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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第6部 碧空の覇者 
171/188

竜姫ノルテ 5

 重い雪に包まれたバルバラ王国。この時期は雪が止むことを知らず、秋の月の終わりから延々と王国は白い世界に染まっていた。

 それは、ここ王都も例外ではない。秋頃までは人の往来のあった大通りは閑散としており、除雪の必要もないため馬車通りも深い雪に覆われている。この時期はよほどのことがない限り外出を控え、冬季用の地下道を主な通路として活用しているのだ。


 王城での政変が国民の耳に上手く届かなかったのも、この環境のせいと言っていい。外部からの情報入手が困難な彼らは、「女王崩御」「ドメティ元大公の活躍」を頑なに信じ続けて冬を凌いでいたのだった。


 冬の月の半ば。

 窓のブラインドも閉めて完全に外界と遮断している家庭が多いため、南の空から二匹のドラゴンが現れ、バルバラ王城へと向かっていったことに気付く者はいなかった。










 カンカンカン、と鳴り響く警鐘。昔ながらの手動で鳴らされた鐘は、ここ十数年使われることがなかった、「敵襲」の合図を城内に響き渡らせていた。

 見張り塔にいたドメティ兵が南の空から飛んでくるドラゴンを目にし、元大公の元へ報告に行った。


「ドラゴン二騎――あの王女が来たか」


 王座に座る元大公は、部下の報告を受けて自分の顎を撫でる。その顔には、驚きの色はない。むしろ楽しむように、心底愉快そうに唇の端を歪めて笑っている。


「かといって、上空で撃ち落とすのもおもしろみがない。それにあの小娘には是非、『これ』を見てもらいたいのでな」


 言い、元大公はちらりと目線を下げた。そしてまた、部下に視線を戻して玉座の肘掛け部分をぱんぱんと手の平で打った。


「バルバラ王家の生き残り、タニア王女を城内へ招き入れろ――供の者を始末するのは構わんが、王女を必ずこの間へ来るように仕向けろ」










「ここがバルバラか……」


 烈風の中でオリオンが呟く。彼の呟きは猛烈な風にかき消され、彼の前でドラゴンの手綱を握るノルテの耳に入ることはなかった。


 一面の銀世界。森も草原も山も、全てが白銀に染まっている。あまりに雪が深いため、平地と丘の区別は付かなくなっている。リデル王国南部のブルーレイン男爵領で生まれ育ったオリオンにとっては、未知の世界だった。


 ここが、ノルテの生まれた国。これから、ノルテが守っていく国。

 自分のドラゴンではないとはいえ、ノルテの手綱捌きはかなりのものだ。ノルテの竜騎士としての才能には目を瞠るものがある、とユエンも口にしていた。アンドロメダを従えていた彼女は、国中のどのドラゴンもいとも容易く乗りこなすことができるのだという。


 ノルテとオリオンの後方を飛ぶドラゴンには、ユエンと筋肉騎士の一人が乗っていた。ドラゴン二匹となるとどうしても四人しか行けない。ノルテの要望、という名の命令でオリオンとユエンが抜擢され、あともう一人、リデルの騎士が選ばれ、後の者は砦の修復の後、ランスター子爵の元に戻ることになったのだ。


 びゅんびゅんと耳元で風が唸る。ノルテもユエンもスピードを緩めることはないので、オリオンは正直、彼女の腰にしがみつくだけで精一杯だった。うっかり手を離せばころりと降りてしまうだろうし、きっと今のノルテはオリオンが落下したことにも気付いてはくれないだろう。


「見えた、王城……」


 ぽつりとノルテが呟き、背中が振動する。ノルテに促されるようにして首を伸ばしてみると、確かに。

 白銀の世界の彼方に、街並みが広がっていた。切り立った崖に縋り付くようにして聳えているのが王城だろう。


「……ノルテ」


 声を掛けるが、返事はない。


「……おい、ノルテっ!」

「何よ」

「おまえ、どうやって城に乗り込むつもりなんだ? 中ではドメティ兵がうろうろしているに決まっている」


 今回の奇襲作戦はあまり事前計画を立てずに実行された。オリオンもユエンも、ノルテのなすように行動しなくてはならないのだ。

 オリオンの位置から、ノルテの表情は見えない。だがオリオンは直感的に、ノルテの眉が不快そうにひそまった、と感じた。


「……正面突破」

「あ?」

「うちの城だからって遠慮はしない。真正面からガラスを割って侵入よ」

「……奇襲とはいえ、自分の城を破壊って、そりゃどうなんだ?」


 オリオンは形だけ抗議したが、ノルテが聞き耳を持つはずもなく。


 この会話から数分の後、バルバラ王城中央エントランスのガラスが見事に粉砕したのだった。











 ノルテの来襲を迎え受けるつもりだったドメティ兵たちは、件の王女の乗ったドラゴンが正門を迂回し、ドラゴン用の侵入口も無視して、まさか中央エントランスに突進して派手に侵入してくるとは思っていなかった。


 ドラゴンの石頭による突進を受けてバリンバリンと派手な音を立ててガラスが砕け散り、真正面からガラスの雨を受けた兵たちは悲鳴を上げた。人間の柔肌にはガラスの破片は凶器になるが、頑丈な爬虫類の皮膚を持つドラゴンにとってはかすり傷にもならない。


