逃れられない運命 1
出立への準備を全て終え、いよいよアバディーンに向けての護送が開始される。ここからが今回の遠征の本番だ。
「王女殿下がお乗りであることは極秘事項だ。だが、万が一のことも考えねばならぬ。皆、死ぬ気で殿下をお守りしろ」
出発前のゲアリーの喝は容赦ないが、彼の言うことも尤もだ。レティシアの隣のお嬢が「わたくしが死にそうな時は、この小娘を囮にしますわ」と言ったようだが、多分気のせいだろう。
アルストルの町人たちの視線を背にビシビシと感じながら、護送隊一行は町の門をくぐった。レティシアは馬に乗り、たどたどしく手綱を操りながらぽっくりぽっくりと、一行の最後尾を進んだ。
行きと同じように、ノルテはアンドロメダに乗って一行を先導し、行く先に何かあればすぐに知らせる。その他の騎兵は、王女の乗るもの含む四台の馬車を囲むよう配置されていた。
なお、急襲時の衝撃を緩和させるため、ゲアリーの指揮の下、馬車には魔法の防護壁が張り巡らされていた。これは以前の授業中、破裂した試験管の飛散を防ぐためにレティシアが発動させたものと同じで、魔法や物理の衝撃を防ぐことができた。術者の魔力と攻撃手段にもよるが、弓矢や投擲具は大概は簡単に弾くことができるらしい。
そういうわけで、レティシアたちも防護壁に協力しようとしたのだが――
「平民の作った防護壁なんて信用ならないですわ! とかぬかしやがったのよ、あの山姥!」
「レティ、言葉が悪いわよ」
「でも、言ってることはおかしいじゃん。術者の身分がどうだとろうと、防護壁の出来には関係ないのに」
「きっと彼らも必死なのよ」
「何に?」
「貴族としての面子を守るのに、だろうな」
冷静に答え、レイドはすいっと顎を上げた。
「身分の貴賤と防護壁の出来は比例しない……それくらい奴らだって分かってるだろう。平民であるおまえたちと協力したくない意固地な考えに加え、万が一おまえたちに魔力で負けてしまったらと恐れてもいるのだろう」
「何よ、じゃあせっかく私たちが持ってる魔力が無駄になるじゃない」
「いいのよ。私たちは、いるだけでいいの」
妙に落ち着きはらった声。
セレナは併走するレティシアとレイドから視線を反らし、口元にふっと儚い笑みを浮かべた。
「私たちは……こうして列の最後尾にいればいい。防護壁は当然、列の前方に集中しているわ。万が一背後から撃たれようと、私たちが盾になるから」
あっさりしすぎるセレナの言葉にレティシアは言い返そうと口を開き――すぐに思い直して閉ざした。
悔しいが、セレナの言うことは正しかった。他の騎士たちも馬に乗って行軍しているが、身分が高い者ほど前方を進むことを許され、地位が低くなるほど後列へと下がっていくのだ。その理由は、今セレナが言ったことと違わない。レティシアたちは、いつ倒れても構わない、二束三文な駒に過ぎなかった。
ちなみに、レティシアが体を捩らせて見える範囲に、見慣れた緑髪の大男の姿があった。オリオンはリデルの貴族ブルーレイン男爵の弟だが、今年の夏に起きた兄の不祥事により、他の貴族よりも後ろ寄りに配置されたそうだ。彼自身に落ち度はなく、後方に配属されても嫌な顔をしていなかった。
それでも。貴族社会の世知辛さを垣間見たようで、レティシアは決して気分はよくなれなかった。
しばらく鬱蒼とした森の馬車道を進んだ後。
「あれ、ノルテね」
セレナの指摘に顔を上げると、大きな黒い影が上空を旋回し、二番目の馬車に横付けするようにして低空飛行し始めたところだった。馬車の窓が開き、ゲアリーが顔を出してノルテと言葉を交わしているのが見える。
「何か、あったのかな」
レティシアのつぶやきに答えるように、アンドロメダが翼を折ってその場でふわりと舞い上がり、高く上空を舞ったかと思うとまっすぐ、お嬢魔道士の乗る四番目の馬車の天井に着地した。
突然の振動にお嬢たちが悲鳴を上げる。それらに耳を貸す様子もなく、アンドロメダに乗ったノルテがひらひらとこちらに向かって手を振ってきた。
「よっす、みんなお揃いでノルテさん嬉しいわ」
「何かあったのか」
レイドが問うと、ノルテはアンドロメダの背から降り、馬車の天蓋に堂々とあぐらを掻いて座った。まだ、お嬢様たちはきゃあきゃあ騒いでいるようだ。
「そ。もうすぐ今日の宿泊予定地に入るって連絡してきたのよ」
