは前からだけど。
「私はこのあと用事があるから。頑張ってね、応援しているよ」
「ありがとう。俺、頑張るよ!」
馬鹿が笑顔で答えているけど、このもう一人もプロジェクトのメンバーなんだから、応援じゃなく手伝って欲しい。
まあ彼も戦闘要員でもあるから休むのも仕事だけど。
「それじゃいこうか」
「どさくさにまぎれて肩を抱こうとしないでもらえます?」
恐る恐るといった感じで伸びてきた手をはたき落とす。この馬鹿は前から私にこういうことをする。
ゲイだったなら私の肩を抱こうとかしないで欲しかった。
「ご、ごめん…」
私と馬鹿は部屋を出て、馬鹿の部屋に向かって通路を歩く。馬鹿が前で私が後ろ。ゲイなら女が隣に居るのは嫌だろう、今まで悪い事をした。それに横に並ぶとすれ違う時邪魔になるし。
うん、そうだ。だから私が後ろなのは正しい。私は大和撫子だしね。決して顔を見られたくないという理由じゃない。
歩く事しばし。ぼんやりと馬鹿の背を見ていたら、不意に窓の向こうに私達が世界を作る衛星が目に入って、私は内心ため息を吐いた。
新たな世界が生まれるのはいつの日か。
そこに新たな力が芽吹くのはいつの日か。
戦力を整え仇敵に再び挑むのはいつの日か。
なにより故郷に帰るのはいつの日か。
魔法以外に能のない私には想像もつかなかった。
前を行く馬鹿には見えているんだろうか。
未来が見えているのだろうか。
そこに希望はあるのだろうか。
私はついて行ってもいいのだろうか。
プロジェクトリーダーはこの馬鹿。
故に世界が成れば、この馬鹿は神になる。
そのとき同郷なだけの私に居場所はあるのだろうか。
聞かなくてもわかる、私の居場所はどこにも無い。
滲む世界で貴方を思う、届かぬ想いは抱くまい。
いつか私は故郷に帰る、きっとそのとき私は一人。
ありがとうございました