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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第1部 黄昏の魔女
22/188

受け継がれた紅 1

 ルフト村と違ってリデル王国は盆地が多く、一年の気温の差が激しい。リデルよりさらに北、ドラゴンが住むというバルバラ王国ほどではないにしろ、冬の寒さはなかなかのものだ。

 カレンダーの秋の月のページをめくって冬の月に変えると、それだけで部屋の気温ががくっと下がったようにさえ思われる。


 魔道の産物に溢れたセフィア城のほとんどの部屋には、魔道器具の一つである魔道暖炉が備え付けられている。この道具は両腕に抱えられるほどの大きさの立方体の物体で、底面と上面以外の四面はガラス張りになっている。ガラスの箱の中には真っ赤な石――魔石が安置され、箱上部の摘みを捻ることで魔石に込められた熱エネルギーを放出し、暖炉代わりにするのだ。


 この機器の利点は、絶対に火事にはならないこと。暖炉のように場所を取らないこと。非魔道士でも扱えること。

 欠点は、やや高値なこと。ストックしている魔力が切れれば、ただのガラス箱に落ちぶれてしまうこと。


 一般向けに売り出されている魔道暖炉は市民でも魔力が補給できる仕組みになっているが、ここセフィア城で騎士や魔道士が使っているのは自家補給不可の特別仕様品。素行不良と判断されたり謹慎を食らったりした者たちは事務室によって暖炉の魔力を止められ、凍えるような寒い冬を過ごすことを余儀なくされる。彼らはこの極寒に耐えきれず、「本当にすみませんでした」と長々しい反省文を書いてようやっと、冬を暖かく乗り切れるのだという。


 魔道暖炉が据えられているのは、ロザリンド・カウマーの執務室も同じだった。部屋の中の家具と色調を合わせるかのように、シュシュシュと音を立てながら魔道暖炉も真っ赤に燃えている。しかもそれがむっつりと書類に目を通すロザリンドの眼鏡に反射して、彼女の目を昆虫のように煌々と赤く照らしているものだから、対座するレティシアは笑いをこらえるのに必死だった。


 忙しい時間を縫っての、魔道士団長との面談。

 ロザリンドはレティシアの成績が記された書類をテーブルに置き、目が疲れたのか赤いレンズの眼鏡を外してレティシアをじっと見る。


「……あなたが編入してひとつ、季節が巡りました。セフィア城での生活はどうですか?」


 漠然と聞かれ、レティシアは真っ赤に燃える眼鏡から視線を剥がし、やや素っ気なく答えた。


「来たときよりはずっとましになりました」

「そのようですね。セレナ・フィリーを指導役に据えて数十日……あなたの魔道の腕も侍従としての心構えも好調のようで。わたくしもあなたの成長を嬉しく思います」

「それはどうも」

「近頃ではセレナ・フィリーのみならず、騎士などとも関わるようになったとか」

「いけないのですか?」


 ぶっきらぼうに言い返す。ロザリンドが指摘しているのはクラートやレイドのことだと、言われずとも分かった。

 セレナの紹介を受け、レティシアはクラートやレイドと話す機会が多くなった。レイドは多忙なためすれ違い様に挨拶する程度だが、クラートとは屋外訓練の休憩時間中に世間話をしていた。彼は公子という身分でありながら気さくで、レティシアも肩の力を抜いて会話することができるのだ。


 ロザリンドは不遜なレティシアの言い方には片眉を跳ね上げたのみで、手元の眼鏡を装備して肩をすくめた。


「いいえ……友好の幅を広げるのは大変よろしいことです。しかしあなたの対人関係を見る限り、親しくするのはブロンズマージのセレナ・フィリーとシルバーナイトのレイド・ディレン、騎士見習のクラート・オード程度でしょう?」


