ディレン隊解散 1
「解散かぁ……まあ、仕方ないけどうちにとっては痛手だなぁ」
ごみごみとした事務室にて。
相変わらず整理整頓を嫌うらしい卵形体型の事務長は、差し出された書類に目を通してうんうん頷いた。
「お宅の騎士団の働きは、目を瞠るものがあるからねぇ。いや惜しい人材を欠かすものだよ」
加えて、と事務長はその書類の下にあった紙三枚を引き抜いて、堆く積まれた本の上に乗せた。やれやれ、とばかりに肩をすくめるが、あまりに肉厚なのでどの辺が肩なのかよく分からない。
「一度に三人卒業とは、ひょっとして何かのイベント? 私をビックリさせようと企んでるってわけ? ああ、やだやだ。これだから最近の若者ってば」
事務長に向かい合う者は、何も言わない。いつも通り、無表情でじっと事務長を正面から見ている――目つきが悪いので、睨んでいるように見える。
事務長は顔を上げ、来客の仏頂面を見てあはは、と笑った。
「だから、君が睨むと迫力あるからやめてっての。私も『紅い狼』を敵に回したくはないからねぇ。あー、はいはい。判子ね。分かった、押すから睨むのやめて。ほんっと怖いから」
事務長は四枚の書類を扇形に並べ、それぞれ所定の位置に判子を押し、まとめて目の前の青年に差し出した。
「まあ、お宅にもいろいろ事情はあるだろうし、私がとやかく言う筋合いはないけどねぇ、後悔だけはするなってことだよ」
青年は事務長の言葉を軽く受け流し、一言退室の言葉だけ述べて事務室を出て行った。
事務長は始終無表情だった客人ににこやかに手を振って送り出し、さて、と埃っぽいソファに身を沈めた。
「ディレン隊解散かぁ……これからどう動いていくかね」
返事は、もうもうと巻き起こる埃のみだった。
ぱん、とテーブルに叩きつけられた書類。騎士団長、魔道士団長、事務長三名の判子が押されているそれらがテーブルに広げられて、部屋の中の雰囲気が変わった。
「承認は得られた」
書類をテーブルに押しつけたまま言うのは、赤い髪の青年騎士。左側だけ露わになっている灰色の目は、厳しく吊り上がっている。ナイフのような細い目が、順に部屋の中の者たちを見回す。
「これをアバディーンに提出すれば、手続きは完了だ」
部屋にいる者はしんと黙って、彼の言葉を聞いていた。ソファに座っている者、壁に寄り掛かっている者、窓辺の桟に尻を乗せている者――皆、沈んだ眼差しで青年の手元の書類を見つめる。
「受理されれば、長居してはならない。隊は速攻解散。俺含む、今回卒業届けを出した者はすぐに荷物をまとめて出て行けだとさ」
「しゃーないと言えば、しゃーないな」
言うのは、緑の髪の大柄な青年。
彼一人だけで二人掛けソファひとつを占領しており、ビール瓶のように太い腕を組んで難しい顔で書類を見つめる。
「寂しくはなるが、隊長がいなくなるならどうしようもない」
「おまえが俺の代わりに隊長になって、ブルーレイン隊を作るのも手だぞ」
「結構。俺は補佐役はできても、リーダーにはなれない質なんでね」
大きな手を振って、青年は言う。
「それに、おまえが隊長してこそのディレン隊だったんだ。別に、解散したから俺たちの仲が途切れるあわけじゃないし、残る者も卒業する者もいるが今後も懇意にすればいいじゃないか」
彼の言葉に、一同頷く。男性陣は難しい顔をして黙り、女性陣の大半は胸の痛みに耐えるかのように顔を歪めている。
本日、この日を以てセフィア城ディレン隊は、解散となった。
ディレン隊に所属していたのは、隊長含めて騎士七名、うち女性一名。魔道士は全員女性で五名。セフィア城の中では小規模編成と言えたが、幅広い場面で活躍しており、城内外問わず評価は高かった。
だが本日、解散と同時に隊長、騎士一人、魔道士一人がセフィア城を卒業する。「一時停学」ではなく「卒業」であるため、彼らは今後セフィア城に生徒として戻ってくることはできない。緑髪の青年はああ言ったが、ひょっとしたら、今生の別れになる者もいるかもしれない。
セフィア城は年の初めに入学者を受け入れているが、そもそも入学卒業の境がファジーで、新入生歓迎会や卒業式があるわけでもない。ひそやかに新入生が加わり、風が吹き抜けていくかのように卒業していく。複雑な事情や跡継ぎ問題がいつ起こるか分からないため、卒業式などを大々的に行うことは禁止されているのだ。
「まさか、ミランダまで出るとはね……」
黒髪の少女が呟き、手に持っていた桐箱を廊下に積み上げる。きれいに積まれたそれらを見、少女は愛らしい顔を歪めた。
「一気に仲間が減って、ノルテさん寂しいわ」
「ごめんなさいね、うちもお父様の体調が優れなくて、そろそろ私に爵位を譲りたいしたいとおっしゃってて」
そう言うのは、ウェーブの掛かった黒髪を持つ女性。クローゼットから衣装を出しては箱に詰めるの作業をしていた彼女は、同じように部屋の中で忙しく動き回っている女性たちを見回す。
「みんなもごめんなさい、手間を取らせてしまって」
「これくらい、どうってことないです。今までミランダ様にはお世話になっていたのですから」
古布を裂いて作った叩きを手にして、柔らかなミルクココア色の髪を持つ女性も言う。
ミランダはふいに手を止めて、カーペットの上に膝立ちになる。
「……本当に、恩を仇で返すようだわ」
「妙なこと言わないで、ミランダ」
引き出しの中の物を出していた女性魔道士がぴしりと言う。
「セレナたちが言ったように、私たちの方が散々世話になったのだから。それに、あなたが爵位を継いでも私たちは仲間でしょう。夜会でもまた会えるわ」
「カティア……」
「それに、ミランダより大変な人がいるでしょう」
カティアの言葉を受けて、皆、一斉に振り返る。さらりとしたダークブラウンの髪のカティアは、くいっと顎を引いて窓辺の方を示した。
そこにいるのは、皆に背を向けて黙々とカーテンを取り外す作業をするオレンジ色の髪の少女。仲間の会話も耳に入らないのか、ひたすら手を動かしている。
女性陣は顔を見合わせ、少女に聞こえないよう、最小限まで声を落とす。
「……やっぱりレティシアも相当堪えるよね」
「自国の君主だもの」
「そうか、レティシアはオルドラントの村で育ったんだね」
「となれば、衝撃も大きいわよね……ギルバート大公の死は」




