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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第2部 緑翼の乙女
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新しい魔道士団長 2

「……今日帰ってくるとは、聞いていないのだが」


 不快丸出しで言われるが、レティシアは悪びれることなく肩をすくめて言い返す。


「ごめんなさい。セレナにしか手紙送っていなくて。それにしても、隊長が通ってくれて本当に助かったわ。ありがとう」


 ぴょこっとお辞儀すると、荷物持ちをしていた赤毛の青年――レイド・ディレンはあきれ顔でレティシアのつむじを見下ろした。


 タイミングよく通りがかってくれたレイドは、ここセフィア城の騎士団に所属している。燃えるような赤い髪に、冷たい輝きを持った灰色の目。すらりと身の丈が高く、目を見張るような美貌を持った麗しの騎士様。


 昨年、侍従魔道士見習として遠征実習を行ったレティシアの指導官であり、冬に起こったとある事件の手助けをしてくれた彼は、弱冠二十歳にしてシルバーナイトに叙されている。レティシアの故郷、ルフト村が所属するオルドラント公国出身で、祖国の公子の信頼も厚いエリート。

 冷たい印象を与える彼だが、根は優しい。そうでなければ衛士に拘束されたレティシアを助けることも、こうして荷物持ちしてくれることもなかっただろう。


 レイドの取りなしによってなんとか検問をくぐり、御者に駄賃を払って荷物を自室に運ぶ。その間に次の授業が始まっており、人気のない廊下を二人並んで歩きながら、レティシアは先ほどから気になっていたことを問うことにした。


「……ねえ、隊長」

「レイドでいい。もうおまえの隊長ではないからな」

「じゃあレイド。いつの間にかできていた、あの検問って……」


 レティシアがそのことを問うことは予想していたのだろう。レイドは左側しか露わになっていない目を細め、小さく息をついた。


「……おまえが出発して間もなく、できた。検問を作ることも、侍従魔道士団の者に身分証明書を発行するようにしたのも……新しい魔道士団長だ」


 その言葉に、レティシアの瞳孔が見開かれる。

 新しい魔道士団長。


「……ロザリンドの後釜ってこと?」


 震える声で問われ、レイドは軽く目つきを緩めた。


 前魔道士団長であるロザリンド・カウマーは、レティシアの後見人でもあった。

 オルドラント公国の田舎村ルフトで育ったレティシアだが、実は東の聖都クインエリア大司教の次女である。大司教の位を狙った者によって姉が死に、ロザリンドは養女に出していたレティシアを引き取りに来た。そして魔道士として訓練させるべく、ここセフィア城に連れてきたのだ。


 冷血でレティシアに対して愛情がないと思われていたロザリンドだが、レティシアの父である前大司教を崇拝しており、その娘を守り抜きたいと固く心に誓っていた。その結果、レティシアを狙った暗殺者からレティシアを守り、凶刃の前に倒れたのだ。


 最期の最期で想いを告げてくれたロザリンド。静かな微笑みのまま女神の元へ旅立った魔道士団長の喪が明けたのが今年、春の月の初め。季節は既に暖かな春に入っているが、「新しい魔道士団長」という言葉は酷く不快で、体が受け付けない。


 ロザリンドの後を継いで魔道士団長になり、セフィア城の侍従魔道士団を大きく改革させる人物。


(どんな人なんだろうな……)


 大股で歩くレイドの後をちょこちょこついて行きながら、レティシアは軽く目を細めた。










「ああ、すまんすまん。どうやら行き違いになったようだね」


 丸っこい事務長は相変わらず汚らしい事務室で、けろっと笑顔でそう言った。


「クワイト魔道士団長が急にいろいろと改革するものだからね、こちらも急いで君の所に証明書を発送したのだが、間に合わなかったんだね。すまない」

「……危うく、門前払いされるところだったんですよ」


 出された温かい紅茶を啜りながら、レティシアは渋面で訴える。


「レイドが来てくれなかったら、御者もろとも串刺しにされてたかも……」

「んー……確かにクワイト魔道士団長は、カウマー魔道士団長より過激な方だからねぇ。美人ほど刺激的ってのは、いやはや全く正論だね。はっはっは」


 レティシアは三白眼で事務長を見、先ほど廊下でレイドから聞いた新魔道士団長の情報を頭の中で反芻した。


 アデリーヌ・クワイト。リデル王国の名門、クワイト伯爵家の令嬢。去年までは聖都クインエリアの女官を務めていたが、ロザリンドの死後、大司教マリーシャの推薦を受けてセフィア城の魔道士団長に就任。

