花舞う都へ
マックアルニー子爵館での事件の後、ティエラ王女護送隊の警備は一層厳重になり、それこそ子ネズミ一匹の侵入も許さないガチガチの包囲網で進んでいった。
雪の跡が残る馬車道を進んでいると、前方から見慣れた黒い影が。
「報告します! アバディーン王城が見えました。日没までには王都に到着します!」
竜騎士ノルテの報告に、護送隊からは歓声が上がった。もうじき旅の終着点に到達する。
「長い旅路でしたわ」
馬車の中にて。
外の身を切るような寒風とは無縁の、お嬢魔道士専用の馬車。魔道暖炉もちゃっかり装備されている温もった空間では、お嬢様たちのティーパ-ティーが開かれていた。
「……いろいろありましたが、平民も捨てたものではありませんのね」
魔道士の一人が、窓の外を見やってつぶやく。そこには、馬車と速度を同じくして馬を駆るオレンジ色の魔道士の少女の姿があった。
彼女は先日の一件からゲアリーの信頼を得たらしく、以前よりは行列の前寄りでの従属を許されたのだとか。彼女は馬車の中のお茶会に目をくれることなく、隣で轡を並べるミルクココア色の髪の魔道士と何やら喋っていた。
「確かに……癪ですが、わたくしたちはそうそう簡単に命を張ることはできませんからね」
「わたくしも、痛いのは嫌ですから」
馬車の隅では、ミランダが黙ってお嬢たちの話に耳を傾けていた。彼女はテーブルに広げられた茶菓子を摘むことはなく、暖かいハーブティーを啜るだけだったのだが、ふと顔を上げた。
「そういえば……アリアナ様。レティシアがレアンだけに防護膜を張ったというお話、どこでお聞きになりましたの?」
それまでずっと沈黙を貫いていたミランダの発言にお嬢たちは一瞬、戸惑ったが、指名されたリーダー格のお嬢魔道士は口元まで運んでいたクッキーを置き、意外そうにミランダを見返した。
「あらまあ、ミランダ様、そんなに気になることですの?」
「それはもちろん。私の友人のことですから」
しれっとして言い、ミランダは窓の外の二人の魔道士を見やった。
お嬢たちは、レティシアたちのことを憚りなく「友人」と呼ぶミランダに毒気を抜かれたようだが、すぐさま互いに顔を見合わせた。
「……誰でしたっけ?」
「クラート様……ではなかったですよね」
「ええと、確か……エヴァンス殿下?」
アリアナが出した名前に、ミランダは切れ長の目をすっとさらに細めた。
「殿下が?」
「ええ、昨夜の事件の細部までは教えてくださいませんでしたが、わたくしが気になったことをお伺いすると、快く答えてくださったのです」
「そういえば、エヴァンス殿下はレティシアをリネン部屋に隠したのでしたね」
ほとんど独り言のようなミランダのつぶやきに、お嬢たちは勝手に盛り上がってきゃあきゃあとはしゃぎだした。
「そうそう! いかなる時も機転を利かせ、柔軟に行動して窮地をくぐり抜けられる殿下……素敵ですわ!」
「まさに騎士の鑑ですわね」
「憧れますわぁ」
「何をおっしゃるの。殿下はその場にいらっしゃるだけで十分ですわ。ただ立っているだけで気品がにじみ出てらっしゃりますもの」
「そうですわ。マックアルニー子爵館での朝……覚えてらっしゃるでしょう? 白銀の世界にじっと佇む殿下のお姿!」
「もちろん! わたくし、この目に焼き付けましたもの!」
「凍えるような雪景色の中、こう、腕を組んで天を仰がれる姿……わたくし、ノーウェン美術館の彫像を見ているのかと思いましたわ。たくましい体躯に、凛としたお顔……」
「護送隊に参加して正解でしたわ」
「それにしても、なぜ殿下はあのような場所にいらっしゃったのでしょうね」
「お寒いでしょうと、わたくしたちが上着をお持ちした時には既にいらっしゃらなかったですわよね」
「きっと、中庭からティエラ様の安全を確認されていたのですよ」
それを聞き、ミランダの目に、わずかに炎が宿った。
「では、殿下はティエラ様のお部屋を見られていたのですか?」
「ええ、わたくしはそう見えましたわ。なにせ、ティエラ様はエヴァンス殿下の従姉君であり、お世継ぎですもの。お気に掛けるのも当然ですわ」
「騎士として完璧なお姿ですわよね」
お嬢たちの話を右から左に流しながら、ミランダは遠い眼差しになった。のどを反らせ、ソファの背もたれに後頭部を当てると、小振りのシャンデリアが下がる馬車の天井が視界に入った。
馬車の外では、レティシアとセレナが今も、楽しそうに話をしていた。
護送隊一行は冬景色の中、陰謀と栄華の華煌めく王都へと向かっていた。




