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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第6部 碧空の覇者 
160/188

揺れ動く大陸 3

 冬が深まってゆく。窓の外は暗い闇に包まれており、さらさら微かな音を立って雪が降り積もる。真っ赤になった両手に息を吹きかけ、団子のように固まって渡り廊下を歩く最下級生たちは、突如発生したつむじ風にびくっと身を震わせた。


 顔を上げると、豊かなオレンジ色の髪の上級生の女性魔道士がかなりの早足で脇を駆け抜けていったところだった。魔道士団長に叱責されないギリギリラインの速度で走る彼女は、あっという間に渡り廊下を飛び去って廊下の角を曲がって見えなくなった。


「……さっきのって、ディレン隊のレティシア様だよね」

「ばか、ディレン隊はもう解散しただろ」

「私、ディレン隊の人が来る授業好きだったのになぁ。優しかったし」

「おまえ、レイド様にお熱だったんだろ」

「レイド様に恋人ができたと知っておまえ、夜中泣き明かしたって聞いたぞ」

「! な、何言ってんのよ……っくしゅ」


 雪は静かに、セフィア城を包み込んでゆく。











 自室に駆け戻ったレティシアは、後ろ手にドアを閉めるとハアハア肩で息をした。心臓がうるさいくらい鳴り響いている。極寒だというのに手は汗でぬめる。

 鍵のツマミを捻って施錠し、上着のポケットに手を突っ込む。かさり、と乾いた紙の感覚に、指先が震える。


 ポケットから出したのは、薄青色の封筒。宛先はレティシア。送り主は――クラートだった。

 まめな黒のインクで記された封筒の文字を見るだけで、心の奥でじわじわとした歓喜が生まれる。


(クラート様からの手紙だ……やっと読める!)


 本当は事務室でもらってすぐさまその場で開封したかったが、そうすれば緩みまくった顔を事務長に見られ、噂話好きな彼に散々冷やかされてしまう。レティシアは自室まで全力早足で戻り、こっそり楽しむことにしたのだ。

 ペーパーナイフで丁寧に封を切る。大切な手紙を破いてしまわないように、ゆっくりゆっくり。中から取りだしたのは、丁寧に畳まれた白の便箋。水色の封筒と重ね合わせると、晴れ渡った空にぽっかり白雲が浮いている光景が目に浮かぶようだ。


 急ぎ、便箋を開く。自分の手汗でインクが滲んだり紙がごわごわになったりしないよう、ローブで手を拭ってから上質紙を広げる。

 オルドラント公国中心部からセフィア城まで、並みの馬車だと十日近く掛かる。最近発足した速達用の早馬車でも、片道六日は掛かるとか。


 ――親愛なるレティシアへ


 まず一番に目に飛び込んできたその一言だけで、レティシアの心はぽっうと温かくなる。魔道暖炉はまだ発動していないが、それでも部屋の中の気温が一気に高くなり、硬い花の蕾が綻ぶかのようなぬくもりが沸き上がった。


 ――君たちと別れてからひとつ季節が巡った。まずは、ブロンズマージ昇格おめでとう。君ならできると信じていた。


 レティシアの合格が発表された翌日、レティシアはクラートに宛てて手紙を書いたのだ。急ぎ書いたので文量は少なめで、同時に出したセレナからレイドに宛てた手紙の半分程度の厚さだったが、クラートはきちんと読んでくれたのだろう。


 ――僕の方は、レイドたちの力を借りて何とかやっていっている。公国に帰ってすぐに、大公修行を受けた。師匠は僕の父方の祖父で、父上に譲位されてからはずっと田舎で暮らしてらっしゃったんだ。今回僕の大公就任をお聞きになって、わざわざ公都までおいでになったんだ。大公になって、父上の気持ちがようやく分かった。父上はずっと、これほどの重責と仕事と戦ってきたのだと気付いた。


 目の前に、デスクに向かって書類と格闘するクラートの姿が思い浮かぶようだ。手紙を持つ手に力が入る。

 レティシアは改行した先の内容を見て、はっと息をのんだ。


 ――これはあまり大きな声では言えないのだが、今大陸は非常に危うい状態で綱渡りしている。あちこちに諍いの火種が転がっていて、それらがいつ爆発してもおかしくないのが現状だ。オルドラントも、隣国フォルトゥナ公国とは良好とは言えない関係が続いている。聖都クインエリアも同じだ。安定した場所なんて、今の東大陸には存在しない。だからこそ、君は心苦しいだろうがセフィア城で待っていてほしい。


