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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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襲撃 10

「……僕が西棟に向かうと、前提以上の兵がたむろしていて……ここで僕は、計画に穴があり、敵が兵配置を狂わせたのだと知ったのです。どのような手段かは、分かりません。でもとにかく、西棟に必要以上の兵がいるとなれば手薄になった場所があるはず。僕は急ぎ、本棟へ戻ったのですが――そこで、通りすがりにノルテの姿を見たのです」

「その時、ようやっとアンドロメダが起きてくれて、わたしは中庭に出て棟を見上げて……事態に気付きました。六階スイートルームの寝室の窓が割れていたんです」


 ノルテは言い、断りを入れた上でゲアリーが広げる見取り図に歩み寄り、アンドロメダの厩舎がある位置と一階渡り廊下をなぞるように示した。


「ここに私がいて、クラート様はこう、横切ってる途中だったのです。わたしもクラート様も魔法を使えません。かといって階段を使うなんて時間の無駄。だからクラート様もアンドロメダに乗せて、一気に六階まで上がったのです」

「その時の状況が……セレナ嬢、君が語ったことで間違いないな」


 それまでずっと聞き役だったセレナは急にエヴァンス王子に尋ねられ、はっとして顔を上げた。そしてお得意の王子様スマイルを真っ向から見てしまい、わずかに頬を染めつつもしっかり頷いた。


「は、はい。私は寝室で待機しておりました。もちろん、いつでも魔法を放てるよう、身構えてました。すると、部屋の隅のソファからご子息が出てこられて……」

「……要人一家は全員、三階に移動する算段になっていた。だが、ご子息のみ部屋に取り残されており、セレナ・フィリーも動揺した。そこへ、窓を破って襲撃犯が来襲したということだ」


 唸るように言い、ゲアリーはイライラと見取り図を叩いた。


「警備はザルそのもの。計画の不行き届き。不自然極まりない兵配置……あらゆる点で抜かりがありすぎた。今回はレティシア・ルフトがいち早く異変に気付いたことと、ノルテ殿が素早く応戦に入った甲斐あってなんとか要人への危害は最小限に収まったが……」


 そこで、ずっと黙って話を聞いていたティエラが小さく挙手した。


 彼女の身分は未だ伏せられているので、マックアルニー子爵がいる前で堂々と発言することはできない。素早くエヴァンス王子が席を立ち、ティエラの側にしゃがんで彼女が小声で言うことを拝聴した。

 王子はひとつ頷いた後、席に戻ってテーブルの上で両手を組んだ。


「要人からもご質問がありました。曰く、レティシア嬢とご子息を狙った輩の行方はどうなったのかと」

「……残念ながら、僕が駆けつけた時には既に逃げられていました」


 クラートの冷静な声を聞き、レティシアの胸が大きく高鳴った。


 薄暗いリネン室。問答無用でレティシアを抱きしめるクラート。

 長い腕と、温かい胸。

 小刻みに震える体と、ひび割れた声。


(っ……! いけない、会議に集中しなきゃ……!)


 ボッと顔が火照りそうになり、レティシアは慌てて右手で左手の甲をぎゅうっと抓り、必要以上に目をかっ開いてクラートを睨むように凝視した。


「後ろ姿は見えたのですが、奴は相当長身な男性で、上から下まで体を隠すマントを羽織っておりました。それゆえ体格までは分からなかったのですが……その時持っていた剣は剣身だけでも一メートルは超えていました。あれだけの剣を片手で構えているのですから、相当屈強な男かと思われます」


 クラートの説明を聞き、レティシアもぼんやりとながら、今朝未の事件を思い返した。


 リネン室のドアを蹴破った大柄な男。わずかな明かりを受けて残忍に煌めく銀の刃。クラートの言う通り、男はその大剣を片手で構えていた。


(じゃあ、その逃げた男は襲撃犯でのリーダーだったってこと?)


 レティシアの声にならない疑問に答えたのは、マックアルニー子爵だった。

 彼は挙手した後、見事な禿頭に滴る汗をハンカチで拭った。


「ベルツ子爵が捕縛なさった襲撃犯もまた、こちらで調査しました。結果、唯一逃げおおせたその大男が事件の首謀者だったようです。ただ奴らも首謀者の素性については詳しく知らなかったようで、どこかの貴族だとか、落ちぶれた騎士だとか、はたまた凄腕の傭兵だとか、様々な情報が混在しておりました。奴らはその首謀者に金で買われた一団のようです」

「では、その首謀者は傭兵を買い、盗賊団に偽の情報を流した上で今回の襲撃事件を起こした。強盗によって兵の配置が換わることも予測の上で、窓から六階スイートルームに侵入。だがそこに目的の人物はおらず、応援の到着で状況は不利に」