 彼女自身はリデル国民だが国外の魔道士育成機関で勉強していたため、セフィア城出身者ではない。現在、侍従魔道士団の制度や規則を改革中。魔道士からは反発の声も。


「まあ、身分証明書についてはこちらの不手際でもあったことだし、また発行するし、きちんと魔道士団長にも伝えておくよ」


 朗らかな顔で言う事務長だが、一向にレティシアの気持ちは晴れないどころか、どんどんと不安の種が芽吹いてきた。


「……マリーシャ様が推薦するなら、そんな酷い人じゃないと思うんだけど……」


 自室へ向かいながらレティシアが呟き、レイドは意外そうに目を瞬かせた。

 マリーシャはレティシアの実の母だが、レティシアが彼女を母親呼ばわりすることはない。別にマリーシャのことを嫌っているわけではないが、自分は聖女ではなくルフト村の村人なのだという主張の現れであった。

 レイドは荷物を抱え直すと、ゆっくり頭を振った。


「どうだろうな。だが聖人にも過ちはあるということか……」

「それほど酷いってこと?」

「……まあ、自分の目と耳で確かめてみろ」


 レイドは心底不快そうに返した。









 レティシアの部屋は女子宿舎棟の一番上、最上級のスイートルーム。ロザリンドの庇護を受けていたレティシアは貴族の子女と同等の格を与えられているため、身に合わないこのだだっ広い部屋で生活するのだ。

 トランク二つ分の荷物を広げて各々の場所に設置し、愛らしい装飾が施されたカーテンレールに、ルフト村から持ってきたタマネギをぶら下げる。豪奢な部屋が一気にタマネギ臭くなったが、レティシアの胸は一気に安堵に包まれた。


「……レティシア? 入ってもいい?」


 荷物を片付け終え、トランクの掃除をしていると控えめにドアが鳴った。ほんわか優しい声を聞き、床にあぐらを掻いて雑巾でトランクを拭いていたレティシアははっとして体を起こした。


「もちろん! 入って、セレナ」


 そろそろとドアを開けて顔を覗かせたのは、ミルクココア色の髪をした若い女性。緩い巻き毛が揺れ、きょろきょろと茶色の目が部屋の中を動き回り、日陰に鎮座するタマネギを一瞥し、そしてトランクに囲まれるように立つレティシアを見、頬が緩んだ。


「久しぶり……レティシア。元気そうで何よりよ」

「セレナこそ。久しぶり、ただいま」


 笑顔で応え、レティシアは年上の友人を招き入れてぎゅっと正面から抱きついた。


 リデル王国侍従魔道士団員であり、レイド・ディレンの部下でもあるセレナ・フィリー。肩に掛かるマントは艶のある赤銅色で、彼女がレティシアより二段階上のブロンズマージであることを示している。

 彼女もまた昨年の遠征実習で知り合った仲で、今ではレティシアのかけがえのない親友であり、勉強の先輩でもあった。彼女はレティシアがクインエリアの聖女であると知っても態度を変えず、これからもよき仲でいると約束してくれた。レティシアが故郷に帰っている間も手紙のやりとりをしており、春の月の終わり頃にセフィア城に帰ると伝えたのもセレナだった。


 レティシアは抱擁を解き、トランクの横に転がしていた布製のバッグを掴んでセレナに差し出した。


「ほら、倉庫にあったルフト村特産のイモ。ちょっと形は悪いけど、味は保証するよ」

「まあ……本当に持ってきてくれたのね」


 セレナは少し意外そうに目を瞬かせたものの、すぐに笑顔になってイモ入りの袋を受け取った。


「ありがとう。今度スイートポテトでも作るわ……まあ、その前に夕食だけどね」


 セレナに促されて時計を見上げると、いつの間にか時間が経っていた。レイドと会ったのは昼前だったが、荷物の整理や部屋の片づけをしている間にとっぷり日は暮れ、部屋の中も薄暗くなっていた。


「レティシアの授業は明日から再開よ。積もる話もあるし、一緒にご飯を食べましょ。レイド様とクラート様もお待ちで……あと、もう一人紹介したい人がいるの」


 セレナは薄闇の中、以前と変わらない笑顔で言った。

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