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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第3部 紅狼の騎士団
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ディレン隊の日々 3

 農村への遠征を終えたレティシアは事務室で事後手続きを済ませた後、自室に戻ってセレナとノルテと一緒に休憩を取っていた。


 ディレン隊の女性の中で、レティシアの部屋が一番広い。よって仕事の合間にはレティシアの部屋に女性陣が集合するのが恒例となっていた。レティシアも、前侍従魔道士団長ロザリンドの七光りでこの上質な部屋を与えられたようなものであるため、女性仲間との会合の場になることを不満には思わなかった。むしろ、だだっ広いだけで味気ない自室に笑い声が満ちるため、有難いくらいだ。


 現在、カティアやミランダは別の仕事があるらしくお茶には来ていない。セレナがお茶を淹れ、ノルテがお菓子を持ち寄る。バルバラで好評だという保存用の固いラスクを食べていると、数日の間に溜まっていた新聞を読んでいたセレナが声を上げた。


「どうしたのセレナ。何かいい記事でもあった?」


 ノルテが問う。少し前から、セフィア城にも無料で新聞が配布されるようになった。元々新聞は貴族の読み物だったのだが、印刷技術も上達して一般市民にも手の届きやすい価格になった。セフィア城は国営の教育機関なので、いろいろな新聞社から個性の光る新聞が届けられるように推奨されているのだ。


 レティシアはあまり新聞を進んで読まないが、この時ばかりは気になった。セレナの方に身を寄せると、彼女は新聞をテーブルに置いて見出し記事を示した。


「アバディーンのエドモンド国王陛下即位五十年祭だって。ほら、再来年で在位五十年になるから、王都を中心にお祭りが開催されるそうよ」


 現在のリデル王国を統治するのは、エドモンド国王。聖都クインエリア大司教の娘といえど、現在は無名に等しいレティシアは当然見えたことはないが、平民にも優しい政治をする寛大な国王だという噂は端々で耳にしていた。国民から慕われていることもあり、永きに渡って王位に就いているということも。


「でも、五十年って相当よね」


 ノルテが言う。そしてレティシアとセレナの視線を受け、軽率だと思ったのかすぐに言い直した。


「ほら……エドモンド王は若くして即位したそうだけど、それでも五十年っていったらかなりのお年でしょ?」

「確かに……本来なら、もう代替わりしてもおかしくないんだけれど……」


 セレナも静かに同意し、新聞をじっと見つめて思案顔になる。


「エドモンド陛下が代替わりされないのは、『消えた第一王子エンドリック』のこともあるのでしょうね」

「なにそれ? リデル王家の王子は、エルソーンって人だけじゃないの?」


 初めて聞く単語に、レティシアの耳は素直に反応した。十五歳まで田舎村で育ち、城に来てからも世論に疎いレティシアはこの歳になっても、初耳の言葉が多かった。

 セレナはそんなレティシアのことを理解しているので、肩をすくめて説明してくれる。


「一応伏せられているから、ルフト村では伝わってないのかしらね。といっても、私のような平民に伝えられることは限られているけど……数十年前に、リデルの王太子だったエンドリック王子が突如失踪したのよ」


 セレナが言うには。


 現国王のエドモンドには二人の息子がおり、兄であるエンドリック王子は品行方正で優秀な魔道騎士であり、次期国王として誰もが認める人格者だったという。現在の王太子候補であるエルソーン王子はエンドリック王子の実弟で、兄弟仲も悪くもなかったと言われている。


「けれど、ある日エンドリック王子は忽然と城から姿を消したそうなの」


 セレナは新聞の、「エドモンド国王」の所をなぞりながら言う。


「なぜ突如出奔したのか、どこへ行ったのか、真相は闇の中。もちろん国を挙げて捜索したけれど結局、王子は見つからなかったそうなの。もちろん、今も存命かどうかさえ……」

