侍従魔道士見習レティシア 2
部屋はその主の性格を表すと、養母がよく口にしていた。
狭い部屋でも、部屋の主の好みに合わせて家具が変化する。ベッドカバーの色や椅子の装飾からでさえ、持ち主の性格を読み取ることができるのだという。
ロザリンドの部屋はまさに、主の性格を如実に体現していた。
毛足の長い絨毯は茶色に近い臙脂色で、木製の家具は全て地味なブラウン一色。厚みのあるカーテンも、レースや花柄を拒むような濃い赤色。
魔道士団長の部屋はまさに、堅実で厳格なロザリンドそのものだった。
「こちらがあなたの制服です」
赤系統で統一された部屋で、ロザリンドのアイスブルーの目はひときわ目立っていた。その目を瞬かせ、ロザリンドは折りたたまれた布束をデスク越しにレティシアに差し出す。
「女性侍従魔道士見習共通のローブと、腰紐。そして階級を示すマントです」
レティシアは差し出されたローブに触れ、指先でなぞるように生地を撫でてみた。
氷を撫でたかのようにつるつると滑らかで、冷たい。レティシアの爪が生地に触れても麻布のように繊維が引っかかることがなく、木の葉が擦れ合うような微かな音が鳴った。
(きれい……)
ルフト村ではまず使用されることのない、絹。
噂にしか聞いたことのない高貴な感覚に、レティシアはつかの間自分の境遇も忘れて思わず口元を緩める。
「セフィア城ではその年に十二歳になる少年少女を下限として、入学者を受け入れております。騎士は圧倒的に男性が多く、魔道士の方は逆に女性が多い傾向にあります。騎士と魔道士にはそれぞれ階位があり、年に二回、夏と冬にある昇格試験に合格することによって、より上位の階級を得ることができます」
ロザリンドは、先ほどレティシアに見せた薄い黄色のマントを右手で持ち上げた。
「階級はマントの色で大抵判別できます。階位は下からジュニア、シニア、ライト、スティール、ブロンズ、シルバー、ゴールド、クリスタルと並びます。ジュニア、シニアまでは貴族と一般市民ではクラスを分け、ライトから貴族平民合同のクラスとなります。あなたは全くの初心者ですが、十五歳で入団するというのは例を見ない遅さです。周りへの面子もあることですし、年相応のライトマージから開始することにします。あなたのマントの色が黄色なのはライトマージである証。一ランク上のスティールマージに昇格できれば、マントは濃い灰色に変わります」
ふと気になったのでロザリンドのマントを見たところ、少しよれのある金色だった。レティシアのマントよりずっと高級感のある金糸が編み込まれ、縁には細かな刺繍まで施されている。
レティシアの視線の先を追い、ロザリンドはああ、と納得したように頷く。
「あなたが思っている通り、わたくしのマントは金色。つまり、ゴールドマージ。あなたも頑張れば金のマントを許されるようになりますよ」
「……はあ」
多分無理でしょうけど、と言われているような気がしてレティシアは言葉少なに返事をする。
ロザリンドの説明を頭に叩き込まなければならないので、無駄口を叩けば教わったことが頭から押し出されてしまいそうなのだ。
ロザリンドはレティシア用のマントをデスクに戻し、椅子に座り直して説明を続ける。
「位階の名称は騎士も魔道士も同じです。騎士ならライトナイト、ゴールドナイトと呼ばれます。そして魔道士の場合、十六歳以上のスティールマージになれば見習の身分を返上し、晴れて侍従魔道士の地位を得られます。侍従魔道士になれたならば、次に目指すのは騎士への侍従」
「それは……つまり、騎士様に仕えるん……ですか?」
「ええ。騎士も、十六歳以上のスティールナイトになった者は正騎士に叙されます。そして十九歳以上のブロンズナイトになると小隊を組むことができるのです。自分を隊長とした隊を組み、遠征やアバディーン城の陛下からの任務をこなしていく。それが本城における騎士の仕事であり、その騎士の手助けをするのが侍従魔道士の役目です」
そこで一旦口を切り、もっとも、と前置きしてロザリンドは言う。
「必ず騎士団に属さなければならないわけではありません。中には指導者として城で働くことを志す者もおります。ですが、それはごく一部の例外。騎士ならば仲間を集めるか、誰かの部下になる。魔道士ならば自分の意に添った騎士に仕える。これが基本です」
ここまでで何か質問は、と聞かれ、レティシアは丸一分、頭の整理に費やした後、そろそろと口を開いた
「えーっと……つまり私の場合、十六歳以上のスティールマージになって、騎士の誰かに仕えればいいんですよね」
「要約すれば、そうなりますね」
「その相手の騎士って、私の方から選べるんですか?」
侍従、と名の付く限り魔道士は騎士の補佐役になる。だがいくらなんでも、スティールマージになったとたん顔も知らない名も知らない騎士の侍従になれと言われても困る。相手が自分と合いそうにない人物なら、なおさらだ。