「ん? でもまだ日が高いだろ」
指摘したオリオンは、首を捻ってノルテを仰ぎ見ている。最後尾にいるレティシアたちの視線の先にいるノルテだが、レティシアより前方にいるオリオンは体を捻らないとノルテの顔が見えないのだ。
「あらやだ、オリオン。その位置から、ノルテさんのラブリーなお尻を覗き見ようっての」
「そこから撃ち落とすぞ」
「やーよ。……ま、確かにまだ日も暮れてないんだけどね。本当はもうちょっと先の領主館に泊めてもらう予定だったけれど、アンドロメダに乗って空を飛んでたらどうも、雲行きが怪しくってね。空気も重くて湿気てきた。こりゃ、そろそろこの地方でも雪が降るわねぇ」
ノルテの説明に、一同はなるほど、と納得した。
アルスタットはリデルよりも冬の到来が早い。リデルの大半の地域ではまだ秋で、落ち葉が散り始めた頃だろうがここはリデルやオルドラントよりも緯度が高い。すでに木枯らしが吹いており、一足早い冬の到来を示唆しているようであった。
「冬が来たのね」
「みたいね。うちの国では今頃、もっさり積もってるだろうけど、こっちは漸く冬が来たって感じね。とにかく、急に雪が降って来られたらたまらない。夜になってからだと、なおさらね。ということで、予定をちょっと変更して日が暮れる前には領主館に行くってことになったから、よろしくねぇ」
急な進路変更により、ティエラ王女護送隊一行はマックアルニー子爵領の、子爵館別棟に宿泊することになった。
常緑樹を基本とした陰鬱な森を切り開いた先にある小振りの別荘だが、マックアルニー子爵は快く一行の宿泊を受け入れてくれた。むろん、子爵にも王女の存在は明かしており、リデル王室のためならば、と善意で宿を提供してくれるのだとか。
館は年代を感じさせる石造りの屋敷で、場所が場所なだけあり華美とは言えない。それでも敷地面積だけでもセフィア城ほどの広さがあり、こぢんまりとした中庭には種類は少ないものの、初冬の風に負けない可憐な花々が行儀良く植えられていた。
貴族たちが先に子爵館へ入り、レティシアたちはいつも通り、荷下ろししてから裏口から入る。そして表に回り、クラートたちが挨拶しているのを影からこっそりと見守ることになっていた。
ドアの影からこそっと様子を窺った限り、マックアルニー子爵は人のよいおじさんに思えた。頭部はものの見事につるりとしており、老眼のためか鼻の上にちょこんと眼鏡を乗せている。背は男性にしては小柄な方で、向かい合って立つクラートよりも低かった。
宿泊の知らせが急に入ったためか、彼の衣装も子爵にしては落ち着いており、ゆったりとしたのど元のシャツや動きやすさを重視したパンツスタイルもあって、なかなか親しみやすい雰囲気を醸し出していた。
レティシアはエヴァンス王子たちと順に握手をする子爵を横目で見つつ、気になったことをこっそりとレイドに聞いてみることにした。
「マックアルニー子爵は、どっち側の人なの?」
どっち側。つまり、エルソーン王子に与しているか否か。
壁に寄り掛かってドアの向こうの様子を音だけで窺っていたレイドは、前髪を掻き上げて小さく鼻を鳴らせた。
「さあな。俺ごときがリデル中の貴族を把握しているはずもないのだが……少なくとも、エルソーン王子と懇意にしているとは聞いたことはないな。ただ、子爵の息子は数年前までセフィア城の騎士団にいた。俺も何度か実習で一緒になったことがあるが……そういう面を鑑みても、エドモンド王に反駁しているわけでもなさそうだ」
「なるほど……」
レティシアはこっそりと頷き、もっと向こう側の様子を見ようと身を乗り出したが――
「ああ、あなたたちがエヴァンス王子御一行の従者かしら?」
背後から声を掛けられた。最初、自分たちのことを指していると分からず無視していたが、考えてみればこの場にはレティシアたち以外誰もいない。
振り返ると、城の使用人らしきエプロン姿の女性が厨房から顔を覗かせているところだった。
「悪いけど、いろいろ手伝ってくれるかしら。ちょっと人手が足りてなくってね。ベルツ子爵は、あなたたちに雑用を頼めばいいとおっしゃるから」
(まさに、都合のいい駒扱い)
複数のチッという舌打ちは、マックアルニー子爵と歓談しているゲアリーに向かって放たれた。