 王女を乗せたドラゴンは咆哮して足元のガラスをバリバリ踏み砕き、後からやって来た二匹目のドラゴンも割れた窓ガラスからすいっと侵入し、尻餅をつく兵士を蹴り飛ばして着陸した。


「ノルテ、こっからどう動くんだ!」


 砂と雪埃にげほげほ咳き込みながらオリオンが問うと、ノルテはしゃん、と剣を抜き、ドラゴンの手綱を引き寄せた。


「このまま飛んでいく」

「……まじか?」

「うちの城はドラゴンが飛べるように天井を高くしている。飛び道具にさえ気を付ければ、まっすぐ行けるはずよ」

「……目的地は?」

「謁見の間。そこにいるはず」


 言うが早い、ノルテたちを乗せたドラゴンは雄叫びを上げ、すいっと上空に浮き上がった。鳴り響く警鐘を受けてぞろぞろと兵士たちが集まってくる。


「オリオン、あんたなら分かるでしょ。今ここに、バルバラの兵はいない」


 ノルテの呟きに、オリオンは頷いた。武器を手にやってくるのはどれも、見覚えのあるドメティ大公家家紋入りの制服を纏った騎士ばかり。

 ノルテにとっては「やりやすい」状況なのだ。


「行くよ、ユエン! オリオン、筋肉君。あんたたちは邪魔者を蹴散らしなさい!」

「はい、タニア様!」

「うっす」

「俺の名前はルドガーっすよ! 姫さん!」


 ギャアア、と二匹のドラゴンが吠える。オリオンと筋肉騎士もそれぞれ剣を抜き、迫り来るドメティ騎士をドラゴンの上から斬り捨てる。


「……悪いな、ノルテ。ちょっとだけおまえの家、汚すから」

「……いいよ」


 ノルテは手短に返し、ドラゴンの手綱を引いた。ドラゴンはすっと翼を水平に伸ばし、天井すれすれで廊下を滑空した。


「……妙に、数が少ないな」


 オリオンは廊下でたむろするドメティ兵を見――そのうちの一人が弓形の魔具を構えたのを見、素早く鞍のベルトに手を掛け、そこに固定していた投擲用の槍を掴んで投げた。

 オリオンの放った槍は、今にもドラゴンを射抜こうとしていたドメティ兵の右肩に刺さり、兵士は悲鳴を上げて弓を取り落とす。


 ふいに、ボンッと音がして目の前の廊下に白い煙が立ちこめた。それを見、オリオンは歯ぎしりし、ノルテの肩がびくっと震えた。

 ランスター子爵領の砦でも目にした、ドラゴン専用の毒薬。あっという間に煙はもうもうと廊下中に立ちこめる。


「っ……ノルテ、左だ!」


 言うが早い、オリオンは先ほどの槍をもう二本抜き取る。そして急旋回したドラゴンの行く手に広がる窓ガラスに向かって、根限りの力で槍を投げつけた。


 放物線を描きながら放たれた槍は鈍い音を立ててガラスに刺さり、ビシビシビシと蜘蛛の巣状の亀裂が走る。すかさずドラゴンがヒビの入ったガラスに頭突きし、あっけなくガラスは外側へと砕け散った。

 ドメティ兵の驚きの声を背景に、二匹のドラゴンが窓の外に飛び出す。そして再び空中で旋回し、オリオンは二本目の槍を構えて怒鳴る。


「ノルテ! 謁見の間はどっちだ!」

「あっち! あの窓を壊せばすぐよ!」


 ノルテの示す先は、先ほど毒薬が蒔かれた廊下の先、廊下の終着点と言っていい袋小路の箇所だった。


「了解――肩借りるぞ、ノルテ!」

 オリオンは鐙に足を引っかけてノルテの肩に左手を乗せて体勢を整えると、ドラゴンの上で立ち上がった。

 ドラゴンが向きを変え、謁見の間目がけて矢のごとく突っ込む。


 渾身の力でオリオンの手から投げられた槍は再び、窓ガラスに強烈なヒビを入れ、ドラゴンは頭から廊下に突っ込んだ。

 ガラスの粉が舞う中、廊下に着陸したドラゴンの背からぴょんと飛び降り、ノルテはふうっと息をついた。


「……オリオン」

「あんだよ」

「ガラス三枚分、今度請求するから」

「……お、おう。できたら出世払いで頼む」

「冗談に決まってるでしょ、ばーか」


 ノルテは小馬鹿にしたように鼻を鳴らせ、ユエンと筋肉騎士も着地したのを見てすたすたと謁見の間の扉に向かった。古びた焦げ茶色のドアに手を当て、そのまましばらく停止する。


 扉に触れる手が、かすかに震えている。オリオンはわずかに目を細め、そして何も言わず、震えるノルテの手に自分の手を重ねた。

 小さなノルテの手はオリオンの手にすっぽり覆われ、隠れてしまう。はっとしたようにノルテは顔を上げてオリオンの顔を見、そしてふっと笑った。


「……行くよ」

「おう」


 ギイ、と軋んだ音を立てて謁見の間の扉が内側に開かれた。

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