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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第6部 碧空の覇者 
175/188

オルドラントの若獅子 2

 ――フォルトゥナ連合軍、オルドラント国境の砦を突破。


 早馬によって伝えられた知らせに、クラート含むオルドラントの騎士たちは苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「……とうとう国境を突破したか」

「レイジェン子爵、被害状況は」


 レイドが冷静に問うと、レイジェン子爵は一礼し、伝令が持ってきた手紙を広げた。


「砦を守っていた兵は全員撤退しました。付近の住人も避難済みで、公都まで来させております。フォルトゥナ軍はそれ以上侵攻はせず、現在も国境付近に駐屯している模様です」

「……一種の宣戦布告だな」


 クラートは息をついて椅子に深く身を沈めた。


「……フォルトゥナ軍は、やはり魔道士を多く集めていたか?」

「多く、という段階ではございません。確認できただけでも、敵軍は全員魔道士――中にはリデル諸侯の姿も見えたようです」

「確認できた諸侯は?」

「フェビアノ子爵とユーフェイ男爵のお姿は確認済みです。その他にも、アルカジャ伯爵家、ロヴィン伯爵家の家紋も見え――その他の強力な諸侯ですと、エステス伯爵家の家紋入りの旗も見えたそうですな」


 レイジェン子爵は手紙をめくりながら言い、そして明らかに動揺の色を見せたクラートと、クラートほどではないにしろ顔をしかめたレイドを静かに見つめる。


「……お二人とも、覚悟を。フォルトゥナ元大公は、最初からオルドラント公国を侵略するつもりです。そのための大公位放棄であり、リデル諸侯本人も引き連れることでしょう。戦乱の際、懐かしい姿が見えたとしても――決して、手心を加えてはなりません」

「……無論だ」


 クラートははっきりと言う。声だけは勇ましく出すことができた。

 ただ、テーブルの下に隠れている両手の拳は微かに震えている。


「父上亡き今、僕は相手が誰であろうと戦わねばならない。――相手が、かつての友だったとしても」


 「この話は終わりだ」の意味を込めてクラートは瞑目し、ゆっくり瞼を開ける。


「……エドモンド陛下への援軍要請を決定する。彼らの配置先は――ここだ」


 クラートがテーブルに広げられた地図の一点を示すと、たまらず数名の騎士から落胆のため息が漏れた。


「南部草原地帯――正気ですか、大公」

「もちろん。民たちはああ言うが、彼らも大切な国民。見捨てるわけにはいかない」

「俺は反対だ」


 なおも口ごもる騎士たちの中から、凛とした声が上がる。レイドだ。

 生まれ故郷を見捨てる発言をしたレイドは戸惑う騎士たちを見ることなく、真っ直ぐクラートを見据えて目を細める。


「民たちは魔道士を毛嫌いしている。そんな奴らの所にリデルからの援軍を配置するなんて、悲劇しか生まないだろう。奴らは、自分たちの草原に魔道士が足を踏み入れることすら、辛抱ならんだろうからな」

「分かっている。でも、草原を戦場にしないためにはこれしかないんだ」


 クラートはレイドの言い分にもめげることなく、指先を滑らせて公国の東部を示す。


「フォルトゥナ軍をぶつけさせるのは、ここだ。今回突破された砦付近――敵軍の魔道士を、ここへ向かわせる。フォルトゥナ公は大公位は返上したとはいえ、リデル王国の力を恐れている。最初からリデルの魔道士を草原に配置すれば、彼らもわざわざ大国を敵に回すような真似をしないだろう」

「……我々オルドラント公国でけりを付けるおつもりですな」


 レイジェン子爵は深みのある声で唸った。


「では、大公の狙いはリデルの魔道士の力を得てフォルトゥナ軍を討つのではなく、魔道士の力を牽制力にして、我々の力で敵を迎えるということですな」

「そうだ」

「……フォルトゥナ軍をこちらに引き付ける方法は?」

「簡単さ。彼らが一番潰したがっている餌を、東方に置けばいいんだ」


 言い、クラートは不敵に笑ってみせた。

 クラートの意図に気付いた数名が苦々しい表情を浮かべる中、クラートは口を開く。


「僕だ。僕が東方の指揮を執る」

「クラート」

「分かってる、でも聞いてくれレイド。フォルトゥナ公は前から、父上を厄介に思っていた。それは、父上が亡くなって僕が大公となっても同じだろう。むしろ、父上よりも未熟な僕が大公になったことで彼らはつけ上がっているだろう。だがフォルトゥナにとって、オルドラント大公が邪魔なのには変わりない。そんな僕がいつまでも公都に隠れていたら、彼らはそれこそ魔道士勢を集めて公都まで侵攻してくるだろう。そうなれば、フォルトゥナ軍の通り道となった町や村はどうなる? 今回の比ではない被害を受けることになる。それに、公都も戦場にすべきではない。僕たちにとっても動きやすい東方でフォルトゥナを迎え撃とう」


 しん、とその場が静まりかえる。


「……勝算は?」


 そう問うてきたのは、誰だろうか。


「なきにしもあらず、だ。リデル魔道士は南部に配置するが、魔具は可能な限り借り受ける。僕たちの狙いはただ一人、フォルトゥナ公だ。彼さえ討てば、リデル諸侯たちを味方に付けられるだろう」


