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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第5部 紫紺の面影
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脇役魔道士の奔走 6

 ここ数日は騎士団の仕事がなかったが、さすがに役者になったからといって騎士団の仕事を免除してくれるような隊長ではない。それに、レティシア自身も約束した以上、劇の練習にかこつけて騎士団の役目をおざなりにするつもりは毛頭無かった。


「今回は、なかなかいいお給料がもらえるお仕事なのよ」


 とある昼下がり。

 下級生の魔道実技の教室に向かう途中、セレナがレティシアに囁く。


 今、廊下を歩いているのはディレン隊の魔道士であるレティシア、セレナ、ミランダ、カティアの四人だ。ミランダとカティアの年長者が先を行き、後ろの方でレティシアとセレナがこそこそ話をしていた。


「へ? でも仕事内容自体はいつもと変わらないでしょ」

「そう、なんだけど……」


 やや端切れ悪く言い、セレナ肩に掛けていたポーチから小さな紙切れを出す。どうやら仕事内容の指示書らしい。セレナの持つ書類を見れば、確かに今まで見た者よりもランクが高く表示されている。給与も、ゼロがひとつ多い気がする。


 おおっ、と感嘆の声を上げたのは一瞬のみ。興奮の後には、当然の疑問が浮かび上がる。


「……なぜに?」

「結構、問題児が多いクラスだそうよ」


 ダークブラウンの髪を靡かせて振り返ったカティアが言う。会話は筒抜けだったようだ。


「今までにもいろいろな騎士団の魔道士が授業補助に行ったそうだけど、おおかたかなりの痛手を受けたのですって」

「痛手……」

「私が聞く限りでは、魔力の暴発で椅子が吹っ飛んで額に命中したとか、ガラスが粉々に砕け散ったとか、何人かの生徒がヒステリー起こして暴れまくったとか……あと何があったっけ、ミランダ」

「緑色のぶよぶよしたものが大量発生したってのも、追加しておいて」


 振り返って真顔で言うミランダ。


「ちなみにそのぶよぶよ、触ったらくさい臭いが手について取れなかったらしくて……おまけにローブはドロドロだし、その騎士団の魔道士の子が泣きじゃくってたわ。結局、事務の方からお金を出してもらって新品に買い換えたとか」


 なるほど、とレティシアは自分の格好を見下ろす。

 上から下まで厚手の素材でできた服で、おおよそ魔道士とは思えないごついズボンとブーツ、長い髪はきつく縛って綿の帽子の中に押し込んでいる。それは他の女性陣も同じで、魔道士というよりは工事現場の仕事人のような出で立ちだ。


「だから、このような格好が指定されたのですね」


 セレナも納得したように言う。彼女は胸が大きいので、きつめの上着の下で大きな胸が悲鳴を上げているようだ。時々胸元に手をやっては顔をしかめている。そしてその隣を歩くレティシアは、セレナと同じ型の上着でも全く胸囲が苦しくないことに軽くショックを受けていたり、受けていなかったり。


(いいんだ! もっとこれから大きくなるんだ……きっと)


 一人慰めるが、やはり虚しいだけだった。











 到着した、魔道実践講堂。今回は十三歳クラスで、レティシアはどきどきしつつ、セレナたちの後について教室の後ろのドアから入った。入ってから、おや、と首を捻る。


 「問題児学級」と呼ばれているからには、教師の話を聞かなかったり私語をしたりと、やんちゃな子が多いのかと思っていたが、そうではなかった。一見普通そうな見習魔道士ばかりで、皆お利口にきちんと席に座り、ベテランの女性教師の話を聞いている。立ち歩く者や私語する者など、一切見あたらない。


(至って普通そうに見えるけど……これが「問題児」?)


