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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第2部 緑翼の乙女
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試験の夜 2

 時間は忙しい時に限って飛ぶように過ぎ去っていく。あれよあれよという間に迎えた、昇格試験一日目の朝。


 試験日は多くの教室やグラウンドを使うため、最初から全講義が閉講となっている。そして試験が始まるまで、騎士団含めた生徒は実習棟やグラウンドに近寄ることが許されず、入り口には特別仕様の締め出し紐が張られている。


 見た目は腰の高さでポールに結わえられただけの市販のロープなのだが、どうやらこれも魔具の一種らしい。

 実際に試した猛者はいないが、噂によるとこの紐を越えようとした者がいれば、魔具が反応して魔法発動。壁際まで吹っ飛ばされてもれなく後頭部強打、試験期間中を寝込んで過ごすことになるのだという。


 レティシアは幸運にも食堂の一角をディレン隊の皆によって確保してもらえ、そこで先輩騎士や魔道士たちと共に復習することにした。食堂にいるのは全て、レティシアと同じ境遇の者たちばかりで、先輩に頼み込んで試験の練習の相手をしてもらっていた。それはレティシアだけでなく、受験生のおかげで食堂には悲鳴や笑い声、朗読暗唱する声が溢れていた。

 セレナやミランダに魔道の最終確認をしてもらい、レイドたちには詩歌や歴史の問題を出してもらう。ミランダもレイドも、レティシアのために招集を掛けて集まってくれたそうだ。


「こうしていると、レティシアやクラートもうちの隊の仲間みたいだな」


 オリオンがレティシアの詩歌の添削をする手を止め、ふと呟いた。彼は筋肉頭系の見た目だが、貴族だけあって最低限の作法や詩歌の心得は持っているらしい。


「普段から飯も一緒にしてるし、隣にいるのが当たり前になってるってゆーか……」

「……悩ましいのは、正式団員であるはずのノルテがいないことだね」


 歴史書から顔を上げ、やれやれとばかりにクラートが肩をすくめる。

 レティシアは「ノルテ」の名を聞いて微かに肩を震わせた。


 先日、階段踊り場でノルテと話をしてから彼女とまともに会っていない。自由時間が合わないのもあるだろうが、毎日の食事の席でもノルテだけがいないことが目立ってきた。てっきりディレン隊の仕事で忙しいのかと思いきや、セレナに聞く限りではそうでもないらしい。どうやら隊の仕事もほっぽり出して、アンドロメダに乗ってどこかへ飛んでいっているのだという。


「ノルテは昨日の夕方から見ていない。大方アンドロメダに乗ってどこかに遊びに行っているんだろう」


 そう言うレイドは、意外にも落ち着いた表情をしている。てっきり仕事を放り出して放蕩するノルテに怒り心頭かと思いきや、諦めているのか事情を知っているのか、平然として窓の外を眺めている。


「セフィア城は竜騎士用には造られていない。よって、ドラゴンに乗ってしまえば出るのも自由、帰ってくるのも閉門後でも大丈夫なんだ。……最初に奴が来た時も、いきなり空からやって来たというしな」

「レイドにも叱られたんだし、あいつももうちょっと、騎士団としての自覚を持ってほしいよなぁ。俺、さすがにもうあいつを探すのに疲れたよ」


 オリオンも諦めているのか、太い眉を垂らしてげんなりと言う。日々ノルテ探しに奔走していた彼の姿を知っているレティシアは、心の中でこっそり合掌する。


「そりゃ、バルバラ女王の命令で来たんだろうけど、男に対する態度は悪いし、ちっこい割に偉そーだし、やっぱり仕事をさぼるし……ほい、レティシア」


 ぶちぶち言いながらオリオンが向かいのレティシアに放ったのは、先ほどレティシアが苦労の末に書いた詩歌。お題は「セフィア城の騎士を讃える歌」だった。


「内容はともかく、誤字脱字が多いぞ。急いだから読み返しができてないんだろうけど……ほら、このスペルが違って悲惨なことになってる」

「うっ……本当だ」


 見れば、騎士の煌めく鎧を賛美したはずの単語が一字スペルミスによって、この上なく卑猥かつ下品な単語に変わってしまっている。


(オリオン……脳筋とか思ってごめんなさい)


 こんなミスを本番にしなくてよかった、と赤面して訂正を入れるレティシアを見かねてか、ミランダが魔道書から顔を上げた。


「でも……詩歌で言うならレイドが酷かったわね。覚えてる、オリオン? 何年前だったか……レイドの詩歌の課題を手伝った時の」

「……あー……アレか」


 ミランダに指摘されて思い出したのか、オリオンの眉間に皺が寄り、過去を思い返すような、どこか哀愁すら感じられる遠い眼差しになる。


「ありゃあ酷かったな……これほど詩歌のセンスのない奴は、俺ぁ初めて見たよ」

「うるさい」


 自分が話題になって嬉しくないレイドがイライラと返すが、レティシアやクラートはつい、その話題に食いついてしまった。

 二人とも復習の手を止め、目を輝かせてテーブルに身を乗り出す。


「そんなに酷かったの?」

「へえ、レイドにも苦手なものがあったんだね」

「酷いのなんの。確か勉強を手伝ってやった時の課題は、『身分違いの恋に落ち、周囲の圧迫によって別れざるを得なかった恋人たち』を題材にした詩を書けってやつだったんだよ」

