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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第2部 緑翼の乙女
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緑翼の乙女 2

 その日の夕食の席はいつもの数段騒がしかった。ビュッフェ台から食事を取りながらの話も、席について食事の合間にする噂話も、どこも昼前に現れた謎の小女竜騎士の話題で持ちきりだった。あれこれ新しい情報を聞いては皆、足を止めてしまうため、ビュッフェ台前ではちょっとした渋滞が起きていた。


 なんとか自分の分の食事を取り、セレナたちと一緒に食べようとレティシアは友人たちのいる席を探し、賑やかな食堂を歩き回った。


「あ、ひょっとしてあなたがレティシアさん?」


 聞いたことのある、元気のよい声。見れば、こちらに向かって大きく手を振る黒髪の少女の姿が。


「やっほー! こっちこっち!」


 そのテーブルにいるのは、言ってしまえばいつものメンバー。いつもと違うのは、クラートとレイドの間に陣取り、クラートの腕に腕を絡ませるノルテがいること。


「今日からわたしも入れて! よろしく、夕焼け色のお姉さん!」

「……なぜかまっすぐ僕たちのテーブルに来て……」


 ぎゅうぎゅうと腕にしがみつかれ、呆れ半分迷惑半分といった笑顔で説明するクラート。


「いいじゃない! 見目麗しい騎士様と美人なお姉様に囲まれて、ノルテさん大満足だわ!」


 ねえ? と人のよい笑顔を浮かべてテーブルを一瞥するノルテ。セレナとクラートは微妙な笑顔を浮かべており、相変わらず無表情なレイドは黙々と自分の皿に載っている料理を食べている。腕を拘束されたクラートに代わり、オリオンが自分の隣の席にレティシアを座らせて、やれやれとばかりに肉にかぶりついた。


「ちなみにこのチビ、団長からスティールナイトに叙された挙げ句、うちの隊に転がり込んで来やがったんだ。よそから編入ってのはレティシアもそうだろうし、まああり得ないことじゃないだけど、いきなりスティールナイトってのも太っ腹だよなぁ。しかもうちの隊に早速入るなんて……」

「何よー、こんなかわいい子が入隊して嬉しいでしょ」

「別にどうでもいい」


 オリオンは本当にどうでもいいらしく、ノルテの甘えるような声もぴしゃりとはね除けて肉塊にフォークを突き立てた。

 レティシアはコールスローサラダにドレッシングを掛けながら、きゃっきゃとはしゃぐノルテを呆けたように見つめていた。


(いきなりスティールナイトで、しかもディレン隊に編入、かぁ……)


 ちらと周囲を見てみると、やはり。昇格試験間近という季節が季節なだけに、ノルテを見る目は大きく分けて二つに分けられていた。


 昇格試験に関係がなく、比較的自分に余裕がある者たちは興味津々の眼差しでこちらのテーブルを観察している。ノルテが幼さ残る少女騎士であり、あの巨大なドラゴンの騎手だということもあって皆、バルバラの噂などをあれこれと話し合っていた。


 一方、あと数十日で試験という者たちは、労せずスティールナイトの地位に就いたノルテを快く思っていないようだ。あからさまに不快な顔をしており、こちらにまで聞こえるくらいの声量で愚痴を零す。


「嘘だろ、俺たちが数年掛けてやっと就いたスティールナイトに編入だってよ」

「あのオレンジの髪の子の時もびっくりしたけど、カウマー魔道士団長が後見人だったし、まあライトマージだからあり得ない話じゃなかったけど……」

「バルバラ女王からの書状があったんだろ? まさか権力を盾にしてスティールになったっていうのか?」

「だいたいなんでディレン隊に? レイド・ディレンが許すかなぁ」

「どうせ顔狙いでしょ。バルバラ女王直属ともなれば、美男子も漁り放題ってわけじゃない?」

「というか、バルバラ王国自体、文化遅れの古くさい場所だからな。知ってるか? バルバラでは生まれたばかりの子どもを雪原に放り出すって風習があるんだってよ」

「何それ、虐待じゃない」

「それが伝統なんだ。丸一日雪原に放置されて死んだらそれまで。生き残った子だけが、ようやっと両親の元に返されるって聞いたぞ。だからバルバラの人間は異常に寒さに強くて、肌が白いんだとさ」


 レティシアはそっと、視線を前に戻した。からかいや侮蔑の混じった言葉が聞こえないはずなかろうに、ノルテはにこにこ笑顔を絶やすことなく、上品にフォークで鹿肉のソテーを口に運んでいる。