 ロザリンドの言いたいことが分かり、レティシアはうんざり顔で肩を落とす。


「同年代の魔道士の友人ならば無理ですよ。彼女らとは気が合いそうにもないので」

「友好関係には確かに相性も必要です。しかしこれから昇格試験を受け、より上位の魔道士へと階段を上るためには必ずや同じ年頃の仲間が必要になるでしょう」


 唇を尖らせるレティシアを一蹴するように冷たく宣告するロザリンド。部屋の中は暖かいが彼女の周囲だけ、窓を打つ木枯らしのような冷え切った風が巻き起こっていた。


「人間関係の構築は、侍従魔道士の必須条件にもなります。あなたも授業で聞いているでしょうが、スティールマージ以上になるのには実力だけでは為しえません。協調性や自己制御力、情報処理能力や討論力――侍従として必要なスキルを全て試されるのです」


 つまりは「同い年の友人も作れないおまえでは、スティールマージなんて無理だ」ということ。


「……そうですか、それでは善処いたします」


 無駄にロザリンドと対立したくないので手早く白旗を挙げ、一歩後退する。


「では、そろそろセレナとの約束の時間なので失礼してもよろしいでしょうか」

「……そうですね。彼女を待たせてはなりませんね」


 思いの外あっさり承諾されたため、レティシアは一瞬あっけにとられつつも、その場で礼をして逃げるように部屋から飛び出した。


 廊下には魔道暖炉が設置されていないので、凍えるように寒い。だが先ほどまで蒸し暑い部屋にいたレティシアの体にとってはむしろ、心地良いくらいだった。

 酸素いっぱいの新鮮な空気を胸に入れ、レティシアはほっと安堵の息をついて小走りに廊下を駆けていった。









 ロザリンドは、音を立てずに閉められたドアを見つめる。


 レティシアは愚直だ。単純で、我が道をずかずかと歩いていく。それでいて根はしっかりとしていて頑固な面がある。全くもってロザリンドの予期せぬ行動を起こしてくれる、扱いづらい少女。

 放っておけば勝手に自爆しかねない、危険物質。


「――どう動くかは、あなた次第ですよ。レティシア様」


 ロザリンドの小さなつぶやきは、魔道暖炉の火がはぜる音によって掻き消えた。















「あら、イモ臭い小娘の登場ね」


 通り過ぎ様にミシェルからイヤミを飛ばされるのは、日常茶飯事。

 ロザリンドの部屋からの帰り道、寒風吹き付けるセフィア城の回廊にて、レティシアは金髪巻き毛の少女と遭遇した。


 彼女も何かの授業の帰りだったのか、革製のバッグを左肩に提げ、取り巻きを引き連れてレティシアの前に立ちはだかった。ミシェルの嘲りの言葉を聞き、取り巻きの少女魔道士たちもくすくすとお上品に笑う。

 寒さに慣れたレティシアと違ってこの開放廊下の寒風は身に堪えるのか、全員コートやストールを着込み、ぶくぶく太ったシルエットになっている。


 以前のレティシアならば彼女の暴言を黙って受けるしかできなかったが、今は違う。

 ふん、と鼻を鳴らし、あまり豊かでない胸を張ってレティシアは答える。


「結構。私、イモを掘るのなら大得意だから。ミシェルもやってみる? イモ掘り」

「あらぁ……田舎者はやはり、相応の趣味を持っているようですね」


 ミシェルは余裕の笑みでくすくす笑うが、白粉で固められた額に青筋が浮かんだのをレティシアは見逃さなかった。

 あのこってりした白粉を透かして見えるほど、ミシェルは内心怒り狂っているのだ。以前のように、レティシアが打ちひしがれなくなったことに。


「でも、残念ながらわたくしはそのような趣味を持たなくて。おイモを掘るなんて外道な真似、ベルウッド家の嫡子にはふさわしくありませんもの」

「あ、そう。それじゃあイモ掘りすらできないあなたは田舎者以下ってことね。あと、その格好はどう見ても中年太りのオバサンだから。やめておいたら? ミシェル様」


 ふふん、と鼻で笑いながらレティシアは言い捨て、ふいっとミシェルに背を向けて廊下を駆けだした。去り際に憤怒の表情のミシェルの顔が目に入った気がするが、きっと気のせいだろう。

 背後で何か金切り声がする。きっと気のせいだろう。


(よし、次はセレナとの勉強勉強!)


 セレナとの特訓へと急ぐレティシアの顔は、窓の外に広がる涼しげな冬の空のように明るく澄んでいた。

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