「それで、『消えた第一王子』って名前が付いたんだね。王位を継ぐ実力があったのにそれを放棄して、行方知れずになった王子様、かぁ」


 ふと、レティシアはラスクを摘む手を止めてセレナたちを見上げた。


「それじゃあ……エンドリック王子の弟のエルソーン王子が今、王太子候補になっているのは、お兄さんが失踪したからなんだよね」

「まあ、そうでしょうね」

「でも……エドモンド王が即位して五十年だし、相当のお年なのにエルソーン王子は『王太子候補』のままっていうことになるよね」


 前々から疑問には思っていた。

 エルソーン王子が「王太子候補」や「王太子に名乗りを上げている」と言われていることはレティシアも知っている。

 では、候補になれるくらいならば今すぐ王太子になってもいいだろうに、なぜ彼が王太子になっていないのか。


 兄王子が失踪して十数年経つ。その間、ずっと王太子の座を空白にするとは思えない。

 とすれば、エンドリック王子の実弟を王太子に据えてもいいのではないだろうか。


「それは……リデル中の謎なのよ」


 セレナも知らないらしく、首を傾げている。


「国民の大半が疑問に思っているだろうけれど、誰も大々的にそれを国に問うことはないわ。エルソーン王子が王太子候補止まりであることを大声で言ってはならないというのは、暗黙の了解になっているの。どうやら上級官吏や王族は事情を知っているそうだけれど、公表はされていなくて」


 そう言い、セレナはふとノルテに視線を注いだ。レティシアも一縷の希望を掛けてバルバラ王女を見つめる。

 だが二人の視線を受けたノルテはゆっくりとラスクを噛み砕き、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「残念。わたしも知らないのよ。さすがにエンドリック王子の失踪とエルソーン王子の候補止まりについては知ってたけど、わたしに許された情報はそこまで。よしんば知ってても教えられないわね。国家機密事項だろうから。さすがに姉さんはバルバラの女王だから分かるかも。まあ、知ってても教えてくれないだろうけど」

「……確かに、一国の最重要事項だろうからね」


 最初から過度の期待はしていなかったため、レティシアとセレナもあっさり諦めそれぞれラスクに手を伸ばした。囓ると、さっくりと歯ごたえがよくてバターの香りが口いっぱいに広がる。


「そもそもリデル国王って世襲制なんだよね」


 レティシアが確認を込めて問うと、セレナは頷いて砂糖の付いた指を軽く払った。


「リデルだけじゃないわ。西の帝国カーマルの皇族も、初代皇帝の血を継ぐ者に限定されているわ。建国から三百五十年も経つのだから、その過程で直系は何度か断たれたそうよ。その度に、傍系や遠い血筋の所から王太子を招いたと言われているわ」

「ちなみにうちも基本世襲制なんだ」


 そう言うのはノルテ。


「大抵は女王の娘が跡を継ぐんだけど、場合によっては息子しか生まれないうちに女王が死ぬことだってある。あと、本当にごく稀なんだけど……生まれた王女に竜騎士の素質がない場合も、女王候補からすぐに外されるんだ」

「竜騎士の?」


 初耳の情報にレティシアとセレナは同時に声を上げた。バルバラ王国が竜騎士によって栄える国だということは常識だったが、竜騎士でなければ女王になれないのだとは。

 ノルテは神妙な顔で頷き、ソファに深く腰掛けて胸の前で腕を組んだ。


「正確に言うと、ドラゴンに選ばれなかった場合、になるわね。バルバラでは子どもが生まれたら一番に、竜騎士の素質があるかどうかを調べるの。方法は簡単。赤ん坊を手近なドラゴンに近づければいいの。ドラゴンが落ち着いていれば大丈夫。もしドラゴンが赤ん坊を嫌がったり威嚇すれば……その子はドラゴンに乗る資格がないってこと。そうなったらどう足掻いても竜騎士にはなれないわ」

「そんな……」


 絶句するレティシアとは対照的に、セレナは落ち着いた様子で問う。


「ドラゴンが何の基準で竜騎士になる赤ちゃんを選んでいるかは、分かっていないの?」

「そりゃあ、さすがにドラゴンにしか分からないわ。匂いか気配で分けるんでしょうね。でも、竜騎士はドラゴンに乗れないと始まらない。過去にもいたのよ。優秀な竜騎士の女王と大公の娘として生まれながらもドラゴンに嫌われ、竜騎士にも女王にもなれなかった王女ってのは。王子の場合も同じだけど、王女であったらそれだけ、国民からの失望も大きいわ」

