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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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襲撃 3

 明け方に止んだ雪は、昼過ぎに復活した。空は灰色のフェルト布のようで、どんよりと重苦しい。

 上空を仰ぎ見れば、鼠色の世界から綿埃のような雪がひらりひらりと、視界一杯に降り注いできた。


「おまえたちは、中で待機していいんだぞ」


 さくっと地面にシャベルを突き立ててオリオンが言う。


「そもそもこれを任されたのは俺たちだし」

「だって、仲間が汗掻いているのに暖炉の前でぬくぬくなんて嫌だもの」


 レティシアはオリオンにさっくり返し、竹箒を握り直す。外に出た直後は凍えるように寒かったのだが、既に体は熱く、箒を持つ手には汗がぬめっていた。


 いよいよ雪が積もってきて、レイドとオリオンは雪掻き第二陣に乗り出した。そこへ、昼食を終えたレティシアたちも半ば無理矢理ついて行ったのだ。

 といっても、レティシアたちに鉄製の巨大なシャベルを持つ腕力はないので、箒で庭の隅の固まった雪を掃くしかできないのだが。それでも足場の悪い中の作業はなかなか体力を消耗し、防寒対策で多めに着込んでいたレティシアたちはすぐに上着や手袋を脱ぎ捨てていた。


「見てよ、あいつら」


 レティシアの隣で、竹箒に寄り掛かるようにしてノルテが館の方を顎でしゃくる。


「お嬢たち、すっごいアホ面でこっち見てる」

「外の仕事は身分の低い騎士にさせておけってことでしょうね」


 セレナもふうっと大きく息をつく。ウェーブの掛かった髪が邪魔らしく、ハンカチで一つに括っている。彼女の白い手も、しもやけで赤くなっていた。


「雪掻きに適した魔法はないからね……炎を出せば融けるけど、水浸しになって結局、ぬかるんでしまうからね」

「じゃあ、風を起こすとか? ぶわぁーっ! って雪を払えるんじゃないの」

「それじゃあ土まで巻き上げて、中庭が砂だらけになるわよ……」

「でも、雪掻き用の魔具でもあったら便利よね。今度魔道理事会に提案してみようかしら」


 呟いたミランダは、周囲で一緒に箒を持っていた少女たちから視線を受けたため、緩く微笑んだ。


「エステス家は魔道に通じていてね。うちの父も元気だった頃には魔道理事会の会員として、いろんな新しい魔具を提案していたの。で、いずれ私がエステス伯爵家を継ぐことになるだろうし、今のうちから理事会の世話になっているのよ」


 ミランダが言うには。

 リデル王国の抱える貴族の中でも、魔道に優れた諸侯は魔道理事会として魔具の制作や魔道士の育成、魔法に関する法律制定などに携わっているのだという。

 その中でもエステス伯爵家が特に懇意にしているのが魔具制作部で、セフィア城にも据えられている魔道暖炉も、エステス伯爵が与するグループが発案したものだそうだ。


「魔具は貴族の特権、って風潮はまだ少なからず残っているけれど、やっぱり使えるものは存分に活用したいし、非魔道士にも容易に扱える魔具ってのが最近は求められているのよ」

「そういえば、開発直後の魔道暖炉は魔石の補充が不可能で、使い捨てだったと聞いたことがあります」


 セレナが言うと、ミランダはゆっくり頷いた。


「そう。おまけに馬鹿にならない値段だったから到底、非魔道士や一般市民には手が届かない品だったのよ。それも、理事会の方で改良を重ねた結果、今みたいに魔力の補充が可能で軽量、コンパクトで値段も手頃なものが開発されるようになったのよ」


 ミランダの説明に、レティシアははぁー、と感嘆の白いため息をついた。


「知らなかった……私、魔具の背景にそんな理事会や試行錯誤があったなんて、初めて知ったわ」

「そりゃあ、知らなければ知らないままで終わるような背景だからね」


 ミランダはさもありなん、とばかりに言い、竹箒で雪を掃く作業に戻った。


 粉雪はディレン隊が一仕事終えるくらいにはまた止み、静かな夕暮れ時の日光が中庭に惜しみなく陽光を差し込ませていた。


「あれ、ひょっとしてあの人たちって……」


 中庭に据えられた銅像の土台に腰掛けていたノルテが示す方を見れば、館からフード付きコートを被った一群が出てきたところだった。どうも、ティエラに着いてきた騎士たちらしく、彼らに囲まれて細身の男性と幼い少年が出てきていた。