 一言一言区切り、考えながらエヴァンス王子が低い声で淡々とまとめる。部屋に集まった面々も、ゆっくり頷きながら王子の言葉に耳を傾けた。


「そして躍起になった首謀者はせめて一矢をと、標的の息子を狙ったがレティシア嬢やクラート公子の抵抗で失敗。手下を見捨てて逃走した、ということか」

「一番の主格が逃亡したため、事の子細までは確かとは言えませんが、大筋は殿下のおっしゃる通りでしょうな」


 ゲアリーもエヴァンス王子の考えに納得したのか、椅子の背もたれに大きく寄り掛かって大きく鼻を鳴らせた。


「今回は悶着あったが要人をお守りすることができた。だが、殿下もおっしゃったように一番の黒幕は未だ、逃走中。作戦が挫かれたことで諦めていればよいのだが、そうはいくまい。アバディーンに到着するまで、気は抜けん。今後我らも御身の警備に今以上に尽力いたしますゆえ、今回の不手際と無礼をお許しください」


 最後の言葉は、ティエラに向けられていた。


 ティエラはゆっくり顔を上げ、ベールの向こうからゲアリーを見つめたようだ。しばしの後、ティエラはゆっくりと頷いた。


「こちらこそ、道中よろしく頼みます、とおっしゃっております」


 クラートがティエラの言葉を代弁したため、その場の者はひとまず、ほっと丸い息をついた。


(でも、ベルツ子爵の言う通り、まだ気は抜けない)


 レティシアはいつの間にかじっとりと汗でぬめっていた手をスカートの裾で拭い、白く染められた窓の外を見やった。


(ディレン隊として与えられた仕事なんだ。必ず、無事にアバディーンまで送り届けないと!)










 屋敷を半壊させられたというのに、マックアルニー子爵は始終謝り倒しだった。騎士たちの手で大方の修理はできたが、それでもスイートルームは寒風吹き付けているし、廊下や階段に飛び散る血の跡はそう易々とは拭えない。


 エヴァンス王子は地面に頭を擦り付けんばかりのマックアルニー子爵を立たせ、今回の責任は王家が負う、子爵館の修理や改装費も全て国から出すと宣言した。これも子爵は恐縮して固辞したのだが、エヴァンス王子の微笑みを前に、最後には渋々子爵も首を縦に振った。王子の笑顔は爽やかで甘ったるいだけでなく、相手に有無を言わせない鋭さと恐怖も入り交じっている。さすが、リデルの王子様だ。


 雪が止んだ中庭は真っ白な深雪に染まっており、柔らかな朝日を浴びて上品に輝いていた。泥汚れのない雪は、魔法の光が弾けたかのように小さな輝きがいくつも生まれていた。


 レティシアはそんな雪を踏みしめながら、子爵館出発に向けた荷運びをしていた。

 毎度おなじみ、荷物運びはレティシアたち一般市民――もとい、ディレン隊の仕事。馬車にせっせと衣類や食料を運び込んでいたため、レティシアはしばらく、背後で自分が呼ばれていることに気付かなかった。


「……何度も呼ばせないでくれます? レティシア・ルフト!」


 そこまで言われてようやく、レティシアは手を止めてゆっくりと振り向いた。


 正面玄関のポーチの下で終結しているお嬢魔道士たちは、なかなか返事を寄越さないレティシアに苛立っているのか、せっかくの可愛らしい顔を憤怒に歪めていた。

 レティシアはそんな彼女らの怒気に怯むことなく、わざとらしくきょとんと問い返した。


「ああ、すみません。仕事に集中していて気付かなかったもので」

「何を! わたくしたち、先ほどからあなたをずっと呼んでましたのよ!」

「平民だの下賤だの田舎者だって言ってたことですか? だってそれ、私の名前じゃありませんもの」

「聞こえてるのではありませんか!」


 お嬢様ながら、突っ込みの能力は高いらしい。鮮やかな切り返しにレティシアがある種の感動を抱いていると、お嬢も迂闊な発言に気付いたらしい。コホン、と咳払いして先頭のお嬢が居住まいを正した。


「……わたくしたち、聞きましたわ。あなた、レアン様をお守りしたそうですわね」

「……そうですけど」


 思わず声に棘が混じってしまう。

 朝っぱらから嫌み攻撃か、と無意識のうちに身構えたレティシアだったが。


「侵入者に襲われた時、自分の身を捨ててレアン様に防護膜を掛けたそうで」

「わたくしならそのようなことはしないわね」

「だって、わたくしだって死にたくはありませんもの」

「わたくしたちには守るべき家名がありますからね」

「命を投げ打ってまでして主君を守る……意外とそういうのは、平民の方が向いているのかもしれませんわね」


 口々に言いたいことを言うお嬢魔道士たち。

 レティシアはしばし、放心したようにぽかんとしていたが――


「……それ、貶してるの? 褒めてるの?」

「無礼な。わたくしたちが寛大にも褒めてやっているのに、その態度ですの?」

「だからわたくし、平民は嫌なのですわ。頭が悪くって、分からず屋で」

「もう少し、目上の者を敬う態度を学びなさい、おばか」


(……あー、はいはい。そうでっすか)


 少しでも嬉しくなった自分が馬鹿だった。

 レティシアは三白眼でお嬢たちを見つめた後、さっさと自分の作業に戻った。

 背後ではまだ、お嬢たちが何か喚いているが、気にしない、気にしない。


 どこか遠くで、館の庇から雪が滑り落ちる音がした。

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