「んー、やっぱりリデルの料理もおいしいわね。うちの姉さんの手料理には負けるけど」

「君にはお姉さんがいるんだね」


 興味を引かれたのか、クラートが聞き返す。ノルテに右腕を捕らえられたまま。


「そうよ。美人で優しい姉さん。あー、なんだか姉さんの手作り山菜弁当が食べたくなったなぁ」


 ぎこちないながらも会話をするクラートとノルテ。セレナに促されて食事を口に運びつつもレティシアは何となく、ノルテにしっかり抱きつかれたクラートの左腕から目を離すことができなかった。









 食事が終わり、テーブルで皿を集めているとレティシアたちの元へ、見慣れない女性騎士たちが集まってきた。

 すらりと身の丈がある彼女らは同じ世代の女性魔道士よりも背が高く、体に無駄な脂肪がない。セフィア城でも数少ない女性騎士たちは、椅子を後ろ足二本立ちで危なっかしく座るノルテを真っ直ぐ見ていた。


「こんばんは、ノルテ・ユベルチャ」

「ども、お姉様たちはどなた?」


 ノルテはカタン、と音を立てて椅子を戻し、爪楊枝代わりにしていたピックを抜いて女性騎士たちをどんぐり眼で見上げた。


「わたくしたちはセフィア城の騎士団に属する者よ。ノルテ・ユベルチャ、あなたの話は騎士団長から伺っているわ。折角だから、この城での過ごし方や決まりを教えてあげようと思うのだけれど」


 はきはきと澱みのない、どこか高慢な響きさえ孕む女性騎士の話声。

 とたんにノルテは勢いよく席を立ち、ぴょんとばかりに先頭の女性騎士に飛び付いた。


「本当? ありがとう、お姉様! さっそく行きましょ!」


 あまりにも警戒心の薄いノルテの言動に、レティシアは逆にぎょっとしてノルテを見つめていた。だがそれは女性騎士たちも同じだったらしく、皆意外そうに目を瞬かせた後、どこか面食らった表情でノルテを連れて食堂を出て行ってしまった。


「……ありゃあ、いびるつもりだったんだろうな」


 ぽつり、と呟くのはオリオン。

 彼はノルテが置き土産で残していったピックをゴミ箱に投げ捨て、ぎゅっと太い眉を寄せて唸った。


「騎士団の女連中はそりゃあ、怖ぇ奴ばっかなんだよ。特に、新人への洗礼が厳しいことで有名なんだぜ」

「洗礼……?」

「要するに、上下関係を初日で叩き込みたいんだよ」


 オリオンに代わってレティシアに説明するはクラート。その表情もどこか浮かない。


「セフィア城の女性騎士は少ないし、それだけ向上心やプライドも高いのだろうね。ノルテのように途中編入した女性騎士は、先輩騎士から手厳しい歓迎を受けるってことで有名なんだ。まあ、実際に見たことはないけれど……」

「魔道士団の方は元々途中編入が多いの。魔道の素質が遅れて開花する人もいるし、レティシアみたいに大きくなってセフィア城に来る人も珍しくはないから、新入りへの偏見もまだ少ない方なのよ」


 セレナの説明を受け、ふとレティシアは昨年秋のことを思い返した。十五歳でライトマージとして編入したレティシアも、ミシェル・ベルウッドを始めとした令嬢魔道士から低俗ないじめを受けていた。


 だが考えてみれば、ミシェルたちがレティシアをいびっていたのは新入りだからではなく、レティシアがオルドラント公国片田舎の村出身で、おまけに魔道の腕前がからっきしなぽんこつだっただからだ。それに年上の魔道士からいじめられた記憶もなく、同年代の令嬢や年下の生意気な魔道士からの嫌がらせを受けるのみだった。


(そう考えると、騎士団の方が陰湿な気がするな……)


 両膝に拳を乗せた格好のまま固まるレティシアを見、それまで黙って成り行きを見守っていたレイドが徐に口を開いた。


「……だがノルテの性格を鑑みれば、騎士の女共の洗礼に屈する心配はないだろうな」

「だよね。逆に彼女らの方が驚いていたし」


 クラートも感慨深げにしみじみと言う。

 レティシアはため息絶えないディレン隊のテーブルから視線をずらし、ノルテが消えていった食堂の入り口の方をじっと、見つめていた。

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