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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第2部 緑翼の乙女
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新しい魔道士団長 3

 レティシアたちが食堂に降りたときにはほとんど満席状態で、二人が並んで座れるところは皆無だった。ビュッフェ台へ行こうと人混みをかき分ける屈強な青年、空いている席を探して右往左往する少女のグループ、自分の席が分からず、料理大盛りのプレートを手に半べそ状態の下級生などでごった返しており、レティシアたちの探し人の発見は困難そうに思えた。


「あ、いたいた! レティシア、こっちだよ!」


 聞き覚えのある済んだ少年の声に真っ先に反応して、レティシアは振り返った。


 食堂の奥辺り、壁際のテーブルを陣取る少年と、レイド。レイドは既に自分の食事に入っており、面倒くさそうに小さく片手を挙げてくるのみだった。

 そんなレイドの正面に座るのは、淡い金髪の少年。レティシアを見つけて嬉しいのか、幼さ残る顔を緩めて元気よく手を振っている。レティシアたちを待っていたようで、彼の前のプレートにはまだ手を付けていないようだった。


「クラート様……!」

「よかった、無事に到着したんだね」


 クラートは微笑み、自分の隣にレティシアを誘った。このテーブルは五人掛けで、レイドの隣に何も言わずともセレナが座り、クラートがレティシアの手を引いて隣に座らせた。


「レイドから聞いたよ、検問に引っかかって衛士につまみ出されそうになったって」


 あらかじめ準備していたらしい、レティシアのコップにジュースを注ぎながらクラートが苦笑いする。レティシアも笑い返し、先ほどセルフサービスで取ってきた自分の夕食を手元に引き寄せた。


 クラート・オード。何を隠そう、レティシアの故郷オルドラント公国を治める大公の一人息子。言うなれば、次の大公。

 リデル王国諸侯の中で三人しか存在しない、大公の名を与えられた父を持つ彼は、抜群に身分が高いが性格は気さくで、春の日差しのように柔らかい微笑みと少年らしい端整な顔立ちをしている。スカイブルーの目は青空をそのまま切り取ったように晴れ渡っており、彼の誠実な心を表しているかのようだった。


 セフィア城にいる知人の中で一番年の近い彼は心優しく、ロザリンドの死にぶつかったレティシアを力強く支えてくれた。あの時レティシアが気を強く保てたのも、彼の思いと、温かな手の平があってこそだった。


「はい。まさか私が帰郷している数十日の間にそんな改革が起きたとは、思ってませんでした」

「検問だけじゃないわ。侍従魔道士団の授業スケジュールや方針、作法もかなり変わったわ」


 レティシアの声に被せるようにセレナが言う。いつもは穏やかな口調のセレナだが、今回ばかりは落胆の色が隠せていない。

 彼女はレイドの隣で大人しく鳥のソテーをつつきながら肩を落とす。


「といっても、改革が進むのは侍従魔道士団だけだけどね。さすがに新任魔道士団長が騎士団の方まで首を突っ込むことはできないし。まあ、騎士団長の方にもあれこれ進言はしているようだけれど……」

「騎士団長もお気の毒だ」


 ぽつりとレイドが言い、一拍置いて顔を上げた。


「ときに……レティシア、ルフト村はどうだった」

「私? なかなかよかったわ」


 愛する故郷の話題が振られて嬉しく、レティシアはサラダを一気に掻き込んで胸を張った。


「ルフト村にいたのはほんのちょっとの間だけど、今年の秋に向けて作物の苗を植えたの。それに……ロザリンドが私との約束を守ってくれてて、うちの村の出荷経路を確保してくれてたのよ。おかげで今年は去年より、ずっとゆとりがあるだろうって」


 昨年の秋、前魔道士団長ロザリンドがレティシアを迎えにルフト村にやってきた。その際、レティシアを引き取る代わりにルフト村に人員派遣し、野菜の出荷ルートなども取り次いでくれると言っていた。当時はロザリンドの本音が分からず首を縦に振るしかなかったレティシアだが事実、ロザリンドは契約を履行していた。


 レティシアがルフト村に帰ると、新しい農作業道具や栄養豊富な肥料が積まれていた。見たことのない顔の働き手が忙しそうに動き回っていた。村専属の医者が暮らしていた。

 オルドラント公国の北の端に位置し、辺境と言っていいルフト村が栄えていると知り、嬉しさ半分寂しさ半分を覚えたレティシアだったが、村人は帰郷したレティシアを心から歓迎し、彼女がいなくなって寂しかったと言ってくれた。レティシアと引き替えに便利な道具や優秀な働き手はやって来たが、それでも埋められない寂しさはあると、教えてくれた。


(私の居場所はまだ、ちゃんと残っていた……ルフト村にも、セフィア城にも)


「ロザリンドに派遣された働き手もすごくいい人ばかりで、ルフト村のことも気に入ってくれたそうよ。お医者さんも優しそうなおじいさんで、魔法の心得があるっていうからますます安心できるわ。おじいさんと一緒に魔道書を読むこともあったんだ」


 熱くなって一気に語り終えたレティシアを、セレナたちはにこやかに見つめていた。


「それはなによりだね。ひょっとして、村を出るのが惜しまれたとか?」


 クラートに穏やかな表情で聞かれ、レティシアは笑顔で首を横に振る。


「いえ……全く惜しくないと言えば嘘になりますけど、やっぱり私はここでもっと勉強したいし、みんなにも会いたかったんです」


 その言葉に。

 セレナはふんわりと嬉しそうに笑い、クラートは照れたように微笑み、レイドはツンとそっぽを向き――


「……おっす! 空いてる席、失礼するぜ!」


 レティシアの頭上がふっと暗くなり、野太い声が降ってくる。影はすぐに通り過ぎ、五人席で唯一空いていたレティシアの斜め左側の椅子にどっかりと腰を下ろす男が。その反動で小柄なレティシアやクラートは軽く飛び上がり、メキッと木製の椅子が悲鳴を上げたような音がした。


