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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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ディレン隊の日々 4

 セフィア城の騎士団制度は何も、城内だけで通用するものではない。騎士団としての実績を積み、その実力が認められたならば首都アバディーンからお呼ばれが掛かることさえあり得る。

 また、セフィア城を出た後も、騎士団での経験は生かされる。将来への布石にもなるし、女性の場合、身も蓋もない言い方をすれば騎士団での実績が嫁入り道具にもなるのだ。

 そのためほとんどの騎士団は闘争心に燃え、他の騎士団に負けないよう日々鍛錬と自己研鑽、そして他者への嫌がらせに身を砕いている。


 ちなみにレティシアが属するディレン隊の隊長は権力などに元々興味がない質らしく、よく言えばおおらかな、悪く言えば周囲には無関心な活動方針を立てていた。隊長がその性質なのでレティシアたちも自然と、対抗心や敵意に薄い考え方をしていた。


「あ、見て。ディレン隊がまた上がってるわよ」


 授業の帰り道。廊下で耳にした会話に、レティシアは足を止めた。


 大ホール前の掲示板には、広報用のコルクボードが掛けられている。そしてその隣には、各騎士団の実績をグラフにした一覧表が掲示されていた。騎士団によっては毎日毎時間、目を充血させて一覧表をチェックする者もいるらしいが、レティシアは通りすがりに見る程度で普段からあまり注意したことはなかった。


 今、その一覧表の前で会話しているのは、レティシアより年下の魔道士と騎士の少女たち。皆訓練帰りなのだろう、魔道士見習の少女たちは髪がぐしゃぐしゃに乱れているし、騎士見習の少女はまだ新しい鎧にしっかりと泥をくっつけていた。


「ディレン隊って、あれでしょ。赤い髪の騎士様が隊長やっている、小っさめの騎士団」

「そうそう。ほら、たくさん印が付いてるよ」


 少女たちの背後から見てみれば確かに、「ディレン隊」の欄には仕事をこなした数だけ、チェックが入っていた。ちなみに仕事内容によって色分けしているらしく、ディレン隊は難しめの職務を表す赤色の丸が、他よりも多いようだ。


「すっごーい! じゃあ、それだけ実力があるってことだよね」

「この前、私のクラスの授業にレイド様が来られたんだけど、すっごい厳しかったの。でも私たちにも丁寧に教えてくれたし、本当はいい人なんだろうなぁ」

「かっこいいしね」

「彼女いるのかな」

「いるんじゃない? あんだけイケメンなんだから」

「だよね! でも、彼女いなくって禁欲的なのもステキじゃない?」

「きゃっ! もう、何言ってんのよ!」


 きゃっきゃとディレン隊の噂ではしゃぐ少女たち。レティシアはそんな彼女らを、数歩離れたところから見守っていた。


 自分が属する騎士団を褒められるのは、悪い気はしない。彼女らは好き勝手噂話をしているが、別に悪気もないのだろうし、こちらがあれこれ言う義理もないはずだ。


(いい人……か。そりゃ、レイドは頼りになる隊長だもんね)


 このことを後でレイドに教えてやろう。くふくふと抑えた笑い声を上げながらレティシアが踵を返した。直後――


「……どけ、ガキ共」


 低く唸るような声と、少女たちの悲鳴。


 はっとして振り返ると、掲示板前で語り合っていた少女たちを突き飛ばす、大柄な男たちが。少女魔道士の一人がよろけて尻餅をつき、騎士の少女が慌てて友人を助け起こした。突き飛ばされた少女は怪我こそしなかったものの、年長者の男性に押されたことがショックだったのか、友人にしがみついて小刻みに震えていた。


「何するんですか!」

 少女魔道士の一人が威勢よく啖呵を切るが、男たちは少女を冷めた目で見下ろし、もう一度、近くにいた魔道士の少女を肘で突き飛ばした。バランスを崩した少女が床に尻餅をつき、廊下は騒然となる。


(何よ、あいつら……!)


