襲撃 9
マックアルニー子爵館の動乱が全て収まった頃には、東の地平からわずかに朝日が差し込んできていた。いつしか雪は止み、雪を被って重みに耐えられなかった木の葉が背負っていた荷を落とす、かすかな音のみが館に満ちていた。
館中で戦闘が行われたため、六階スイートルームはほぼ壊滅。三階から六階への階段は激戦の跡が残り、魔道士が放った衝撃波や騎士たちの剣戟の跡がくっきりと浮かび上がっていた。
侵入者の管理と館内の片づけは子爵の私兵と護送隊の騎士とで行われ、負傷者の治療はミランダを中心に魔道士たちが担った。
そして五階の比較的無事だった大広間の一つでは、今回の事件に深く携わった者たちが集合していた。
ティエラ王女付きの騎士が入り口や窓辺を固める中、部屋中央の円卓を囲んでエヴァンス王子、クラート、ベルツ子爵、マックアルニー子爵、そしてベールを被ったティエラ王女が並んで座る。そして彼らを囲むようにレイド率いるディレン隊がぐるりと立ち控え、壁際にはセイルとレアンがソファに座っていた。
「物事の発生順から整理しよう」
書き物をしていたエヴァンス王子が顔を上げ、今し方書き上げたばかりの原稿をペンで示した。
「まず、深夜に起きた西棟応接間の事件。これに関してはガラスの飛散音が派手だったこともあり、間もなく巡回兵が発見、すぐさま捕縛完了した。その際に一瞬、こちら側の警備にも揺らぎが発生したがマックアルニー子爵の手配によってすぐさま、体勢を持ち直すことができた。この件に関して……子爵殿」
エヴァンス王子に話題を振られ、険しい表情で報告会に臨んでいたマックアルニー子爵は重々しく口を開いた。
「はっ。侵入者は殿下からこちらが引き受け、わたくしの私兵に調査を行わせました。結果……彼らは流れの盗賊団であり、その後に起きた襲撃事件の者共と、組織的な関わりが一切ないことが判明いたしました」
子爵の報告を聞き、彼の背後に控えていたレティシアは微かに眉をひそめた。聞いた話では、クラートは最初の強盗未遂から既に後の事件を予測していたという。だが、子爵の話ではこの二つの事件の関連がないように思えるのだ。
子爵もその場の雰囲気を察したのだろう、ひとつ咳払いして、「しかし」と言葉を続けた。
「これは、襲撃事件後に判明したことですが……確かに彼らはその後に起きた事件とは無縁で、館が襲撃されたことにひどく動揺している様子でした。ですが、強盗犯の一人が語ったのです。今、この屋敷が頑丈に警備されているのは希少価値のある宝玉が運び込まれているためだと……カーマル帝国からアバディーンへ宝石を輸送する一行がここに宿泊していると聞いたため、今回強盗を遂行したのだと」
「噂を聞いた、ということか……」
ゲアリーが苦々しく眉をひそめ、エヴァンス王子はペン先で原稿の文面を追いながら頷いた。
「強盗犯全員が同じ供述をしたため、間違いないだろう。ただ、彼らもその情報を確かな筋で手に入れたわけではないそうだ。曰く、昨日の午前中、マックアルニー子爵領内の町のパブで耳にしたそうだ。彼らも半信半疑状態だったが、午後に館の様子を窺ったところ、数日前にはなかった豪勢な馬車が停まっており、騎士や魔道士の姿が見えた。彼らがしきりに本館の上方を気にしていたため、おそらくそちらに輸送品があるのだろうと予測したらしい」
エヴァンス王子の言葉に、レティシアはぎくっと身を震わせた。それは周囲のディレン隊も同じだったらしく、皆気まずそうに視線を反らした。
昨日の午後に子爵館の周辺にいた者といえば、雪掻きしていたディレン隊に他ならない。ティエラのことを口走らないようには用心していたが、盗賊団はレティシアたちの視線や意識の先まで読み取っていたのだ。
「ちなみになぜ、彼らが西棟応接間の窓を割ったのかというと、まあ単純にその部屋のベランダが他のものより迫り出しており、周囲の樹木を伝って侵入しやすかっただけらしい。宿泊客の大半が本棟におり、手薄な西棟からの方が忍びやすいと踏んだのだとか」
つまり、今回は幸運にも強盗たちが西棟内で捕まったからよかったものの、もしあれほど派手な音がしなければ彼らは余裕で館内に忍び込み、ティエラの部屋まで行っていたかもしれないのだ。
彼らが勘違いしていたとはいえ、レティシアたちが最優先に守るべき人物の元へ、やすやすと部外者の侵入を許してしまう事態に十分なり得たのだ。
レティシアはそっと、眼球だけ動かして円卓を囲む貴族たちの様子を窺った。幸い、彼らの意識は次の段階に移っており、ディレン隊の失態を咎めようという動きはなさそうだ。
「西棟の第二応接間のベランダが特殊であり、侵入を許しやすい形状であることはわたくしも理解しておりました」
マックアルニー子爵が、やや声のトーンを落として言う。彼も、自邸の構造に問題の一端があったことに責任を感じているのだろう、露わになっている額には深い縦皺が刻まれていた。
