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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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アルスタットへ 2

 ディレン隊のみによる長閑な馬車旅は二日ほどで終了した。到着したのは、王都アバディーン西部、リスベル男爵領内のオルテンという中規模の街だった。


 田舎生活が長かったレティシアだが、年に一度は公国の祭のため、麓の町に降りることがあった。さすがに公都ルーシュタインには遠く及ばないそうだが、その町もそこそこの規模があり、人通りも多かった。今し方レティシアたちが門をくぐったオルテンの街並みも、その麓町と遜色ないように思われた。

 大通りに馬車道が敷かれ、ディレン隊以外にも多くの馬車が通りを行き来している。通りに沿うようにして店が並び、色鮮やかな看板や旗が目を惹き、売り子たちの裏返った声、人々の明るい話し声が馬車の中まで響いてきた。


「オルテンかぁ。リスベル男爵んちに行ったときについでに寄ったっけ」


 窓の外を眺めてオリオンが懐かしそうに言う。


「オルテンは商業区と住宅区、それとごく狭い範囲だけど貴族区に明確に分かれているんだ。町を南北に貫通する大通りを挟んで商業区があって、その東と西のブロックが住宅区。貴族区は……」


 オリオンが口を閉ざす。と同時に、大通りの上空を雲が通ったかのように一瞬、影が差した。

 窓辺にいたセレナが立ち上がって、馬車のドアを押し上げる。とたんに初冬の風が吹き込んで、澱んでいた馬車内の空気が一掃された。


 そして、寒気を纏った風と共に鳴り響くドラゴンの咆哮。窓から頭を出せば、見慣れた濃い緑色の影が住民の注目を浴びながら住宅区の方へと跳び去っていくのが見えた。


「……あっちの方角みたいだな」


 皆、神妙な顔で頷く。

 馬車は、冬色に染まりつつあるオルテンの大通りをゆっくり進んでいった。









 アンドロメダの影を追うようにして住宅区を抜けると、整然と民家が建ち並ぶエリアから一転、ぱっと開けた小綺麗な地区に到着した。

 合流場所となっている宿屋は案内されずとも分かった。宿の表には、看板動物のように巨大な緑色の爬虫類が堂々と居座っていたのだ。


「あ、やっと来たね! ノルテさん待ちくたびれちゃって、ちょっと様子見に行ったのよー!」


 レティシアが馬車から降りるなり、ぴょんと跳ぶようにして抱きついてきたノルテ。今日の彼女も普段のような支給品の鎧姿ではなく、バルバラ竜騎士団の衣装らしき、裾の短いスカートと同色のシャツ、胸部だけを覆うプレートメイル姿だった。他の仲間たちよりも断然薄着なのは、彼女が極寒の国で生まれ育ったからなのだろう。

 ノルテはレティシアの胸元に頬ずりしつつ、ぷうっと頬を膨らませた。


「もー、本当に勘弁してよ! あいつら、わたしの許可なしに勝手にアンドロメダに触ってこようとするのよ!」

「あいつらって?」

「いけ好かない、護送隊の仲間よっ」


 ノルテは唇を尖らせた。彼女の背後に寝転ぶアンドロメダも、心なしか普段より機嫌が悪そうだ。いつもならばレティシアと目が合うと小さく鳴いてくるのだが、今日はツンとそっぽを向いて太い尻尾をぱたぱた鳴らせている。

 尻尾をぱたぱたさせる動作は、村にいた野良猫そっくりだ。


(たしか、尻尾ぱたぱたは不機嫌の証拠……)


「で、勝手に近付いたくせにアンドロメダに吠えられたらわたしを責めるし。かと思ったらわたしがバルバラの王女だと分かるやいなや、手の平を返したようにごまをすってくるし。あー、思い出しただけで腹立つ! ちょっと殴らせてよ、オリオン」

