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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第6部 碧空の覇者 
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ディレン隊解散 4

 ディレン隊が去った後も、セフィア城は何事もなく時を刻んでゆく。変わったことといえば、騎士団の活躍情報板からディレン隊の名が消えたことくらい。

 ディレン隊解散を残念に思っている人も少なからずいるようで、掲示板前で呼び止められたことがあった。大抵はその後のクラートやレイドの安否を問うものだったり、レイドへの叶わぬ思いを吐露してきて、言うだけ言って満足して去っていったりだったが。


 たまに、とてつもなく重いものが出てきた。











「もう一度お会いしたかったのです」


 そう言ってさめざめと泣く少女。彼女に捕まり、ひたすら少女の告白を聞くレティシア。


(いや、ここは公衆の面前なんですけど)


 どうしたものか分からず、レティシアはひたすら立ちつくすのみ。

 少女はレティシアを前に床に座り込み、ぼろぼろと涙をこぼしている。


「私、クラート様に憧れて騎士団に入る決意をしたのです。魔道士団入学の手続きをしていたのですが、どうしても、とお父様にお願いして騎士団に変えてもらったのです」

「……はぁ」

「噂に違わず、クラート様は聡明でお優しい方で――貴族出身でない私にも、親切に声を掛けてくださったのです」


 それは私も同じだけど、と心の中だけで突っ込みを入れる。別に声に出して教えてあげてもよかったのだが、何というか、下手に口を挟めばそのまま舌を引っこ抜かれそうな勢いだったのだ。

 可憐な騎士の少女は、レティシアよりずっと細い体をしているが、何だか恐ろしい。

 彼女はほうっと甘いため息をつき、過ぎ去った過去を懐かしむかのように遠い眼差しになる。


「私、ずっとディレン隊を追いかけておりましたの。もちろん、授業中も。クラート様は、弓術の授業で私たちが惚れ惚れするようなお手本を見せてくださり、私、思わず手元をよく見ずに矢を放ってしまいました」


 危ないから止めなさい、とやはり心の中だけで窘めておく。そろそろうんざり気味のレティシアに気付くことなく、少女の一人舞台はまだまだ続く。


「ずっと、いつお声を掛けようかと思っておりまして。……でも、私の勇気がないばかりにクラート様は……ああっ!」


(いや、クラート様が死んだような言い方しないでよ)


 その場に泣き崩れる少女と、どうしようもなく棒立ちになるレティシア。そろそろ周囲の目線が痛い。これではまるでレティシアが年下いじめをしているようなので、何とかしなくては。

 レティシアは小さく唸る。とてもではないが、自分はカウンセラーには向いていないと思いながら口を開いた。


「えーっと……つまりあなたは、クラート様のファンなのですね」

「ファン、なんて言葉では足りません」


 いきなりガバッと顔を上げる少女。おいおい、涙の跡がないぞ。と突っ込むレティシア。

 少女は艶やかにため息をつき、微かに赤みの差した頬に手を当てる。


「……心からお慕いしておりましたの」


(いや、私に告白されても困りますけど)


 レティシアは、冷や汗かきつつ視線を反らした。窓の外はからりと晴れている。ああ、今日もいい天気だ。冬になって雪が積もったらいつぞやのように、雪うさぎでも作りたい気分だ。

 少女はどうやら、レティシアが視線を反らしたのは恥じらってのことだと勘違いしたらしい。そのまますくっと立ち上がり、レティシアの手を握った。


「レイミア様!」

「レティシアです」

「どちらでも構いません。私、あなたをクラート様のご友人と見込んでお伺いしたいことと、お願いしたいことがあります!」


 ご友人、との一言につきん、と胸が痛む。

 お断りです、との言葉はともすれば唇から零れそうになった。


「クラート様は……その……」


 それまでの勢いが嘘のようにしおらしくなり、もじもじ照れだす少女。


「お、お付き合いしている方とか、いらっしゃらないですよね……?」

「……はぁ?」


 お付き合い。つまり、恋人がいるかどうかだ。


 恋人かぁ、と意識を飛ばすレティシア。額にキスをもらったことはあるが、あれは勘定に入れてもいいのだろうか。いや、「恋人」とはきっと、成立するときに何らかの愛の言葉を吐くものなのだろう。