「しかし地形と館の形状を考慮した結果、あの部屋だけベランダの広さを変えざるを得なかったのです。そこで、その部屋の窓は他よりも頑丈な強化ガラスを使用しております。加えて、破壊された時には通常のガラスよりも派手な音が出るようにすることで長所短所を相殺することにしたのです」
「だから、盗賊団でも予期しなかった音が出て、警備兵の到着が早かったのだね」
クラートも納得したように言った。そして、顎に細い指を当ててエヴァンス王子を横目で窺う。
「そこで気になるのが、強盗たちに嘘の情報を流した犯人になるのだけれども……これと、後の事件の関連性は?」
「ゼロとは断言できないな。少なくとも私は、盗賊団を囮にするために襲撃犯が故意に流した偽情報だろうと踏んでいる」
エヴァンス王子は冷静に返し、さて、と原稿をペンで軽く叩いた。
「ここからがようやく今回の本題だ。強盗確保の時点では、マックアルニー子爵の報告したことは明らかになっていなかった。だがクラート公子が真っ先に、陽動作戦であることを予測した。その結果、私とベルツ子爵も同意の上、急遽兵の配置と計画の変更を決行した」
「私は最後まで反対したのだが……とにかく、大きな変更点は人員の配置と要人の避難場所だ」
そう言ってゲアリーは、テーブルに置いていた資料の一つを引き抜いて中央に広げた。最初、レティシアはそれが何なのか分からなかったが、用紙の隅に書かれた内容から、この図がマックアルニー子爵館の見取り図であることが分かった。
「当初の計画では、要人のいらっしゃった六階スイートルームに集中して兵を配置することになっていた。その際、寝室には夫君と護衛の騎士、続きの居間にはエヴァンス殿下と私、廊下にはクラート公子が中心となっている。だが敵に、この配置が漏れていることも十分考えられた。よって――」
ゲアリーは、紙面の六階スイートルーム内にある、「最重要人物」の書き込みを示した。それには大きくバツ印が書かれており、ゲアリーが指で辿った先、三階一般客間の「魔道士セレナ・フィリー」を軽く叩いた。
「この部屋にいた魔道士との入れ替えを決行なさった。といっても、どの女性と入れ替えるかは未定だった。こちらの采配で適当な者を呼ぶつもりだったのだが、偶然、強盗襲撃時に魔道士が二人、六階まで上がってきた。二人のうち、最も背格好が似ている方を身代わりに選んだのだ」
ティエラの言っていた通り、セレナの方が身長が高く、背格好がティエラに近かったため囮に選ばれたようだ。
視線をずらすと、ゲアリーの背後に立っていたセレナもまた顔を上げ、ばっちりレティシアと目線が絡み合った。
「そして大がかりな人員配置変更令を出し、要人と魔道士を入れ替え、三階に警備を集中させた」
やや早口なゲアリーの声に、レティシアは意識をそちらへ戻した。
「無論、身代わりとなった女性魔道士の方にも護衛は付けた。竜騎士のノルテ殿には上空からの偵察も依頼し、万が一クラート公子の予想通り襲撃が起きようと対応できる……その上での作戦変更だった」
だが、計画には穴があった――否、敵の方が上手だった。
「我々の配置変更が漏れていたようだ。伝達ミスが多発し、六階の警備が穴あき状態。西棟に騎士が立つなど、訳の分からない配置が為されていたのだ」
はい、とノルテが挙手する。発言していたエヴァンス王子は顔をそちらへ向け、真摯な眼差しのノルテを見て軽く頷いた。
「ノルテ殿。あなたもドラゴンの準備が著しく遅れたと聞くが……」
「はい。わたしはクラート様から直接、計画変更を聞いてすぐさまアンドロメダのいる厩舎へ向かいました。でも……」
ここで、冷静だったノルテの声にわずかな怒りが含まれた。ノルテは後ろ手に手を組んでいるが、堪えきれないのか手袋が捻れるほど、きつく指を握りしめていた。
「アンドロメダ用に特別に設えてくださった厩舎に行くと、アンドロメダは寝ていたのです。……いえ、別に寝ていることはおかしくはありません。ドラゴンだって夜は寝ますから。でも、わたしがいくら呼んでも起きなくて。それで、アンドロメダの口を開けてみたら、わたしがあげた覚えのない餌の滓が牙の間に挟まっていたのです」
ノルテの報告に、その場にいた者は事の次第を知った。敵は、空から偵察可能な、最も厄介な敵を一番に封じることにしたのだ。
「相手もさすがにドラゴンの体質までは詳しくなかったみたいで、アンドロメダの唾液から検出されたのは普通の家畜用の睡眠剤でした。ドラゴンは普通の生き物よりずっと頑丈で薬への耐性も強いけれど、相当な量を入れたみたいで……起こすまでに時間が掛かってしまったのです」
「ちなみに僕は、人員配置の際には西棟に行くことになっていました。西棟三階廊下の角はちょうど、要人の移動先の部屋が臨める位置にありました。僕は弓を持って、外部からの侵入を防ぐ算段だったのです」
クラートは自分が立案した計画が横流しにされており、精神的にも参っているのだろう。
端正な顔を難しく歪め、小さくため息をついた。




