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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第1部 黄昏の魔女
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侍従魔道士見習レティシア 1

 リデル王国とオルドラント公国の間は、なだらかな山脈が国境代わりとなっている。この山脈は北のバルバラ王国のような険しい山岳地帯ではなく、深い森に覆われた比較的身長の低い山が連なっているものだ。レティシアの育ったルフト村もこの山脈の南側にあり、土地の肥えた農作地帯に位置している。


 山脈はオルドラントとリデルを行き来するには必ず通らねばならないため、行商人や旅人用の街道がまっすぐ南北に引かれている。途中、枝分かれしてリデル王国内の別の街や観光地へ続くものもあるが、一番太くて古い道を北上すれば迷うことなくリデル王国首都アバディーンへ到達する。


 レティシアの乗る馬車も途中からこの主要な街道に入り、山を越え、リデル王国領内の平坦な道を進んでいった。


「ロザリンド。私がこれから行く先にお城があるの?」


 車窓に頬をくっつけながら外の景色を見ていたレティシアが問うと、ロザリンドは手持ち無沙汰に読んでいた詩集から面を起こして肩をすくめた。


「確かに城はありますが、リデル王家の方々が住まわれる王城とは別物です。陛下がお住まいのアバディーン城はこの先の三叉路を直進した先の首都区にあります。そこへ参上できるのは高位の階級を叙された騎士や魔道士、学士たちのみ。あなたのような見習や年若い騎士たちは、三叉路を東に曲がった先にあるセフィア城で修行を積みます。我々がこれから向かうのも無論、セフィア城の方です」

「ふーん……」


 大国リデルには複数の城があるようだ。

 ロザリンドはレティシアに「頬を窓に付けるのは下品ですからおやめなさい」と注意し、詩集を閉じて軽く目を伏せた。


 ちなみにそんなロザリンドが手にしている詩集のタイトルは「我が主君へ、秘められた想いの言葉を」。

 全く内容が予想できないレティシアは窓から顔を離し、つまらなさそうに窓辺に肘を突いて外に目を遣った。


 途中の三叉路で馬車は東に曲がった。

 そのまま、ごつごつした古い馬車道を進んでいく。










 セフィア城はアバディーンからも離れているため、城を囲むのは市街地ではなく豊かな自然。元は森林地帯だったこの土地を開拓し、王城に仕える新人騎士たちを教育する場として当時のリデル国王が建設を命じたという。また、歩いていける距離に娯楽施設や派手な店がないのも教育上よろしいことだとか。


 緩やかな平地に建つセフィア城はくすんだ灰色の外壁を持ち、砦のように見張り窓が取り付けられた城壁でぐるりと囲まれている。

 城壁に設けられた門をくぐり、白っぽいレンガで舗装された馬車道をしばらく進んだ後、御者は馬を止めた。城内を馬車が入れるのはここまでのようだ。


「レティシア様。フェリシア様のことや世間体のこともありますゆえ、この先ではあなたの身分は通用しません。無論、わたくしがあなたをクインエリアの姫として扱うことも皆無です」


 馬車の外で騎士たちが入城手続きを行っている間に、ロザリンドが釘を刺してきた。


「よって、わたくしにしても他の者にしても、過度な期待をしませぬように」

「はいはい、分かってるって」

「それと。わたくしはあなたの後見人ですが、身分は侍従魔道士団の魔道士団長。わたくしの方が実質立場が上になります。よって、これからはロザリンドではなく姓で呼ぶように」

「せい……?」

「名字のことです。わたくしの場合、カウマーが姓です」

「じゃあ、カウマーって呼べばいいの?」


 膝掛けを畳んでいたロザリンドの手がぴくっと動き、呆れたように肩をすくめられる。


「……せめて敬称をお付けなさいな。そして、身分が上の者に対しては敬語で話すこと。これは、市民として常識のことでしょう。ゆえに、呼び方はカウマー様、もしくは魔道士団長にしなさいませ」