 詳しくは教えてくれなかったが、セレナもレイドから何やら熱い言葉を囁かれたと言っていた。となると。


「えーっと、いらっしゃるという話は聞きません」

「本当ですか!」


 ガクガクとレティシアの肩を揺すぶる少女。華奢だが、騎士団に入っていただけある。レティシアの脳みそをシェイクしつつ、少女は真っ赤になって詰め寄ってくる。


「で、ではクラート様にお手紙を送ることはできますよね?」

「そりゃ、できるんじゃないですか」


 ミキサーから解放されてレティシアは投げやりに答える。そろそろ億劫になってきた。タイミングよく、ノルテあたりが空気をぶち壊しに現れてくれないだろうか。


「で、手紙にクラート様への思いを綴られるのですね」

「その通りです」


 少女はきっぱりと言い切る。そのすがすがしさと前向きさはある意味、羨ましい。


「入学したその日からお慕いしていたと……ええ、玉砕は覚悟です」


 えっ、とレティシア意外な言葉を聞いて瞬く。


「お付き合いしたいと思っているんでしょう?」

「もちろんです。そのために行動しているのですし。でも、もしクラート様に想う方がいらっしゃるならば、私は潔く身を引きます」


 毅然として言う少女。確かレティシアより年下のはずだが、先ほどと打って変わって神々しく見える。


「クラート様は私の運命のお方です。そのことを一言お伝えしたくて、そしてこの三年間秘めていた思いをどうしても伝えたい一心なのです」

「そう、なの……」


 レティシアの胸がじんと熱くなる。最初こそは泣き真似上手な、クラートの追っかけだと思っていたが、なんとも誠意のある少女ではないか。


「それでしたら……」


 お手紙に一言添えますよ。そう言いかけたレティシアだが。


「やっほー! 今日もきれいなオレンジ色の髪ねぇ、レティ!」


 後ろからどーんとタックルしてくるノルテ。この手のお遊びには慣れていたので、レティシアは前傾姿勢になりつつも、その場で踏ん張った。


「ノルテ……このタイミングで来るかな」

「何の話?」

「いや……」


 こっちの事情、と言いかけたが。

 レティシアにクラートへの愛を告白していた少女はいきなり乱入してきたノルテを最初、胡散臭げに見ていたが何かに気付いたのだろう、あっと声を上げた。


「あなた、あのやかましい子……!」

「あん?」


 ノルテは怪訝そうに少女の方を向き――


「……えーっと、お宅どちら様?」

「リザ・ウィルバートよ! 一体何回実習で一緒になったと思っているの、この猫かぶり!」

「はん? 猫かぶりはどっちよ」


 どうやらこの二人は同期らしい。

 レティシアを挟んで言い合いを始めるノルテと少女リザ。蚊帳の外になってしまったレティシア。


「なによー、あんたまだクラート様諦めてないの? 授業でもクラート様クラート様うるさいのなんの。いい加減に覚えなよ。あんたみたいなつるっぺたのお子ちゃま、クラート様は眼中にないっての」


 そう言うノルテも見事な絶壁だが、レティシアは何も言わない。かく思うレティシアも、ようやく下着のサイズが一回り大きくなってきた段階なのだ。

 予想通り、顔を真っ赤にして言い返すリザ。


「つるぺたはそっちでしょ! そんな前か後ろか分からないような体で、よく言ったものね!」

「わたしはまだ成長途中なの。いずれ姉さんみたいなグラマーになるんだから。その頃にはあんたがハンカチくわえてギリギリしてるでしょーね」

「相変わらず腹立つわね、このあんぽんたん!」

「ノルテさんはあんぽんたんじゃないわ。マイペースと言うのよ。意味分かる? マイペース。何なら書いてあげようか?」

「馬鹿にしてるでしょ!」


 キーッと怒り狂うリザ。冷静に返しつつも、なかなか手厳しいノルテ。間に挟まれて居たたまれない気持ちになるレティシア。


 さて、どうやってこの場から撤退できるかと考えあぐねていると、ふいに背後からノルテの気配がすっと遠ざかっていく。


「……そろそろやめとけ。おまえら、どれだけ自分たちが目立っているか分かってないな」


 見れば、オリオンに首根っこひっ掴まれたノルテが。子猫のようにぶらぶらしつつ、ノルテうろんな眼差しでオリオンを睨む。


「誰が助力しろっつった、この苔頭」

「苔でも藻でも結構。とっとと撤退するぞ」

「やーよ! わたしはこの無礼者にもっと言いたいことがあるの! てか、抱え方乱暴っ! ノルテさんはレディなんだから、もっと丁寧に扱え! ガラス細工を扱うかのように!」

「そんなサーフボードみたいな体型でレディとか言うな」

「だ、だぁれがサーフボードだあっ!」


 ぎゃいぎゃい言うノルテをオリオンがぶらぶら抱えていき、取り残されたレティシアにひょこっと、セレナが声を掛ける。


「……収まった?」

「まあ……」


 もうちょっと早く来てほしかったけど。

 やや不満げなレティシアに向かってセレナは意味ありげに笑い、肩に手を置いてリザに微笑みかけた。


「ごめんなさい、レティシアを借りるわね」

「え? あ、はい」


 放心していたリザはシルバーのマントを羽織ったセレナに驚いたのか、しゃちほこばって頷く。

 セレナと二人でリザに背を向けた直後、「……なんて大きさ。あれが、『紅い狼』を落とした武器……?」と聞こえたような気がした。

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