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選ばれた侍従魔道士 1

3話分で番外編、レティシアが編入する少し前のセレナの物語です

 きらきらと輝く照明。おいしそうな香りを放つ料理。談笑する人々。


 セレナはそんな大部屋の中に、ぽつんと佇んでいた。今日のためにと故郷の両親が送ってくれた薄手のドレスの胸元をきゅっと掴み、おそるおそるといった足取りで部屋を歩く。


 十六歳以上でなおかつスティールの称号を持った者にのみ参加権が与えられる、騎士団交流パーティー。侍従魔道士や侍従騎士たちはここで自分を見出してくれる騎士を探し、騎士団を形成する者たちは自分の隊に相応しい者を探し出す、授業の一環でもある会。


 セレナも見習時代は世話役のアルバイトに志願し、ウエイトレスや伝令として会場を駆け回ったこともある。その時はまだ自分にとっては縁のない場所であったし、アルバイト仲間が側にいて一緒に仕事をした。だから、今のように置いてきぼりにされた気分になることもなかったのに。


 セレナはぐるっと辺りを見回した。ざっと見た感じでは、この辺りに自分の知り合いはいない。知人たちは一足先に騎士団に入団しており、セレナのように会場をウロウロする必要はないのだ。今頃彼女らは、素晴らしい騎士隊長様の足元でのんびりくつろいでいることだろう。


 セレナは知人たちと同時期、昨年の冬の昇格試験でスティールマージになった。だが彼女たちが新年の交流会に参加したのに対し、セレナは交流会の参加を断って騎士団入団を半年ほどずらした。まだ自分には早いから半年間は勉強に専念し、しっかり基本を復習した上で今回の夏の交流会に参加したのだが。


 セレナはとぼとぼと料理の載ったテーブルに近付き、黙ったまま料理を自分の皿によそった。共に食べる仲間はいないので、端のテーブルに座って一人で食事を始める。

 侍従の中にはパーティー開始早々どこぞの騎士様にかっさらわれる者もいる。そうでなくても、自分から積極的にアプローチをかければ食事を一緒にすることくらいよくある話なのだ。


 だがセレナは自分を売り出す勇気がなかったし、地味なセレナに話しかけようとする騎士もいなかった。貴族出の侍従の少女たちは皆、きらきらと輝くドレスを身に纏い、美しく化粧を施した顔でにこやかに微笑んでいる。だがセレナの家にそんな大金はないし、化粧も授業でしか使ったことがない。貸し出し用のドレスには豪華なものもあるが、せっかく両親が送ってくれたのだから、それを着て行きたかった。


 騎士に仕えるためには積極性が必要だと、魔道士団長のロザリンド・カウマーも口を酸っぱくして言っている。

 それでも、話しかけようとしてもその勇気が出ない。セレナには騎士の能力を見極めるほどの目は備わっていないし、自分をアピールできるほどの魅力もない。友人は「胸を出せば絶対声が掛かるよ」と茶化してきたが、大きすぎる胸はある意味コンプレックスでもあるため、そんなはしたない真似はできない。今日のドレスも胸元はきつく縛り、なるべく地肌が見えないような大人しいデザインになっている。


 足をぶらぶらさせながら、セレナはぼんやりと会場を見渡した。あちこちで騎士団が動き回り、これぞと思った者に声を掛ける。ほとんどの者は騎士の申し出を二つ返事で受け入れ、騎士団のサロン――もとい集っている場所へと案内される。


 セレナはマーマレード味のチキンを咀嚼し、はあっとため息をついた。

 最初こそは意気込んで参加したものの、これでは今回の夜会で騎士に声を掛けられることは不可能だろう。今度の冬の交流会では、きちんと事前準備をして臨もう。そう決意し、セレナは桃のゼリーを大胆に一口でかっ込んだ。