 言い、クラートは周囲を見回した。


「……今、エドモンド陛下方に向けた親書の返事を待っている。答えが来次第、出陣する。皆も、その気でいるように」











 数日後。大公館に届けられた二通の手紙を見て、クラートは頬の筋肉を緩めた。


「……よかった。どちらからも承諾を受けられたようだ」

「おまえ、笑っている場合か」

「ごめん。でも、ほら見ての通りだ」


 クラートは渋面のレイドに二通の手紙を見せた。


「こっちはエドモンド陛下から。リデル魔道士軍を既に出陣させたそうだ。陛下は今回の作戦を評価してくださった。僕が申し出た以上の魔道士を配属してくれるんだってさ」

「だが、『囮』の魔道士の数が増えても意味はなかろう」

「そうでもないよ。彼らには魔具を持たせているんだ。魔道士たちは草原地帯へ行く途中、公都で魔具のみ落としていく。僕たちはそれを持って出陣だ」


 レイドはわずかに鼻に皺を寄せたのみでそれ以上何も言わず、そして二通目の手紙を手に取った。


「……セフィア城から?」

「そう。騎士団長と魔道士団長にも手紙を送ったんだ」

「まさか、あそこの生徒たちを動員させるつもりか?」

「早まらないでくれよ。そうじゃなくって、セフィア城特別地域についてだよ」


 セフィア城周辺は特別地域に認定されており、城で学習する生徒たちのための地区となっている。ここは王都アバディーンと同様に不可侵地域であり、戦争目的で通過することはできない。年若い生徒たちが学習する権利を侵害したとして、それこそリデル王国を敵に回すことになる。太古の条例の多くは法改正されたリデル王国だが、セフィア城地域を守るという点は昔から変わっていなかった。


「フォルトゥナ公国との国境は僕たちが固め、草原側には魔道士を向かわせる。そして北東にはセフィア城特別地域があるから、侵攻することはできない。リデル魔道士と同じさ。最初からフォルトゥナ軍との接触がないのを前提に、騎士団長たちに手紙を送ったのさ」

「……で、その返事も色よいものだったのだな」

「うん。特別地域に被害がないのならばそれでいいってさ。これで僕たちは気兼ねなく、フォルトゥナ軍を迎え撃つことができるのさ」


 わざと明るく言い切ったクラートを、レイドは呆れたような目で見返してくる。


「……おまえ、自分がこれからどのような場に行くか、分かっているのか」

「分かっているよ。でも僕は、関係のない人や大切な人を傷つけないためにはいくらでも身を捨てる覚悟だよ」


 手紙を丁寧にしまい、クラートはレイドの冷めた眼差しを真っ向から受け止めた。


「正直、今のオルドラントは大公がいなくてもやっていける。エドモンド陛下にも、その旨を伝えている。僕の遠縁にあたる大公位継承候補者を既に立てているし、オルドラント国民はとても強い。でも、僕一人のために国民の命を散らせるなんて我慢ならない。それは君も同じだ、レイド。だから僕は君たちが傷つく前に、自ら先陣を切る。僕が、フォルトゥナ公の首を取る」











 開門の鐘がオルドラントの空を震わせる。

 澄んだ冬の風の中、国民たちの拍手喝采を浴びて騎兵たちが城門をくぐり、公都ルーシュタインの大通りを闊歩する。


 此度、彼らは東方の紛争を治めるべく公都を発つのだ。

 そしてその先頭を堂々と進むのは、金髪眩しい若き大公。「オルドラントの若獅子」と呼び親しまれる青年大公は、愛用の弓を携えて真っ直ぐ前を見つめていた。


「大公の出陣だ!」

「クラート様、ご武運を!」

「大公万歳!」

「オルドラントの若獅子に祝福を!」

「オルドラントに栄光を!」


 喉も裂けんとばかりに声を張り上げる国民たち。

 そんな彼らに笑顔を返しつつも、クラートの胸の中は晴れなかった。


 今から自分は、初陣に出る。訓練ではない、本当に命を賭けた戦いの場に。

 セフィア城で訓練していた時は、お互いに手加減していた。公式戦なども、うっかり致死傷を与えないよう、護身の魔具を身につけていた。


 だが、今回は違う。フォルトゥナ軍は、クラートを殺す気でいる。豊かな土地を持つ穏和な一族を根絶やしにしようとしている。

 かちり、と自分の左手首で小さな音がする。わざわざそちらを見ずとも分かる。ひんやりと冷えた自分の体を包み込んでくれるかのように、それはほのかな温かさを放っていた。まるで、制作者の笑顔のように、暖かく。


 レティシア。


 今、彼女は何をしているだろうか。クインエリアへ向かう馬車の中で、物思いにふけっているのだろうか。

 今の彼女の頭の中に、少しでも自分のことがあれば。少しでも、自分の無事を気に掛けてくれていたなら。


 ブレスレットが小さく音を立てる。もちろんですよ、と明るい少女の声が聞こえたような気がした。

 クラートは大きく息を吸い、真っ直ぐ顔を上げた。


 必ず、皆と再会するのだ。

 そのためにも、決して自分は死なない。


 クラートを励ますように、もう一度ブレスレットがカチリと鳴った。

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