 そっとセレナの方を伺うと、彼女も小首を傾げてきた。どうやらレティシアと同じことを思っていたようだ。


「……では、以上で今回の課題の説明を終わります」


 それまで今回の授業内容を説明していた教師が、黒板を指示棒で叩いて言う。


「これから各グループに分かれて実践を行います。分からないことがあればまず、わたくしや騎士団の魔道士の方に聞くこと。勝手な行動は慎むように」


 教師の言葉に、皆一様に頷く。その様を見ていてやはり、レティシアは首傾げる。


(やっぱり、真面目そうな子ばかりじゃん……)


 レティシアの疑問をよそに、すぐに課題が始まった。今日の内容は、風の魔法を使って楽器を鳴らせること。

 教室のあちこちに、鍵盤楽器やチャイム、カスタネットなどが置かれていて、手で触れずに風の魔法で決められた音を出すというものだ。


 楽器といっても種類は様々で、強めの風圧で叩くべきものもあれば、魔力をコントロールして決められた位置にピンポイントで魔法を当てなければならないものもある。魔力調節とコントロール問われるのだ。

 自分も去年、この課題をしたっけ、と思うレティシアの頬が我知らず緩む。

 だが、それも一瞬だった。


「……! お待ちなさい!」


 早速飛ぶ、教師の声。見れば、教室の隅の方のグループが早速何がやらかしているようだ。


 彼らは三人で、金属製のチャイムを鳴らせようとしていたようだ。この楽器には小指の太さくらいの、長さの違う金属棒が数本ぶら下がっており、的確に風の魔法を当てないと別の棒に触れ、間違った音を立ててしまうのだ。

 それで、そのグループは何をしているかというと――


「……あら、棒の間に電流が走っているように見えるのは、私の気のせいでしょうか」

「いや、私にもそう見えるわ」

「すごいですね、見事な不協和音を奏でています」

「そうね。……ああ、また加減を間違えたわね。あんなに放電して」


 やけにのんびりと言うセレナとカティア。彼女らの視線の先では、バチバチと音を立てながら金属棒の間に紫電が走り、耳障りな音を奏でている。

 生徒たちは自分でも対処が分からないのか、驚き戦いて事の次第を見守るばかり。


 すっと教師が歩み寄り、片手を上げると電流が消え、振動も収まった。レティシアも何度も見たことがある、魔力拡散魔法だ。


「なぜ電撃魔法を使うのですか。危うく楽器が破損するところでした」


 教師がそのグループに説教しているそばから――


「せ、先生! 助けてください!」


 教室の真逆の方を見れば――今度は、一体何を間違えたのか。カスタネットを鳴らせようとしていたグループが、ぽこぽこ音を立てながらカスタネットを細胞分裂させている。


 一定のリズムでカスタネットが増殖し、既に彼らのテーブルはカスタネットであふれかえっていた。床に転がったカスタネットはなおも増殖を続け、小気味よい音を立てながら増えてゆく。なかなかシュールな風景だ。


 おいおい、と思いつつ、自分が一番そのテーブルに近かったのでレティシアはひとまず駆け寄り、「魔法停止」魔法を掛けた。

 レティシアの両手から溢れた金色の光がカスタネットの山を包み込み、増殖がぴたりと止んだ。あふれたカスタネットがテーブルから落ちてカチカチ音を立てる。


 続いてミランダが歩み寄り、レティシアの知らない魔法を使う。すると、山と積まれていたカスタネットが消え去り、テーブルの中央に一つだけ、ぱこんと音を立てて残された。どうやらこれが、細胞分裂の母体になった最初のカスタネットのようだ。


 その後も、レティシアたちが見ている間に次々問題が起こった。大太鼓を教室の端まで吹っ飛ばしたり、天井に雨雲を作り出したり、肌が青くなってパニックになる少女がいたり。紫色のカエルが大量発生した暁には、教室が少女たちのみならずセレナやミランダを含めた阿鼻叫喚の悲鳴で埋め尽くされた。


(なるほど……そういう意味で「問題児」ってわけなのね)


 ひょいと指を振るって、自分の脳天目がけて飛んできた巨大蜘蛛を消滅させつつ、レティシアはぼんやりと思った。










「……彼らは決して悪意はないでしょうし、魔法の才能もないわけではありません」


 授業の後。

 生徒を送り出してから、教師がレティシアたちに言う。きちんとまとめていたはずの彼女の髪が、ボサボサに爆発していた。


「ただ、コントロール能力と理解力に著しく欠けている生徒が多いのです」

「でも、クラス全員がこれほど問題児というのは珍しいですね」

「いえ、少し前までは何クラスからに別れていたのですが、事故が至るところで起きるので、注意が必要な子を集めてこのクラスを作ったのです」


 なるほど、と疲れた顔で頷くディレン隊魔道士たち。

 確かに彼らは、安定感こそ皆無だが十三歳にしては異例な魔法ばかり披露してくれた。ちなみにレティシアはまだ、雨雲を作り出すことはできない。うまくいけばコンパクトな雨雲を作れるが、下手すると雷雲を作ったり教室を破壊しかねないので、十八歳くらいにならないと習わないはずだが。