「……もしもし、そこの可愛い侍従魔道士さん?」


 最初、自分に話しかけられているのだと気付かなかった。

 桃のみならずリンゴやらトマトやら、ゼリーをやけ食いするセレナの前に年上の女性が立ち、何か言っているのは気付いていた。だが多分自分の背後にいる人に話しかけているのだろうと、気にも留めずゼリーを平らげ、次はプディングでも食そうとセレナは立ち上がった。


「……ねえ、あなたに言っているのよ。ゼリー好きなお嬢さん」


 ぽんぽんと肩を叩かれてようやく、セレナは女性が自分に話しかけているのだと悟って目を丸くした。


 テーブルを挟んで反対側に立っている、若い女性。胸元がぱっくり開いた細身のドレスを纏い、豊かな黒髪を優雅に結い上げている。化粧をせずとも相当の美人だろうが、濃く描かれたアイラインや眉墨のせいで余計に、匂い立つような色気が溢れ出していた。

 今まで彼女のような美人に声を掛けられたことのないセレナはぱちくり瞬きし、皿を持っていない方の手で自分を指さす。


「……えっと、私のことですか?」

「そうそう。ゼリーのお代わりでもしようと思った?」

「いえ、次はプディングでも食べようかと……」

「あらま、私もプディングは好きよ。気が合いそうね」


 くすくすと笑い、でもね、と女性は目元を細めて言う。


「せっかくの交流会なのに、お菓子ばっかり食べているのもつまらないんじゃないの?」

「……そう、ですね」


 悩みをズバリ叩かれ、セレナは答えに窮してしまう。


「……でも、私はお菓子が好きですし……一人で食べるのも、結構楽しいので……」

「そう? でもみんなで食べるともっと楽しいわよ。こんな端っこにいないで、私の仲間と一緒に食べましょうよ」


 やや強引な物言いに、セレナはぽかんとして女性の顔を見上げた。セレナより頭一つ分背が高い彼女はにこっと微笑み、セレナの皿を奪った。


「私、ミランダ。ミランダ・エステスっているの。エステスって名前、ご存じ?」

「……いえ」

「なら好都合ね。私はとある騎士団に属しているんだけど、隊長があなたのことを目に付けたらしくね。とにかく連れてこいってお達しがあったの」


 何が好都合なんだろう、と考えていたセレナはミランダの言葉に再び、目を丸くした。

 今、聞き間違いでなければ彼女は、セレナを騎士団に誘ったのだ。


「……えっと、人違い……じゃないですか?」

「どうして? セレナ・フィリーさんでしょ。うちの隊長、無愛想で意外とお馬鹿だけど、目を付けた魔道士の名前くらいきちんと覚えてるわよ」

「……」


 さくさくと言い返され、セレナは返す言葉が見つからず黙るしかできなかった。

 ミランダはセレナの返事がないのも気にならないのか、セレナの皿を持ってビュッフェ台に向かい、ひょいひょいと目に付いた菓子を摘んで皿に載せていった。


「昨日の魔法実技訓練で、教室の後ろに何人か見学の騎士がいたでしょ? あの中にうちの隊長もいたのよ。真っ赤な髪の男。覚えてる?」

「……いえ、背後には特に注意していなかったので……」


 同級生たちは騎士が見学に来る度に張り切り、何やら意味のありげな視線を彼らに送るのだが、セレナは自分の課題をこなすことで精一杯で背後の騎士たちの顔を見る余裕もなかった。

 ミランダはプディングを始めとした菓子がどっさり乗った皿を手に戻ってきて、納得したように頷いた。


「なるほどね……あいつがあなたに目を付けた理由が分かった気がするわ。ま、一度話だけでも聞いてあげてよ。知っているだろうけど、侍従には騎士の申し出を断る権利があるんだから、あいつを蹴ったって誰も文句言わないわよ」

「……でも」

「あ、大丈夫。このお菓子は全部あげるから」

「いや、そうじゃなくて……」

「さ、こちらへどうぞどうぞ!」

「あの、まだ行くとは言って……」


 右手に担ぐように皿を持ち、左手でセレナの腕を拘束したミランダは鼻歌混じりですたすたと会場を横切っていく。華奢な見た目に反して手の力はなかなか強い。本気で腕を振り払えばミランダも諦めてくれるだろうが、女性に暴力を振るうのはさすがに気が引けたので、セレナは大人しくミランダにずるずる引きずられていった。