「っあーー! 疲れた疲れた! ったく、なんでこんな時間まで俺だけ雑用なんだよ……ったく、モップ壊したくらいでそりゃあないよな!」


 男の声はレイドやクラートのそれより格段に低く、しかも無駄に大きいため彼が喋るたびにビリビリとテーブルが震える。むわっと漂ってくるのは、男臭さと土の臭いが混じった、形容しがたい芳香。


(……これ、村のおじさんたちの匂いと同じ……)


 レティシアは突如訪れた嵐の正体を見定めるべく、そうっと視線を横にずらした。


 男はがっしりとした筋肉質な体つきをしており、練習用に支給される皮鎧が筋肉ではち切れそうに膨らんでいる。日陰に生える草のようなくすんだ緑色の髪は短く硬質で、癖を伴ってぴんぴんと勝手な方向に跳ねている。岩石をそのまま人型に彫ったかのように厳つい見た目ではあるが、緑色の目は無邪気そうに輝いており、彼自身が持ってきたプレートの上の料理を見つめる眼差しは幼い少年のようだ。


「よっしゃ、今日も一日疲れたし! 食の神様に感謝して、いっただっきまー……」


 ディナー大皿くらいありそうな手で華奢なフォークを掴んだ青年だったが、ふと、その目が上を向いてレティシアを捉える。レティシアもまた、竜巻のごとく来襲して大声で独り言を言う大柄な男性と視線がぶつかり、ぱちぱち瞬きするしかできなかった。恐怖ゆえではなく、ただ単に言うべき言葉が見つけられなくて。


「……あれ? あんた誰? すげえ派手な色の髪だな。てか肉食えよ、肉。ひょっとして、新しいうちの団員?」


 勢い緩めず連射された質問の最後は、ディレン隊の隊長であるレイドに向かって放たれていた。

 レイドは男性の登場に驚いた様子もなく、チーズスープを咀嚼しながらいつも通り冷めた表情で頭を振る。


「違う……こいつは、去年遠征実習で面倒を見た新人だ。クラートと同じグループだったと……確か手紙に書いたよな。まさか読む前に食ったのか?」

「……。……あ、ああー! 分かった分かった! カウマー魔道士団長の後見を受けていたレティシアとかいう新人魔道士ね! はいはいはいはい、思い出した!」


 青年は一言ごとにばしばしとテーブルを叩き、ニッとレティシアに向かって人のよい笑顔を向けた。笑顔さえも、ルフト村の酒飲み親父にそっくりで自然とレティシアの胸の緊張も解けてゆく。


「いやぁ、悪い。あんまりにもちっこかったから、気付かなかったぜ。俺はオリオン。そこにいる無愛想で無駄にイケメンな隊長の部下だ」


 無愛想で無駄にイケメンな隊長――もといレイドの部下。ということは。


「オリオンさんもディレン隊隊員なんですね」

「敬語はやめてくれ。背中が痒くなる」


 オリオンは太い眉をぎゅっと寄せ、分厚い胸板の前でビール瓶のような腕を組んだ。


「ちなみに俺は、あんたやクラートが実習に行っている間、ちょっくら出かけてたんだ。俺が戻って来れたのが今年の頭で――帰ってきたらカウマー魔道士団長は亡くなってるし、見たことのない女が新しい魔道士団長になってるし、検問もあるし。俺さぁ、不審人物だ! って衛士に叫ばれて連行されそうになったんだぜ!」

「……熊の生首でも持ってたんだろ」

「もしくは血まみれの剣を構えていたとか」


 レイドとクラートが勝手な推論を述べるが、オリオンはナイフ二本で豪快に肉を切りつつ頭を振る。


「いんや、いつも通りの格好でいつも通りにしてたんだが――遠征中、十日くらい風呂に入ってなかったのがまずかったんかな?」

「……多分そうでしょうね。きっとその……体臭とか」

「だよな! あっはっはっはっは!」


 ごく冷静にセレナに肯定され、何がおかしいのか勝手に一人で爆笑するオリオンを冷めた目で見やり、レイドがレティシアの方に視線を移す。


「……とまあ、馬鹿で阿呆で脳みそが足りていない奴だが、武術に関しては俺も見習う点が多い。とりあえず肉をやれば懐いてくるから、レティシアも適当に相手してやってくれ」

「あ、酷いぞレイド。これでも俺の方が先輩なんだぞ」


 その言葉に、えっ、とレティシアは声を上げる。


「オリオンさんの方がレイドより年上なのですか?」

「呼び捨てでいいっての。……まあ、そういうこった。俺はリーダーになるより、誰かのサポートに徹する方が向いてるってわけよ」


 オリオンは少しも気にした様子もなく、笑顔で答える。


「別に、隊長が年上、副長が年下じゃなきゃならないっていうルールはないし、俺もこれでもディレン隊古参で、レイドの信頼も厚いんでね。というわけで隊長も少しは俺を敬えよ。人生の先輩ってやつだぞ」

「知らん。俺が敬意を払うのはギルバート大公だけだ」

「わーん、レイドが冷たいよぉ、クラート!」

「僕に言われても……」


 にぎやかなテーブル。オリオンに泣き付かれて顔を引きつらせるクラートと、素知らぬ顔のレイド。いそいそと人数分のサラダを皿に取り分けるセレナ。


(これが、ディレン隊なんだね……)


 よそのテーブルよりよっぽど騒がしいが、暖かくて心地のよい場所。

 故郷ルフト村の親父たちの会合を思わせるような空気にレティシアは破顔し、セレナから皿を受け取った。

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