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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第1部 黄昏の魔女
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差し伸べられた手 4

「おい、おまえ! さっき何のイカサマをしたんだ!」


 やはり、と言うべきか、またか、と言うべきか。

 授業終了のチャイムを聞いて教室を出ていく子どもたち。その波に逆らうようにしてこちらへやって来たマックス。薄い茶色の髪はごわごわと逆立ち、顔には深い皺が刻まれている。


「さっきの! あり得ないだろ! 絶対、なんか卑怯な手を使ったな!」

「嫌ね、そんなのするはずないでしょ」


 すっかり気持ちが落ち着いていたレティシアは毅然と言い返す。

 マックスごときの子ども相手に、神経逆立てて反論する必要はない。事実のみを言えばいいのだ。


「私はとてもすばらしい先輩から教えてもらったの。彼女も私の成長を褒めてくれたのよ」

「嘘つき!」

 

 人影疎らな教室にマックスの怒声がこだまする。

 今まさに部屋を出ようとした子どもは何ごとかと振り返り、廊下を歩いていた無関係の生徒たちも、興味を引かれたようにひょこっとドアから顔を覗かせる。

 皆の注目を集める中、マックスは顔を赤く染めて、レティシアに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り上げてくる。


「絶対! ずりぃ手を使ったな! 魔石を使うとか……そうだろ!」

「言いがかりはよして。そんな卑怯な手を使えば、先生だって気付くはずでしょ」

「黙れ!」


 今まで自分より下と思っていた者が、いつの間にか自分を越えている。

 今まで自分と一緒にレティシアを貶していた仲間たちが、レティシアに従ってしまう。


 屈辱と、恐怖。

 マックスの見開かれた目には、その色がありありと浮かんでいた。


 マックスは一歩後退し、抱えていた教科書や鞄を全て床に放り投げた。彼の小さな体をオレンジ色の霧が包み込みだしたため、レティシアのみならずマックスの取り巻きであった少年たちもぎょっと目を瞠った。


「やめろよ、マックス! むやみに魔法を使ったら……」

「クズ共は引っ込んでろ!」


 ほとんど金切り声に近いマックスの叫び。そんなマックスの背後に音もなく忍び寄る男性。

 彼が右腕を挙げると水風船が割れるかのように、マックスを包み込んでいたオレンジ色の光が雲散霧消してしまった。


 自分の最大限の魔力があっけなく打ち砕かれ、マックスはしばし呆然とし、そして憤怒の表情で背後を振り返った。


「何しやがる先公!」

「マックス、君はもう少し協調性と寛容な心を持つべきだ」


 マックスの魔力を打ち払った教師は皺の刻まれた目尻を吊り上げ、いきり立つ少年を冷ややかに見下ろす。

 穏やかに微笑むことの多い教師の冷たい視線は、無関係の者の背筋をも凍らせた。


「君は確かに、今すぐにでもライトマージになるだけの才能は持っている。だが今の君のままでは決して、昇格することはできないだろう」

「んだと! じゃあなんだ、この田舎女を魔法でぶちのめせばいいってのか!」


 激昂して教師に怒鳴りつけ、血走った目でレティシアを睨みつけるマックス。彼の唾は思いの外飛距離があり、唾液をもろに食らって頬を拭うレティシアを見、教師は緩く首を横に振る。


「……そこがいけないんだよ、マックス。自分が一番で、自分より未熟な者は貶してもよい。そんな考え方をしていて、侍従魔道士になれるとでも思っているのかい? そのような横柄な態度で騎士に仕え、人のために働くことができるのかい? 残念だが君には侍従魔道士の意識が低い。魔法ができれば何でも許される――その甘い考えは取っ払って、大人になることだね」


 マックスの目が驚愕に見開かれる。これほどまで手厳しい評価を受けたのは初めてだったのだろう。

 彼は幼い顔を歪め、何かに耐えるように唇を噛んで身を震わせ――踵を返して一目散に教室を出ていった。


 足元には投げ捨てられたままの彼の荷物があり、友人たちがそれを拾ってマックスを追って教室を駆け出る。途中、レティシアに向かって申し訳なさそうに頭を下げながら。

 教師は男の子の背が見えなくなるまで見送り、そしてレティシアを見つめてきた。きっと、彼がこれほどまっすぐにレティシアを見てくれたのは今日が初めてだろう。


「レティシア、君はこのクラスでは物足りないくらいの実力を見せてくれた。きっと君はよい師に恵まれたんだね。君の能力を開花させてくれる、優れた魔道士に」

「……はい」


 隠すことなく、レティシアは頷く。


「私がこうして魔道士としての自覚を持てたのも、彼女のおかげです」

「そうか……それは何よりだ」


 教師は満足そうに頷き――そして、ふとどこか寂しそうな笑顔を浮かべた。


「君がここまで羽ばたけたのは、私の教育とは何の関係もないだろう。だが、それだけの人物と出会えたこと、魔道士として目覚められたことを……私はとても嬉しく思うよ」


 彼はレティシアの魔道の教師としては不適任であり、彼から学んだことは皆無に等しかった。

 だが、彼もまたレティシアの背を押してくれた人物の一人であることは、揺るぎない真実である。


 レティシアは居住まいを正し、きちっと教師に向かって礼をした。


「はい。こちらこそありがとうございました、ベットマン先生」

「……君の行く先に多幸あらんことを」


 ベットマンは緩く微笑み、レティシアに背を向けて生徒の後を追うように教室を辞した。

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