「……そこが気になりましたか。まあ、これについては後程お話しようと思っていたのですが――あなたのおつむの情報処理能力にも限度があるでしょうし、先にお話しします」
さりげなくイヤミを挿入しながらロザリンドは説明を続ける。
「騎士隊を組む場合、隊長となる騎士と、彼に仕える騎士と魔道士の立場に分かれます。その際、隊長には選ぶ権利、侍従には決定する権利が与えられます。騎士はこれぞと思う騎士や魔道士を見出し、是非自分の隊で働いてほしいと誘いをかけるのです。誘われた騎士や魔道士はその誘いを受けるか断るか、決定できます。この決定権は絶対的で、相手が却下すればそれまで。騎士は潔く諦め、他の侍従を探すなり、その相手に見合うだけの実力を付けるなりするのです。誰の申し出を断ろうと、侍従が責められることはありません」
「……それじゃあもし、魔道士が誰にも誘われなかったら?」
「……あなたは悪い方向への心配が強いのですね。まあ、売れ残らないように自己アピールするなり騎士へ自己推薦文を書くなり、手だてはあります。自分を売り出すのは違反ではありません。むしろ、積極的に売り出した方が有利にはなりますからね」
ロザリンドはあっさりと説明したが、レティシアの胸には不安がもわもわと膨れ上がるばかりだった。
魔道の勉強をして昇格していけばいいのだとばかり思っていたのだが、世間はそう甘くない。自分を見出してくれるような騎士にアピールし、彼ないし彼女に気に入られ、侍従魔道士として仕え、一人前に仕事をこなさなければならない。
ルフト村を出るときに聞いた条件と随分違う気がするが、今更口答えはできまい。レティシアのような小娘ごときの反論では返り討ちに遭うだろうし、事実を並べ立てても「そうでしたっけ?」と空惚けられればそこまでだ。
「セフィア城での騎士団活動を『おままごと』と揶揄する者もおりますが……騎士仕えは将来のための大事な布石。セフィア城を出た後に王都アバディーンや他国へ仕えるのはもちろん、一般市民でも本城で実績を積んだ経験は大きな勲章となります。少なくとも見習を卒業できれば城では侍従として働けますし、いずれは皆、職を持つのです。中には――貴族出に多いのですが――花嫁修業と称してふぬけた態度で見習になる者もおりますが、そのような半端な気持ちでは速攻、単位を落とされ追放を食らうので、そのつもりで」
「……別に花嫁修業するつもりはない、です」
ルフト村で生活するならば、料理掃除洗濯裁縫畑仕事だのをしていれば十分な花嫁修業になる。無論、レティシアにそんなつもりがさらさらないのはロザリンドも承知しているだろうが。
「そうでしょうとも。しかし、あなたはクインエリア大司教の娘御。どのような進路を辿るにしろ、基礎の教養と魔道の知識は必要不可欠。よしんば故郷に帰るにしても――決して、学んだ魔道の知識は無駄にはならないでしょう」
ロザリンドの言うことには一理ある。
というより、彼女の言うことはいちいち正論ばかりだ。
それに、ロザリンドは「ここで学べ」と言ったが「一生ルフト村に帰るな」とは言っていない。大司教のことも、「そうなってくれたら嬉しい」としか彼女は言っていない。
レティシアを侍従魔道士団に入れさせたのは実の母らしいが、彼女もとにかくセフィア城に娘を据えられていれば安心するということだろうか。
レティシアは一気に心を落ち着け、一呼吸置いてまっすぐにロザリンドを見返した。
「――分かりました。大体の制度は理解できました」
「それは僥倖です」
ロザリンドはもったいぶって頷き、デスクに積んだ資料の中から、いくつかを引き抜いた。紙の雪崩が起きそうだったので素早く反対側の手で山を押さえて、レティシアに資料を差し出す。
「あなたは明日から、魔道士見習として生活してもらいます。スケジュールや受講すべき科目はこちらで設定しております。あなたはこの城の新人であり、歳にしては魔道の力に乏しい初心者ですが、順序通りに課題をこなしていけば必ずや、皆が満足する成果を挙げられるでしょう。こちらが向こう数週間の予定表です」
レティシアが受け取ったのは、真っ黒な紙――ではなく、字や図形が多いために黒く塗り潰されたように見える用紙だった。ちらっと見ただけで気分が悪くなり、レティシアはその紙を裏に伏せた。後でちゃんと見よう、と言い訳をして。
「――では、あなたに与えられた部屋に参りましょうか」
ロザリンドは重そうに椅子から腰を上げて、脇に畳んでいた上着を羽織った。
「ついでに、セフィア城の構造を見ておくとよいでしょう。アバディーン城やクインエリアと比べると簡素な造りをしていますが、ルフト村の家を想定しながら歩くと痛い目に遭いますよ」