「……竜騎士になれない子どもはどうなるの?」

「そんな顔で聞かないでよ、レティ。うちの国はちゃんと竜騎士以外の人も暮らせるよう措置を取っているわ。事実、ドラゴンに乗れない国民はぱらぱらといるし、別に恥じることも悲観することもないように、国を挙げて努力してますから。姉さんの代になってからは、竜騎士じゃない国民を差別する者には罰を与えるようにもなったからね」


 ただ、とノルテの顔が曇る。


「……さすがに、王位継承権から外された王女や、騎士団に入れない王子の場合はね。大抵の王族は、バルバラを出ていくわ。リデルやアルスタットに行って、身分を偽って傭兵として働く。もしくは知らない土地の人と結婚して静かに暮らす。過去の歴史でも、そういう道を取る人が多かったそうよ。確かわたしの大叔母に当たる人も、王女でありながらドラゴンに拒否されてね。その王女の姉だった当時の女王が止めるのを振り切って、異国へ出奔しちゃったんだって」

「……一般市民はともかく、ドラゴンに乗れないバルバラ王族というのは、本人が一番辛い思いをしているのね」


 納得したようにセレナが頷き、ノルテはそんなセレナとレティシアをぐるりと見回し、最後のラスクを口に放り込んだ。


「それで……話は戻るけど。ノルテさん的には、今回のリデルの件もうちと似た感じなのかもしれないと思ってるわけよ」


 ノルテの指摘に、レティシアも頭の中で情報を整理してみる。


 王太子になれないエルソーン王子。

 三百五十年前から揺るがぬ世襲制を貫く王族。


「……エルソーン王子には、王太子に……ひいては国王になれない理由があるってこと?」


 レティシアのつぶやきに、ノルテはしっかり頷いてみせる。


「わたしの推測としてはね。加えて、うちではドラゴンに選定させているように、リデルやカーマルでも何か鍵となる要素があるんじゃないかしら。エルソーン王子はその要素を満たしていない、あるいは……」

「……すでにその『鍵』を持っている人がいる」


 静かな、セレナの声。

 レティシアとノルテが一斉に彼女の方を向くと、セレナは紅茶のカップから顔を上げ、伏し目がちで小さく頭を振った。


「ただの予測よ。エルソーン王子のことについては、公に口にしてはいけないことにはなってるけど、みんな好きなように推測しているわ。ただそれが警吏に聞かれると面倒になるから、こっそり推論を交わし合うに留めているけれどね」

「……まあ、分かったのは、継承ってのは平民が考えても謎が深まるだけってことね」


 そろそろ頭が疲れてきた。

 レティシアがごろんとソファに横になって伸びると、呆れたようにノルテが茶化してきた。


「おや、クインエリアの聖女候補がそんなこと言っていいのかね」

「別に、私が継ぐと決まったわけじゃないし」


 生まれ故郷の話を出されても嬉しくなれない。

 レティシアはムッと言い返し、ソファの肘掛けに後頭部を乗せて脚をバタバタさせた。


「あー、もう! ノルテがそんなこと言うから嫌なこと思い出しちゃったじゃない! 私は大司教になるなんて勘弁! 毎日のお祈りの習慣もないってのに!」

「いんや、意外と似合ってるかもよ? レティが錫杖を持って聖堂で祈りを捧げる姿」


 ケケケ、とノルテはテーブルに身を乗り出して意地悪く笑う。


「もしそうなったら、わたしのためにひとつ祝福の祈りを頂戴よ」

「だから嫌だってば!」

「あと、人生に困ったら相談に乗ってや。迷えるノルテさんに愛の手を差し伸べるレティシア……ぶふっ」

「そこ、勝手に想像して笑わない!」


 心底嫌そうにノルテに背を向けるレティシアと、そんな彼女をチクチクと言葉でいじめるノルテ。


 セレナはそんな二人の少女を、静かに見つめていた。その茶色の双眸に微かな悲哀の色が浮かんでいることには、どちらも気が付かなかった。

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