 それすら分からないのですか? と眼鏡の奥の目が訴えてきため、レティシアはムッと唇を尖らせつつも――全くもってその通りなので、羞恥に頬を染めてぼそぼそ言った。


「……分かり、ました……カウマー様」

「よろしい」


 ロザリンドは頷き、傍らに置いたバッグから金地の布を引き出した。長衣のように長いそれを目の前で広げ、手早く首元に巻きつける。


「では参りましょう。これからあなたが暮らすことになる城へ……」












 馬車を降り、ロザリンドについて城門をくぐる。レティシアの荷物はお付きの騎士たちが先に部屋に運ぶらしく、彼らは軽く頭を下げてレティシアたちを見送った。

 さすがに見習用の城であるため、豪華なタペストリーやふかふかの絨毯、何が描いてあるのか分からないような絵画といったものは見あたらない。城全体が灰色の石で作られているため、どっしりとした威厳や重厚感が溢れていた。

 玄関ピロティの正面に伸びる階段は石製で幅が広く、手すりも真四角の石を組んでつなぎ合わせたようでカクカクと角が尖っている。


 優美さや繊細さよりも実用性、威厳を優先させたセフィア城。温かさではなく冷たさを感じる雰囲気。

 レティシアはその重々しさにひとつ、身を震わせて唾を飲み込んだ。


(あれは……)


 レティシアは吹き抜けの天井からぶら下がるものを見て、思わず立ち止まった。

 食事用の大皿を伏せたような形の魔道ランプ。数ある魔道機器の中でもこれだけは何度か見たことがあったのだが、この城に据えられているランプはひと抱えはありそうな大きさで、しかもレティシアの家にある天井ランプのような吊り下げ型ではなく天井に引っ付いた形をしている。食事用の大型ボウルが伏せられて天井にくっつき、発光しているようなものだ。


 ほう、とのどを反らして部屋を照らすランプを見上げていると、前方を歩くロザリンドから「前を向き、顎を引いて歩きなさい」と叱咤されたためその通りにした。


 ロザリンド曰く「授業中のため」人気のない階段を二階分上がり、吹き抜けの渡り廊下を通り、何度か角を曲がった先。ロザリンドが事務所と呼ぶそこでは、騎士や魔道士の管理や財政、経理を行っているという。


「失礼します。ロザリンド・カウマー、新人魔道士を連れてきました」


 ロザリンドに連れられて、ごみごみした事務室に入る。

 ロザリンドの声を受け、書類がうずたかく積まれたデスクに伏せっていた人物が顔を起こす。そろそろ頭部の防波堤が寿命を迎えそうな、穏やかな顔の中年男性だった。


「おや、魔道士団長……そちらが」

「ええ、先日お話ししました、私の友人の娘、レティシア・ルフトです」


 ぼうっと部屋の中を見回していたレティシアの背中にロザリンドの抓り攻撃が入る。ちょうど背骨の横の皮膚が薄い場所を捻られて瞠目するレティシアだが、横目でロザリンドに睨まれ慌てて一歩前に出る。


「え、あ、えーっと……レティシア・ルフト、です」

「んー、そうかそうか、確か今年で十五歳だとか」


 事務室の男性はゴミ屑をかき分けてレティシアに歩み寄り、緊張の走るその顔を眺めてニッと愛嬌のある笑みを浮かべた。


「その歳になって入団するとなると、かなり大変だろうなぁ。ま、何の事情があったかは知らんが、頑張りなさいよ」

「あ、はい。ありがとう、ございます」


 直立したまま礼を述べるレティシア。そのまま、ロザリンドに後ろから後頭部を掴まれて無理矢理お辞儀させられた。


「事務長殿。レティシア・ルフトの後見人はわたくしが務め、本城で暮らす上での注意点や授業計画、制度についてはこちらの方から説明いたしますが、よろしいでしょうか」

「おお、もちろん。魔道士団長なら間違いはなかろう」


 事務長は満足そうに頷き、縮こまるレティシアの肩を親しげに叩いた。


「安心しなさい。カウマー魔道士団長は責任感の強い方だ。必ず、君の強い味方になってくださるだろう」

「……へ。あ、はい……」


 一拍遅れてレティシアは相槌を打つ。「君の強い味方」たるロザリンドを見上げると、恐ろしく不機嫌な面で睨み返されたため、しぶしぶもう一度、頭を下げる。


「は、はい……ありがとうござい、ます……」


 何も知らない事務長は、つやつやに張った頬を緩めて頷いた。

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