 力強いクラートの筆跡を、レティシアは目を見開いて追う。


 ――君は自分でも気付いているだろうが、君の存在もひとつの起爆剤だ。迂闊に出れば思いもよらない場所で爆発させられてしまう。僕は本当は、君を側に置いていたい。僕の目の届くところにいてほしいのだが、それは僕のエゴに過ぎない。世のこと、国のことを考えると、今は僕たちは会うべきではない。


 レティシアはしっかり頷く。やはりクラートも分かっていたのだ。レティシアの存在の危険性について。


 ――だが、必ず君がオルドラントに帰ってこれる日を僕が作る。君が安心してオルドラントの土を踏めるよう、僕は全力を尽くす。その日が来るまで――どうか、待っていてほしい。そして、君自身がすべきこともしてほしい。すべきことをこなした暁には、共にオルドラントに帰ろう。


(はい、クラート様)


 レティシアは誰もいない部屋で呟く。


 ――共に頑張ろう、レティシア。レティシアやレイド、みんなで語り合える日が来ることを何よりも望んでいる。クラート・オード


 レティシアは、顔を上げた。窓の外は雪景色で、さらさらと白雪が積もっている。温暖なオルドラントでも、今頃はもう雪が降っているだろう。クラートも、大公館でこの雪を見ているのだろうか。


 レティシアは、クラートの手紙を丁寧に畳んで机の引き出しにしまった。そして、デスクに広げている制作途中の魔具一式を見る。

 レティシアは毎日、少しずつ魔石に魔力を込めていた。毎日続けると、自分の限界も読めてくる。やめ時は、手の指先が痺れた頃。これを越えると頭痛がして、あっという間に足腰が立たなくなる。

 授業中のように一気に魔力を放出するのと違い、じわじわ少しずつ魔力を注ぎ込むので、体力の消耗が分かりにくい。デスクで意識を失って翌朝を迎えるのは嫌だ。


 デスクに広がる魔石は、全部で二十個。どれも大きさは同じでブルーベリーより小さいくらい。そのうち半数ほどは透明のままで、残りは赤や青、鮮やかな緑などの色に染まっていた。魔力を込められたものは色が変わっているのだ。色によって防護壁だったり魔法反射だったりと、いろいろな効果がある。

 駆けだし魔道士のレティシアの魔力なんてしれているが、本によれば毎日少しずつ送り込むことで魔石の強度は増すのだという。また、最低限の方法を間違えなければ、魔石の持ち主を傷つけたり魔法が発動しないなどの不具合が起こることもない。


 レティシアは椅子に座って、透明な魔石を手にとって目を閉じる。ふわり、とレティシアの体を黄金色の霧が包み込み、手に持っている魔石も魔力を受けて、きらきらと小さな宝石のように輝く。

 魔石作りのポイントは、一度に大量の魔力を注がないこと。特に、レティシアが買ったような小振りの魔石だと耐久がなく、強力な魔力を注ぐとあっけなく割れてしまうこともあるそうだ。


 ゆるりと魔力を注ぎながらレティシア思う。

 クラートは、「大陸は、非常に危うい状態で綱渡りしている」と手紙で語っていた。

 一見は、リデル、カーマル、クインエリアの三本柱を立てて情勢が安定しているように思えるが、あちこちでぐらつきや崩壊の兆しが見られているのだ。聖都クインエリアも、近頃落ち着きがないと新聞でも語られていた。大司教マリーシャの容態が思わしくないらしく、巷では早く次の大司教候補――つまりはレティシアを立てるべきだと論争されているとか。


(クラート様のおっしゃる通りだ)


 今のレティシアはセフィア城にいるからこそ、守られている。迂闊に外に出られないし、よしんばクインエリアで政変が起こったからといってすぐさま飛び立つわけにもいかない。クインエリアで派閥争いに巻き込まれる可能性もあるし、それ以前に無事にクインエリアにたどり着けるかも怪しい。


 ふと、指先にピリリとした痛みを感じて、レティシアは魔力の放出を中断させた。魔石の中の光が止むが、よく見るとガラス玉のような内部に小さなオレンジ色の光が灯っていてほっと肩の力を抜く。今回も無事に終わったようだ。

 魔具制作一式を空き箱に入れてデスクの隅に置き、レティシアはあくびする。既に夜は深くなっている。明日は朝一から授業がある。軽くシャワーを浴びて就寝しよう。

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