「例の女性の旦那と息子だな」


 オリオンがシャベルに寄り掛かって呟く。確かに、フードを目深に被ってはいるが男性と少年はその隙間から、お揃いの銀髪が見え隠れしていた。

 ティエラ王女の夫と息子を守るように囲んでいた騎士の一人が、レティシアたちに向かって軽く頭を下げた。


「勤務中失礼する。レアン様が雪で遊びたいと仰せになったため、セイル様とご一緒においでになったのだが」

「それは構わんが……あいにく見ての通り、もうほとんどの雪は庭の隅に固めている」


 レイドが答え、中庭の隅にこんもりと山を作る雪を示した。既に中庭のほとんどが土の地面をむき出しにしており、とても子どもが遊べる状況ではなかった。


 とたん、黙って父の側にいたレアンが顔を上げ、くしゃりと顔を歪めた。今にも泣きそうなその顔を見ていると、自然と、レティシアの脳裏にはルフト村に残してきた子どもたちの泣き顔が浮かんできた。


(あの子たちも、時々こういう顔をしてたっけ……あ、そうだ!)


 レティシアは持っていた箒を銅像に立てかけ、急ぎ中庭の隅の方へ駆けた。

 仲間たちがきょとんとして見守る中、レティシアは雪の山から比較的土が混じっていなくて綺麗な部分を掬って集め、素手でぎゅっと楕円形に固める。


(マックアルニー子爵、すみません。ちょっとお庭の植物をもぎますね)


 心の中で子爵に詫び、庭に生えている木のうち、細長くて短い葉のものを数枚千切り、南天の一種と思われる赤い果実を捻るようにして取る。そうして船底型の雪の固まりに、バランスよく木の葉と木の実を埋め込む。


「さあ、できました。ご覧ください、レアン様。雪ウサギです」


 レティシアがレアンに差し出したのは、両手の平に乗る大きさの小さな雪ウサギ。ルフト村で子どもたちのために何度も作っていたため、形や目の位置も申し分ない。

 レアンは手袋の填った手で怖々と雪ウサギを受け取り――すぐに、冬の空を晴らすかのような笑顔を浮かべた。


「すごい、かわいい! 父さん、見てこれ!」

「ああ……よかったな、レアン」


 雪ウサギを手にはしゃぐ息子を見るセイルの目も、優しい。

 レアンは「僕も作る!」と騎士と父を連れて庭の隅に行き、レティシアが作ったウサギを庭石の上に置くとせっせと雪を手で集めだした。


 屈強な中年男性騎士と父に囲まれて雪ウサギを作るレアンの姿は、ここからは背中の一部しか見えない。それでも、冷たい冷たいと弾けるような歓声を上げるレアンの声を聞き、ディレン隊はほっと肩の力を抜いた。


「おまえ、あんな才能あったんだな」


 オリオンがカラカラと笑い、レティシアの肩を軽く叩いた。


「俺じゃあ、あんなかわいいウサギは作れっこないぜ。よかったら今度、作り方のコツを教えてくれよ」

「オリオンならウサギより、熊の方が似合ってるんじゃない?」

「そういう問題じゃないだろクソガキ」

「ガキって言う方がガキなんですぅ、ぺっ!」

「ノルテ、あんまりオリオンを挑発するな」

「というかオリオンも、ノルテに振り回されて大変よね」


 中庭はレアン王子の声とディレン隊の話し声に満ちていた。

 ふと、レティシアは顔を上げて子爵館の六階を仰ぎ見た。今はがっちり窓が閉まり、簡単な鉄格子も填められているそこに、クラートやエヴァンス王子、そしてティエラ王女がいるのだ。


(きっと、ティエラ様も一緒に外に出たかったんだろうな)


 レティシアは固く閉ざされた窓を見、細い息を吐き出した。










 夜になると、昼間は穏やかになっていた雪が再び勢いを増し、窓の外に広がる夜の世界はすっかり雪景色に染められていた。風は吹いていないものの、一言も喋ることなく降り積もってゆく雪を見ていると自然と子爵館内も静かになり、護送隊一行も早めに床に入ることになった。


 レティシアはセレナと同室だが、小さなベッドルームで一人っきりになると深いため息をついた。


(夕食の時のクラート様、元気がなかった……)


 考えてみれば、子爵館に来てから食事の時にクラートを見かけているが、見る度にクラートは元気がなくなり、顔色も悪くなっているような気がする。体調が悪かろうと食事は毎回完食しているが、食べ終わるまでの時間が少しずつ長くなっているようにも思えた。


(やっぱり、指揮官として働くのは相当大変なんだろうな)


 レティシアはベッドで寝返りを打ち、真っ暗な天井を見上げた。狭い部屋の中には、レティシア自身が立てる微かな呼吸の音と、窓の外で降り積もる雪の小さな音色のみが響いていた。雪の日には静寂が強調されるというのは、何も詩人の戯言ではないようだ。


(一度くらいは、きちんとお話しがしたいな)


 頭まで毛布にくるまると間もなく緩やかな眠気に襲われ、レティシアはあくびをすると静かに瞼を下ろした。

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