 というわけでセレナは否の言葉を許されないまま、ミランダに引っぱられるまま、会場の端の方へと案内された。

 会場の中央と窓寄りにはビュッフェ台や大人数用のテーブルがあり、入り口付近には立食できる広いスペースが設けられている。一方、会場の端、入り口にも窓にも遠い一角にはテーブルソファセットが設置されている。ここがいわゆる騎士団のサロンで、騎士に声を掛けられた者は大抵、ここへ案内されるのだ。


 ミランダの「隊長」は誰なのだろう、とセレナは途中からわくわくとサロンを見回しだした。サロンのある場所は用のない者は立ち入ってはならない。よってセレナもアルバイト中でも滅多にここへ入ることはなかったのだ。

 あちこちのソファに青年騎士たちが仲間と共にくつろいでいるのを見回していたセレナだが、ミランダが足を止めたためはっとして前を向いた。


 サロン場の壁寄りの一角。テーブルにカードを広げてゲームに興じていた者たちがミランダに気付いて顔を上げ、おっと声を上げた。


「お帰り、ミランダ。見つけたんだ」

「ええ。見ての通りよ」


 そう言ってミランダは問答無用でセレナをソファに座らせ、自分はテーブルを回るとセレナの向かい側に腰掛けた。


 ミランダの隣にいる、赤い髪の青年。一人だけゲームに参加せず、厳しい眼差しでセレナを見ている男性。

 周囲の者たちもゲームを中断し、ミランダが持ってきた菓子を摘みながらセレナを物珍しそうに見だした。あの菓子、確か全てセレナにくれると言われたはずだが。


「へえ、初そうな子ね。レイド、あなたさては彼女にしようと思ったとか?」

「おいおい、まじかよレイド! というか、確かに俺たちとは住む世界が違いそうだな」

「ま、いいじゃん。ミランダたちよりずっと若い子なら、俺は大歓迎だ!」

「何よそれ、地味に喧嘩売ってない?」


 わいのわいのと好き勝手言いまくる騎士団のメンバーたち。だがセレナの真向かいに座る青年だけは相変わらず、冷めた表情でセレナを見つめていた。


 きっと、セレナからの言葉を待っているのだろう。セレナは膝の上でぎゅっと拳を固め、青年をじっと見つめて口を開いた。


「は、初めまして。私、セレナ・フィリーといいます!」

「知っている」


 速攻で返された、素っ気ない言葉。

 あまりに愛想のない言葉に、セレナは言葉に詰まってまた、俯いてしまう。

 青年の隣でプディングを食していたミランダは眉を寄せ、左腕の肘で遠慮なく青年の脇腹を小突いた。


「ちょっと、レイド。いくら何でも愛想なさすぎよ。あんたが選んだんでしょ!」

「……そうだが」

「ほら、泣きそうになってる! あー、ごめんね、セレナ。こいつ、今日は機嫌が悪いみたいねぇ……帰る?」


 ミランダが気遣わしげに言い、周りの面々も申し訳なさそうに顔をしかめる。

 セレナは顔を上げ、当惑顔のミランダたちを見、そしてやはり表情の薄い「隊長」を見、ゆっくり首を横に振った。


「……いいえ、お話だけでもお伺いしたいです。せっかくお声を掛けていただけたので、えーっと……レイド、様? のお話を聞いてから決めます」


 おどおどしていた様子から一転、はっきりとした物言いに、ミランダは目を丸くし、レイド隊長も切れ長の目を意外そうに見張った。


「……意外だな。おまえ、もっと気弱そうな魔道士かと思ったんだが……」

「おっしゃる通りですが、目上の方には恥を捨てて礼儀を尽くすものであると教わりましたので」


 ひゅう、とレイドの横にいた大柄な騎士が口笛を吹いた。


「おったまげた! こりゃあなかなかいい掘り出し物に会えたんじゃないのか?」

「そうね、後はレイド次第だけど」


 と、ミランダの刺すような視線を受けてレイドは一つ瞬きし、徐に口を開いた。