「俺に当たるな」


 先に荷下ろししていたオリオンが仏頂面で返す。

 ノルテはお構いなしにレティシアの胸にぐりぐり額をこすりつけた後、今度はターゲットを変えてセレナに飛び付いた。


「ああ、セレナにも会いたかった! んーん、この胸の感触、最高だわ」

「先に一人で行かせて心細かったでしょう。ごめんね、ノルテ」


 セレナは怪しげな手つきをするノルテに構わず、その頭を慣れた仕草で撫でてやっている。


「ん、いいの。それに嫌なことばっかじゃなくて、ちゃんと収穫もあったから」

「収穫?」


 聞き返すレティシアに頷いてみせたノルテの唇が、にいっと三日月形を描く。


「そ! 糞の大量発生かと思った護送隊に……いたのよ! すーっごいイケメンが!」

「イケメン?」


 レティシアとセレナの声が協和する。


「そうそう。誰なのかは、会ってみてのお楽しみ。むっふっふ」


 言うだけ言って満足したのか、ノルテはすっとセレナから離れて今度はミランダの方へ突進していった。

 背後から突撃されてよろけるミランダをぼうっと見つつ、レティシアはふむ、と腰に手を当てた。


「……レティシア?」


 後ろから掛かる声にはっとする。


(あ、そうだ。荷下ろし手伝わないと……)


「すみません、クラート様……」

「いいよ。後はこれだけだから、宿に持って入ってくれるかな」


 男性陣でほとんどの荷物を下ろしてしまったらしく、荷台から顔を出したクラートの手には、両腕で十分抱えられるくらいの防寒具の束があるのみだった。


「ノルテと話していたんだし……そういえば、君もやっぱりさっきみたいな話題は気になるのかな?」

「え?」

「ノルテが言ってた、イケメン」


 クラートは荷台の戸を閉め、布束を地面に下ろすとやや神妙な顔で腕を組んだ。何か考え込んでいるのか、滑らかな眉間に縦皺が二本寄っている。


「世間一般で、君たちくらいの年の女の子はそういうのに興味があるっていうけど、君やセレナもそうなのかなって思って。……あ、いや、別に意外だとかじゃなくて、ノルテと違って君たちはあまりそういう話題はしないようだったから……」


 慌てて取り繕うクラートは、この話題を出したことを後悔しているらしい。最後には消え入るように言葉を切り、ふいっと視線を反らすときまり悪そうに頭を掻いた。


「ごめん。ただ、ノルテと話していた君がすごく楽しそうな顔をしていたから……」

「えーっと……まあ確かに楽しみではありますよ」


 レティシアはクラートが下ろした衣服の束を抱え、困惑顔のクラートをなだめるように早口に言った。


「ノルテがイケメンって言うくらいだし、どんな人なのかなー、ってくらいには気になりますよ。あ、でも別にクラート様たちに不満なわけじゃなくて、私はクラート様は格好いいと思いますし。でも、なんというか興味本位では見てみたいですね。きっと相当身分の高い人だから直接話はできないでしょうけど、何だっけ……そう、高嶺の花として遠くから眺めるのもいい経験になるかな、って思うんですよ」


 だんだん自分の言っていることが分からなくなってきた。とにかく、クラートの不安を取り除こうと思ってレティシアは必死に言い募ったのだ。

 言いたいことを言いきってレティシアはふうっと息をついたが。


(……あれ?)


 対するクラートは困惑の色こそ薄れたものの、今度は珍獣か何かを見るような目でじっとレティシアを凝視していた。その白磁の頬がうっすらと赤く染まっているのは、寒風に吹き付けられたためだけなのだろうか。


「……あー、そうか。うん、ならいいんだ」


 クラートは珍しく視線をウロウロと彷徨わせ、そしてふーっと長いため息をついた。


「……君は本当に、僕の予想を超えた行動をしてくれるね」

「私、そんなことしました?」

「……いいんだ。気にしないでくれ」


 疲れたように笑うクラート。

 吹っ切れたような、納得したような表情をする彼の傍ら、クラートから困惑菌を移され、戸惑うしかできないレティシア。


(……ひょっとして私、何かとんでもないことを言っちゃったとか?)


 なぜか先ほどより足取りの軽いクラートについて行きながらそう思い至ったが、何分つい先ほどの自分の台詞が全く思い出せない。

 レティシアは首を捻りつつ、仲間たちと共に宿の扉をくぐっていった。

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