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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第4部 黒薔薇舞う
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作戦会議 4

 翌日から、レティシアとセレナはミランダの指導の元、侍女訓練を行うことになった。

 セフィア城侍従魔道士団の必修科目でもある礼儀作法をベースとしているため、特に真新しいことを学ばなくてはならないわけではない、のだが。


「慎ましく、上品に、控えめに振る舞う」


 真四角のテーブルを挟み、ミランダに対してレティシアとセレナが向き合う形で座る。

 ミランダはテーブルに優雅に手を組み、とんとんと指先でテーブルの板をリズムよく叩いた。


「セフィア城での礼儀作法は、貴族として、もしくは招待客として高尚な場に出る場合の作法を基本としているの。もちろん、お辞儀の仕方や言葉遣い、食事や挨拶のルールなどはそれに則ればいいのだけれど、一番変えなくてはならないのが、心構え。客人ではなく、客人の使用人として振る舞わなければならないのよ」

「つまり、主人になるミランダを立てなければならないってこと?」


 レティシアの質問に、ミランダはゆっくりと頷いた。


「噛み砕けばそういうこと。基本的に、侍女は一切喋る必要はないわ。そもそも相手の貴族は使用人をないものとして扱うことがほとんどだから、主人――今回の場合私の許可が下りるまでは絶対、口を開いてはならないの」


 ただし、とミランダは念を押した。


「喋らないからといって、適当に振る舞っていいわけじゃないのよ。あなたたちは仮にもエステス家の侍女になるわ。たとえ発言しなくても、足の動かし方や身だしなみ、立ち姿などは全て、チェック対象。ここで相手の人が、エステス家の侍女は礼儀がなってない……なんて言えばうちの名誉ががた落ちになるの。今回、あなたたちがエステス家の侍女になるように持ちかけたのは私だから押しつけるようで申し訳ないけれど、やるからには全力でやってほしいっていうのが私の本音よ」

「一番にミランダ様を立てて、私たちは余計なことを一切言ってはならない。加えて、良家に仕える侍女としてふさわしい振る舞いをしなくてはならない」


 既にぐったりし始めたレティシアとは対照的に、隣に座るセレナははきはきと言った。

 「令嬢らしく振る舞う」ことは、彼女にとってそれほど苦ではないのだろう。現に、今レティシアとセレナが練習用に着ている侍女服も、セレナはしっくり着こなしているように思えた。


 その日は一日掛けて、ミランダの指導の元で「エステス家伯爵令嬢専属侍女」としての訓練をみっちり受けることになった。それらが終わった頃には、レティシアはばったりとソファに倒れ込んだし、さしものセレナも疲れた顔で椅子に腰を下ろしていた。


「ミランダの指導……厳しい……」

「悪いけど、私は手加減しない質だからね」


 そう言うミランダだが、指導中と違って休憩中の彼女は優しい。つい先ほどまでメタメタに打ちのめしていたレティシアたちに温かい紅茶を入れ、とんとんと背中を叩いてくれた。


「でも、二人ともよく頑張ったわよ。まあ、どちらか片方は音を上げるだろうと思っていたから」

「……それって暗に、私の方を指してない?」

「いいえ? 私は別にどちらとも言ってないけど?」


 レティシアの遠回しな苦情もサラリとかわし、ミランダはくすくすと笑った。


「その侍女服も早く慣れてちょうだいね。ちょっと首周りやウエストがきついだろうけど、実際夜会に着ていく服もそれと同じ型のものだから」

「うえぇ……これ、すっごく肩凝るんだけど」


 ぶちぶち文句を言い、レティシアは黙って紅茶を啜るセレナに視線を移した。


(……うん、やっぱりセレナはきっちり着こなしてるよね)


「私は全然着こなせないけど……セレナ、その服似合ってるね」

「え?」


 ぼうっとしていたのだろう、急に話しかけられてセレナが目を丸くする。


「ごめん、何か言った?」

「あー、いや。その侍女服もよく着こなせてるなー、って思ったの」


 セレナが視線を動かし、自分の服を見る。レティシアのものと全く同じで、丈と胸囲のサイズ以外違いのない、侍女服を。


「……んー、そうだった?」


 セレナは曖昧に笑い、一気に紅茶を煽ってカップをソーサーに戻した。


「ごちそうさまでした、ミランダ様。……では私は向こうで着替えてきますね」

「……ええ」


 そしてセレナはさっさと自分の着替えを持って、続きの部屋に行ってしまった。


(セレナ、あまり嬉しそうじゃなかったな……すぐに着替えてしまったし)


 閉まったドアを見つめてレティシアが思っていると、こほん、と背後から小さな咳払いの音がした。


「……レティシア、ちょっといい?」


 振り返れば、いつになく神妙な表情のミランダが。

 先ほどの優しい雰囲気が微塵も感じられず、反射的にレティシアはぴっと背筋を伸ばし、不安に胸が不規則な鼓動を始めた。


(ミランダ……怒ってる?)


「安心して、怒ってるわけじゃないから」


 まるでレティシアの心を読んだかのように言った後、ミランダは細い眉を悩ましげに寄せて、ちらとセレナのいる部屋の方を横目で見やった。


「さっきのレティシアの発言だけれど……服装を褒めるのはいけないことじゃないし、あなたも悪気があって言ったんじゃないだろうけれど、侍女ドレスが似合うって言うのは諸刃の剣になるのよ」

「諸刃の剣……?」

「レティシアが着ているのもそうなのだけれど、うちの侍女服は控えめな緑色をしているでしょう? あれはね、着ている人を地味に見せるためにデザインされているのよ」


 ミランダが言うには。


 他の貴族の家でも同じなのかは分からないが、エステス家では主役となる伯爵や令嬢を引き立てるため、その側に控える使用人や侍女は揃って地味な衣服を纏う習わしになっているのだという。

 侍女の場合は、数代前の古い型のドレスに華美さを抹消した地味な装飾を付けるだけのデザインになっているのだ。


「正直、今のレティシアは恐ろしくそのドレスが似合ってないの……何でか分かる?」


 レティシアは答えられなかった。

 何となく、答えはうすうす分かっていた。

 でも、それを口に出す勇気がなかったのだ。


「……なぜレティシアが似合わないのか。それは、ドレスの地味な緑色と、あなたの眩しいオレンジ色の髪やくっきりした顔立ちが相反しているからなのよ。つまりさっきレティシアはセレナに対して、あなたは地味なドレスが似合ってる、って言ったようなものなのよ」


 レティシアは、セレナを貶すつもりは毛頭無かった。

 むしろ、何でもそつなくこなして世渡り上手、いきなり与えられた服も難なく着こなすセレナを褒めたつもりで言ったのだ。


 だが、それがミランダの言う「諸刃の剣」になっていた。

 「セレナは何でもこなせる」という褒め言葉から、「セレナは地味な服が似合っている」という嘲りの文句に変わってしまっていた。

 そう捉えられても仕方のないことを、レティシアは言ってしまった。


(セレナ……)


 ついさっき、悲しげに微笑んだセレナの顔が脳裏に浮かび上がる。あの時、彼女はどんな気持ちで微笑んだのだろう。

 レティシアは、物音一つ立てない続き部屋を、ぐっと唇を噛みしめて見つめていた。

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