「……そうだな。確かに……先ほどの俺は無礼だった。すまなかった、セレナ・フィリー」


 そして初めて、レイドの顔が動いた。ほんの少しではあるが、口角を吊り上げて笑う。


 セレナは改めてレイドの顔を見、これほど美男子だったのかと今更気付いてかあっと赤面した。無表情の時は恐ろしいイメージしかなかったのだが、表情を崩すと一気に雰囲気が柔らかくなり、女性をドキドキさせるような色気のある美青年に変貌を遂げたのだ。


「改めて。俺はレイド・ディレン。シルバーナイトで、ディレン隊の隊長を務めている」


 気を許したレイドは思いの外饒舌で、ワインの入ったグラスを揺らしながら言った。


「ディレン隊のメンバーは現在、ここにいる八人。もう一人魔道士がほしいと思って、先日魔道実技教室に見学に行った際、おまえを目に留めた」

「セレナはレイドに気付かなかったそうよ。授業を一生懸命受けていて」


 ミランダの補足を聞き、レイドはゆっくり頷いた。


「だろうな。おまえの真面目な態度は買うに値すると思うし、実技の様子を見ていても決して腕も悪くはないだろう。今の俺の隊の魔道士は見ての通り、強烈な女ばかりだ。若くて真面目な魔道士を所望していたところだ」

「なぁによ。こんなに色気のあるお姉さんがいるってのに不満なの?」

「そうとは言っていない。だが、この場にいる者たちは……言えば、貴族出の者ばかりだ。よって、仕事をしていても戦略を立てるのにも、どうしても意見が一つに固まってしまう」


 レイドはミランダに渡されたグラスを受け取り、中身を一気に煽って続けた。


「おまえは平民出と聞いている。なるべく騎士団のメンバーは偏りのないようにしたいと俺は思っている。そうした方が戦略の幅も広がるし、より多くの知識を得られると俺は信じている」

「もちろん、私たちはあなたの意見を最優先させるわ」


 プディングを食べる手を止めずミランダが口を挟む。


「知ってるわよね? 騎士が侍従を選ぶとき、侍従候補は騎士の申し出を断る権利を持っている。私たちはもちろん、あなたが入ってくれると嬉しい。でも、あなたが他の騎士に仕えたいと思ったりフリーのままでいたいと思ったりするなら、深追いはしないわ」


 セレナはミランダの言葉に頷いた。騎士団加入の条件はセレナも熟知していた。セレナが嫌だと言えば、レイドもミランダもすんなり引き下がらなければならないのだ。


 だが。

 

 セレナは顔を上げ、レイドを正面から見つめた。

 この青年は、セレナを見つけてくれた。たくさんいる魔道士の中から、セレナがいいと言ってくれたのだ。


 それが……とても、嬉しい。


「……私」


 セレナが口を開くと、周囲の騎士や魔道士たちも手を止めてセレナに注目する。ミランダも、スプーンを置いてセレナの横顔を見つめてくる。

 セレナは膝の上でぎゅっと拳を握り、冷や汗を流しながら口を開いた。


「……あの、このお話、お受けします……レイド様の侍従魔道士に、なります……ならせてください!」


 最後の一言をしっかりと、言い切る。とたん。


「……そうか、ありがたい」


 レイドは眉を垂らしてかすかに笑い、右手を持ち上げた。


「では、よろしく頼む。セレナ・フィリー……セレナと呼べばいいか」

「は、はい! あ、ありがとうございます、レイド様……」


 急いで、レイドの右手を握る。見た目よりもレイドの手は大きく、セレナの手をすっぽりと包んだ。


 セレナはレイドを見る。これから、セレナはこの青年の元で働くのだ。


 セレナを見つめるレイドの目が、優しく細まった。

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