 レティシアたちは疲労困憊で教室を出た。衣服は汗以外の液体も吸ってじっとり濡れており、額に張り付いた前髪が鬱陶しい。いきなり駆けだしたりしたためか、ミランダやセレナは痛そうに腰を押さえている。

 収穫は、ミランダが持っている紙のみ。そこには先ほどの教師の字で、「任務達成。大変助かりました」と書かれていた。たった一日でこれほど疲れるのだから、あのクラスを担当している先ほどの女性教師は相当お疲れだろう。


 書類を提出しに事務室へ行くミランダと別れ、そして「私は髪が短いから」と言って自室に戻っていったカティアを見送り、レティシアとセレナはお互い髪を洗い、湿った髪を乾かすため、中庭に出た。


 天気は快晴で、心地よい春風も吹いている。二人は髪を下ろし、よく絞ってからばさばさと頭を振った。手櫛だと指先に髪の束が絡まるが、少しずつほぐしていくと湿った塊が解け、風の中を二人分の髪がふわふわと舞った。


「……劇の練習、どんな感じ?」


 ふいにセレナに聞かれ、レティシアは後ろ手で体を支えつつ大きく伸びした。


「うーん、昨日はまだ出番はなかったけど、タリス様はなかなか厳しそうだったな」

「そうでしょうね。タリス様、企画の段階からかなり熱を入れられていたそうだから」


 レティシアはセレナの言葉に頷く。タリスの熱意は身に染みて感じていた。劇を愛している彼女は、生半可な気持ちで役をしてほしくないのだろう。あのビシバシ容赦ない叱咤の言葉もきっと、劇を大成功させたいという思いの現れなのだ。


 しばし、会話が止む。グラウンドの方では、騎士見習たちが訓練を受けているようだ。まだ声変わりしていない少年の声や、幼さ残る少女の声が聞こえてくる。

 のどを反らすと、目に痛いくらい真っ青な空が視界に飛び込んでくる。雲一つないその空は、まるでだれかの瞳のようだ。


「……人を好きになるって、どんな感じなのかな」


 自然と唇から言葉が零れてくる。

 ゆっくり振り向くセレナ。その眼差しは穏やかだ。


「……思い当たることがあるの?」

「少し……」


 さわさわと春の風が吹く。レティシアのオレンジ色の直毛と、セレナのミルクココア色の巻き毛が風に踊る。


 そうね、と呟くセレナ。


「私だったら……その人を見ると、どうしても胸が苦しくなって……その人が他の女の人と話しているのを見ると、辛くて、悔しくなるの……でも、その人とお話しできたり、目が合ったりすると……とても胸が温かくなって、幸せになれるわ」

「レイドと話していると、そんな感じになる?」


 レティシアが問うと、セレナはゆっくり瞬きした。


「……そうね。それに、私の場合は……レイド様が私の前では本当の姿になって、本音を吐き出してくださるのがとても嬉しいし、誇りに思っているの。レイド様は皆の前では隊長として、ゴールドナイトとして感情を押し殺さなくてはならない……でも、私の前では弱音も吐いてくださるから。私がそんなレイド様の側にいられるのが……本当に、嬉しいの」


 レティシアは、セレナの話を黙って聞いていた。セレナがレイドに抱く感情には恋愛もあるが、尊敬や従属の思いもあるのだろう。恋人と戯れるだけではなく、互いに支え合い、寄り添いあえることに安らぎを感じているのだ。


「……そっか」

「レティ?」

「……私もいつか、そんな人が見つかるかな」


 セレナがはっと息を呑む気配がする。だが彼女は多くは追求せず、自分の髪に手櫛を通しながら遠い眼差しで、遥か彼方の山脈を見やっていた。

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