 さすがにここで平然面として部屋に戻れるほど、レティシアは薄情でも臆病でもなかった。

 すぐさまツカツカと男たちに歩み寄り、少女たちを守るように、屈強な男性の前に立ちはだかった。

 相手の男はいきなり躍り出てきたレティシアに一瞬、怯んだらしく吊り気味の目を大きく見開いた。レティシアは自分より二回りも巨大な男を前に、胸の前で腕を組んできっとその顔をにらみ上げる。


「年下の女の子に対して、何やってんのよ。シルバーナイトとして恥ずかしくないの?」


 彼らが纏う上質な銀のマントを見てそう言い捨ててやると、先頭に立っていた男がフンと鼻を鳴らせた。顔立ちこそは繊細で高貴な生まれを思わせるが、その態度や振る舞いからはもはや、荒くれと同等の下衆な雰囲気しか感じられない。


「こいつらがグチャグチャ喋ってんのがいけないんだろ」

「お喋りすることの何がいけないのよ。そんなのただの言いがかりでしょ」


 負けじと、レティシアは言い返した。レティシアはこういう輩が一番嫌いだ。


「か弱い女の子に手を上げる神経が信じられないわ。そんなの、ただの乱暴者じゃない」


 レティシアの反撃が予想外だったのか、男たちは一瞬、驚いたように目を瞠った。


「……おい、こいつって確かあのディレン隊の魔道士じゃないか?」


 男の一人が思い出したように言い、レティシアの背後で怯えていた少女たちもはっと息を呑んだようだった。


「そ、そうだ! 確か、ミランダ様やセレナ様と一緒にいたわ!」

「そうよ! えーっと……名前、なんだっけ……レ、レ……レイラ様?」


(名前忘れられてるけど……)


 内心がっくりだが、落ち込んでいる暇はない。レティシアは一つ息をついて男たちに向き直った。


「そうだけど、だから何なの?」


 堂々と言い返す。

 挑発と言ってもいい台詞だが、これで男たちの牽制になれば。背後の少女たちから意識を逸らせられれば、と思ったのだが。

 突如、たがが外れたかのような笑い声が廊下に響いた。


「あの『紅い狼』の子分か! あーあー、そういうことか!」

「さっすが野蛮な狼! こんなクソガキまで手を出すってことか!」


 男たちが大笑いしながら放った言葉が、レティシアはすぐには理解できなかった。ヒイヒイ下品に笑う騎士たちを、レティシアは呆然と見つめるしかできない。

 それよりも、レティシアは今し方聞こえてきた言葉に反応して、眉を寄せた。


「……紅い狼?」

「知らないのか? おまえの『隊長様』のことだよ」


 先頭にいた男が、なおもげらげら笑いつつ言う。


「返り血を浴びたかのような真っ赤な髪に、何を考えているのか分からねえ溝鼠色の目。凶暴で粗悪で、残忍な男。男は泣き叫ぶまでしばき倒し、女は誰それ構わず喰らい尽くす……まさか、子分でさえ知らないとはな」

「考えてみろよ、エステス伯爵令嬢やあの胸のでかい女ならともかく、こんなチビで痩せてるガキを喰うほど狼も飢えてないってことだろ」

「じゃあ、あの竜騎士の小娘はどうなんだ?」

「さあな。だが貴重な竜騎士を捕まえられてさぞご満悦だろうな、お宅の『隊長様』は」


 ねっとりと嫌みったらしく囁かれた言葉が毒液か何かのように、全身を駆けめぐる。その声と言葉に、レティシアの体中の毛が逆立った。だがすぐに、恐怖は怒りにすり替わる。


 レイドの噂は確かに、今初めて聞いた。だがそんな噂は出任せに他ならない。

 確かにレイドは厳しい人だが、部下には優しく、気を掛けてくれるのだから。


「……だったら何なの?」


 レティシアの声に、男たちは一斉に笑うのを止めた。背後の少女たちも、そわそわするのを止めたのが気配で分かった。

 レティシアはまっすぐ、男たちを見つめて唇を開いた。


「いろいろ出任せが広まっているようだけど……それが何? レイドのことをそう思っているなら勝手に信じてればいいし、ディレン隊を敵視したいならそうすればいい。私は優しいレイドを知ってるし、レイドがそんな人じゃないって分かってる。確かにぶっきらぼうだし、何考えてるかよく分からないし冷たいところもあるけど、すごく仲間思いで頼りになる人なのよ。ミランダもセレナもノルテも、みんなレイドのことを分かってる。だからあなたたちが何を言おうと、関係ない。勝手にほざいてなさい」


 言い終わると同時に。


 世界が反転した。

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