「まあ、昇格試験の予想問題集にも載っている、決して難しくはないオーソドックスな問題だったわね」


 ミランダも深く頷くが、その目には輝きがない。


「苦手だってのはよぉく分かったけど、だからといって悲恋課題のものを、血なまぐさい戦場の有様を描いた詩で書く?」

「えっ」

「言っているだろう。俺は恋愛だの何だのの詩が嫌いなんだ」


 レイドが不機嫌そのもので唸る。その隣に座るセレナがどうどうとなだめていなかったならば、オリオンに一撃食らわしていたかもしれない。


「白紙のまま提出するよりは、ましだったじゃないか」

「後日レイドのクラスの奴から聞いたんだが、そりゃあ凄かったそうだぜ。他のクラスメイトが甘く切ない悲恋の詩を吟じる中、こいつだけ真顔で淡々と、首が飛ぶだの血が噴き出すだの断末魔の悲鳴がどうだのと語ってくれたそうだ」

「しかも異様に発表が長くて、五分くらい延々と朗読したとか」


 オリオンに続き、ミランダも述べる。彼女は長くすらりとした脚をテーブルの下で組み、悩ましげに紅茶を啜った。


「教室は凍り付いたそうよ。冗談でやったならともかく、レイドは真剣そのものだったから。結局、課題は合格もらえなかったそうだけど、戦場詩の出来としてはなかなかだったからオマケで点をもらえたんだっけ?」


 レイドは何も答えない。表情こそいつも通り冷静だが、テーブルの上で組んだ指は目にも留まらぬ速さでテーブルを叩き、閉じた口からは歯ぎしりのような音さえ聞こえてくる。


(……爆発数秒前)


 ディレン隊の、ひいてはこの食堂の破滅を悟ったレティシアはそっと、首を横へ捻った。

 クラートも同じことを考えていたらしく、ふたり真摯な顔で頷き合った後、急ぎオリオンたちの会話に割って入る。


「ってことは、レイドとオリオンは結構長い付き合いなのね!」

「うんうん! 僕が入学する前から親しかったらしいけど、結構意外だったんだよ!」

「んー、そうね。そういえばクラート公子が入るよりちょっと前に、オリオンがレイドに絡んでたのよね」

「絡んだんじゃねぇ、教師に言われて構ってやったんだ」


 過去を思い返すような口調のミランダに指摘し、オリオンは椅子の後ろ二本立ちで座り、両腕を頭の後ろで組んだ。


「こいつは昔から、いろいろ吹っ飛んでてな。愛想は悪いし態度はでかいし常識がねぇし。教師にも心配されてたから、しゃーないってことで俺が面倒見てやったのよ。クラートが入る頃には、だいぶましになったけどな」

「ましになって、これだけどね」

「ミランダの言う通りだ。で、俺やミランダを中心としたディレン隊を結成して、しばらくした冬の交流会だっけ? セレナ、おまえが入団したのは」

「いえ、次の夏の交流会でした」


 それまで黙って会話を聞いていたセレナが訂正し、無表情で黙り込む隊長に紅茶を勧めながらレティシアたちに向かって微笑んできた。


「ここ最近、クラート様の授業にレイド様が見学に行かれるでしょう? 私の時も、レイド様が授業を見に来てくださっていたそうなの」

「そうなの、ってことは……?」

「……授業に集中していたセレナは、俺がいることにも気付かなかったそうだ」


 機嫌が直ってきたのか、眉間の皺がやや薄れてきたレイドが言う。


「俺はその前向きな姿が気に入った……セレナを勧誘した一番の理由と言えるな」

「一番があるなら、二番もあるのね」


 レティシアはさして考えることなく、何気なく言った。

 前向きな姿が気に入ったから、というのは正直意外な理由だった。確かに、ディレン隊の女性魔道士たちはレイドと同年代か彼より年上の者ばかりで、ミランダのようにずばずばとものを言う性格であるようだ。そんな女性陣を侍らせていたレイドが、物静かで世話焼きなセレナを気に入るというのも納得できる。


(さては、セレナに一目惚れしたから、とかいう理由だったりして)


 すわ暴露話か、とデバガメ心を沸き立たせたレティシアの予想に反し、レイドは何か言いたげに一度口を開いた後、すぐさま閉口し目線をあさっての方向へ向けてしまった。


「……まあな」


 明らかにこの話題を嫌っているレイド。先ほどのように激昂するのではなく、口に出すのを躊躇っているかのような、彼らしくない態度。


 見れば、オリオンとミランダが顔を見合わせて小さく肩をすくめ、クラートはきょとんとしてレイドを見つめている。そして当事者のセレナはしばし静かに瞬きした後、ゆっくりと唇を緩めた。聡い彼女は何かを察したようだ。ぱん、と軽く手を叩いて言う。


「……さあ、この話題は今度にしましょう。休憩は終了。レティ、あなたの午後の試験対策をするんじゃないの?」

「あ、うん、そうだった……」


 セレナの切り出しによってテーブルには再び試験準備の空気が戻り、皆レティシアの手助けするべく教科書を手に取った。

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